4-2

歩いて近くの神社へ向かった。道中、随分呑気だな、と小薬君が少し咎める言い方をし、それに対して、タクシーを待つ時間と歩いて神社まで行く時間がそう変わらない、と箕輪君は反論するというやり取りがあった。


後からそんなやり取りをする二人を見ていて、ふと、このような関係の友人が私にはいただろうかと自問自答してしまう。死に間際に……、いや、死に間際だからだろうか?こんな意味の無いことを考えてしまうのは。死んでしまうから、人生を総決算しているのだろうか?


途中途中で小薬君が気を使ってくれたからだと思うけど、他愛も無い会話をしながら、足早に歩いて行った。


「まず、御参りをしよう」


ここに来た目的は、道中で箕輪君が話してくれた。取りあえず大学の近所の神社に御参りしてお守り買って、破魔矢を買って……とできる限りの事をする。


本堂へ続く参道を3人で並び歩いていく。賽銭箱の前に辿り着き、3人揃って、財布の小銭入れをあさる。賽銭箱の向こうの扉は開かれており、恐らく神様であろう古めかしい鏡が、奥の祭壇に鎮座しているのが見える。


まずは小銭を見つけた小薬君が、5円を投げ入れた。鈴緒を揺らし、鈴を鳴らす。カランカランと小気味いい音が境内に成り響く。柏手をうち、目をギュッとつぶる。そんな小薬君が終わるのを待ってから、箕輪君が同様の事を行う。


箕輪君が終わったので、次は私の番だと賽銭を投げ入れようとした時、私はギョッとしてしまった。


賽銭箱格子越しに、中からあの女の顔が私を見ていた。左目は相変わらず上を向き、右目だけで私を捉えていた。


「キャッ!?」


私悲鳴を上げて、尻もちをついてしまった。本当に何処にでも出てくる。音もなく静かに気付いたらいる。いつでも殺せるのと、あんたは私の掌の上よと言われている気がした。小薬君が駆け寄ってきて、大丈夫?と聞いてきてくれた。


私は2人に先程あったことを話した。箕輪君が改めて賽銭箱の中を覗きこんで、首を横に振った。みっともないところを見せたという気持ちと恐ろしさ半分半分で賽銭箱の中を覗いた。そこにはもう、何もいなかった。


「本当に何処にでも出てくるな」


箕輪君が私と同じ気持ちを吐露した。あまりに逸脱した登場の仕方に半ば呆れているようにも見える。


「今、いなければ早くやった方がいい。あの女はいつ出てくるか分からないぞ」


私はうなずくと気を取り直して、賽銭を投げ入れ、柏手を打ち、祈りを込め両手を合わせた。そして、しっかりと目を閉じた。

早く終わってほしい!あの女に消えてほしい!私は助かりたい!いろんな思念が祈りとして駆け巡った。


「無駄だよ」


左耳に囁くようにそう聞こえ、目を見開らいてしまった。慌てて前後左右を見回すも、あの女の姿は無い。とうとう幻聴までも聞こえるようになってきたかと、そこまで追い詰められているのかとそう痛感した。だが……。


「ん?」


拝殿の奥の御神体である鏡に何やら、赤いものが映っている。先程までは決して映ってはいなかった。まさか。よく目を凝らして鏡を見てみると、ああ、やっぱり。赤い傘が御神体である鏡に映っている。そんな事をやってのけるなんて、ただの幽霊とか本当にそんな程度のものなの?


自分自身にとっては神さえ恐れるに値しないと私に教えているのだろうか。


「あ、あれ…」


御神体の鏡を指さす。


「あれは、御神体の鏡だ。あれがどうかしたのか?」


私が鏡の事を知らないと思ったのか、箕輪君が知識を披露してくれるが、私が言いたいのはそんなことではない。


「あの鏡に、あの女が映ってるの!」

「今も?」

「今も!えっ!?見えない!?」


小薬君は首を横に振って見えないことを教えてくれた。鏡に映るという事は後ろのまっすぐの参道に居るということだろう。思い切って後ろを振り返って見るも、そこには何もなく、改めて鏡を見直すとトレードマークである赤い傘は無くなっている。ほっと胸をなでおろす。たとえこれが束の間であったとしても。


「こんなに頻繁に出てくるのであれば、もう時間は無いかもしれない」


無情な事を口にして箕輪君は、社務所へ足を向けると足早に進んでいった。社務所の巫女の女性と会話をし、袋を受け取るとこちらに戻ってきて、袋の中身を私たちに見せてくれた。


覗き込んだ袋の中には、破魔矢、お守り、神札、数珠がそれなりに入っており、その大半はお守りが占めていた。お守りは厄除け、交通安全、健康祈願、商売繁盛、果ては恋愛成就の物もあった。


「何が効果があるか分からん。だから、片っ端から買ってきた。後、塩ももらってきた。それと数珠もつけておいた方がいい」


箕輪君は袋に手を突っ込み、数珠を手に取って私に渡してきた。それを手に取り、自身の左手につけた。


「一通りの物は揃った。お前んち蠟燭とかチョークとかあったよな?」


小薬君は箕輪君の問いかけに首肯する形で答えた。それを聞いて箕輪君が、行こうと言って足早に神社を後にした。小薬君の家は大学からでは、電車に乗らなければならず、タクシーを拾ったほうが早いと判断し、大学にタクシーを呼んだ。


「歩いている間にタクシーは来ると思う」


箕輪君はなるべく時間を短縮して移動することを心掛けているようだ。私の為に?そう思うとその優しさが嬉しかった。徒歩で見慣れた大学へと戻ってきた。大学の駐車場にタクシーが静かに止まっており、その静かさが早く乗れとプレッシャーを与えてきている気がする。


「あ、もう来てる。早く行こう」


箕輪君も人を待たせたりするのが嫌いなのか、歩くスピードを上げた。私達がタクシーに近づくと、タクシーのドアが開いた。


「君は何かあるか分からないから、運転席の後ろに座れ」


と言われたので遠慮なく後部座席に座らせてもらう。箕輪君が真ん中、小薬君が助手席の後ろといった形で、ドライバーは私達が乗ったのを確認するとドアを閉めた。それを見計らってから、小薬君が住所を喋った。それを聞いて、ドライバーはナビに目的地を入力するでも無く、無言で車を発進させた。


「ここからどのくらいなんですか?小薬君の家」

「そんなにかからないよ?車だと十分、十五分ぐらいかな?」

「なら、どうしていつも電車を使っている?」


これは箕輪君。私と小薬君との会話に割って入ってきた。


「駐車場代までは出してくれないんだよ。うちの親は。それに車は維持費がバカになんないだろ」


小薬君の顔が少し強張った気がした。家族の事を喋るのが苦手なのだろうか?幼い時からネグレクトだったりとか……。ううん、今は関係無い。大学の大通りから、通ったことも無いような路地へ入りタクシーは目的地を目指し進んでいく。


私にはもうここが何処かわからない。それからも狭い道、広い道を通りながら小薬君の言った通り、十五分程度で目的地に着いた。私はもう彼らには何も言わなかったが、道中度々赤い傘が見えていた。


「着いたよ」


小薬君が言いながら、スマホでお会計をして下りた。私も車を下りて空を見上げた。これは……。


「こいつんちでかいだろ?」


小薬君の家、それはいかにも高そうなタワーマンションだった。ただの大学生がどうして?そんな風に思っていると私の事を察してか家主が答えてくれた。


「親が家賃出してくれてるんだ」

「ふん。反発して出てきた割には親のすねをかじってるじゃないか」


瞬時に箕輪君の嫌味が飛ぶ。反発して出てきた?やはり、彼の家では何かあるのだろう。私の家も順風満帆とは言えないけど、波風立つようなトラブルは無かった。色んな人が色んな悩みを抱えているものだ。


「入ろう」


小薬君を先頭にマンションに入っていく。ガラス張りのドアの手前にオートロックシステムが立っている。部屋番号を入力してチャイムを鳴らすためのシステムと鍵穴が一緒になっている装置。その鍵穴にキーを差し込み右に半回転させると、奥のドアが開いた。小薬君は足早に奥へと向かう。私は黙って彼らについていく。


向かった先はエレベーターホールで全6基のエレベーターが動いているようだ。上へ向かうボタンを押すと、1階に止まっていたエレベーターが口を開いたので、私達はいそいそと乗り込んだ。


「俺の家、21階なんだ」


そう言って、21と書かれたボタンを押す。ガタンと音がして、エレベーターが動き出す感覚を味わう。その間、私達は無言で目的のフロアに着くのを待った。21階に着くと、エレベーターは無音でその口を開いた。


小薬君は何も言わずに慣れた足取りでエレベーターから下りて、廊下を歩いた。少し歩くと小薬君が1つの扉の前で止まり、鍵を差し込み、ドアを開けた。


「ようこそ、我が家へ」


気取った言い方をして私達に入るように促した。玄関からリビングまで真っ直ぐの廊下が伸び、左右に4つの扉がある。普通に考えれば3LDKの間取りだろうか、一人で住むには広い。


箕輪君は、慣れているのかお邪魔しますと言って、靴を脱いで勝手にあがり始めた。私はというと、部屋の広さに呆気にとられていて動けずにいたところを小薬君に後ろからどうぞと改めて促されようやく体が動くようになった。


「お邪魔します」


と控えめな声を出して靴を脱いだ。箕輪君は、リビングへは向かわず直前の扉に入っていった。


「小薬、借りるぞ」


中からそんな声が聞こえた。勝手知ったる他人の家という言葉が頭に浮かんだ。


「長谷川さんもあの部屋へ」


家主にそう言われ、先駆者の後を追った。リビングの手前の扉には何があるのかと不安にかられていたが、そこには何も無かった。


「この部屋、余ってるんだよ」


後から小薬君がドア枠に身を寄りかからせて言った。余っているか、羨ましい限りだ。もともとそんな裕福な家庭に産まれず、更には20歳でその生涯を閉じようとしている私とはとてつもない雲泥の差だ。もう少し贅沢させてくれてもバチは当たらなかったんじゃないかな?神様。


そんな物思いに耽っていると箕輪君が、神社の袋から買ってきたものを乱雑に出し始め、


「準備をしよう。」


と言った。


「私は何をすればいい?」


自分の事だ。協力?いや、自衛の為にできる事はやっておきたい。箕輪君はその言葉が意外だったのか、面食らった顔をした。彼はこんな顔もするのだなと驚いた。


「うーん……特にやってもらうことはない。出来れば端っこに立っていてもらいたい」


そう言われ、そそくさと部屋の隅へ移動する。小薬君が部屋の中央で、お守りやらを弄り倒す箕輪君に近寄り、何やら渡している。細くて長くて白いもの。チョークだ。それと蝋燭が5本。


「そんなのどうするの?」

「チョークか?これで五芒星を書く。素人が書くものなんてどれだけ効果があるかは知らないが、結界のつもりだ」


結界。急にものものしい単語が出てきた。


「蝋燭はその星の各頂点に一つずつ置く。だから、5本ある」

「へぇー……」


他人事のように感心してしまった。自分の事なのに。


「でも、小薬君よく知ってたね。箕輪君がこういう事やるつもりだったって」

「前にもやった事あるんだ。その時はどうにか退ける事はできた。その子も元気に生きてるし、生活している。でも、祓えているかまでは……」


『分からないか』。一時しのぎの可能性だってあると言いたいのだ。


「前にやった時は凄い部屋が汚れた」


箕輪君が言葉の流れを引き取り五芒星を書きつつ教えてくれた。だから小薬君は最初、このマンションに来るのを嫌がったのだ。


「とりあえず、書き終わった。次は御札を貼るか」


そう言ってどこから出したのか両面テープで買ってきた御札を貼り始めた。全て貼り終わると、箕輪君は部屋をぐるりと見渡して、うんと満足気に言うと、私に言った。


「今のうちにトイレに行っといたほうがいい」


恐らく他の人に言われてもそうでもないだろうが箕輪君に言われるとかなり恥ずかしく感じた。無言で首を縦に振りトイレに向かった。もちろん小薬君に場所を聞いてから。


「ふぅ……」


とトイレの中で一息ついた。ずっと緊張しっぱなしだったから……。死ぬか死なぬかの瀬戸際でもトイレに行きたくなるものだなと痛感した。トイレから出て部屋に戻ると箕輪君が口を開いた。


「五芒星の真ん中に座ってくれ」


いつの間にか五芒星の外には買ってきたお守りが並べられ、五芒星の各頂点には蝋燭が置かれていてささやかながら光り輝いている。衣類に火が燃え移らないように気をつけて、五芒星の真ん中に座った。そして、私は疑問を口にした。


「これって、祓えないんだよね?」


そう言った時、私は自分が二人に対して敬語を使うのをいつの間にかやめているのに気が付いた。たかだか一日、一緒に行動しただけで随分と慣れてしまったのだろう。


私は本来、そんなに誰かとすぐに打ち解けたりはできず、悩みのタネであったのに。この二人には何か、人懐っこい雰囲気ではないがそのようなものがあるのかもしれない。普通にこの人達と友人になりたかった。


最後の最後に友人のような関係になって一体何の特があるのだろうか?目に涙がうっすらと溜まっていく。でも、二人には気付かれたくない。


「祓うことはできない。だが、一度防御できれば諦めて去っていく可能性が高い。こいつはあんたに恨みがあるわけじゃないからな。怨恨関係だと、その恨みを払うまで防御し続ける必要があるだろうが……」


五芒星の周りに神社でもらった塩を一生懸命に撒いている箕輪君が答えてくれた。

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