第17話 抑えられない衝動

 目を覚まし、意識がハッキリした直後、俺はベッドを下りて土下座した。

 それほど、昨日の俺の行動は道徳を外れた行為だったと思う。


「すみませんでした……」

「ユート様! 頭をお上げ下さい。謝っていただく事などございません」

「でも……でも、俺は欲望のままに貴女を汚してしまった」

「そんな事はございません。あれは、私が望んだ行為です」

「でも、んっ……」


 顔を上げて言い訳を続けようとした俺の唇は、アラセリさんの唇で塞がれた。

 アラセリさんは舌を絡め、戸惑う俺に裸の胸を押し当ててきた。


 そのまま床に仰向けに押し倒される。

 たった今、土下座で謝罪をしたばかりなのに、オスとしての本能が頭をもたげるのを止められず、導かれるままに包み込まれ、果てさせられてしまった。


 激しい律動を終え、汗ばんだ体を俺に重ねながら、アラセリさんが耳元で囁く。


「ユート様、これでも私が望んでいなかったとおっしゃいますか?」

「どうして……これも誰かに命じられたのですか?」

「確かに、ユート様を篭絡するように命じられましたが、今こうしているのは私がユート様を慰めたいと思ったからです」

「アラセリさん……」

「ユート様は頑張っていらっしゃいます。縁もゆかりもない世界に呼び寄せられ、訳の分からないままに働かされ、それでも生きていくために、お仲間を助けるために日々努力をなさっています。ユート様は……頑張っていらっしゃいます」

「うぐぅ……」


 この世界の人から仕事の成果を褒められた事はあるが、俺の境遇を理解し、俺の行動を認めてもらったのは初めてだ。

 単なる便利な道具としてではなく、人間として認められた気がして涙が溢れてきた。


「ユート様が、今の辛い境遇に置かれていらっしゃるのは、この国の王位継承争いに起因しいています。私は第一王子派の一人としてアルベリク様の痣を消していただきたいと思うと同時に、この国の民として関係の無いユート様を巻き込んでしまった責任も感じています。私は、ユート様の支えになりたいのです」

「アラセリさ……んっ」

「んぁ……さんは必要ありません。アラセリと呼んで下さい」

「アラセリ……アラセリ……アラセリ!」

「はい……はい……ユート様ぁ!」


 ベッドの上に場所を移して、俺はアラセリの肉体に溺れた。

 アラセリは、俺の昂ぶりを包み込み、受け止め続けてくれた。


 感情の奔流がおさまった後、アラセリが静かに語りかけてきた。


「ユート様、これからは城の部屋でもお慰めいたします。ですから、真に勝手な申し出ですが、蒼闇の呪いによる痣を取り除く施術を続けて下さい」

「勿論だよ。俺がアルベリク様の痣を消せれば、第二王子を蹴落とせるんだよね」

「はい、王としての資質は比べるまでもございません」

「だとしたら、これは俺にとっても復讐だ。これまで通り……いや、これまで以上に力を注ぐと約束するよ」

「ユート様……」

「アラセリ……」


 アラセリと唇を重ね合うと同時に、昨日の昼から何も食べていない胃袋が盛大に不満の声を上げた。


「汗を流して、着替えてから食事にいたしましょう」

「そうしよう」


 風呂場で互いの体を洗い合い、部屋に戻ると着替えが用意されていた。

 昨日着ていたオレンジ色の服ではなく、鮮やかなブルーの服だ。


 アラセリも同じ色の服を身に着けて部屋を出ると、細い廊下を抜けた先の食堂へと案内された。

 出て来たのは、スペアリブのソテーだった。


 いわゆる庶民の料理だそうで、手で持ってかぶりついて食べる。

 味噌のような濃い目の味付けが、濃厚な肉の味わいを引き立てている。


 あっさりとした塩味のスープとナンのようなパン、スティック状の野菜が添えられて、最後にジャスミン茶のような香りのお茶が出た。

 口の中の脂っこさがスッキリとして、文句の付けようが無かった。


「城に戻ったらリュディエーヌ様とロゼッタさんに謝らないと……」

「城には襲撃でショックを受けられていらっしゃるので、本日の施術は中止していただくように連絡してありますので心配は要りません」

「そうなの、ありがとう。でも、施術を休んでしまった事には変わりがないから、明日謝っておくよ」

「かしこまりました。では、そろそろ戻られますか?」

「うん……」


 正直に言えば、また襲撃されるのではないかと思ってしまい、建物から出るのが少し恐ろしい。


「ご安心下さい、ユート様。昨日よりも護衛の人数を増やしております」

「そうなんだ。じゃぁ、戻ろうか」

「はい」


 アラセリに導かれるままに建物を出ると、そこは昨日とは違う裏通りだった。

 扉の外には、濃紺の服に身を包んだ屈強な男性が四人控えていて、俺とアラセリを囲むようにして歩き始めた。


「ユート様、この者達の他にも、濃紺の服を着た者達は護衛です」


 表通りに出ると、通りのあちこちに濃紺の服を着た者が目を光らせていた。

 通りの混雑度合いも、休日だった昨日ほどではないので、濃紺の服を着た護衛が目立っているように感じる。


 というより、ワザと存在を知らしめて、襲撃を諦めさせるのが狙いなのかもしれない。

 街から城へと戻る坂道では、周りを囲む護衛は八人になり、城門では身分証を提示する必要もなく、そのまま宿舎まで通り抜けられた。


 その日の午後は、アラセリに解説してもらいながら買ってきた旅行記を読んで過ごした。

 夕食の後は、翌日からの施術にそなえて早めにベッドに入った。


 アラセリから夜の相手は必要かと訊ねられたが、さすがに遠慮しておいた。

 昨日も、今朝も、あれだけ求めておいて、更に夜まで求めるのはやり過ぎだろう。


 翌朝、いつも通りに医務室へ向かうと、リュディエーヌさんの他にエッケルスさんの姿があった。


「襲われたと聞いたが、大丈夫かい? ユート」

「はい、ご心配をお掛けして申し訳ありません」

「いや、謝罪するのは我々の方だよ。本当ならばユートに襲撃があったと気付かせずに対処すべきところだ」

「正直、一緒に召喚された仲間に襲われるとは思っていなかったので、精神的にショックを受けましたが、もう切り替えは出来ています。こんな状況になったのは全て第二王子派の責任ですから、更に施術に力を入れる事で報復してやろうと考えています」

「それは楽しみだ。だが、焦らず、慌てず、良い仕事をしてもらいたい」

「かしこまりました。ご期待に添えられますように努力いたします」

「よろしく頼むよ、ユート」

「はい、お任せください」


 リュディエーヌさんにも、ロゼッタさんにもキッチリ謝罪してから、その日の施術を始めた。

 二日間の休みを挟んだが、この日も落ち着いて施術を進められた。


 いや、溜まり続ける欲望のはけ口を手に入れたからか、これまでよりも冷静に施術に取り組めた気がする。

 この先、下腹部や鼠径部の施術を行うとしても、動揺せずに進められそうだ。


 一日の施術を終えて部屋に戻り、夕食の時に川本達がどうなったのかアラセリに訊ねてみた。


「昨日滞在した場所は、私たちの組織が所有するもので、追い掛けて来た三人は建物にいた者達が対処したと聞いています。残りの二人については、治癒院に連れて行き、今後は手出しをしないように強い警告をしたそうです。組織の者の聞き取りによれば、彼らは第二王子派から与えられた誤った情報を信じ切っていたようです。ユート様が第一王子の庇護下にあると知らせましたので、もう手を出してこないでしょう」


 アラセリが所属する組織がどんな組織なのかと訊ねてみたかったが、おそらく諜報機関のようなものだろうし、聞いても正確な答えをしてもらえるとは限らないので、詳しく聞くつもりはない。


「クラスメイトに襲われるなんて本当に勘弁してもらいたい。川本や沢渡には他の連中にも伝えてもらいたいけど、難しいかなぁ……」

「どうしてですか?」

「見栄っていうか、いままで強がっていた奴が、逆にやられた……みたいな感じになると、今度は奴らが標的になりかねないからね」

「標的……ですか?」

「うん、クラスメイトのみんなは、第二王子派で訓練や実戦を強要されている状態でしょ。そこで感じる不満や苛立ちを、自分達よりも劣っているとされた俺を攻撃する事で解消してたんだと思う。それが、今回の一件で俺を攻撃出来ないと分かったら、別の標的が選ばれるか既に選ばれていると思う」

「その標的にされかねないから、襲撃の件は他の仲間には黙っている……という事ですか?」

「そうなるかもしれない」

「それが、仲間を危険に晒す行為だとしても……ですか?」

「たぶん……」


 アラセリは、信じられないといった表情を浮かべてみせた。

 俺の思い込みかもしれないが、一緒に街に行ってから、アラセリが自然な表情を見せるようになった気がする。


 これまでは、感情を表情に現す事は殆ど無くて、こちらの世界の知識を教わっている時に、俺が的確な回答をすると僅かに笑みを浮かべるぐらいだった。

 それが今は、眉間に少し皺を寄せ、口許も不満げに歪めている。


「どうかしましたか?」

「いや、自分達では当たり前に感じている事も、別の国の人にとっては信じがたい事なんだと思ってただけ」

「なるほど……でも、こちらの世界でも貴族の中には体面ばかりを気にする者はいますよ。ただ、こう言っては失礼ですが、特定の地位に就いている訳でもない者が仲間を危険に晒しても自分の面子を優先するのは奇異に感じます。そして、そんな連中をユート様が気遣う必要は無いかと……」

「でも今度俺を襲撃した場合には、下手をすれば命を落とす事になるんでしょ?」


 アラセリは、少し迷った後で頷いてみせた。


「恐らくは、そうなる可能性が高いです。昨日の襲撃を重視して、護衛の段階が引き上げられましたから……」


 アラセリに言われるまでもなく、部屋の前の衛士が一人から二人になったし、部屋の窓の外にも衛士が配置されるようになっている。

 この状況で襲撃してくるならば、当然昨日とはレベルの違う武力行使だろうし、守る側も手加減などしていられないだろう。


 一緒に召喚されたクラスメイト同士で殺し合うなんて、絶対に御免だ。

 たとえ、直接俺が手を下さなくても、殺し合いに加担している事に変わりはない。


 夕食を終えた後は、またアラセリに解説してもらって旅行記を読み進めたのだが、いつものように集中出来なかった。

 何が邪魔をしているかは明白なのだが、どう切り出して、どう求めて良いのか分からない。


「きょ、今日はこのへんで……なんか集中出来ないから、風呂に入って休むよ」

「かしこまりました。では支度をして参ります」

「うん、お願い……」


 いつもは、湯舟にお湯を張り、着替えの用意が出来たところで知らせてくれる。

 この夜も、いつもと同じように風呂の支度が整ったとアラセリが知らせてくれた。


「ありがとう……」


 一緒に入らないか……の一言が口に出せず、アラセリから申し出てくれないかという期待も叶わず、一人で服を脱いで浴室に入った。

 邪な期待に、いきり立たせている自分が情けなく思えた。


 欲望を洗い流すつもりで頭からお湯をかぶると、浴室のドアが開く音が聞こえた。


「失礼いたします」

「アラセリ……」

「ユート様、無理な我慢は体に毒ですよ……」


 部屋の周囲を警戒する衛士が増員された事などスッカリ忘れて、欲望のままにアラセリの体に溺れた。

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