第10話 王家の内情

 騒ぎの後、タリクは何事も無かったように装いながら、俺を甘味屋へと連れていった。

 クラッカーのような物にヨーグルト風味の甘いクリームを乗せた菓子は、それなりに美味いと思ったが本来の美味しさの半分も味わえていなかった気がする。


「他の世界から来たユートから見れば異常なのかもしれないが、この世界ではあれが日常だ」

「あれが日常だと? 本気で言ってるのか?」

「だったらユート、お前にどうにか出来るって言うのか?」

「それは……」


 試してはいないが、岩胡桃を切断した転移魔法の使い方をすれば、第二王子や取り巻きを皆殺しに出来るかもしれないが、それで全てが解決するのだろうか。

 追い詰められた第二王子派が、武力闘争を選べば内戦が勃発するのではないか。


「ちっ、いつまでも湿気た面してやがって、せっかくの休みが台無しだぜ」

「すまん……」


 タリクは買い物を続けたそうだったが、俺が不機嫌そうな表情を崩さないのを見て、諦めて城の宿舎へ向けて歩きだした。

 話の糸口が見つけられず互いに黙ったまま歩いていたのだが、タリクは俺に視線を向けるついでに後の様子も窺っているようだった。


 街を抜け、城へと向かう坂道を登り始めたところで、タリクは大きく息を吐いて肩の力を抜いた。


「どうしたんだ?」

「どうしたんだじゃねぇよ……まぁ、説明しておかなかった俺も悪いんだが、あんな感じの騒ぎの後には声高に不満を口にしている奴を見張る人間がいるんだよ」

「えっ、それって第二王子……」

「しっ、声がデカい、ちっとは気を使え」

「悪い……」

「詳しい話は宿舎に戻ってからだ」


 宿舎に戻り、普段の作業着に着替えてからタリクの部屋を訪ねた。

 タリクの部屋は俺の部屋より少し広く、小さな椅子とテーブルが置かれていた。


 俺が椅子に座り、タリクはベッドに腰を下ろして話を始めた。


「いいか、大きな声を出すなよ。ここは大丈夫だとは思うが、どこで誰が聞いているか分からないからな」

「分かった……」

「さっき街で起こった騒動は、第二王子の女漁りだ……」

「はぁ? 女漁りって……」

「声がデカい……」

「すまん……」


 タリクの話によると、第二王子は月に一、二度、街に下りては気に入った女を城へ連れて帰るそうだ。

 名目としては、王家の血筋を絶やさないために側室に相応しい女性を探すためとされているが、実際には第二王子と取り巻きの慰み物にされるらしい。


 少女から熟女、未婚既婚を問わず、第二王子に目を付けられたが最後、飽きるまで、新しい女性が補充されるまで肉欲の捌け口に使われるそうだ。

 第二王子に飽きられた女性は、堕胎の施術が行われた後、僅かばかりの金を持たされて城から放り出されるらしい。


 命は失われずに戻って来られるようだが、失われた尊厳までが回復する訳ではない。


「ふざけやがって……何が王族だ」

「よせ、ユート。思っていても口に出すんじゃねぇぞ」

「分かってる……そう言えば、痣がどうとかって聞こえたけど……」

「あぁ、蒼闇の呪いだな」

「蒼闇の呪い? なんだそれ?」

「ユートの世界には無いのか? 十歳前後の頃に突然高い熱が出て、熱は三日ぐらいで下がるんだが痣が残るんだ。こんな感じでな……」


 タリクが作業着のシャツを捲ると、右の脇腹に手の平ぐらいの青い痣があった。


「どんなに高名な治癒士が治癒魔法を掛けても、この痣は消えないそうだ。人によって痣が残る場所が違っていて、顔に残ってしまうと見栄えが悪いためか、蒼闇の呪い……なんて呼ばれるようになったらしい」

「じゃあ、それは呪いではないんだな?」

「そうだぜ、この国の子供ならほぼ全員が掛かる掛かるし、見栄え以外は何の問題も無いからな」


 街にいた布で顔を隠した人達は、宗教的な理由ではなく顔に残った痣を隠しているらしい。

 表通りから脇道に入った時に殆どの女性が布で顔を隠したのは、第二王子に目を付けられないように顔に痣があるように装っていたのだ。


「まぁ、痣があるフリはバレちまってるみたいだが、顔が良かったり、髪が綺麗だと目を付けられる可能性が高まるから、この先も布を被るようになるんだろうな」


 騒動の背景は理解できたが、だからと言って納得できる訳じゃない。


「なぁタリク、もしかして第一王子の顔の痣って……」

「そう、蒼闇の呪いらしい」

「第一王子は、第二王子みたいな馬鹿野郎じゃないだろうな?」

「どうなんだろうな。あまり表舞台には出て来ないから正直分からないが、第二王子のように酷くはないと思いたい」

「第一王子まであんな野郎だったら、この国終わってるだろう」

「まぁな、でも、このままだと第二王子が王位を継承してもおかしくないぞ」

「てか、王様は何やってんだよ。あんなの野放しにしてたら駄目だろう」

「王様は、入り婿だから自由に権力を振るえないみたいだぜ」

「何それ、どういう事?」

「俺も聞いた話だから、どこまで本当かは分からないけど……」


 タリクの話によると、先代の王様には息子が生まれなかったそうだ。

 そこで、貴族から婿を貰ったらしい。


 その時に、王家の血筋を残すために、先代の第一王女を正室、第二王女を側室という形にしたそうだ。


「えっ、それじゃあ第一王妃と第二王妃は姉妹なの?」

「あぁ、腹違いだけどな」


 母親の違う二人の王女は、結婚する以前から反りが合わなかったらしい。


「てことは、先代の王妃の実家あたりが中心になって継承争いをしている……って感じなのか?」

「たぶんな、詳しいことは俺にも分からん」


 今の王様と王妃がそうした関係だとすれば、仮に第二王子を暗殺したところで、第一王子も暗殺され、また姉妹で婿を貰う形になりかねない。

 やはり、第二王子を排除して第一王子に王位を継承させるのではなく、第一王子が王位を継承して確固たる地位を確立して第二王子の力を削ぐべきなのだろう。


「とにかく……ユート、どちらの陣営についても不利になる事や不満、敵意なんかを含んだ話はするな。特に第二王子に取り入って甘い汁を吸おうとしている連中は、城の中でも目を光らせ耳をそばだてているからな。目を付けられると厄介だぞ」

「分かってる、戦場に送られるのは御免だからな」

「そう言えば、ユートの仲間、また実戦に出掛けたらしいぞ」

「えっ、この前大きな被害を受けて戻ったばかりだぞ」

「なんだか、復讐に燃えてる奴らがいるとか聞いたぞ。ちゃんと手綱を握ってないと暴走しそうだが、使い方次第では大きな戦力になりそうだとか……」


 タリクの話を聞いて、頭に浮かんだのは川本と沢渡の顔だった。

 親友や恋人を殺されれば、復讐に燃えるのも無理はないだろうが、周りを危険に巻き込むのだけはやめてもらいたい。


「ユート、仲間が心配なのは分かるけど、俺らみたいな何の後ろ盾も無い半人前に出来る事なんか限られてるんだ。馬鹿な事を考えるなよ」

「分かってる……てか、夜間作業班に組み込まれている俺は、雑務係ではもう一人前なんじゃね?」

「こいつ、もう休みの日に遊びに連れて行ってやらねぇぞ」

「あぁいいのかなぁ……一張羅に染み作っても綺麗にしてやらないぞ」

「ぐぉぉ、ユートの染み抜きの腕を失うのは辛いな……しゃーない、次の休みも街を案内してやるよ」

「そうそう、よろしく頼むぜ」


 苦笑いをうかべたタリクと軽く握りこぶしをぶつけ合ってから自分の部屋に戻った。

 第二王子の理不尽な振る舞いに腹を立てて少し冷静さを失っていたが、タリクの言う通り、俺に出来る事なんか高が知れている。


 それでも、俺達を召喚した第二王子派には一矢報いてやりたい。


「一番良い方法は、第一王子の顔の痣を消すことだけど、治癒魔法でも消えないのは何でなんだ?」


 タリクの話だと、急に高い熱が出て、熱が引いた時には痣が出来ているらしいが、病気によるものならば治癒魔法で治りそうな気がする。

 それとも、痣が出来てから時間が経ってしまうと定着して治らなくなるのだろうか。


「海野さんなら治せないかな?」


 治癒魔法を使ってアンチエイジングの施術をしているらしいから、こっちの世界の治癒士では思い付かないような治療法を編み出せないだろうか。

 ただ、問題なのは、海野さんが第二王子の陣営に囲われている。


 仮に痣の治療法を確立できても、第二王子派が離してくれないだろう。

 それどころか、最悪命を狙われるかもしれない。


「海野さんには、痣の件に関わらないように伝えておいた方が良さそうだな。だったら……いっそ俺がやってみるか?」


 痣は皮膚の中に色素が沈着したものだから、色素を取り除いてやれば消せるはずだ。

 問題は、人の体の中にある色素だけを認識出来るかだ。


 仮に出来たとしても取り除けるのか、取り除いた時に出血とかの悪影響はでないのか、そこだけ真っ白になってしまわないか。

 ちょっと考えただけでも、幾つもの問題点が浮かんでくる。


「そもそも、実験台になってくれるような人がいない。タリクは……関わるなって言うだろうな」


 ベッドに放り出しっぱなしだった買ったばかりの服を畳もうとして、その前にやろうと思っていた事を思い出した。

 シャツのボタンを見詰めて、バリの部分に境界を設定して魔法を発動させる。


「転移!」


 残っていたバリが取れて、滑らかな曲線が生まれる。

 次に、潰れてしまった星屑の模様の部分を、潰れていないボタンを見本にして模様が出来るように境界面を設定する。


「転移! おっし、上手くいった」


 潰れていた模様が浮かび上がただけでなく、その部分だけメッキしたようにピカピカになっていた。


「そうか、表面も粗いのか……」


 バリ取りと模様の削り出しを続け、最後に表面全体から薄皮を剥ぐように境界面を設定して転移魔法を発動させた。


「転移! おぉぉ、ピッカピカだぜ」


 仕上げが雑な処分品のボタンが、高級品と言っても不思議ではないほどピッカピカに生まれ変わった。

 次の休みに、このボタンを見たらタリクはビックリするだろうな。

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