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小林が、いきなりおかしくなって食堂を出ていったのを私達は黙って見てるしか無かった。場が白けちゃって解散しちゃったけど、小林が言っていた『あいつ』、今でも思い出せるし、思い出したら思い出したで身震いしちゃう。今迄生きてきた中であれは一番恐ろしい顔だった。でも、あの女が『来る』なんてさ、映画とかドラマの見過ぎなんじゃない?私がセージと見に行ったホラー映画にも同じような話があったもん。


小林が居なくなった後、結構時間経ってたから、彼氏に迎えに来てもらうことにした。メッセージアプリを開いてセージにメッセージをうつ。セージは私の愛しの彼氏!


《いま、大学にいて迎えに来てほしいんだけど、いい?》


猫が「お願ーい」と言っているスタンプも一緒に送る。しばらく暗くなった大学の外で待ってると、スマホが鳴り出した。


「いいよ!」とおじさんが言っているスタンプが送られてきた。セージの返事はだいたいスタンプで済まされる。大学の手入れされた花壇から、駐車場に移動する。私を迎えに来る時はいつも、この駐車場に止めて待っている。向こうもそれが都合がいいんでしょ。それならそれに合わせる。だって私は他人に合わせられる女だもん。


どのくらい待つかは分からないけど、変な場所に居るとセージは怒るし、怒った後許してもらうのが大変だから、じっと待つ。


その内、聞き慣れた車の音が聞こえてきた。セージの車だ。セージの車は他の車よりも何かウルサイ。本人に聞いたら、「改造してるから」だって。セージは、何でも出来る!本当に尊敬する。


私の前に黄色い車が止まった。なんていう車かは分からないけど、かっこいいと思う。助手席側の窓が開いて、カッコイイセージの顔が出てきた。


「待った?」


オカルトオタクの箕輪も悪くないけど、やっぱり私にはセージが一番!ってか、私オタク嫌いだし。


「ううん!待ってないよ!」


ドアを開けて車の助手席に乗り込んで、微妙な力加減で閉める。力強く閉めたらとっても怒られた経験があるから、どのくらいの強さでだったら、セージが怒らないか調べた。乗り込むなり私達はキスをした。キスをすると今日一日ちゃんと生きたんだって感じがする。舌を入れあってキスしてると、セージが、私の胸を触ってきたから、それを無意識に払い除けてしまう。


「何だよ?嫌なのか?」


セージの怒った顔が見える。でも、今日はそんな気分になれない。あいつらのせいだ。小林とあの女。セージには黙って遊びに行ったバチが当たったのだろうか?でも、浮気心なんて微塵もない。たまたま同じサークルの仲間で遊びに行こうって誘われただけだもん。私は悪くないし、こんなバチを食らう必要もない。


セージの言葉に私はうんと小さく頷いた。セージは分かりやすいように大きく舌打ちをしてから、車を発進させた。


車内では、どちらが喋るでもなく気持ちの悪い空気だった。


セージは黙って道路を止まったり、進んだり、信号に従ってる。完全に怒らせちゃった。まずいよね、心の中でそう思うけど、やっぱり、あの女の顔がチラついてセージのこと気にかけられない。そのうちに車は私のマンションについて、セージに早く降りろよって文句言われて、悲しい気持ちで降りた。


何か言おうと思ったけど、いい言葉が思い浮かばなくって、セージはそんな私を見てまた、大きな舌打ちをして、車で行ってしまった。そばにいてほしいって言えばよかったのに、そう出来なかった。


一人トボトボとマンションに帰る。お父さんとお母さんが借りてくれたこのマンション、一人ぼっちで住むテンション。なんて韻を踏みながら、郵便受けを開ける。特に何も入ってない。お父さんもお母さんも手紙ぐらいくれればいいのに。それは無理か。このマンションは入り口から直線上の一番奥にエレベーターがあって、エレベーターに乗り込むためには一階の全部の部屋の前を通らなきゃいけない。


私の部屋は7階建ての7階にある。エレベーターに乗って、7階のボタンを押す。人影もないから、閉まるのボタンを連打する。これで早く閉まった試しは無いけど気持ち的な問題。


古いエレベーターだから、少し振動しながら、7階を目指し行く。ドアの上のランプが、2階、3階…と階数を増やしていく。エレベーターの扉はガラス張りになっており各階の直線の廊下全体が見える。


それをボーッと眺めてたら、すぐに7階についた。私の部屋はこのエレベーターから一番離れている部屋。そう角部屋。足音を鳴らしながら、自分の部屋を目指す。古いマンションだから、灯りもまばらで最新のマンションに比べると暗く感じる。


実際、明かりが届かなくて暗い所があるし。部屋の前にくると、鍵をバッグから探し出して、鍵穴に差し込んで回す。カチャンと音がしたら、ドアノブを回して開ける。いつも通りのことがなんだか、とても怖く感じた。


セージが怒ったのも、こんなに怖い思いをするのも全部、小林のせい。

あの女のせい!


ドアを開けると玄関から直線上にリビングの窓があって、そこから外の風景が見えた。カーテンを締めてないから当たり前なんだけど。これもいつもの風景なんだけど。恐ろしく感じられ、孤独も不安も一緒に感じちゃう。靴を脱いで、家の鍵を入り口に備え付けられた棚に置いて、部屋に入っていく。


リビングの入り口のスイッチをつけて、電気を付ける。えるいーでいーなんだって。よく分かんないけど、明るいからいいかなって思ってる。時間的にお風呂に入りたくなったから、お風呂に入る。こんな気持ちの時に入るお風呂はとっても怖い。


頭を洗ってる時に後ろに誰かいるんじゃないかって想像しちゃう。そんなのいないのに。服を全部脱いで、洗濯機に放り込む。シャワーを流して、身体を洗う。続いて頭を洗う。


何もいない。

何もいない。

何もいない!


怖いから自分を安心させようと何度も心の中で言う。シャワーで頭の泡を全部流し終えるとやっぱり何もいなかったって思えた。パジャマに着替え、首にタオルをかけてリビングのソファに座る。そういえばカーテンを閉めてなかったと思って、ソファから立ち上がる。


ふと、窓の外、ベランダの向こうを無意識に見る。そうすると、赤い傘が見えた。雨なんか降ってないのに、赤い傘?そう思った。赤い傘…、嫌な事を思い出してすぐにカーテンを閉める。何もいない。何もいなかった。何もいない!


怖い。

怖い。

怖い!


やっぱりセージと一緒にいれば良かった!そう思っても、もう遅いよね。怖いからテレビをつける。怖い時はテレビが一番だよ。


しばらくバラエティ番組を見てたら、スマホが鳴ったからなんだろうと思って画面を見ると、同じクラスのミナちゃんからのメッセージだった。新しいバッグ買ったよとか、明日遊ぼうとか他愛の無い話をした。メッセージのやり取りをしてたら、12時前になっちゃったから、あんまり眠くないけど気分も悪いし今日は寝ようと思った。


ちゃんと戸締まりしようと思って全部の窓が鍵かかってるのを確認して回る。ある窓に近づくとまた、あの赤い傘が見えた気がしたけど、それは見間違いだった。


良かった。

良かった。

良かった!


安心すると眠くなってきたので、ベッドのある部屋に向かい、そのままベッドにダイブする。フワフワの布団に包まれ、そのまま寝てしまった。

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