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「と、まぁ、こんな話だ」

「なんだそれ?その後、どうなったんだよ?」


昼休みの大学の食堂で、小薬 献治朗おくすり けんじろうが言った。小薬は同じサークルの友人である。小薬は学食でうどんをすすっているところで、俺が怪談を話始めたのだ。いや、厳密には『怪談』ではない。


「その後は、聞いてない」

「聞いていない?その話、噂とかじゃないの?」


小薬は、学食内でも安い、美味いで人気があるきつねうどんをずるずる音を立ててすすっている。うどんには大量の一味唐辛子が浮いており、湖に浮かぶ紅葉のようである。小薬はなんにでも一味唐辛子をかける味覚音痴なところがある。


「噂じゃない。俺が実際に相談された話だ」

「怪談を相談されたのか?」


小薬は鼻で笑うとお揚げにかぶりついた。冗談のつもりではないのだが。そんな俺の心情をよそに、小薬はお揚げを美味しそうにもぐもぐしている。お揚げを嚥下すると口を開いた。


「ってか、何でお前にそんな話をするんだよ?」


至極もっともな質問だ。俺は、オカルトの話は嫌いじゃない。むしろ進んで集めている節さえある。そもそも、この大学で民俗学を専攻している。


「いや、俺だったら何か知ってるかもしれないって……。そもそも、さっきの話の中で出てきた怪談話……」

「ああ、女に出会う前にしてた怪談か?」

「そう。あれを教えたのは俺だ」

「うん?それでお前に何か知らないか聞きに来たって?」

「そういうことだろうな」


俺はあくまでインターネット上にあった怪談を語ってやっただけだ。小薬は、いつの間にか汁を飲み干し、器に渡し箸をして手を合わせた。


「それで、箕輪はなんて言い返したんだよ」


箕輪は俺の苗字だ。フルネームで、箕輪 仁みのわ じんという。


「知らないって、突っぱねたが内心気になってはいる」

「え?首を突っ込む気か?」


小薬は腕組みをし、椅子の背もたれに背を預けて呆れた顔をした。


「まぁ、どうなるのか見てみたい」

「お前は物好きだねぇ」


俺は、席を立った。それにつられて小薬も慌てて席を立ち、うどんが入っていた器を手に取った。戻してくる、と言って学食のおばちゃんの所へ向った。俺は遠くでそれを眺める。彼はおばちゃんと二言三言喋って、こちらに戻ってきた。


「悪いな。じゃ、行こうぜ」

「ああ」


2人で食堂を後にした。


その日の授業をすべて終え、大学の綺麗に手入れされた花壇のふちに腰かけ、先週発売したオカルト雑誌「マー」を読みながら待ち人を待つ。これから遊びに行く者、バイトへ行く者達が夕暮れのキャンパスを後にしていた。まだまだ、研究や運動部で残る者も多いだろうが、大半は大学から帰っていく。


そんな人々の視線が痛い。特に女性からはよく見られる。昔からのことだからもう慣れたが、じろじろ見られるのは好きじゃない。そのうち、


「箕輪!」


同じ学部の飯島が声をかけてきた。飯島は例の生首女に出会った一人で昼食の後、飯島に声をかけて放課後に詳細を聞く約束をした。俺が怪談を教えたのもこの飯島だった。彼の後ろに男1人と女2人がたたずんでいた。飯島に今回の関係者を集めてくるようにお願いしておいたのだ。


「場所を移そう」


俺はそう提案し、食堂へと向かった。昼食時はとてもにぎわっていた食堂も今は誰もいない。窓から夕日の光がまばゆい食堂でひとりぽつねんと座っていた小薬は、我々の姿を認めると立ち上がり、悪態をついてきた。


「遅いぞ!何時だと思ってんだ!?」

「すまない。待ったか?」

「待ったよ!随分な!」


小薬は民俗学なんか専攻してないし、常々、オカルトに興味は無いと豪語しているため、俺に付き合う必要は無いが、あそこまで話したんだし付き合ってもらうことにした。俺と他の4人は、小薬の座っていたテーブルに近づき、小薬と俺、その他4人に分かれて両サイドに座った。


口火を切ったのは俺だ。まず最初に謝りの言葉を述べた。


「飯島すまないな。知らないと突っぱねておいて、また集まってくれなんて」

「いや。こっちも聞いてもらいたい話があったから……」


聞いてもらいたい話?一体何だというのか。ふと気が付いたが、飯島の隣に座っている男、心なしか顔が青ざめ小刻みに震えているように見える。


「そうか。とりあえず皆に会うの初めてだし、お互い自己紹介をしよう」


お互いの事を知った方が今後の話が円滑に進むはずと考え、俺が提案した。まずは、俺達から自己紹介をする。


「俺は民俗学を専攻している、箕輪という。よろしく」


軽く会釈をする。俺の会釈が終わるのを待ってから小薬が自己紹介を始めた。


「俺は、経済学を専攻している小薬っていうんだ。俺は箕輪のおまけだと思って」


小薬の自己紹介を終えると、今度は女性の1人が口を手で覆って声を殺して笑っている。何となく笑っている理由は分かるが一応聞いておく。


「どうして笑っているんだ?」


急に話を振られたからだろう、笑っていた彼女はハトが豆鉄砲食らったような顔をした。


「え!?ど、どうしてって……」

「どうして笑っているのかはなんとなくわかる。小薬の苗字がおかしいのだろう」


図星だったのだろう、彼女はしゅんと肩を落とした。小薬の名前がおかしいのはよく分かる。だが、人の名前で笑うのは小学生までだろう。大学生になって、この精神年齢の低さには軽蔑さえ覚えてしまう。そんな彼女の態度を見て、小薬はフォローをする。


「いや、いいんだよ。もう慣れてるし。ははは……」


小薬は頭を掻きながら右手を振る。小薬が場の空気の悪さをくみ取り、そのまま彼女たちに自己紹介を促した。


「えっと、それで君の名前は?」

「私は、一ノ瀬 智子。文学部の2年です。さっきはすいませんでした」


一ノ瀬はとってつけたように頭を下げたので茶髪で肩までのボブヘアーが揺れた。赤いルージュやアイシャドーと、若干厚化粧気味のような気がするが。それでもそれなりに整った顔立ちをしていて、男受けもよさそうだ。長袖から指先しか出さないところを見るとあざとい感じがひしひしと伝わってくる。俺が苦手なタイプだ。


小薬は自己紹介を聞いて、やさしくうなずく。自分が怒っていないという事をアピールしているのだろう。視線をそのままずらし自己紹介するように催促した。


「え、えっと。私は、長谷川 由紀っていいます。教育学部の2年生です」


長谷川は慌てて眼鏡の位置をただした。こちらは胸まで伸ばした黒髪で大人しめの印象を与える。一ノ瀬よりもこちらの方が常識がありそうだ。


「じゃあ、次は俺だな」


長谷川の後を引き取り、飯島が口を開いた。


「箕輪はもう知ってるよな。俺は、飯島 勇樹っていうんだ。箕輪と同じ民俗学専攻の2年生」

「なんだ。箕輪と同じクラスなのか」

「そういうこと」


さて次は、先程から何かにおびえている彼だ。しかし、彼は口を開く様子はない。皆の沈黙が彼の順番が来たことを伝えているが、彼がその沈黙を破ることはしなかった。見かねた飯島が肘で小突く。彼はハッとし、あたりを見回した。これは重症だなと感じた。


「大丈夫か?お前の番だぞ」


おびえる彼は意を決したのか口を開いた。


「お、俺は、小林……敦っていうんだ。日本史を専攻してる…」


小林は自己紹介をしている間ずっと目が何かを探しているかのように忙しなく上下左右に動かし続けた。一体何がいるというのか?


「とりあえず、飯島達に集まってもらったのは、この前の話の詳細を聞かせてもらいたからだよ」


一ノ瀬と長谷川はなんのこと?と言いたげに、首を傾げた。飯島は俺に生首女と出会った件を話した事を皆には言っていないのだろうが、話をスムーズに進めるためにも全員のスタート位置を合わせたかったので、そのことから話すことにした。


「飯島から聞いたけど、君たちは、あの『生首女』に出会ったんだろう?」


『生首女』とは俺が勝手につけた名前だが、その名前から当時を思い出したのだろう、4人の顔が強張った。


「俺は、飯島からそのことを聞いた。君たちがそれに出会った事を」


飯島がしきりにうなずく。


「何処で出会った?何時出会った?」


俺が身を乗り出したせいで、3人は驚いている様子だったが、飯島がおずおずと話し始めた。


「何処でって、この前教えてもらった怪談の場所だ。時間はだいたい夜0時ぐらいだったかな。日付は変わってた筈だ」


俺は顎を右手で触った。考える時の癖になっており、いつからこうだったかは覚えていない。


「その場所って、ここからそんなに遠くない?」


小薬が疑問に感じたのか質問をしている。俺は考えがまとまらず、その様子をぼんやり見ていた。


「うん。そこはそんなに遠くない。ここからなら1時間ぐらいかな?」

「へぇ……。あ。M山のあたりかな?」

「そ、そう!そこ!」


一ノ瀬が小薬を指さし興奮している。あー、と小薬が納得している。飯島の話を聞いて、その場面を想像しているのだろう。そのうち、何かを思いついたのか、こちらを向き話しかけてきた。


「箕輪が話した怪談の元ネタは、そこであってるのか?」

「ああ。そこであった怪談だとネットには書いてあった」


そんな話をしていると、急に小林が悲鳴を上げ、勢いよく立ち上がった。


「ど、どうした?」


飯島が狼狽えながら聞いた。


「あ、あいつが来るんだ!」

「あいつ?」

「えー?誰ー?」


呑気な一ノ瀬の声。


「お前たちが言っている『生首女』だよ!!」


小林の怒声が食堂に鳴り響き、その声量に女性陣2人がきゃっ、と小さく悲鳴を上げた。俺は小林の言葉に興味をひかれ、どういうことか聞いてみることにした。


「今日、俺達がお前に話したい事って、この事なんだ」

「この事、というと…、『生首女』がやってくることか?」


飯島は静かに頷いた。隣りに座る小薬の固唾をのむ音が聞こえた。すると立ち上がったままの小林が


「あ」


とだけ言った。彼の視線は俺たちを越え、食堂の外へと向けられている。それにつられ、我々も視線をそちら側に向ける。食堂の窓の外には木々の影が沈みゆく夕日に引き伸ばされ、こちらに背を伸ばしている。それ以外は何もない。人っ子一人いないのだ。


「あ、あああああああ!!!!」


小林の顔が急に青ざめ奇声を上げて、椅子を倒しながら、食堂の入り口から出て行ってしまった。


「小林君!」


長谷川の呼び止めも空しく、小林は戻ってくることは無かった。飯島は、「話をしたかったが『当事者』がいなくなったことで喋れなくなった」と言い、今日は解散の運びとなった。

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