5-1

気が付くと全てが終わっていた。


部屋の明かりはついていて、その全てがよく分かった。蝋燭が消えた五芒星の真ん中に彼女の首が丁寧に据えてあった。つい今しがた笑っていた、動いていた彼女は見るも無惨な顔になっていたが、彼女の血と思われるものは一つも無い。部屋は綺麗なままだ。身体は無い。


「うっ」


小薬が気がつき、五芒星に目を向けて飛び上がった。


「うわぁぁぁぁ!!」


部屋中に小薬の悲鳴が響き渡る。普通はそうだろう。俺が異常なだけだ。慌てつつも彼はスマホを取り出してどこかへ電話している。俺もそれにつられてスマホに目を向けると、 ディスプレイには8時30分と表示されていた。


「箕輪!お前は無事か!?」


電話が終わったのか俺の安否を確認してきた。


「ああ」

「今、病院に電話した。後は、警察に電話しなきゃ!」


流石医者の息子。人の生き死にに対する対応が手早い。見習わなきゃと小薬が奮闘しているのを遠目に見ていた。今回は4人。一度にこんなに『生贄』を用意する必要は無かったが、こんな形になってしまった。全てあの女のせいだが。


やはり今回もあの女を『祓う』方法は分からなかった。祓えなくても無力化するだけでもいいのだが、その手立てさえ掴めない。本当にあの4人には申し訳ない事をした。そのうち、外からサイレンが聞こえてきた。これはパトカーのサイレンだ。その音に感化されて俺はよろよろと立ち上がり、『首』に近づいていった。


俺にそんな資格も権利も無いが、手を合わせる。許してほしいと心の中で念じる。彼らだってあの女から逃れたかっただろう。そんな彼らを俺自身の保身の為に供物として差し出しておいて手を合わせるなど、成仏してほしいなどと考えるのは虫が良すぎる話だ。


だが―と心の中で誰も聞いていない自己弁護を始める。


そもそもこの女は、箕輪家に代々憑いている霊らしく、俺の両親も長谷川と同じように首から上のみしか見つかっていない。だから俺自身も相手が一体どういう身の上なのか、どこで憑りつかれたのか、どうすれば祓えるのか、全く分からない。


俺は奴の言いなりになりながら祓う方法を探していた。奴は俺に対して、時折真っ赤な手紙で何人の生贄を捧げるように指示してくる。本来だったら、こんなものはイタズラだと一笑にふせばいいのだろうが、これはイタズラではないことは理解していた。俺の両親は、この行為に耐えられなくなったのかこの手紙に従うのをやめ、それ故に首から上だけになってしまったのだから。


母などは完全なるとばっちりだ。父と結婚したせいで母は死んだ。父はそれまでに何度も何度も人を騙してはあの女に人を差し出していたのだ。両親が死んであの女は俺に白羽の矢を立てたのだ。


だから、俺はあの女にやらされているだけなのだ。俺は悪くは無いのだ。悪くない。悪くない。何度でも唱える。


だから、あいつは必ず祓う義務がある。今まで俺達、箕輪家が捧げた生贄の為にも。


「すみません!」


ピンポンとチャイムが鳴る。小薬が走って玄関へ走っていく。警察です、こっちですといったやりとりが向こうから聞こえ、ドタドタと複数人の足音が聞こえてきた。


「ここですか!?」

廊下から警官が顔を見せる。若い警官と中年の警官が二人。若いほうの警官はあまり見慣れていないのか、長谷川の首を見て顔をしかめてた。中年の警官は俺と小薬をジロリと睨むと口を開いた。


「あんたたちがやったのかい?」


来たか。こういう事態になるのは目に見えていた。


「え!?いや!俺達じゃないです!」


小薬はというと狼狽え始めた。こんな事態になることを想定していなかったらしい。


「でもね?鍵は閉まってた。中には君達2人しかいないかった。部屋には死体がある。こんな状況で君達を疑わないのは変だろう?」

「ッ!!」


小薬は今になってその事態に気づいたらしい。相当慌てていたようだな。


「いや!でも!本当に俺達じゃないんですよ!?箕輪も言ってくれよ!」


俺に助け舟を出してほしいと言ってきたが、俺もこの状況を打破できないと判断し、首を静かに横に振った。そのしぐさを見てなのか、観念したように小薬は静かになった。


「じゃあ、お二人さん。詳しいことは署で聞くから。車に乗って」


若い警察官は現場保存のためかこの部屋に残り、中年の警察官が連れて行ってくれるらしい。俺たちは重要参考人という事で手錠はされずに、マンションの外に止めてあったパトカーへと乗り込み、管轄の警察署へ連れていかれた。


その道中でサイレンを鳴らしている救急車とすれ違った。あれは小薬が呼んだ救急車だと直感した。そして、数分ぐらい走っただろうか、車は止まった。どうやら警察署に着いたようだ。


「降りて」

「はい……」


力なく小薬は車から降りて、警察官を先頭に、警察署内に入っていった。そして、いくつかの手続きを終え、取り調べが始まり、それから2時間ほど拘束された。


帰れるようになったのはマンションロビーの監視カメラに夕方に俺ら3人が写っていたのは確認できたが、それ以後警察官と一緒に出てくるまで、俺らの姿が映ってないからという理由だった。


それで完全に身の潔白を証せたわけでないとは思う。無論やってはいないが、カメラの映像なぞいくらでも偽装工作ができるため、警察側も俺たちが犯人という線を捨ててはいないだろう。


取調では詰問にあい、たかだか2時間程度だったがどっと疲れたが出た。覚悟はしていたものの中々に過酷だった。


特段警察は俺たちを自宅に送ってくれるでもなく、警察署の前に放り出されるも同然の形で帰っていいよ、とだけ言われて解放された。警察署の前でどうするかと思案していると後ろから声を掛けられた。


「箕輪も終わったか」


小薬が入り口のコンクリートの階段をトントンと下りてきた。どうやら小薬も解放されたようだ。


「お前も終わったのか」

「ああ。色々聞かされたか?」


小薬は2時間取調べられた割には飄々として、元気な様子である。


「ああ。疲れたよ。色々聞かれたが進展があるような内容には思えなかったが」


取調べの時間や内容を思い出して、警察に対して皮肉を言ってやる。


「そうだな。俺達を取調べたところで何かが分かるわけじゃない。全てはあの女のせいだ」


『何かが分かるわけじゃない』…か。『全てはあの女のせいだ』…か。


彼、彼女らが死んだのは半分は俺のせいであり、全てがあの女のせいばかりではない。しかし、俺はそれをこいつには喋らない。それは軽蔑や侮蔑を恐れているからだろうか?自分の心の中なのにその真意は分からない。


誰にも打ち明けられない罪悪感を抱え、友人を欺き、善人の面をして生きていく。これを両親が死んでずっと繰り返してきた。今更悲劇のヒーローを演じる気も無いが、今更悪人になるつもりもない。あくまでニュートラル、悪であり善であるという矛盾を抱えた存在である生き続ける。おそらく誰も理解はしてくれないだろう。


小薬は両腕を左右いっぱいに伸ばして、伸びをして言った。


「何はともあれ、帰ろうぜ!」

「あ、ああ…」


小薬は笑顔で俺の肩をポンとたたくと敷地に面した道路へ歩き始めた。あの笑顔に全て見透かされたような気がしたが、そんなものはただの気のせいだと一笑に付し小薬についていった。

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