2-3
「ワンドリンクオーダー制か」
セージがカラオケルームのテーブル中央にあるメニューを見て言った。
「じゃあ、何にしようかなぁ?」
メニューを右から左まで丁寧に眺め、頼みたいのものがあったのかこれにしようという顔をしている。そのうち、どれでもいいから頼めよと言って、メニューを私に渡してきたので、パラパラとメニューをめくりドリンクを探す。
コーラ、お茶、ソーダ、アルコールまである。あ、そうだ。アルコールを飲めば、あの女の事を忘れられるかもしれない。
「俺はコーラにするよ。お前は?」
「私は、青りんごサワーで!」
セージが、ルームの入り口備え付けの受話器でオーダーをし始める。オーダーしている様子をカッコイイなと思いながら眺める。飲み物を頼み終わったセージは私の真正面で真面目な顔をしている。
「じゃあ、喋って」
雑なふり方だと思うけど、何を言いたいのかは分かる。
「うん。この前…」
セージに全部喋った。セージに内緒で山へ行った事、そこで女の幽霊に会った事、その女がついてくる事、そして、ついて来たら死ぬっぽい事も全部。
意外にも私がセージに黙って遊びに行ったことは怒らなかった。セージは腕組みをして、う~んと言いながら天井を、見ている。何か考えてくれているのかな?そうしていると、カラオケ店員が入ってきて、オーダーしてたコーラと青りんごサワーを置いて出ていった。
カラオケ店員は歌いもせずに真面目な顔で話し合ってるのを変な人達という顔で見てた。セージは運ばれてきたコーラを一口飲み、やっぱりうーんと言って天井を見ている。
「塩とかかけてみんのは?」
何か思いついたようにセージが言い出した。私は心の中で何を言ってるんだろ?って思ってたら、それが顔に出てたらしく、セージは説明してくれた。
「昔よ、テレビとかで見たのかな?言ってたんだけどよ、ユーレイとかオバケとか、塩が効くんだってよ!」
凄い!セージは何でも知ってる。
「だからよ!そいつが出たら、塩、投げつけんだよ!」
あの女に塩を投げつける?想像する。出来ない。そんな事は出来ない。怖すぎる!
「で、出来ないよ、そんな事。あの女、怖いんだもん!」
「うーん…」
セージは、また天井を見上げてしまった。それから、2人で黙っちゃって、宣伝番組の音がうるさかった。どのくらいの黙ってたかは分からないけど、セージがまた何か言ってきた。
「ちょっと思ったんだけどォ?」
「えっ?何?」
「その女って、ホントにお前の事殺しに来んの?」
そう言われれば、どうだろ?
「言ってたじゃん?同じサークルの奴が死んだって。『事故』とかじゃねぇの?」
「…」
「死んだ奴は、トモコ達をビビらそうと思って、そんな演技してたんじゃね?」
小林が演技してた?私にはとてもそんな風には見えなかった。
「それで、事故でたまたま死んじまったって、考えた方が自然じゃねぇ?」
確かに。でも……。
「タイガ君の友達も死んじゃったんでしょ?」
「それこそ事故だよ。タイガに聞いたら、いつ死んでもおかしくないようなバイクの乗り方してたらしいし」
「そっか……」
考えすぎか……。
「だからさ。そんな女の事は忘れようぜ!」
セージが、私を励ますためにそういう事を言ってくれているのだと感じ、不安はゼロにはならないけどセージの言う事を信じる事にした。
「そうだね!じゃあ、歌お!歌お!」
私は、あの女の事を忘れたいが為にテーブルの上のディスプレイ付きのリモコンを操作し、お気に入りの曲を入れる。私達は最初にいつも歌うお気に入りの歌を歌うようになった。
それが、セージとのカラオケのルール。気が付くとセージもオーダーが終わったのか、リモコンを操作していた。最初は私!いつもカラオケで歌う十八番!『夏色キャトルミューティレーション』を歌う。
その後は、セージも得意な歌を歌い、私も好きな歌を歌い、飲み物が無くなったら、オーダーしてというのを繰り返してカラオケを楽しんだ!
それから、お酒も入って盛り上がり、女の事を忘れ始めた頃、次は何の曲歌おっかなって、思ってセージも私も機械で探してた。
すると、今まで宣伝ばっかりだったカラオケの画面に突然、曲が入った。セージも私も、え?何だろうって思って、画面を見てると
『赤い傘』
と出てきた。セージも私も、画面をずーっと見ちゃってた。
どっちもこんな曲入れてないのに急に出てきて、カラオケ用の映像が流れ始める。映像は車で何処かの夜の道を走ってる映像だった。ルームのスピーカーから流れてくる音楽も何だか滅茶苦茶で、耳が痛い。
それでも、私達は耳を塞いだりせず、ずーっと画面を見てた。そのうち、映像が見たことある道を走り始めた。
あっ、この道知ってる。
そう思った時、映像の中であの女が映った。分かった。あの時の、あの夜の映像だ!私は怖くなって震え始めた。映像の中で女が横断歩道を歩き始めて、あの時と同じ横断歩道の真ん中で止まると、こちらに左手で持った頭を出してきた。
その時、セージのひっ!という短い悲鳴が聞こえた。女の顔が完全に映ると、今迄流れていた音楽は一気に止まった。
そして、画面には歌詞のように
『轢かないでね。轢かないでね。轢かないでね』
と、ずっと映ってた。
ただ映ってただけじゃない。画面の中の女の口もそれに合わせて動いてた。
私達はそれを見て、ぎゃああぁと2人で悲鳴をあげて部屋を出て、一階のカラオケのスタッフのところへ向かった。バイトのスタッフ、少しイラつきながらも話を聞いてくれた。
「え?カラオケの機械がおかしくなってます?そんなことは無いと思いますけど…」
「悪いけど見てきて、ここ、俺がやっとくから」
そんなスタッフ同士のやり取りを震えながら見て、3人で部屋に戻った。画面を見て一言、スタッフは言った。
「別に変な所はありませんけど?」
確かにスタッフの言う通り、画面にはいつものように宣伝番組が流れていた。私達は、カラオケの時間が残ってたけど、怖くなったから、お金を払って店から出た。心臓がバクバクいっている。あれは何だったの?
「な、なぁ、これからお前んち、行こうぜ」
いつものセージならそんなこと言わないのに。珍しいと思ったけども、あんな事があったばかりだもん、無理ないよね。私もセージと一緒じゃないと今夜は眠れなさそう。
「うん。いいよ」
駐車場に止めておいた車に乗って、私のマンションを目指す。行き交う車のライトが眩しい。でも、この位明るくないと今の私達は移動できない。暗い道を通るとあの赤い傘が目につきそうで…。車内ではどちらも喋らなかった。喋れなかったのほうが正しいかもしれない。
セージは、明らかに大きな通りを選んで走ってる。それが遠回りになったとしても。やがて、私のマンションにたどり着き、駐車場に車を止めた。車から降りる時も、女がいないか2人で不安になりながらおりたけど、駐車場にはいなかった。
「よかった。あの女、いないみたい」
「早く行こうぜ」
部屋まで行けばもう安心だろうと思って、セージと2人でエレベーターに駆け寄った。エレベーターは6階に止まっており、私が上へ行くボタンを押すと下りてきた。エレベーター横の階数を表す数字が5、4、3…と中々、1階に来なくて焦り始めていた。あの女は今も私の周りにいる気がして…。
あっ!?もしかして、このエレベーターに乗ってるかも!そう思って私は、セージの手を引いて、直線の廊下を走りマンションの入り口まで戻った。
「うお!?な、何だよ!?」
わけがわかっていないセージは、離せよっていいながらも私について来た。というより引っ張られてきた。2人でマンションの柱に隠れて、エレベーターが来るのを待つ。チンと音がした時、私は目をギュッと瞑った。
……
……
特に何も無い。怖いけど目を段々開けていく。そこには見慣れた直線の廊下しか無かった。
ホッとした。セージは、
「何だよ!急に引っ張ったりすんなよ」
怒っていた。
「ごめん。エレベーターにあの女が乗ってる気がして……」
そう言って謝ると、じゃあしょうがねえか、とセージは許してくれた。私達は今度こそ、ちゃんとエレベーターに乗って、7階のボタンを押した。古いエレベーターのドアが閉まり、動き始めた。
2階を通り過ぎようとする。私はハテナと思った。ドアの窓からいつも見慣れてる直線上の廊下。その奥に何かがあった気がした。一瞬だったし、灯りの影になっててよく分かんなかったけど。見間違いだ。
次に3階。やっぱり奥に何かボールぐらいの大きさのものが置いてある。しかも、さっきよりも近づいてきている気がする。ドアの窓だからよく分からない。
次に4階。あ、またある。やっぱり『近づいてきている』。セージの方をパッと見てみると、ガタガタと震えている。歯がカチカチとなっている。自分で自分を抱きしめている。私じゃなくて。
5階。あ、あれは『頭』だ。あの頭。どうする?エレベーターを止める?ううん、ここで止めてどうなるの?『全部の階にいるのに』、エレベーターを止めてどうなるの?どうするの?『逃げられない』よ!
6階。もう、分かった。エレベーターの前に『頭』がいた。黒黒とした髪の毛が廊下にあっちこっちに蜘蛛の巣のように張っていた。首の断面を廊下にくっつけて、前に見た通りの顔で、忘れようにも忘れられないあの顔でニヤッと笑ってる。セージは!?振り返るとセージは倒れている。一発で分かる。セージは死んでる。セージの首が無いから。でも、何で!?いつの間に!?パニクっちゃうけど、もう、7階!!私も死ぬの!?
私は怖くなって目をギュッと瞑った。目を閉じてればあの顔を見なくて済むよね?
チン、とエレベーターが7階についたことを教えてくれた。そして、エレベーターのドアが開く音が聞こえた。数秒、しばらく待つ。何も無い?何も起こらない?段々目を開いていく。えっ?何かがある?あれは首?セージの首だ!あ、あの女の首じゃない!?じゃあ、あの女はどこ行ったの!?
「こっちだよ」
声が聞こ―
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