第18話 怠惰な休日
アラセリに怒られた。
朝から求めてしまったせいで、医務室に行く時間がギリギリになってしまい、朝食を食べ損なったからだ。
公私混同し果たすべき仕事を出来ないようでは、一人前の男性ではないと言われてしまえば反論の余地など無い。
前夜は事後もベッドを共にしていたが、この日の夜からは俺が眠った後にアラセリはベッドを抜け出して別の部屋で眠るようになった。
目覚めた時にアラセリが傍にいる安心感を味わえなくなってしまったが、隣に生まれたままの姿のアラセリがいれば欲望を抑えられる自信も無い。
少なくとも仕事をやり遂げるまでは、このスタイルで我慢するしかないのだろう。
アラセリが甘やかすだけでなく厳しく線引きをしてくれたおかげで、施術に悪影響を及ぼさずに済んだ。
アラセリとロゼッタさんは別人で、情事と施術もまた別物だとシッカリ意識を切り替えられた。
そして、施術はロゼッタさんのデリケートな部分へと進んでいったが、不安は無かった。
馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないが、事前にアラセリに観察させてもらったからだ。
経験者と未経験者の違いや個人差による形状の違いはあったが、戸惑わずに施術を進められた。
痣の除去は集中力を要求される作業なので、結局一度に除去できる範囲は一センチ四方程度が限界だった。
ただ、一ヶ所の色素を認識し除去するまでに必要な時間は少しずつ短縮していったので、街で襲撃を受けた休日から一ヶ月後の休日を前に、ロゼッタさんへの施術は完了した。
右の首筋から、右の乳房、腹、下腹部、左の太腿まで、体の前面を斜めに覆っていた蒼闇の呪いによる痣は綺麗サッパリと消えている。
ロゼッタさんの裸体を隅々まで確認したリュディエーヌさんは、両手を大きく広げて感嘆の声を上げた。
「素晴らしい、素晴らしいわ、ユート! これならば、シャルレーヌ様もアルベリク様への施術をお認めになるでしょう」
「ありがとうございます。期待に応えられて何よりです」
「ユートさん、ありがとうございました。こんなに美しい肌を取り戻せるなんて思ってもいませんでした」
施術を施したロゼッタさんも、目に涙を浮かべて喜んでくれた。
見ず知らずの男にデリケートな部分まで晒すのは、相当なストレスだっただろう。
軽蔑されることなく施術をやり遂げられたのは、俺の精神力だけでなくアラセリの存在があったからだ。
「ユート、今日から休日明けまで休暇を与えます。ただし、城からの外出は禁止します」
「雑務係の同僚を訪ねるのは……」
「最低でも四人の護衛を付けることになるけど、それでも良ければ構わないわよ」
「いえ、止めておきます」
「そうね……休日明けにはシャルレーヌ様の下へ同行してもらいますから、それまでに身なりを調えておきなさい」
「かしこまりました」
「休暇の間は羽目を外して楽しんでいいわよ」
「はい……」
リュディエーヌさんの意味深な笑みは、アラセリとの行為は把握しているという意味なのだろう。
気恥ずかしいけれど、リュディエーヌさんの許しが出たという事は、アラセリと朝まで一緒にいられるだろう。
「ユート、あなたは素晴らしい仕事をしたけれど、本番はこれからよ。休暇はたっぷりと楽しんで構わないけど、休日明けにはシッカリと切り替えておきなさい」
「かしこまりました」
リュディエーヌさんの言う通り、まだ第一王子アルベリクへの施術という大仕事が残っている。
俺達を召喚した第二王子派に報復するためにも、気を引き締めよう。
与えられた四日間の休暇のうち、最初の二日間はアラセリの体に溺れて過ごした。
風呂場から行為を始め、ベッドに場所を移し、目覚めた直後に求め、汗を流した後で朝食と昼食を兼ねた食事を済ませたら、またベッドへ戻る。
ベッドに裸のまま横たわって旅行記を読み、気分が昂ぶれば、また求め合った。
そんな生活を二日続けたら、アラセリから城内の散策に連れ出された。
建物を出ると、日差しは夏を思わせる強さだったが、気温は雨季の頃と然程変わっていな気がする。
薄手の長袖シャツで丁度良いので、二十五度にも届いてないだろう。
「エスクローデの夏は、意外に涼しいんだね?」
「城の中だけですよ。城の外はもっと暑いです」
「えっ、城の中だけって……?」
「結界、水、氷、風などの属性の王室魔導士が力を合わせて、城の敷地内の温度を操作しています」
「凄い……そんな事も出来るのか。もしかして冬も?」
「はい、冬は逆に城の敷地内の空気を温めています」
日本でもドーム球場などの大きな建物で冷暖房を行っているが、城の敷地はドーム球場の何倍もの広さだ。
その範囲を人の手で温度調節出来るとは、やはり魔法というのは規格外の力を秘めているようだ。
まぁ俺自身が、皮膚に沈殿した色素を取り除くなんて馬鹿げた能力を発揮しているのだから、今更驚くまでもないのだろう。
「部屋から出ない方が護衛が楽だったんじゃない?」
「確かにそうなんですが、部屋の掃除も出来ませんので……」
「うっ……面目ない」
自分たちは体を洗って着替えれば良いが、寝室は酷い有様だった。
「何処に行くの?」
「理容室へまいります」
「そうか……休み明けには第一王妃様にお目通りするんだった」
連れて行かれた理容室で、髪と髭と眉を調えてもらった。
ユーレフェルト王国では、男性は髭を蓄えるのが一般的だ。
俺はまだ蓄えるほど濃くないが、それでも口髭と顎髭は剃らずに残された。
髪はいわゆるツーブロックに近い髪形で、生え際は短く刈り込み、頭頂部は長く残す感じだ。
調髪を終えると、雰囲気だけはユーレフェルト国民っぽくなった。
「お似合いですよ、ユート様」
「ありがとう」
理容室を出た後、部屋に戻るのかと思いきや、前後二名ずつ、合計四名の護衛に守られてむかったのは城内にある庭園だった。
四人の護衛がついて来たのは入り口迄で、庭園の中にはアラセリと二人で入った。
「外周を警備して、不審な者は入れないようになっておりますのでご安心を」
「そっか……城の中だもんな」
「はい、それに西側の庭園ですから心配は要りません」
城の中には庭園以外にも沢山の木が植えられていて、その殆どが食用の実をつける木だそうだ。
庭園には草花も植えてあり、こちらの多くは薬草らしい。
「庭園は、三代前の国王アンゼルム様の時代に整備されたそうです」
「それって、俺が清掃した肖像画の?」
「ええ、そのアンゼルム様です」
庭園の中は、野山を模して池や小川も作られていた。
たぶん、街に出られない代わりに、気分転換をするために連れて来られたのだろうが、正直に言うと早く部屋に戻ってアラセリとイチャつきたかった。
ススキに似た草が穂を揺らす小道を抜けると、小さな泉の畔に東屋が建てられていた。
広さは一坪ほどだろうか、コの字型のベンチの四隅に柱を立てて、板ぶきの屋根が載せられている。
気温は魔法で調整されているので、屋根で日差しが遮られるだけで、かなり涼しく感じられた。
庭園の奥まった部分なのか、周囲からは物音も聞こえず、とても城の中とは思えなかった。
「ここも、明日の休日には多くの人が訪れるはずです」
「そうか、一般の人は今日は休日じゃなかったね」
「はい、ですから……今日なら邪魔は入りませんよ」
アラセリに吐息が感じられるほどの近さで囁かれ、俺の理性は崩壊した。
邪魔は入らないと言われ、視界を遮る壁もない場所で魅力的な女性から誘いを掛けられて、何もしないなどあり得ない。
アラセリのメイド服をはだけさせ、ズボンをずり下げて昂ぶった思いを果たした。
多少衣服に染みが出来ようとも気にしない、布地の清掃はお手の物だ。
「アラセリ、やっぱりここじゃ落ち着かないよ」
「ふふっ、では部屋に戻りましょうか」
部屋に戻ると、応接間も寝室も清掃され、綺麗にベッドメイクされていた。
まぁ、ベッドが整っていたのは、夕食後までの僅かな時間だったけどね。
翌日、目覚めた後に求め合い、遅めの朝食を取った後、また部屋の外へと連れ出された。
連れて行かれたのは、式典係の建物だった。
予定されている王族との体面に備えて、礼儀作法について教わった。
明日は、第二王妃シャルレーヌ、第一王子アルベリク、それに第二王女ブリジットが臨席するらしい。
言うなれば、第一王子派の王族が勢ぞろいする形となる。
王室での位は、第二王妃、第一王子、第二王女の順番らしいが、第一王子が次の国王と決まった時点で順位が入れ替わり、第一王子が一番位が高くなるらしい。
家族なんだから、位がどうとか関係ないだろう……とか、ド平民の俺は思っちゃうけど、生まれた時からそうした環境で育った人間にとっては、それが当たり前なのだろう。
日本にいた頃、礼儀作法は権威を明確な形にする意味合いもある聞いた。
こちらの世界でも、王家の権威を誇示するために礼儀作法が用いられているのだろう。
その日の晩、翌日に王族との対面を控えているので、ほどほどに……とアラセリに釘をさされたが、それでも彼女を求めずにはいられなかった。
自分でも、これほど性欲の強い人間だとは自覚していなかったのが、昂ぶる体と気持ちが抑えられない。
食事に精力がつく食材でも使われているのかと思ってしまうほどだ。
寝室の外にも護衛のための兵士が配置されているが、当然連日連夜繰り返される乱行に気付いているだろう。
申し訳ないと思うと同時に、アラセリの声を聞かせたいなんて邪な思いが湧き上がってくるのを抑えられなかった。
だから、アラセリをベッドに組み敷いて絶頂へのラストスパートに移った時も、ほんの僅かだが窓の外にいる兵士へ意識が向いていた。
ドシュ、ドシュ……ドサッ、ドサッ……
殆ど重なって聞こえるほど、湿った重たい音が二度続いた後で、何が倒れる音が聞こえた。
何かと思って動きを止めた次の瞬間、俺はアラセリの体の上から放り出されて床に転がされた。
その直後に、ガシャーンという大きな音と共に窓が砕け散り、黒い大きな影が踊り込んで来た。
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