3-2


「取りあえず、その女に会った場所まで行ってくれる?」


車に乗るなり祓い屋は言った。都内でレンタカーを借り、他県までこの祓い屋の男を拾いに来た。


今、助手席にいるのはサングラスをかけ、世間ではなかなかお目にかかれないであろう派手なアロハシャツ、そして、それにアンバランスなフェルトの中折れ帽子を被った陽気な男である。事情は既にスマホで伝えてある。その上でこいつは、女に会った場所へ行けと、指示を出してきたのだ。


アクセルを踏み込み、車を発進させる。


この辺りは土地勘が無いのでカーナビの通りに走行する。


金髪で両耳にイヤリングしている男がどうしても胡散臭く見えて運転しながら

「いけるのか?」

と俺は聞いてみた。


すると男は半信半疑の俺を更に不安にさせるようにヘラヘラと笑った。


「いやぁ?分からないねぇ。そんなの聞いたことないしさぁ?だから、その『最初の場所』に行くのさ」


ハンドルを握る手に自然と力が入る。誰と接しても他人事だ。いや、他人なのだからそれが自然なのだが、それにしたって箕輪もこいつももう少し真摯に向き合ってくれてもいいのではないかと思う。


「まぁ、誰が来たって大丈夫さぁ。この天王慈斎 京がいるからね!」

「…」


何も言えなかった。この祓い屋の男は、『天王慈斎 京てんのうじさい きょう』を名乗り、各地で活躍しているらしい。実績も多々有り、期待してくれていいと言うが、どれもこれもが自称である。


だが、もう俺にはこんな胡散臭い祓い屋にすがるしか道がないのだと思うといかに自分が狭い世の中を生きてきたかが如実に分かってしまい、悲しい気持ちになる。


日が徐々に傾き始め、空は青とオレンジのグラデーションが色づいている。車は対向車が少ない山道を法定速度を少し越えて走っている。


車内はカーナビのナビゲーション以外の音が無く、俺も京も黙ったままだった。そうして、ようやく林ばかりの道を抜け、人工的な灯りがチラホラと見え始めた頃、おもむろに京が口を開いた。


「そういえばさぁ、その怪談のサイトって見てみたいんだけど無いの?」


怪談のサイトというのは、箕輪が以前教えてくれたサイトを言っている。『存在しない』サイトなので、京には詳細説明を省いていた。


「え?ああ、クラスメイトが言うには身近な怪奇譚っていサイトらしいんだけど…」


説明中にも、前方の道路には目を離さない。その時、視界の隅で赤いものが見えた。気のせい?と思いルームミラーを見ると、そこには赤い何かはなかった。気のせいと思うことにしよう。京はスマホを操作しているようだ。先程伝えたサイトを検索しているんだろう。


「うん、見つからないねぇ。アドレスとか無いの?」


アドレス……。あ、メッセージアプリでアドレスを教えてもらっていた。御法度だがハンドルを握りながら、メッセージアプリを開いて箕輪とのやり取りを開いた状態で京に渡した。


「そのやり取りのどこかにアドレスがある」

「ふーん……」


スマホを受け取り、該当の部分をタッチしている。


「あー、404になっちゃうねぇ」


404というのは、アドレス部分に入れたページが存在していない事をしめす、ネット上の番号だ。


「俺のスマホでも開いてみよ」


そう言って、京は、俺のスマホと自分のスマホを交互に見ながら操作し始めた。一文字ずつ、アドレスを入れるつもりらしい。律儀な事だ。


「あー!俺のスマホでもでないや。これじゃあ、どんな怪談かとか分かんないなぁ。少しでも手がかりがある方がいいんだけどなぁ」


京はガッカリした様子で、俺のスマホを返してきた。この状態で返されてもと思いつつも、道路から目を離さず左手でスマホを受け取りポケットにしまった。京は窓の外を見ながら、視線はそのままで質問してきた。


「でも、君のお友だちは見たんでしょ?このサイト」

「ああ。んで、そこの管理人ともやり取りができてるみたいなんだよ」

「ええ?どうやって?」

「不思議だよな。メールでやりとり出来てるらしい。何処まで信じていいか分からないけどな」


カーナビの右折しろ、左折しろという指示に従っていたら、いつもの見慣れた大学近所の大通りへ出てきた。


「ここから一時間ぐらいだな」

「じゃあ、引き続きよろしく」


京は相変わらず窓の外を見ている。空はもう暗くなり月が輝き始めている。運転していたから何も言わなかったが、先程から道の端々には赤い『何か』を見ている。いや『何か』ではない。確実に分かっている。分かりたくないだけだ。あれは『傘』。赤い傘だ。確実に近づいてきているんだ。そう認識するとハンドルを握る手が震えている。


「どうした?」


それに気づいた京は、不思議そうに質問してきた。


「え?どうしたの?まさか?」


そのまさかだ。恐怖で手が震えている。


「さっきから、歩道にあの女がいるんだよ。何処に行ってもいる。天王慈斎さんを乗せてからずっと」


京は珍しく真面目な顔になって、後部座席に顔を突っ込みごそごそとしている。いつの間にか、そこに荷物を置いておいたらしい。そして、こちらに顔を戻して何かを手渡してきた。こちらは運転中なので、しっかりそれを見ることはできないので、チラチラと視線を向ける。


それはどうやら数珠のようだった。よく見ると差し出されている彼の手首にも無数の数珠が巻かれている。どんだけ自分を守りたいんだ。


「これは?」

「一応持っておいたら?役に立つか分かんないけど、数珠って身を守ってくれるよぉ?」


大学内で思案した時に役立たずということで判断したものが、ここで姿を現すとは。


「それに!この数珠は、ただの数珠じゃないよ!何てったって、この僕の霊力が含まれているからね!」


運転中なのでちゃんと確認できないが、自慢気なのは何となくわかる。いらないと判断したものだが、タダだしもらっておくことにした。


「ちなみにタダじゃないよ。オプションだからね。追加で料金かかるよ」


タダでは無かった。ハンドルを握りながら、器用に左手首に数珠をした。意外と重く、チープ感は無いのでそこそこの値段はするかもしれない。生き残れた時には、この点に留意する必要があるな。いや、生き残れるのならそのそこそこの金額を払ってもいいか。


「よく言うけど、弾け飛んだらヤバいからね」


どうヤバいのかは教えてくれないようであるが、数珠が切れたりするのは良くないというのはよく聞く。車はそろそろ例の山道へと差し掛かる。当時ほど夜は更けてないが、それでも十分に暗い。


車もほぼ通らないし、外灯が無いのも暗さに拍車をかけている。車のライトをロービームからハイビームに切り替えて、山道を走っていく。明かりに照らされた道路があの時の事を思い出させる。


数分後、あの場所に辿り着いた。

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