第5話 クラスメイトの悲報
肖像画の清掃作業を完了させて雑務係へと戻ったのだが、今度は城の内部の清掃を担当させられるようになった。
これまで清掃してきた場所は城の裏の部分で、王族や貴族の目には触れない場所だったが、今度は目に触れる場所になる。
そのため清掃を行うのは、王族や貴族と鉢合わせとならないように深夜の時間帯だ。
作業は日付が替わる少し前から始めて、王族が起床する直前まで続けられる。
朝食を済ませて、詰所に報告を入れたら宿舎に戻って休息。
夕方、再度詰所に顔を出して、その晩の予定箇所を確認したら、夕食を済ませて待機して、警備の兵士の許可が出たら作業を始めるという感じだ。
基本的に私語は禁止、物音を立てるもの禁じられた状態で、俺以外はベテラン揃いの担当者は黙々と作業を進める。
装飾係の作業所で、肖像画に向かって黙々と作業をしていたので、そうした環境は苦にならなかった。
そして、肖像画の作業を経験した事で、一般的な清掃が凄く楽に出来るようになった。
大きな壁一面の汚れでも、一回で転移させて落とせるようになったのだ。
複雑な彫刻が施された階段の手すりも、絵の具の繊細な筆跡を残して清掃するのに比べれば楽勝だった。
素材と汚れでハッキリ区別して認識出来るので、迷う必要が無いのだ。
城の廊下の壁が、俺が清掃すると塗り替えたように綺麗になるので、警備の兵士も驚いていた。
もしかして、異世界に召喚されたおかげで天職に巡り合ったのかもしれない……などと思うくらい充実した生活を送っていたせいで、クラスメイトの事が頭から抜け落ちていた。
雑務係に戻って三日ほど経った日の夕方、詰所で今夜の予定を確認していたらタリクに夕食に誘われた。
いつもはヘラヘラと笑っているタリクが妙に厳しい表情をしていて、食堂でも一番隅の席に引っ張っていかれた。
「八人だ」
「えっ……?」
いきなり人数を言われて戸惑ったが、何を意味しているのかすぐに理解した。
理解したのだが、信じたくないし、認めたくない。
「ユートの仲間、ネーファの森でオークの群れに待ち伏せ食らって大混乱になったらしい。森の中に築いた拠点まで敗走して、控えていた騎士たちの応援を受けて戻って来なかった連中を探しに行ったらしいが、八人の行方が分かっていないそうだ」
「でも、行方不明ならば生きている可能性だって……」
「ねぇよ。オークの群れが、何のために人を襲うと思ってんだ。姿が無いって事は、そういう事だぞ……」
一度目の実戦で、予定よりも良い戦果を挙げたクラスメイト達は、よりレベルを上げた課題として自分たちだけで大型の魔物を仕留めるように指示されたそうだ。
クラスメイトの中には治癒魔法しか使えず、後方支援専門の者もいるが、それでも三十人以上が戦闘に参加していたのだから、オークぐらいなら危なげなく仕留められるはずだったらしい。
ところが、クラスメイトだけで行動した事で、索敵がおろそかになって複数のオークによる待ち伏せに掛かってしまったようだ。
八人の行方不明者を出した後も実戦訓練は続けられ、騎士に引率されながらオークを討伐したらしいが、何人かが精神的に参ってしまっているらしい。
「行方が分からないのは男なのか、女なのか、両方なのか?」
「そこまでは分からねぇよ。俺が聞いたのは八人欠員が出たって話だけだ」
「そうか……すまん」
タリクは、清掃に行ってる騎士団の施設で噂話を聞き取って来ているだけだから、詳しい内容まで分かるかどうかは話している人物次第だ。
「ユート、お前仲間の宿舎まで行こうとか考えてるんじゃないだろうな?」
「正直、迷ってる……」
「止めとけよ。行ってもロクな事にならないぞ」
「分かってる、分かってるけど……誰が戻ってきていないのか気になって……」
「知ってどうすんだ?」
「それは……」
誰が犠牲になったか分かったところで、俺に出来る事は何も無い。
「気持ちは分らなくもないが、向こうは命懸けの現場に出ていて、ユートは安全な場所にいたんだぞ。絶対に暖かく迎えてなんかくれねぇよ。罵られて、下手すれば袋叩きにされて殺されちまうぞ」
「いや、流石にそこまでは……」
「馬鹿、あっちは仲間の何人かが犠牲になって、それでも討伐を続けさせられて、魔物と殺し合いをしてきたんだぞ。追い込まれた連中は、ちょっとした切っ掛けで暴走する。お前が顔を出したら、格好の鬱憤晴らしにされるだけだ」
「そうか……」
「いいから、さっさと飯食って仕事に行け。俺はユートを危ない目にあわせるため情報を持って来たんじゃないぞ。それに、お前の担当場所が全部西側だって気付いてるか? 親方が、お前を東側に近づけないようにしてるんだから、それを無駄にすんなよ」
「分かった……」
「じゃあ、さっさと食って、持ち場に行け!」
正直、まったく食欲は無かったけど、食わないと体が持たないから無理やり胃袋に詰め込んだ。
雑務係の宿舎の飯は、お世辞にも美味くないけど、今夜は砂でも噛んでいるかと思うほど味がしなかった。
途切れそうになる集中力を辛うじて繋ぎ止めて、その晩の仕事を終わらせて詰所に報告に行くと、親方からも釘を刺された。
「タリクから話を聞いたそうだな?」
「はい、八人戻ってないと……」
「俺の方でも情報を集めてやるから、仲間の宿舎には近づくな。いいな?」
「はい……」
ここでも最初は厄介者扱いだったけど、転移魔法を使った清掃方法を考えついてからは、能力を認めてもらって色々と配慮してもらっている。
俺が死んだり怪我をして仕事が出来なくなると、料理長やエッケルスさんから文句を言われるからかもしれないが、それでも配慮してもらっている事に変わりはない。
大人しく宿舎に戻ろうと、重たい足を引きずるように歩いていたら、声を掛けられた。
「霧風君……」
「海野さん……」
海野和美は召喚された時に治癒魔法を得て、俺と同様にクラスメイトとは離れて独自の訓練を受けていた。
足元ばかりを見て歩いていたので、すぐ近くから声を掛けられるまで気付かなかった。
「一緒に来て」
海野さんに腕を掴まれて引っ張って行かれたのは、クラスメイトの宿舎とは逆の方向だった。
宿舎の方向が建物の影になる所まで来ると、海野さんは両手で俺の肩を掴んで話し始めた。
「宿舎には近づいちゃ駄目だよ」
「えっ……?」
「みんな凄い気が立ってるから、霧風君の姿を見たら、絶対に喧嘩になるから」
クラスメイト全員が精神的なストレスを感じているそうだが、中でも俺を率先して追い出した川本がイラついているらしい。
「池田君が戻って来てないの」
「マジか……」
池田は川本と小学校以来の親友だそうで、学校だけでなく休みの日も殆ど一緒に過ごしているぐらい仲が良かった。
その池田が犠牲になって、安穏としていた俺が顔を出したら、確かにヤバいことになりそうだ。
「ごめん……俺だけ安全な場所にいて」
「ううん、霧風君のやり方が正しかっただけ。ここだけの話、私もなるべく安全な場所にいるようにしてるもん。だって、誰も守ってくれないじゃん」
「海野さんは、治癒魔法の腕を上げれば抜けさせてもらえるんじゃない?」
「そうしたいと思ってるけど、なかなか上手くいかなくて。霧風君は大丈夫なの?」
「俺は、一ミリしか動かない転移魔法を掃除に活用して何とか認めてもらえつつある」
海野さんに転移魔法を応用した掃除方法を説明して、雑務係で認められた経緯を話した。
「それって、こっちの人じゃ思いつかない使い方だよね」
「たぶんね。海野さんも、こっちの人とは違う使い方とかやってみたら?」
「違う使い方って?」
「急には思いつかないけど、現代医学の知識を融合したような治癒魔法を編み出せば、戦場じゃなくて城に置こうと思われるかもよ」
「それ、いただき! そうか、こっちの医学って日本に比べたら遅れてそうだもんね。内臓の仕組みとか、細胞レベルで考えれば、何か凄い魔法を思いつくかも。うん、やってみるよ」
「それと、これは大きな声では言えないんだけど、王位継承争いの話は聞いてる?」
「何それ、知らない」
親方の話の受け売りだが、王位継承争いに関する情報を知っている限り海野さんに伝えた。
「何それ、ふざけてる!」
「しぃ、声が大きいよ」
「ごめん、でも確かに言われてみれば、二、三回しか見たことないけど、第二王子って目付きとか仕草が普通じゃなかった」
「素行が悪すぎて近づかせないようにしてるとか?」
「んー……どうだろう、第一王女も殆ど出て来ないよ」
海野さんの話では、第一王女のアウレリアも実戦に出発する時の式典に顔を出しただけで、普段の訓練などには姿を見せないらしい。
「それって、道具として呼び出したら、あとの興味は実績だけってやつ?」
「じゃないの。うわぁ、ますます現場から離れた方が良い気がしてきた」
「マジで早い方がいいよ。恥とか外聞とか気にしないで、土下座してでも抜けさせてもらった方がいいって」
「だね。ねぇ、これからも時々情報流してよ」
「いいけど、どうやって連絡すればいい?」
「そっか、霧風君が来るのはマズいから、私がこっちに来るよ」
「じゃあ、雑務係の宿舎を教えておく」
海野さんに雑務係の宿舎と俺の部屋を教えた。
「霧風君がいなかったら、扉にメモを挟んでおくよ」
「いや、メモとか読まれたらヤバくない?」
「大丈夫、日本語で書いておけば読まれないでしょ」
「あっ、そっか……頭いいね。そうしよう」
「じゃあ、そろそろ行くね」
「うん、また……」
めちゃくちゃ嫌味を言われるかと思ったが、意外にも好意的に話が出来てほっとした反面、川本とは絶対に顔を合わせないようにしようと決意した。
宿舎の自分の部屋に戻ってベッドに横になる。
昨晩、タリクからクラスメイトの悲報を聞いた時には動揺しまくったが、海野さんと話したおかげで少し気が楽になった。
「あっ、誰が犠牲になったか聞くの忘れた……いや、あえて言わなかったのかな」
一人だけ知った池田の顔を思い出してみる。
川本と二人で、いつも喧しくしていた印象しかない。
宿舎から追い出された時も、川本の隣でニヤニヤ笑っていやがった。
ざまぁ……とまでは思わないが、犠牲になったと聞かされても、あまり胸は痛まなかった。
「寝よう……今夜も仕事だからな」
池田の面影を脳裏から追い出して、本格的に眠りについた。
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