第7話 トワの過去① ー事故ー

 ゴロゴロと雷が鳴り響く中、馬車は山道を走っていた。

「パパ、怖い」

 トワは隣に座る父親にしがみついた。

「よしよし。パパが抱っこしてあげるから安心なさい」

 そう言って父親はトワを抱き上げた。

 社交界の帰り道、一家は激しい雷雨に見舞われていた。



 ***



 そんな家族が乗る馬車を高台から見下ろす2人の男がいた。

 1人は若くがっしりとした体型で、もう1人は白髪混じりの髪の毛に病的にほっそりとした腕をローブから覗かせている。

「所長、目標がポイントに迫っています」

 若い男はローブを羽織った男に声をかけた。


 ローブの男はかけていた眼鏡を外して雨粒をきながら、低い声で丁寧に若い男を怒鳴りつける。

「見えておるわ。合図したら即座にそこの岩を落とすのですよ」

「はっ! しかしターゲットを巻き込まないか……」

五月蝿うるさい! 私の計算が誤るはずがないでしょう。貴様は私の言う通りに寸分たがわず作業をすれば良いのです」

 所長は男を怒鳴りつけ、続けた。


「そのためにバカでも間違わないような簡単な操作で動く装置をわざわざ作ってやっているのです。岩は込めましたね?」

「はっ!」

 男たちのすぐそばにはテコの原理を応用した複雑な機構の装置がある。

 見た目や仕組みこそ複雑だが動かし方は簡単で、レバーを1度引くだけで巨石きょせきを飛ばすことができる。


「よろしい。ならば合図と同時にレバーを引きなさい。ほら早く準備して。5、4、3、2、1、今です!」

 所長に促され、男はレバーを引いた。

 装置から打ち出された2の巨石は崖を転がり1つは前方に転がり、馬車を引く馬にぶつかった。

 そしてもう1つは後方の客車部分に命中した。


 2つの軌跡を目の当たりにして所長はワナワナと震え出す。

「なぜ石が2つも射出されたのだ? まさか貴様……」

「いえ……その……1つだと外れた時にと思いまして、準備を……」

「何を! 馬鹿な! ことをしてくれた! 私の計算が間違うはずないのに! この! 役立たず! ろくでなし! 無能は私の手足となって従っていれば良いのです!」

 所長は叫びながら、持っていた杖で男を何度も殴りつけた。


「すみません。すみません」

 男は血だらけになりながら土下座をする。

「何をしている! ターゲットの状況をすぐに確認しにいかないか! この薄鈍うすのろめが! ほら! ほら! ほら! ほら!」

 所長に叩きつけられながら、男は立ちあがり、崖下に向かう。

 所長も後に続いてノロノロと崖を下った。



 ***



「パパ! パパ! ねぇパパったら」

 トワは父親に抱えられたまま呼びかけていた。

 突然の落石で父親と母親は血を流して意識を失っている。

 トワは父親が庇ってくれたおかげでこれといった怪我はないようだった。


 そこに高台から降りてきた血だらけの男が駆け寄ってきた。 

「大丈夫ですか?」

「助けてください! パパが! 死んじゃう」

 トワは必死に叫んだ。


 男の後ろからゆっくりと降りてきた所長が顔を出し、トワを落ち着かせるように優しく語りかける。 

「安心なさい、お嬢さん。この近くに私の病院があるから、パパとママを連れていくね」

 トワはその言葉を聞き、安堵あんどしたのか意識を失った。



 ***



 トワが目を覚ました時、父親と母親の姿は近くになかった。

 看護師が言うには、怪我が酷いから別の部屋で治療をしているらしい。

 トワ自身も軽傷だが怪我をしていたらしく、数日間にわたっていくつかの検査や投薬が行われた。


 両親に会えないまま何日も耐えるには、トワはまだ幼かった。

「ねぇ、ママとパパに会わせて」

「トワちゃんのママとパパはまだ起きられないから、もう少し待っててね。その代わり今日からはお友達と同じ部屋よ」

 そう言われて看護師に連れられた部屋には3人の子どもがいた。


 トワは同年代の子に会えた喜びから元気に挨拶をした。

「私トワって言います。よろしくね!」

 しかし、子どもたちの返事に力はなく、まばらなものだった。

 トワはそれを不審に思いつつも、これから仲良くなれることに期待して胸を膨らませていた。

「じゃあみんな、仲良くしてあげてね」

 そういうと看護師は扉を閉めて外から鍵をかけた。


 それとほぼ同時にトワより少し年上の男の子が話しかけた。

「お前も売られてきたのか?」

 トワは言葉の意味が理解できなかった。

「売られたってどう言うこと? ここは病院なんだよね? 眼鏡のおじさんの」

 トワの言葉は男の子の叫び声にかき消された。

「はぁ? 何いってんだテメェ。お前何にも知らねーのな。俺たちは実験台にされてんだよ」


「だって、事故にあったパパとママも助けてくれるっておじさんが……」

 トワは涙ぐみながら訴える。

「俺たちはなぁ、毎日ここで薬飲まされて実験されてるんだよ! それでみんなどんどん死んでいって……お前のベットだって、ついこの前までミィが使ってたのに……うぅっ……」

 男の子は泣き出してしまい、それを更に年上の男の子が慰める。


「びっくりさせてしまってごめんな。俺はユリウス。こっちはエリックであっちはリサ。エリックもリサもミィと仲が良かったからショックなんだよ……」

 ユリウスと名乗った少年はトワより4歳年上の15歳らしい。

 深みのある青い瞳に金色の髪を後ろで一つにっている、整った顔立ちだった。

 身長も高く、落ち着いた姿がトワには年齢以上に大人びて見えた。


「ううん、びっくりしたけど、大丈夫……」

「ユリウスさん、エリックくん、リサちゃん、よろしくね」

 エリックの話がまだ理解できず、トワを不安が襲い始めていた。

「まあさっきの話を聞いていろいろ思うところはあるだろうけど、明日になれば現実が見えるはずだから、今日はゆっくり休むといいよ」

 ユリウスの言葉はエリックの話が嘘ではないことを暗に伝えていた。



 ***



「トワちゃんは初めてだからこれくらいにしておこうね」

 エリックが言っていた通り、翌日から実験が行われた。

 体力測定に始まり、暗記のテスト、模写等まではよかったが夕方には電流を流されるという拷問ごうもんも待っていた。

 そしてその日の終わりに髪の毛を0.5cm程切られた。


「な、言った通りだったろ」

 エリックは力無い声でトワに言ったが、答える元気もなかった。

「辛いだろうが耐えるしかない。せめてこうした夜の時間くらいは息抜きをしよう」

 ユリウスは部屋の最年長らしく、エリックやリサを励ましていた。

 トワもすぐにユリウスに懐いていった。



 ***



 数日後、エリックとリサが寝静まった後、トワはユリウスに話しかけた。

「ねぇユリウスお兄ちゃん」

「どうした? トワ」

「ママとパパに会いたいよ」

 涙ぐみなが訴えかける。


 ユリウスは優しくトワの頭を撫でてくれた。

「そうだよな。俺が明日、それとなく聞いてみるよ」

「うん、ありがとう」


 翌日の晩、ユリウスは全身あざだらけになって帰ってきた。

 その隣にはトワを助け出した眼鏡の男・所長の姿もあった。

「やあやあお嬢さん、このユリウス君から聞きましたよ。ママとパパに会いたいんだってねぇ。ですが生憎あいにく、死んでしまいましたよ。いや、悪く思わないでください、私も殺すつもりはなかった。ですが如何いかんせん事故の傷が深くてね。私としても是非、実験に協力してもらいたかったのですが」


 言葉を話す隙もなく捲し立てられた事実にトワは言葉を失った。

「嘘……助けてくれるって言ったのに」

 トワは泣きじゃくり始めた。

「黙れクソガキが! 私だって殺したくなかったって言っているでしょうに! こっちのユリウスがしつこいもんだから教えてやったってのにうるさくすんじゃねぇ。とにかく、お前には母親の分も実験に付き合ってもらうから覚悟してろよ」

 言い放つや否や所長は出ていった。

 ボロボロのユリウスはトワを優しく抱きしめた。



 ***



 さらに翌日、ユリウスのあざは一晩では考えられないほど治っていた。

「ここは不老不死の研究所なんだよ」

 数年この施設にいるユリウスは時折職員の話を盗み聞いて色々な情報を知っていた。


「不老不死と言っても、正確には死にそうになっても死なない、すぐ治るようになるための研究らしい。それで、俺はその効果が出ているみたいで傷の治りも早いんだ」

「へー、髪切るのはなんでなの? トワは長い髪が好きだから切られたくない!」

「薬の効果が出始めるとね、切られた髪が伸びるのが早くなるんだよ。傷が早く治るのと一緒で、髪も早く元の長さに戻るんだ。心配しなくても突然短く切られるようなことはないよ」

「よくわかんないけどよかった」

 笑顔のトワをユリウスは優しく撫でた。

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