3-3

車が邪魔にならないように路肩に止めて、京についた旨伝えた。


「ここ?あー。こんな場所で幽霊でるとか、聞いたことないなぁ」


車を下りて、京はぐるりと辺りを見回した。家も一軒も無く、施設なども無い。道路の左右には鬱蒼と生い茂る木々が立ち並び森を形成している。標高が少し高いせいか風が一陣吹きすさぶ。風が吹けば森がそれに応えるかのように木々を揺らし、ザワザワと音が鳴らしている。


「ホントに何にも無いねぇ」


京は顎をさすりながら、感心したように言う。そして、車のヘッドライトが照らす、あの横断歩道へと近づいていく。


「これが、その横断歩道ね」

「あ、ああ」


俺はあの女がいないか警戒する。警戒したところで何かできるとは思えないが。とりあえず、今はあの女がいないことを確認し、京に習い横断歩道へ近づいていった。先に横断歩道に着いていた京は膝をおり、何かを探していた。用意がいい事で、とてつもなく明るいライトを右手に持っており、このライトのおかげで辺り一帯が明るく照らされている。


そこで何かを見つけたのか、声をかけてきた。


「これ見ろよ」

「え?」


小走りで、京の許へと向かった。ライトが照らしている箇所に目を向けると、そこには朽ちた花束が備えてあった。ここで誰かが死亡するような何かがあった証だ。


「この道で、誰かが死んでるな」

「そうみたいだな。ここで死んだ者が、あの女だって言いたいのか?」

「可能性はある。絶対じゃあない」

「どういう意味だ?」


京はおもむろに立ち上がり、やれやれといった顔をして説明をし始めた。


「確かにお前の言う通り、ここで死んでしまった女性が悪霊化し、今、お前たちに襲い掛かってきているかもしれない。だが、もう一つ別の可能性がある。それは、あの女が原因で、別の何者かが死んでしまったという可能性だ」


「ふーん……」


俺は京が何を言いたいか分からず、訝しんでいると分かりやすいように肩を落とし、追加で説明をしてくれた。


「前者だったら、ここで死んだ女の事をよく調べて弔ってやれば、お前は解放されるかもしれない。でも、後者だったら、祓うのは相当に難しい」

「どうして?」

「その祓う対象の素性が全く分からないからだ。その女は何処から来た?どこで死んだ?何者だ?どうやってそれらを調べればいい?」

「……」


いつの間にか、飄々としていた京の表情や喋り方から茶化すような雰囲気は消え、真面目くさった顔をしている。だから、何かがマズいのではないか勘づいてしまった。だから、恐る恐る聞いてしまった。


「何か問題でもあるのか?」


無いと言ってほしい。そう願っている。彼が口を開く。それがやたらにスローモーションに映る。


「ここでは、人が死んだ残響が感じられない。ここで死んだ人は、ちゃんと成仏している。ここで死んだ人はお前を襲っているわけではないと思う」

「じゃあ?」

「答えは分かっているだろ?祓えないよ。コレ」


口から出まかせを言っているわけではなさそうだ。ここで俺は思い違いをしていたと痛感した。こいつは、ちゃんとした祓い屋なのだ。自称霊能力者とか詐欺師とかその類じゃない。本物の祓い屋。


感覚で分かる、こいつは嘘をついてはいない。嘘つきならば祓う真似でもして、その場を乗り切り、金銭をせしめればいい。そうしないということは力の大小は別にして祓える実績を備えた者だといえるだろう。そして、その祓い屋が祓えないと言っている。


そう確信すると自分の中で何かが崩れた。俺は助からないんだ。必ず死ぬんだ。そう思うと身体が恐怖で動かなくなった。気が付くと頬に涙が流れていることに気づいた。


俺は泣いているのだ。怖くて泣いているのだ。小学生のように。もう大学生なのに。絶え間なく両目から涙が流れている。


「ど、どうしようもないのか?これは!」


思わず叫んでしまった。闇の中に俺の声が木霊した。気が付くと、しゃくりあげるほど泣いている。大学生にもなって情けないとも思いつつも、ここで人生が終わると思うと、このまま両親に何の挨拶もできずに死んでしまうと思うと、とめどなく涙が出てくる。


「すまない。俺ではこいつを祓えない」


慰めることが出来ずに狼狽えながら、京は同じことを繰り返した。


その時、森を揺らしていた風が止み、シンと静まり返った。今までなっていた木々の揺れる音は今は全く聞こえなくなってしまった。今まであんなに吹いていたのに、ピタリと止まったのだ。自然的な止まり方ではない。かなり不自然な止まり方だ。


「え?」


京が闇をライトで照らし、森や奥の道路の奥を確認していた時、ライトの灯りがバツンといきなり消えた。それに合わせるがごとく、車のヘッドライトもいきなり消えた。何の前触れも無くいきなりだ。


「あ!?え!?ど、どうなってんだ!?」


俺たちは真っ暗闇の中に放り出されるかたちになり、混乱してしまう。あまりにも不自然な事態が起こったため、俺の涙もそれきり止まってしまった。無音、暗闇、その空間の中で時間の感覚が失われていく。


「そっちは大丈夫?」


京が心配そうに声を抱えてきたので、大丈夫と言っておいた。姿は見えず声だけが木霊する。どのくらいか経った時、不意に強風が一陣吹きすさんだ。それと同時に左手首に巻いた数珠が一瞬で弾けた感覚がした。


「え!?」


俺は暗闇でよく見えないくせに左手を無意識に見てしまう。それは向こうも同じようだ。


「あ、ヤバい。ヤバいね。これ。全部、数珠が切れちゃったよ。そっちも同じ?」


同じ、というのは数珠が切れたことを聞いてきているのだと判断し、同じだと答えた。暗闇で京の顔は見えないものの、緊張感が空気を通して伝わってくる。京の車内での言葉が思い出される。


『よく言うけど、弾け飛んだらヤバいからね』


「俺、右も左も5連ずつぐらい巻いてたんだけどね、全部、一瞬で無くなった。相当なバリアだったのに。飯島君、君の『連れてきた者』、相当ヤバいよ」


心なしか京の声が震えているように感じられる。恐れているのか?生首女を。


「に、逃げよう!無理だ!コレ!」


京は混乱しながらも、車が置いてある場所まで移動しようとしている。俺はどうなる?俺を置いて逃げようというのか?お前が逃げれても、俺は逃げられないだろ!怒りと悲しみが同時に去来する。暗闇の中から車のドアを開ける音がした。本当に逃げようとしているのか。自分が助かればそれでいいのか。


「うわっ?」


その時、もう一陣の強風が吹き、京は声を上げた。どうしたのか?と思い、暗闇の中様子を伺っていても、動きが感じられない。音も、声も聞こえず、無音が広がる。先程まで感じられた存在感も感じられなくなっている。なので試しに前方の暗闇に声をかけてみることにした。


「天王慈斎さん?」


反応はない。どうしたのだろうか。無音と暗闇が俺の精神に襲いかかる。そんなに気温は高くないのに汗が止まらない。これは脂汗だ。口から息がヒューヒュー漏れる。もう息をするのも拒みたくなってきているが、もう一度、声をかけてみる。


「て、天王慈斎さん!!」


声が震えて響いた。しかし、反応は無い。何で反応がない!?何で!?何で!?脂汗は額から顎へ向かう途中に涙と混ざり合い流れ落ちた。またもや俺は泣いている。こんなにも泣き虫だっただろうか?恐怖に心臓を掴まれたような感覚に付き纏われ、身じろぎ一つできなくなった時、急に周りが明るくなったのだ。


足元に京が持っていたライトが転がっており、それが急に点灯し、前方を眩しく照らした。そこには…


「あ、ああ…」


首。首が道路においてある。先ほどまで、話をしていた者の首が晒し首のように断面をアスファルトに接地させている。その首からは口からは血を吐き出し、左の瞼は縦に切れ、左の黒目は闇夜をじっと見据え、右目では俺をじっと見据えている。


「て、天王慈斎さん…」


俺は、ガックリと膝を追って、地べたに座り込んでしまった。自らが望まなくても歯がガタガタとなり、全身が震える。


彼は一体どのタイミングで死んだのか?

さっきの風に殺されたのか?


いや、無意味だ。こんな事を考えるのは。呆然と変わり果てた姿になった京と目を見つめていると、レンタカーのヘッドライトもパッとついた。


何故、このタイミングで点灯した…?


何かを指し示すかのように、ヘッドライトの光が伸びる。俺の視線が自然とその光に誘われ、光が指し示す方向へと移っていく。


そこには『生首女』がいた。雨も降っていないのに赤い傘をさして、左手には自分の首を持っている。その首は、俺を見るわけでもなく明後日の方向を見ている。それがまた不気味である。じりと、女は右足を出した。次に左足、右足と、あの変な歩き方で茫然自失の俺に近づいてきている。俺は逃げることもできず、そのまま座り続けていた。


そこには諦観もあり、死を覚悟していたからである。目の前に視界にあの女の顔が入ってきた。それが俺の真正面に来た時、一度見たら忘れられないあの顔がニヤッと笑った。


「あ、ああ…」


俺はどうなるのだろう?どうやって殺されるのだろう?


「ねぇ」


目の前の顔の口が動いた。女とも男ともどちらともとれるような声。続いて、顔は言った。


「どうして轢いたの?」


次の瞬間、俺の視界はブラックアウトした。

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