第13話 メイドのいる暮らし
襲撃があった日から五日ほどが経った。
医務室の主、リュディエーヌさんから聞いた話によると、一時入院していたタリクは無事に退院したらしい。
傷は長さこそあるものの浅く、臓器や太い血管には達していなかったらしい。
本人は、俺を助けた功績で暫く休みがもらえると言われて大喜びしていたそうだ。
まぁ、何にせよ元気らしいのでホッとした。
俺を庇って死んだとか、重い後遺症が残ったりしなくて何よりだ。
襲撃の日から移り住んだ新しい部屋は、これまでの独房のような部屋とは大違いだ。
応接間の広さにも驚いていたのだが、奥の私室は更に広かった。
それだけではなく、クローゼット、専用のトイレ、バス、洗面所まである。
応接間の奥だけでも十分に生活出来そうだ。
応接間にも、来客用のトイレと洗面所、給湯室にメイドさんの控え室まである。
そう、この部屋には専属のメイドさんがいるのだ。
アラセリさんという二十代前半ぐらいに見えるの落ち着いた感じの女性で、クセの無いこげ茶色の髪を後ろで束ねている。
メイドといっても、秋葉原あたりにいるフリフリのメイドさんではなく、古式ゆかしいハウスメイドさんだ。
メイドさんと同じ部屋で暮らすと聞かされた時には、ドキドキラッキースケベな展開とかを期待したが、実際には、主! 従! という感じで明確な一線を引かれている。
「ユート様、ご夕食の支度が整いました」
「ありがとうございます。アラセリさんも一緒にいかがですか?」
「いえ、私は後ほどいただきますので、どうぞお召し上がりください」
「あの、出来れば普通にユートさん……ぐらいの感じで呼んでいただければ……」
「申し訳ございません。失礼の無いように申しつかっておりますので、私のこともアラセリと敬称無しでお呼び下さい」
「いや、それは……」
「よろしくお願いいたします」
「はぁ……」
冷淡という程ではないし、むしろにこやかに対応はしてくれるのだが、あくまでも仕事の枠を出た親密さは感じられない。
もしかして、俺に襲われないようにガードを固めている……いや、それは無いだろう。
何となくだが、アラセリさんは只者ではない気がするのだ。
食事やお茶の支度をしてくれている時に殆ど音がしないし、足音とか気配が凄く希薄なのだ。
もしかすると、俺のボディーガードも兼ねているのかもしれない。
それにしても、俺よりも年上の女性から様付きで呼ばれるのは気恥ずかしい。
住環境以外の生活も格段に良くなった。
雑務係の宿舎から着替えなどの私物を持ってきてもらえたが、それ以外にも新たに衣服が支給された。
下着とか寝巻とか、めっちゃ肌ざわりが良いし、靴も城にいる職人さんが寸法を測りに来て、ただいま絶賛製作中らしい。
勿論、それもこれも俺が蒼闇の呪いと呼ばれている痣を消す技術を会得出来そうだからだ。
あれから痣の除去方法は、周囲の肌と色を合わせる方法に統一して、今は一回に直径三ミリ程度の範囲を除去出来ている。
幸い、被験者のロゼッタさんは抜けるような白い肌の持ち主で、最初に施術を行ったのが普段は衣服の奥に隠れている乳房だったから白くなりすぎずに済んだがが、試しに首筋の痣に施術を行うと、従来の方法では白くなりすぎると判明した。
俺の目からみれば、十分に白く見えるロゼッタさんの首筋でさえも、しっかりと調整しなければ白くなりすぎるのだ。
これが第一王子であったなら、更に痣があった部分だけ白く見えてしまっただろう。
依頼されている仕事も、亀の歩みだが一応順調に進められている。
仕事以外の生活環境も良くなったのだが、いくつか困った問題が出て来た。
一つ目の問題は、体が鈍ってしまっている。
これまでは、城内の清掃作業を行っていたので、体を動かす機会はいくらでもあったのだが、痣の除去作業は体力よりも精神力勝負だ。
精神的な疲れは感じるが、肉体的な活力を持て余している。
ただでさえ、色々と発散しておきたい仕事なのに体を動かす機会が減って、正直、結構悶々としていたりする。
施術中に邪な欲望が頭をもたげないように自分で処理はしているけど、たまにはワーっと体を動かして発散したいものだ。
二つ目の問題は、魔法の練習が出来ない事だ。
あの硬い岩胡桃の殻をスパっと切断した魔法を練習したいのだが、施術中は当然無理だし、部屋に戻ってからもアラセリさんの目が光っている気がして練習出来ずにいる。
第二王子派から命を狙われたのに、俺は何一つ反撃出来なかった。
仮に『切断』と名付けた転移魔法の応用は、まだ実際に誰かに向けて発動させていないが、人間一人ぐらいなら胴体を輪切りにする能力があると思う。
もし、再び命を狙われるような場面に直面した時には、身を守る術を持っていたい。
そのためにも練習したいと思うのが、今の時点で第一王子派に手の内を明かして良い物か迷っている。
今は第一王子の痣を消すために施術を最優先してもらっているが、痣が消え、本格的に王位継承争いとなった時には、切断魔法を使える俺を武器として使おうとするかもしれない。
それとも、戦場に出される覚悟を決めて魔法を磨いておいた方が、生き残れる確率が上がるのか……判断がつかない。
三つ目の問題は、海野さんとの連絡が取れなくなってしまった。
海野さんが第一王妃の近くへと接近するようになって、連絡の頻度がガクンと減ってしまっていたが、俺がここに引っ越したことで完全に途絶えてしまった。
友人の様子が気になるとリュディエーヌさんに訊ねれば情報をくれるかもしれないが、逆に海野さんをスパイとして使おうと考えないか不安だ。
第一王妃の近くまで入り込んだ人間が、第二王妃派の人間と接触しているなんて気付かれれば、向こうでスパイだと疑われるかもしれない。
日本にいた頃と違って、娯楽が乏しい状況が続いているので、つい余計な事を考えがちだ。
確証も無く余計な事を考えていても無駄なので、空いている時間を勉強に充てることにした。
「ユーレフェルト王国について……ですか?」
「そう、リュディエーヌ様から聞いていると思うけど、俺は別の世界から来た人間なんで、この国の常識を知らない。召喚された時に元の世界に帰る方法は無いと言われたので、たぶんこの先もこの世界で暮らしていくしかないんだと思う」
「それで、ユーレフェルト王国についての知識を知りたいとおっしゃるのですね?」
「そうなんだけど、お願い出来るかな?」
たぶん、こんな要求をされるとは聞いていなかったのだろう、アラセリさんは少し困惑しているようだ。
「あまり専門的な話は出来ませんが……」
「構わないよ。普通の人が、普通に知っている知識が欲しいんだ」
「かしこまりました。ですが、何を教えて良いのか分からないので、ユート様の質問にお答えする形でよろしいでしょうか?」
「うん、それで構わない」
「では、ご質問をどうぞ……」
率直に言えば、第一王子派と第二王子派の争いについて、もっと深い情報を聞いてみたいのだが、訊ねたところで答えてくれるか分からないし、第一王子派の印象を悪くする可能性もある。
そこで最初は、無難な質問から始めることにした。
「まずは、この国の政治体制について教えてくれるかな?」
「はい、ユーレフェルト王国では、国の意思決定は国王様の権利となっております。その上で、軍務、財務、法務の三人の大臣が補佐を務めております」
「勿論、貴族の方なんだよね?」
「はい、それぞれの大臣は三大公爵家の当主が務めるのが習わしとなっております」
「それぞれ大臣が、どんな方なのか教えてもらえるかな?」
「はい、軍務大臣を務めていらっしゃるのは、アンドレアス・エーベルヴァイン公爵です。エーベルヴァイン家は、第一王妃クラリッサ様の母君の御実家でございます」
「第一王妃の母親の実家か……」
俺達が戦力として召喚され戦果を上げろと言われたのは、こうした背景があるからか。
「ユート様、いかがいたしました?」
「いや、続けて」
「はい、財務大臣を務めていらっしゃるのは、オーギュスタン・ラコルデール公爵です。ラコルデール公爵家は、第二王妃シャルレーヌ様の母君の御実家でございます」
こちらについては驚かなかった。
片方の勢力が大臣にに就いているなら、バランスを取るためにもう片方の勢力が別の大臣を務めるのは当然だろう。
「法務大臣を務めていらしゃるのは、ベネディット・ジロンティーニ公爵です。ジロンティーニ公爵家は国王様の御実家で、当主のベネディット様は国王様の弟君です」
「その……ジロンティーニ公爵は、どっち派なの?」
あまり派閥争いに関する質問はするつもりは無かったのだが、どうしても気になって聞いてしまった。
アラセリさんは、ほんのちょっとだけ間を置いてから答えた。
「中立です。ベネディット様は、どちらを支持するとも表明しておりません」
「確か、王国には王位は継承順位に従って継承される……みたいな法律があるって聞いたけど」
「はい、おっしゃる通りです」
「だとしたら、法律を司る法務大臣としては、表明するまでもない……ってこと?」
「そこまでは、私には分かりかねます」
「だよねぇ……」
常識的に考えるならば、法務大臣は法律に従って第一王子が王位を継承するのが望ましいと考えていると思うが、そう見せかけておいていきなり第二王子を支持なんて事になると第一王子派に与えるダメージは甚大だろう。
「他に王位継承に関する決まり事みたいなものはあるの?」
「ございます。国の最高権力者を定めるのですから、細々とした決まりがございますが、主なものとしては先程ユート様がおっしゃった継承順位に従って決めるという規定と、継承候補者が二十五歳になるまでに決定するという規定がございます」
「第一王子のアルベリク様はいくつになるのかな?」
「今年、二十歳になられました」
「では、あと五年のうちに次の国王が決まるんだね?」
「いいえ、そうではございません」
「えっ、違うの?」
「はい、アルベリク様が二十五歳を迎える前に王位継承が認められない場合には、アルベリク様は継承権を失いますが、第二王子ベルノルト様の他に第二王女ブリジット様にも継承権は残っています」
「女王という場合もあるって事?」
「はい」
王位の継承権は、王子がいる場合には王子を優先するそうだが、優れた王女がいる場合には、そちらが選ばれる場合もあるらしい。
今の国王の場合、二人の王女は甲乙つけがたいと判断され、実家の力関係なども考慮して三大公爵家が力を応分に負担する現在の形になったようだ。
この辺りの話はタリクからも聞いていたが、ボンヤリとした内容が鮮明になった感じだ。
「あれっ? という事は、第一王女にも王位継承権があるの?」
「ございます。継承順位は第一王子アルベリク様、第二王子ベルノルト様、第一王女アウレリア様、第二王女ブリジット様の順です」
「第一王女の年齢は?」
「二十一歳です。ベルノルト様が十九歳、ブリジット様は十七歳です」
「とすると、大きな動きがありそうなのは、三年後なのかな?」
「それは、私には分かりかねます……」
アラセリさんは、これまで通り淡々とした口調で答えた後、少し迷うように視線を伏せた後で話を続けた。
「ただ、大きな動きならば、すでにユート様が引き起こしていらっしゃいます」
「えっ、俺が……?」
「これまで、どちらかの陣営が直接的な行動に出た事はございません。それだけユート様の存在は危険視されているのかと……」
アラセリさんが言うには、俺が襲われた理由は二つあるそうだ。
一つは、第一王子の痣を消せるかもしれない存在であること。
もう一つは、俺が元々はどこの貴族にも属していない存在だからだ。
俺がどこかの貴族の家の息子であったならば、殺害すれば大きな騒ぎになるので、あれほど簡単には手は下せなかったようだ。
「つまり、俺は国の状況を知るよりも、自分の身を守ることを考えた方が良い……ってこと?」
俺の言葉に、アラセリさんはキッパリと頷いてみせた。
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