怪談のセオリー
ぶり。てぃっしゅ。
1-1
人の気の無い道路を車で走る。時刻は、深夜0時に差し掛かろうとしている。
大学の仲間4人で夜のドライブをしているのだ。
周りには民家も無く、街灯も無く、更には対向車も来ないので、ハイビームで走行している。
そうしていても、はっきりと先までは見えないほど辺りは闇に覆われていた。
外は、しきりに雨が降っており、ワイパーが忙しなく左右に移動している。
そんな中、ある一人が皆を怖がらせようととっておきの怪談を話し始めた。
「そういや、こんな話知ってる?」
そんな出だしで話を始めたのだ。
「満月のある夜、だいたい今ぐらいの時間かな?男が一人、山道を車で走ってたんだって。自分の前後はおろか対向車もいなくて、ずーっと一人だった。ある地点に差し掛かった時、横断歩道が目に入った。こんな山道に横断歩道?なんて思っていたら横断歩道に人が立ってる。こんな時間に?もういい時間なのに、なにやってんだろう?なんて思いながら、男は善良なドライバーだったから、律儀に横断歩道の手前で停車した。女を行かせようとしたんだな。遠くから見た時は分からなかったんだけど、よく見るとその女、赤い傘をさしてる。あれぇ?雨なんか降ってないはずだけどな。でも、世の中にはまぁ、不思議な人もいるもんだなんて思いながら、女が横断歩道を渡るのを待ったんだ」
車内はこの怪談を一言一句聞き逃すまいと、しんと静まり返っている。外からの音が無いが故に、それが特に顕著だった。語る側は、そんな様子に調子にのって更におどろおどろしく語ってみせた。
「停車してみたものの、この女がなかなか進まない。いくら善良でありたいと思っても、こんなに遅いんじゃ、イライラする。早く渡れ、早く渡れとそう思っているうちに、女が渡り始めた。ようやくか、と思っているとこれまた歩くのも遅い。女は明らかーに成人なんだけど、歩くスピードはそれの比じゃない。ゆっくりゆっくーり歩く。そうすると男はだんだん気味が悪くなってきた。そもそも、やっぱりおかしい。こんな時間にこんな場所に!一体この女は何をやっていたのか!」
そろそろクライマックスを迎えようしているのか、語る側に熱が入ってくる。車内に固唾を飲む音が響く。
「女が丁度、男の車の真ん前に来たとき。ピタッと止まった。男はえっ?と思った。何を思ったのか、女がだんだんだんだんこちらの方を振り向こうとしている。だんだんだんだん…。そして、男がうわぁぁぁと叫び声を上げた。その女が、完全にこちら側を向いた時!男は見ちゃった、その女。その女には首が無い!横断歩道に立ってる時は傘で見えなかったけれども!女には首が無かった!」
この物語のハイライトに差し掛かり語り手は興奮して、声を荒らげた。それが効果があったのか車内でも小さく悲鳴が上がったが、語り手は口を休めることなく、滑らかに語り続ける。
「男はもう見ないようにして、ハンドル握りながらガタガタ震えて、早く行けぇ!早く行けぇ!ってお経のように唱えた。そうしてしばらくすると女は消えてたって言うんだよねぇ。その現場がここだって言うんだよ」
「えー!」
車内の一人が怯えた声を上げた。この怪談が、今走っている一帯のものであるという言葉に感化されたからだろう。車内は寒々しく張り詰めた空気が漂っていて、語り手としても充足感で胸がいっぱいになったのか満足気な顔をしている。
ある程度走ると、横断歩道が目に入った。
こんな所に横断歩道だなんて、変な道だなと思っていると、道の端に女性が立っているのが見えたので、道を譲ろうと横断歩道手前の停止線で止まった。
ハイビームで照らされたものの暗闇でよく見えないが、女性の背丈は成人女性ほどあり、左手にバッグのようなものを持ち、右手で傘を持っていた。顔の部分が傘の部分で見えなかった。
ドライバーは、女性が自分たちの車が通りすぎるのを待っているのかと思い親切心から車を停車させたのだ。
そこで助手席に座っていた友人がこう言った。
「変じゃない?こんな時間に、こんな所で人だなんて」
そうだな、と思いつつも横断歩道手前で横断したい人がいるのであれば、道を譲ろうと考えた。こちらが完全に停車したのを見計らったからなのか、女性は横断歩道を歩き始めた。
しかし、その歩き方が何だかぎこちなく、その歩くスピードも成人女性とは思えないほど遅い。
そもそもこんな時間にこんな場所でこの女性は何をしているのだろうか?
そういう疑念を抱きつつも、仲間同士で顔を見合わせていると女性が車の真ん前に来た。そこで女性は歩みを止めてしまった。
「え?」
そして、何故か女性は徐々にこちらに向き始めた。
何故だ?こちらに用など無いはずだ。皆がこちらに向くまで一言も発せず、じっとそれを見入ってしまった。そして、『それ』を全て認識してしまった時、
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
全員が声をあげた。完全にこちらを向いたため、傘で見えなかった女性の顔部分があらわになった。しかし、そこには本来有るべきものが無かったのだ。そう女性の首から上が無かったのだ。
4人があまりの恐怖に何もできずにいると、女性は左手をゆっくりと上げ始めた。手に持っているバッグを見せようというのか。何のために?4人は女性の動作にくぎ付けになってしまう。そして、徐々に徐々に左手の甲が見え始めた時、それはバッグではないことに気付いた。バッグのベルトだと思っていた部分は髪の毛で、バッグの本体だと思っていた部分は『頭』だった。
その頭は口から血を垂らし、、左瞼が縦に切れ、その黒目が上を向いたままになっており、右眼だけが4人をしっかりと捉えて、そのままにやりと笑った。
恐怖にかられたドライバーは、アクセルを踏み込み、その女を轢いて道を進んだ。轢いた際に確かな衝撃を車が受ける。
「な、なんなんだ!?」
バックミラーを見る。轢いたはずの女は既に立ち上がっており、左手で持った顔でこちらを見ていた。
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