第5話 護衛選択

 衝撃的な世界の常識を知ったあの日から1年経ち、行儀作法に始まりお茶会に必須の教養を身につけた。

 そのためアレクシアは、今後お茶会等で出掛ける時につける護衛を選ぶ事になった。



「アレクシアお嬢様、失礼致します。護衛候補の2人を連れて参りました」



「どうぞ、入って」



 返事をすると赤毛に白髪が目立ち始めた家令のセバスチャンがぽっちゃりと、身体の大きなゴリマッチョな20歳くらいの男性を2人連れて部屋に入って来て、アレクシアの前に並ばせた。



「お2人の内どちらかをお選び下さい」



 目の前の2人に視線を向けると、ぽっちゃりさんはさり気なくウィンクして微笑み、ゴリマッチョさんは緊張して固まっているようだ。



「そうね……、今すぐ決めなくてはいけないのかしら? 実際に訓練しているところとか、街にお出掛けする時に交代で護衛してもらってお試し期間を設けたいのだけれど……」



「いえ、すぐでなくて結構です。ならばしばらく実際に交代で護衛してもらいましょう。訓練の様子は屋敷の裏庭の訓練場で見る事も可能でごさいます。ではとりあえずお2人共自己紹介を」



 セバスチャンに促されて、先にぽっちゃりさんがビシッと胸に片手を当てて一度頭を下げた。

 どうやら騎士の礼のようだ。



「初めまして、私はフランソワ・ド・サドと申します、フランソワとお呼び下さい。それにしてもこんなに愛らしいお嬢様の護衛を出来るなんて光栄です」



 フランソワは自然な動作でスッと片膝をついてアレクシアの手を取ると、手の甲にそっと口付けた。

 初対面の男にいきなり手にキスされて、アレクシアは全身に鳥肌を立てながらも何とか笑顔を作る。



「よろしくお願いします、フランソワ」



(ひぃぃぃ~! 気持ち悪ぅ! ロリコンでもあるまいし勝手に人の手ぇにキスせんといてくれんか!? それともコレってスタンダードなん!?)



「俺……私はパスカルと言います、お嬢様の事は全力でお守りします」



 ゴリマッチョさん……もとい、パスカルはシンプルにそう言うと騎士の礼をした。

 どうやら手の甲にキスは頭ポンポンのように「ただしイケメンのみ」というやつなのかもしれない、とアレクシアは無理矢理自分を納得させた。

 強面で前世を思い出す前のアレクシアなら泣いていたかもしれないが、幸い前世の兄の友人の中には柔道部所属のもっと強面も居たので耐性があった。



「パスカルもよろしくお願いします。私はラビュタン家の娘、アレクシアですわ」



 にっこり微笑むとセバスチャンを含めた男3人は相好を崩した。

 彼らの感覚からしたら、女神に良く似た美少女に可愛らしく微笑まれたのだからそれも仕方のない事と言える。



「このお2人はラビュタン侯爵家お抱えの騎士団で役職無しの中では飛び抜けて優秀な方々ですので、実力はどちらでも問題ありません。なので後は相性が良い方を選ぶようにと旦那様から言われております」



「わかりました。ではとりあえず今日と明日、1人ずつ護衛に付いてもらいましょう。どちらからにしますか?」



「ならばパスカル、君が先に護衛に付くと良い、明日は午前中から護衛に付くが今日はもう午後だからな。お嬢様も厳つい顔を見る時間は短い方が良いでしょう」



「わかった……。ではお嬢様、今から私が護衛に付きますがよろしいですか?」



 フランソワはあざけりを隠そうともしないで、パスカルを見下した態度をとった。

 パスカルは一瞬痛みを堪えるような顔をしたが、すぐに真顔に戻して頷いてアレクシアに許可を求めた。

 この世界では筋肉質な身体は不細工と分類される、女神の脂肪を蓄えた身体とは程遠い故に蔑みの対象となるのだ。



「ええ、ではよろしくお願いします」



 アレクシアはトコトコとパスカルに近寄り自分の何倍もある手を取り握手した。

 まさかお嬢様であるアレクシアが自ら握手を求めに来るとは思っておらず、パスカルはギョッと驚いたがすぐに跪いて優しく手を握り返した。



(どっちかっていうと、第一印象はパスカルの方が誠実そうでええ感じやんな)



「では我々は失礼します」



 セバスチャンはそう言ってフランソワを連れて部屋を出て行った。

 部屋に残っているのはアレクシアとパスカル、あとはメイドのアネットだけだ。



「パスカル、少しお話ししていいかしら? あなたの事を知りたいの」



「はい、なんなりとお聞き下さい」 



 アレクシアはソファーに座ると傍に立つパスカルを見上げて話しかけた。



「あなた平民よね? 街のお店とか詳しいのかしら?」



「はい、私の実家は街でパン屋をしてますので実家の周辺は特に詳しいです」



「あら、ご実家はパン屋さんなのね、お店は継がなくていいの?」



「兄がおりますので店は兄が継ぎます、私と違って優しい顔をしていますから商売に向いていますし……」



「そう、適材適所ってやつね。あなたが怖い顔したら悪い人達も近付かないでしょうから護衛に向いてるわ、うふふ。さて、折角護衛が居るのだからお出掛けしても良いわよね?」



「お嬢様? まさか今から外出なさるおつもりですか!?」



 アネットが動揺するのも無理はない、なにせアレクシアはこの広い侯爵家の敷地から生まれてから一度も出た事は無いのだ。



「そうよ、アネットもパスカルも平民じゃない? アネットの実家のイデアル商会も一度自分で覗いてみたいし……、市井を楽しむならぴったりの人選だと思うの。一応セバスチャンに知らせてから、街に出ても大丈夫な服に着替えさせてちょうだい」



 アネットは平民だが王都では知らぬ者の居ない大商会の娘で、見目麗しい事も手伝い行儀見習いとしてラビュタン侯爵家でメイドをしているのだ。

 あんぐりと口を開けて固まっているアネットとパスカルに、アレクシアは満面の笑みを浮かべた。

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