第8話 トワの過去② ー不死の兆しー
入所から数週間が経った頃、トワにも不老不死の
髪が伸びるのは早くなり、1cm切ったら2日後には元の長さまで伸びていた。
与えられる薬の種類も増え始めると、髪が伸びるまでの期間もさらに短くなっていった。
「お兄ちゃん! 見てよこれ。ひどいよ」
トワの腰あたりまであったはずの髪は肩にかからないくらいまでバッサリと切られていた。
「ひどいね。一体どうしてそんな」
ユリウスは驚いた素振りを見せつつも大方の予想はついていた。
近頃のトワは薬の影響がかなり強く出ている。
数十センチ切られたこの髪の毛も明日の朝には元通りになっているはずだとユリウスは予想した。
ユリウスの予想は当たった。
トワはこれまでの子どもたちに無い程、薬の効果を示していた。
それからトワは毎晩、髪をショートカットにされ翌朝にはロングヘアに戻るという生活を繰り返すことになった。
***
「一体何のようですか?」
ユリウスは所長に呼び出されていた。
所長は普段、ガラス越しに実験を眺めて職員に指示を出すため、こうして対面することは
以前、トワの両親について職員に問い詰めた時以来の会話だった。
「実はこの実験も佳境に入っていてね」
トワの
「君をこの研究所の職員として招き入れたいと考えているのですよ」
思いがけない提案にユリウスは驚愕した。
所長はこれまで自分たちのことを実験体としてしか見ていなかったからだ。
「一体どうして?」
「理由は3つありましてね。1つ目はユリウス君、君が賢いからです。ここの職員や警備兵たちはまぁなんと使えないのが多いことか。言われたことを忠実にこなすこともできない連中が多々いる。その中で君は職員をよく観察し、うまく情報を引き出し、この研究所の目的をある程度把握しているでしょう。きっと君ならそこら辺の職員よりも優秀な働きを見せてくれるでしょう。」
ユリウスは黙って頷いた。
実際、ユリウスは相手をよく観察している。
所長が話の途中に割って入られるのを嫌うことも知っているからこその無言の
「2つ目はトワがよく懐いている。アレはかなり薬の効きが良いみたいだから、もっと能動的な実験も増やしたいところなのだよ。君が指示してくれれば多少無茶な実験にも付き合ってくれることだろう。そして最後だが、実は君の予期しないところではあるが、君はこの研究におけるかなりの功労者なのだよ。私は自覚の有無によらず、功績を残したものは評価したいと考えている。だから君の功績を称えると言うのが3つ目だ」
所長はひとしきり話し終えて、満足そうにユリウスを見つめた。
所長のこの仕草は相手の発言を待っている時のものだ。
「僕の功績というのは一体なんですか?」
曖昧な説明に留まった3つ目の理由を問いかけた。
「あぁやはり気になるかい? ただこれを言うと君は怒るだろうからねぇ。でも知りたいというのなら話してあげようじゃないか」
所長はにまにまと笑みを浮かべながら嬉々として話し始めた。
「君はここにきてもう数年経つ。大人も子どもも違いなく大抵は1年も持たずに死んでしまう中で、一定の効果を挙げつつ存命している稀有な存在だ。ここまではいいね?」
ユリウスはやはり黙って頷く。
実際、ユリウスは多くの仲間を見送っていた。
「君ほどではないが、効果が現れやすい実験体は少数いるんだよ。それで調査した結果、効果が安定して出やすい血統があるという結論に至った。そこで特に
「じゃああの日、トワが巻き込まれた落石事故は人為的に起こされた?」
ユリウスの問いかけに満足した所長はうんうんと何度も頷いた。
「やはり君は賢いね。あの事故は私の指示で起こしたものだよ。まぁ1人の無能のおかげで同様に近い血縁の母親は死んでしまいましたがね。いい実験台になってくれるはずだったんですが、役立たずが石を2個も飛ばしちまったもんだから計算が狂ってしまいましたよ。母親を助けられなかったのは本当に私としても辛い。彼女が実験に協力してくれていれば今頃さらに研究は進んでいたはずなのに。まぁ代わりにもならない役立たずだが、ミスしたろくでなしは実験台の頭数に加えておきましたよ」
この発言を見過ごせるほどユリウスは我慢強くはなかった。
「貴様外道が!」
ユリウスは所長に飛びかかった。
所長の左右に立っていた警備兵がすぐさま間に入る。
「君が怒るのも無理はないでしょうね。妹のように可愛がっていた少女がこんな場所に来る原因を作ったのは無自覚ながらあなた自身だったわけですから」
「違うだろ! お前がそんな人道に反することをするから!」
ユリウスの感情などお構いなしな様子で所長は再び問いかける。
「それで、私に協力しますか?」
「するわけないだろう!」
しかし所長は狡猾で、ユリウスを従えるために別のカードを切ることにする。
「宜しい。ならばトワには無理矢理にでも実験に協力してもらうことにしましょう。能動的な参加が難しいのでデータを取るためにも、かなり手酷い実験を受けてもらうことにします。ユリウス君、私の言いたいこと、わかりますよね?」
「トワに辛い思いをさせないためには僕が指示してトワに能動的な実験に協力してもらう必要がある……」
「やはりやはり君は賢いね。本当に話が早くて助かるよ。さっきはあんなこと言ったが、受動的な実験では取れるデータにも限界があるからね。是が非でも能動的な協力を求めていたのですよ。それでは改めて、私に協力しますか?」
「……する」
「は?」
「協力させてください」
「結構! 私のことをどう思われても構いません。私は仕事さえこなしてくれればそれ以上何も求めることはありませんからね」
所長は満足げに部屋を後にした。
***
ユリウスはその日から、部屋を個室に移されることになった。
拒もうとしたがこれも所長の脅しで断ることはできなかった。
「お兄ちゃん、行かないでよ」
トワは今にも涙をこぼしそうになりながら、ユリウスの服の裾を掴んでいる。
「トワごめんな、でも毎日会いに行くから我慢してくれないかな」
自分の服を掴んでいるトワの手を取ると両手で優しく握る。
「約束よ?」
「あぁ約束だ」
2人は小指を立てて指切りを交わした。
ユリウスはごく少ない範囲であれば所内を自由に移動することも許可されるようになり、日々の実験も免除された。
その代わり、所長から直々に薬の成分や実験データなどの情報を教え込まれた。
時には実験のデータ採取にも駆り出され、みんなが苦しむ姿に心を痛めた。
そして空いた時間は約束通りトワに会いに行った。
時には実験への協力をトワに依頼し、その実験に付き添ったりデータの採取をしたりした。
ユリウスはトワの信頼を裏切ることに対する罪悪感と、彼女を守るためには他に手がないという無力感に
一方でその手腕が評価され、ユリウスの所内での自由度は日に日に増していった。
行ける場所、使えるものが少しずつ増えていき、研究所から出られないことを除けば他の職員と大差ないレベルに自由を手にするようになった。
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