第7話 不和

 否応なしに空閑に引き摺られる不知火。そうして大急ぎで校門に走っていくと、二人の少女が校門の前に立っていた。


「あー! もうクー、やっと来たよ」


 一人は綾瀬千早あやせちはや。茶髪にショートヘアのボーイッシュな見た目で、女子としては頭一つ飛び抜けた身長から、スポーツマンのような雰囲気がある。実際、バスケット部に所属していて、センターのスタメンを勝ち取っている。鼻に少しだけ散っているそばかすが彼女のコンプレックスで、そこを指摘すると烈火のごとく怒り出してしまう。


「これは何かおごってもらわないとですねー」


 もう一人は碧波佳菜子へきなみかなこ。髪型は栗色のポニーテールで白いリボンで結ぶのがトレードマークだ。おっとりした話し方や一挙一投足に滲み出る優雅さからよく育ちの良くお嬢様に間違えられるが、実際は何の事は無い一般人だ。しかし本人はそれを自覚していて、それを利用して色々と美味しい思いをするという強かさを持っている。


「ごめんごめん、ユッキーがなかなか見つからなくてさ」


 そう言って空閑は不知火をぐいっと二人の前に突き出す。その瞬間、二人と不知火の間に言い様のない緊張が走ったのを感じた。


「そ、そっかそっか。それじゃさ、早く行こうよ」

「……そうねえ。随分時間取られてしまったし」


 そう言って二人は先頭を切って歩き出した。まるで、不知火から目を逸らすかのように。

 二人は空閑や不知火と一緒に良く遊んでいた仲だった。一年前までは。

 不知火は空閑の腕をぐいっと自分に引き寄せると、空閑に耳打ちする。


「これは一体何の真似?」

「久しぶりに皆と遊ぼうと思ってさ。ちょっとしたサプライズってやつ?」

「二人には私が来る事は伝えたの?」

「いいや? だって重要な事じゃないじゃん。誰が来るかなんてさ」

「帰る」


 踵を返して別の方向に行こうとする如月を、今度は空閑が腕を絡ませる形で引き止める。


「瑞希。離して」

「またさ、戻ろうよあの頃に。あんたが歩み寄ればきっと分かってくれるって」

「……無理だよ」

「無理じゃない! さ、行くよ!」


 頑として腕を離さない空閑についに不知火は折れ、仕方なくついていく事にした。

 前を歩く二人はまるでこちらの事は意に介さない。二人だけで話して、まるでこちらを無視しているかのようで。それは二人と不知火の間に壁がある事を如実に語っていた。


 学校から出た四人はこの町でも特に賑わう中心街にやってきた。どうやらここを適当にぶらつこうというのが、空閑が企てた今日の趣旨のようだ。ゲームセンター、ウインドウショッピング、今流行の恋愛映画と経て、最後に喫茶店に足を運んだ。


「ふぃー、遊んだ遊んだ。皆何にする? 私はアイスラテのケーキセット」

「うーん、太るのやだしなあ……。アイスアップルティだけにしとこう」

「アヤちゃん、ちゃんと運動してるんだから気にする必要ないのにー。それじゃ私はアイスティにスペシャルタワーパフェで!」

「こんの、カナったら私に見せつけるみたいに頼みやがって……」


 ぎりぎりと恨みの眼差しで、綾瀬は碧波を睨みつけるが当の本人はどこ吹く風か。むしろその反応を楽しむかのように、まるで飼い犬を見る目で綾瀬に微笑んでいた。


「ははは、二人ともその辺にしときなよ。ユッキーは?」

「え、と……アイスコーヒー、で」

「ほい。店員さーん!」


 空閑が手を上げて店員を呼び、手早く注文を済ませる。程なくして各々の注文した品がテーブルに並ぶ。とりわけ碧波の頼んだスペシャルタワーパフェは名に恥じないもので全長は約三〇cmぐらい。中心からうず高く巻かれたソフトクリームに色とりどりのフルーツやソースが絡まり、まるで虹のようだった。待ってましたとばかりに碧波は自分のスマートフォンで写真を数枚撮った後、スプーンを入れて一口頬張る。


「うーん、美味しい! 一度食べてみたかったのよねー」

「ね、ねえカナ? 一口……」

「ダーメ。だってこんなの食べちゃったらアヤちゃん太っちゃうもんねえ」


 クスクスと笑う碧波に今にも綾瀬は食って掛かりそうだ。しかしそんな視線はどこ吹く風か。碧波は次から次へとパフェを口へ運んでいく。こう見えて碧波は健啖家けんたんかだ。このぐらいなら一〇分もしないうちに食べ終えてしまうだろう。しかも食べたものがお腹に行かず胸や他の部分に行くというのがまた犯罪的だ。


(……懐かしい)


 自分のアイスコーヒーのストローに口をつけながら、ふと不知火はそう思った。昔はこれが当たり前だったのだ。他愛も無い事に笑って怒って。いつも四人一緒だった。まだ二人から話しかけてもらったり、自分から話を振るような関係にはなれないが、これからも空閑に任せて定期的に二人に会えるようならもしかしたら。


 その時、喫茶店に備え付けられていたテレビからニュースが流れる。


『本日早朝、末期の一振り保持者による無差別傷害事件がありました。この事件で二四名が重軽傷を負いました。犯人は既に警察によって取り押さえられ……』

「うわ、まただよ。怖いよね」

「本当にねー。末期の一振りに憑かれた人なんて全員どっかに隔離でもしとけばいいのにー」


 その瞬間、びくっと自分の肩が強張るのが分かった。過激な発言にも思えるが、これが普通の人達の考えなのだ。どんなに繕ったって普通の人と末期の一振りを持っている人が分かり合えるはずがない。末期の一振りはいつだって世間では恐怖の象徴であり、自分達に牙を剥くただの傍迷惑な危険物なのだ。


 不知火は一口しか口をつけていないアイスコーヒーをテーブルに置くと、足元の鞄を拾って席を立つ。


「ユッキー?」

「ごめん。私、もう帰るから」

「そ、そう。それじゃまた今度……!」

「もう今度なんて無いよ。だって……」


 不知火は左目の上にある前髪を掻き上げた。そこには本来あるはずの目はなく、薄いピンク色のぽっかりと空いた空洞があるだけだった。


「気持ち悪いんでしょ? 綾瀬も碧波も、こんな気持ちの悪いのと一緒にいたくないって知ってる」

「そ、そんな事……!」


 綾瀬が反論しようとするが、声は淀み視線があさっての方を向いている。真実を押し殺している事は明白だった。それを助けるように碧波が続く。


「大体、ユッキーが言ったんじゃない! もう私に近寄らないでって!」

「そうだったよね。今日は瑞希に騙されて二人を付き合わせちゃったけど、やっぱりもうやめよう? 瑞希、もうこんな事はしないでね。それじゃさよなら。不快にさせちゃってごめんなさい」

「ユッキー!」


 空閑の叫び声が聞こえるが、構わず不知火は踵を返してその場を立ち去った。ほんの少しだけ、下唇を無意識に噛み締めながら。

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