2-4
「お前、どうして塩とかさ、持ち歩く様に提案しなかったんだ?」
小薬が、目いっぱいの唐辛子がかかった牛丼をもぐもぐしながら俺に聞いた。ここの牛丼は、価格の割には量が多くスポーツ部員には好評である。
いつも通りに学食で昼食をとっていた俺たちは、あの女の話に自然となってしまう。俺は俺で素うどんを食べていたので、それを嚥下してから口を開く。
「お前、仮に人を殺せるような幽霊に、塩なんか効くと思うか?あんな白い小さな粒粒」
「それが『セオリー』じゃないか」
「それはホラー映画とか小説でのセオリーだろ。人間であるお前は塩かけられたら、この世から居なくなるのか?そもそも幽霊だって、元は人間だぞ。何で幽霊になった途端に塩が効くようになる?変じゃないか」
饒舌にまくし立ててしまった。牛丼を美味しそうに食べている小薬の表情からは感情が読み取れない。強いて言うなら、美味い。ただそれだけだろう。
「そう言われればそうかもな」
特に感情を感じられない声であっけらかんと言い放った。実は今日の授業を受ける前に飯島が俺の所に来て、一ノ瀬が亡くなった事を伝えに来た。今回は死体発見現場が大学構内ではなかった為に朝一で連絡は来なかった。だから、自然とこんな話題になった。
「でも、やっぱりホラー映画だよな」
不謹慎ながら、と小薬がポツリと言った。呪いの対象に追いかけられ、殺される。確かに有りがちではあるが…。
「あれはホラー映画や小説に出てくるものよりもたちが悪いぞ」
「そうだよな。何も分かんないもんな」
「そうだ。セオリー通りにいけば、このまま俺達があの女の生い立ちとか調べて、どうしてあんなものになってしまったのかを探り当て、そして、そこから祓う方法を見つけて一件落着。そうだろ?」
決まった道筋があるなら、人はそこを歩きたがる。だが、決してその通りにいかないこともある。セオリーの範囲外とか言うやつだ。人類が皆、セオリー通りならもう少しマシな世の中だろう。
「そのとおりにはならないって?」
「何も分かんないからな」
小薬の言葉を借りた。
「そういうのが分かるようになるための民俗学だろ?」
小薬は悲観的なため息を出した。
「どこでどう学んだって分からないものは分からんよ。しかし、分からないなりにこちらも動かなくちゃいけない。祓い屋にお願いしてみるか。前にも言ったが、俺には祓い屋の知り合いとかいないから、ネットとかで探してみることになるけど」
「えー、ネットで探すの?詐欺とか怖くね?」
超常的な何かよりも現実的な事件や事故の方が怖いか。小薬らしいといえばらしいし、一般的な感性でいえばそれが当然だろう。
「だが、次誰かが死んだら手遅れになる。そうなる前に手を打たなきゃいけない」
俺はジーンズのポケットからスマホを取り出して、いつもの『身近な怪奇譚』のサイトを開く。ここには今時珍しく交流用の掲示板があって、それなりに利用されている。
また、ここに書き込む理由としては、怪奇譚の管理人が目を通してくれるからだ。たかだか1サイトの管理人だが、どうにもその存在を無視することができない。管理人が何かしらの知恵を貸してくれるかもしれないという、自分勝手な願望も含まれている。
掲示板に、スレッドタイトルを入れ、あの山で女にあった事や大学の生徒が既に2人しんだこと、誰か祓い方を知らないか?など、まとめて書き込んだ。致命的なのはこの掲示板、日中帯はほぼ書き込まれず、夕方から深夜にかけて、盛んに書き込みが行われる。あまりに情報が遅いと飯島、長谷川のどちらかが死んでしまう可能性がある。
「何か当てはあんのか?」
牛丼をもくもくともぐもぐしながら、俺が掲示板に書き込むのを眺めていた小薬が聞いてきたのだ。因みに牛丼の器の中は空だった。ご飯粒一つも無い。毎度の事ながらこの点は感心する。
「ああ、掲示板に書き込んどいた。何かいい情報があればいいけど…」
そう言って、俺はうどんをすすった。小薬は、微動だにせずに言った。
「祓い屋とかに払う金、どうすんの?」
「あ」
何も考えて無かった。
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