5-2

そこから30分ほど歩き、小薬のマンションに帰ってきた。救急車はいなくなっていたが、パトカーは数台残っていた。マンションに入っていくと警察官がマンションロビーに立っており、こちらを睨みつけてきた。こちらが委縮する理由も無いし睨み返しながら、エレベーターホールへ向かう。


視線はお互いの姿が見えなくなるまで切れなかった。小薬はエレベーターのボタンを押して下りてくるのを待ち、扉が開くので乗り込む。21と書かれたボタンを押して、2人無言のまま小薬の部屋のフロアに着くのを待った。


17、18、19とボタンの上部のディスプレイの表示が変わり、21と表示されて扉が開いた。開いた先で警察官がいかめしい顔でこちらを見てきた。


「うわっ」


まだ警官がいるのを予想だにしなかったのか小薬が小さく悲鳴を上げた。


「びっくりした。あれ?もしかして、まだ入れない?」


エレベーターホールを覗き込みながら言った。エレベーターホールにはまだ数人の警官の姿が見えるため、小薬がそう思うのも無理もない。


「行ってみよう。規制線は貼られていない」


俺がそういうと2人してエレベーターを出て、部屋へと向かった。すると小薬の部屋は扉が開いており、玄関部分に規制線が貼られ、複数人の警官が部屋の中をウロウロしていて、まだ捜査は終わっていないように見受けられた。


誰か気づいてくれないかなと思いつつ部屋の中を伺うも、行き交う警官は我関せずと言いたげに忙しなく歩き回っている。なので仕方なく廊下にいた警官に声をかける。


「あのぉ、すいません。まだ、入れませんか?」


訝しげに警官はこちらを見てきた。


「君たちは誰だね?」

「この家の住人です」


小薬がそう言った途端、この警官の瞳に不快な侮蔑の色が滲んだ。この人殺しが、と頭の中で叫んでいる色。


「ああ。被疑者の2人か。もう釈放されたのか」


面倒くさそうな態度が露骨に出ている。殺人犯にはこれでいいとでも言いたげだ。


「後どのくらいかかりますか?」


ジロリとこちらを睨む。


「うん?ああ、もう少しだよ」


語気は刺々しいものの、口調は普通だ。捜査が進む部屋を一瞥してマンションを後にした。


大通りに面したファミレスに入ることにした。大通りに面した窓がある席に案内され、特に長居するつもりも無いが、そのお得感からドリンクバーとフライドポテトを頼んだ。ウエイトレスが去った後、俺達は銘々ドリンクを注ぎに行き、再び自分の席に戻ってきた。戻ってくるなり小薬が口を開いた。


「あいつ一体何なんだろうな」


嘆息しながらあの女の事を口にした。


「さぁ…な」

「どうすりゃよかったんだろう?どうすりゃ皆を救えたんだろう?」


悲しそうな顔で窓の外の車の往来を見つめる小薬。その演技めいた仕草に付き合う形で俺も窓の外に目を向けた。その時、俺はギョッとしてしまった。窓の外にはあの女が立っているのだ。厳密には2車線の向こう側の歩道に赤い傘をさして突っ立っているのだ。


本来であれば、つまり今回亡くなった4人の場合この女が来るイコール死なのだが、この女の『使い』である俺の場合は、この女が来るイコール次の生贄を所望しているという事だ。今までであれば、こんなに早くこの女が来ることは無かったし、何より生贄は4人も必要なかった。どうしてこんなにスパンが早くなってしまったのか?人数が増えてしまったのだろうか?


焦っている?


そんな事があるのだろうか?あの女が一体何に焦る必要があるのだろうか?車の往来が途切れる度に見えるあの女の顔。左手首に絡んだ髪の毛と結びついたあの女の顔が、車の往来が途切れる度に徐々に角度が変わり、数度の往来で完全にこちらを見つめる形になった。


「おい」


そう声を掛けられハッとし窓の外から、視線を外し声の方向へと向けた。


「どうかしたのか?」


小薬は、いつの間にか来ていたフライドポテトをもぐもぐし、オレンジジュースをストローで飲むといった動作を繰り返している。


「い、いや……何でもない」

俺は首を横に振った。平静を装おうとフライドポテトに手を伸ばそうとした時、驚きのあまり手を止めてしまった。いつの間にかフライドポテトの皿の横に生首が置かれている。悲鳴こそ上げないが、驚きのあまり口から心臓が出そうになった。


生首はニヤっと笑った。


小薬には俺にこの女が見えていることを悟られてはいけない。止めた手を再びフライドポテトへ伸ばし、一本手に取りケチャップにつけて口に放り込む。


「さっきから変だぞ?箕輪」

「だ、大丈夫だ」

「それならいいけど。うまいよな。コレ」


2本、3本のフライドポテトを一気に頬張りながら感想を述べる。


「それで、さっきの話、お前どう思う?」

「何がだ?」

「いやいや、俺達、誰も何も救えなかったじゃん?どうすりゃよかったのかなぁって」

「どうする事もできなかったんだと思う」

「……」


小薬の視線は俺をしっかり見据えて、無言でもぐもぐしている。その視線は俺の言葉の続きを促している。


「神社にも行った、お札もお守りも塩も使った。そのどれもがダメだった。前にも言った通り、祓い屋もダメ。それなら俺達に出来ることは、もうない」

「この前言ってた通り、『出会わないのが最善の方法』ってか。でも、出会わない方法も分からないんだろ?」

「出会う条件は不明だ」


半分嘘をついた。ちらりとポテトの横の生首に視線を移した。コイツに来る条件だけは分かっている。コイツが俺に手紙をよこした後、俺がコイツの存在を生贄にしたい者に話をすればいいのだ。だが、俺が話をしたのは飯島だけだった。残りの3人はどうやって選ばれたのかという疑念はある。


「そして、生い立ち、どうしてあんなモノになってしまったのか、祓う方法。全てが調べようがないし、分からない」


コイツから手紙が来るようになった当初、図書館やインターネットで調べられるだけ調べてみた。だが、各地の伝承や都市伝説、もろもろの怪談には一切登場してこない。民俗学を専攻したのもコイツの存在、真実に少しでも近づくためだ。


「……」


俺がお手上げだと仕草をすると、小薬は肩をすくめて再度窓の外へ目をやった。沈黙。この沈黙には俺たちの言い知れぬ無力感が含まれている。俺にとっては更に罪悪感までもが含まれている。


怪談のセオリーの範囲外。


何者かも分からず、どうすれば祓えるのかも成仏させられるのかも不明。こちらは唯々殺されるのを待つばかり。


こちらの苦悩する顔がおかしかったのか生首は声を出して笑った。


その瞬間に怒りがこみあげてくる。あざ笑うこの顔。俺の両親の命を奪い、俺を間接的に殺人者に仕立て上げたこの存在。


必ず祓う。

どうあっても。

どれだけ被害が出ても。

必ず。


それから2時間ばかり暇をつぶして、丁度昼時になったので、小薬にうどんを奢ってもらい、店を出た。


「そろそろ大丈夫だろ。ここで解散しようぜ」


小薬はそう提案してきた。


「そうだな。悪かったな、奢ってもらって」

「ああ。気にすんなよ。うどんなんて安いもんだ」

「そう言ってもらえると助かる」


じゃ、と言い合って俺たちは家路へとついた。家路の途中、アイツがあちらにもこちらにも出てきて邪魔くさかった。赤い傘が町中にちらつく。時には遠く、時には真隣りにと神出鬼没であった。そのうちに我が家であるボロアパートにたどり着く。家の前の通りは小学校高学年の少年たちが自転車に乗ってにぎやかに通り過ぎていく。


2階へ上がる外付け階段の前に備え付けてあるポストを覗く。そこには一通の手紙が入っていた。洋2サイズの赤い封筒。全体が真っ赤なのでは無く、所々が乾いた血のように赤黒い封筒。それを手に取る。

いつもの封筒……。


また

誰かに語らねばならない。

あのセオリーの外の存在の事を。

また。


背後からあの女の笑い声が聞こえた。


(了)

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怪談のセオリー ぶり。てぃっしゅ。 @LoVE_ooToRo

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