第6話 サプライズ
九月一日。長かった夏休みも明け、学生服姿の学生が街に溢れかえる時期がやってきた。
久しぶりに会う友人との会話に元気はつらつとした姿も一部はあるが、大体は眠そうだったり怠そうだったりと今時の学生らしくあまり覇気は見られない。不知火もそんな学生達の例に漏れず、いつも通り高校への道を歩いていた。
あれから不知火は夏休みの間、週に月水金と三回のペースであの場所に通っていた。内容は主に九十九と組手を行い、合間に如月から末期の一振りに関しての知識講習を受けるといった内容だった。
何度も九十九と戦ったが、結果はいつも同じだった。こちらが正謳でも短謳でも唱える前に向こうが短謳を終えていて、同じ土俵に立つ事が出来ない。戦術も息が出来ないように空気を操られたり、視覚を歪ませて隙を突かれたりと毎回違う。あの悪食は一体どれだけの力を持っているのだろう。段々と慣れてきた手応えは感じつつも、現状では全く歯が立たない。
そして講習ではどうやって末期の一振りが作られたのか、末期の一振りはどうやって能力を得るのかを教えられた。
末期の一振りとはその名の通り、鍛冶師が
日本では刀が一般的だが、海外では剣に槍や弓、さらには結城のワンダーニードルのような日用品まで多種多様なものが存在している。
現在は世界的に製造が禁止されているが、そもそも末期の一振りを作れる域にまで達した職人は現代にはほとんどおらず、作ろうとしても作れないと言った方が正しい。
そして、末期の一振りは意思を持つかのように自身の持ち手を選ぶ。憑いた後は基本的に持ち主が死ぬまで離れる事は無い。最後に持ち主が死ぬと、持ち主に応じた一つの能力を得て、また次の主を求め探す。
その話が本当であれば、九十九が持つ悪食の能力の数は説明がつかない。不知火が確認しているだけで四十以上の能力を使って見せている。つまり、四十人以上は渡り歩いているはずだ。だが、人の寿命を平均して五十としても二千年以上かかる計算になる。そんな前の時代に末期の一振りは存在していない。ありえないはずなのだ。
そんな事を考えながらぼんやりと歩いていると、突然後ろから強烈な平手打ちを背中に食らった。バシーンというさわやかな音が響き渡る。
「オッス! 新学期から気が抜けてるぞユッキー!」
「……痛い」
不知火に対してこんな接し方をしてくるのは一人しかいない。振り返ると、喜色を満面に湛えた女子学生の姿があった。彼女の名は
明朗快活で人当たりが良く物怖じしない小ざっぱりとした性格で、不知火とは正反対と言って良いかもしれない。背は一七〇cmを超えていて女子としてはかなり高く、髪型は腰まで伸びた黒髪ロング、顔立ちはすっと整った目鼻が綺麗で凛々しく、おしゃれなふちなしメガネがさらに利発的な印象を際ただたせる。そんな空閑は非常に人気が高く、男女それぞれでかなりの隠れファンがいる。
そんな空閑といつも一緒にいる不知火に火の粉が降りかからない訳がなく、一部の熱狂的な女性ファンから嫌がらせを何度かを受けたことがある。しかし、それに気付いた空閑は激怒して犯人を探し出し、不知火の目の前で土下座をさせた。行動力と正義感の化身のような人物である。
二人の関係は物心ついた時から一緒にいた幼馴染だった。奇妙な縁で結ばれているようで、小中高と違うクラスになった事がない。そんな訳で長い年月の中でも疎遠になる事はなく、こうして関係は続いている。
「だってユッキーってば、今日はいつにも増して陰気な空気
がっと空閑は不知火の首に右腕を回す。それを面倒くさそうに不知火は振り払った。
「余計なお世話。ちょっと考え事してただけだから」
「考え事って?」
「瑞希には関係ない事」
「ちょっとー。今日はいつにも増してつれないじゃーん」
今度は抱きついてきた。こうなった空閑は拒絶すればするほど面倒くさくなる。それを知っている不知火は大きくため息を吐くと、空閑のおもちゃになるのを決めた。
「ほんと、瑞希は何でいつも朝から元気なんだろうね」
「だって元気じゃなきゃ人生もったいないじゃん! だからほらユッキーも、にーって」
空閑が両手の人差し指を不知火の口の両端に押し付けて口角を無理やり上げる。うざったい事この上ないが我慢して受け入れる。周囲の生徒の痛々しい目線が辛い。
「で、夏休みに何があったの?」
「別に。何もなかったよ」
「嘘」
「嘘じゃない」
「……そっか、分かった」
寂しそうな声で空閑が呟くと、不知火に抱き付くのを止めた。
空閑は豪快でずけずけと懐に入り込んでくる性格だが、それでも一線は弁えている。これ以上は意味がないと引いてくれたのだろう。不知火はそんな空閑の性格を知っているため、口には出さないが心の中で感謝した。
二人は校舎に入ってクラスのそれぞれの席に座る。不知火は窓際の一番後ろ、空閑はその三つ前だ。すぐに担任教師の
「えー、新学期になった訳ですが今日から副担任が加わることになりました。先生、入ってきてください」
入ってきた人物を見て、不知火は全身に電気が走ったようにビクッと跳ね上がった。それは不知火が良く知る人物だったからだ。
「今日から2-4の副担任になりました、如月美沙と言います。皆さん、どうぞよろしくお願いします」
……見間違うはずがない。末課の如月先輩だ。
教室の男子達が浮足立つ。それはそうだろう。如月は女子の目から見てもトップクラスの美女だ。騒ぐなという方が難しい。全く状況が飲み込めず、何だか目の前がクラクラしてきた。
如月は軽く教室内を見渡して不知火と目が合うと、含みのある微かな笑いをこちらに投げかけてきた。しかし不知火はそれに何も返さなかった。下手に反応して如月と面識があると周囲に悟られたくなかったからだ。最悪、こっちにまでクラスの質問攻めにあいかねない。
ぐっと真意を問いただしたい気持ちを押し込め、もやもやしたまま不知火は新学期一日目を過ごすのだった。
◇
「で、どういう事が説明してくれるんですよね。如月先生」
あの後、自由時間では案の定、如月は生徒達の質問攻めにあい、とても二人で話せる状態ではなかった。
今は一三時三〇分。始業式とホームルームが終わり、大半の生徒が帰宅もしくは部活動に励んでいる時刻になり、ようやく如月を人気のない校舎裏まで連れ出せたのだ。
「ちょっとしたサプライズのつもりでしたがいかがでした?」
「頭の痛くなるサプライズ、どうもありがとうございます」
やりかえしとばかりに軽く不知火は憎まれ口を叩く。そんな様子を見て、如月はちょっと困ったように苦笑する。
「そんなすねないでください。まあ黙っていたのはすみません。でも以前話した通り、末期の一振り保持者には必ず監視が必要なんです。ましてやあなたは高校生。集団活動の中、何が起こるか分かりません」
「つまり、一番近い位置で見張るのは副担任という立場が最適だったと? でも良くこんな都合良く入れましたね……」
「ええ。こう見えてちゃんと高校の教員免許は持ってますし、上層部からの
「はあ……ん?」
その時、嫌な予感が不知火の頭の中をもたげた。
「まさか、九十九先輩も?」
「ええ。ほら、丁度あそこに」
如月が遠く離れた花壇を指差した。そこには麦わら帽子に灰色のツナギを来た誰かが、花壇の手入れをしている。
「用務員。教師ですら無いんですか……」
「九十九は教員免許を持ってませんしそもそも無学です。まあ本人は趣味の土いじりができるとか言って喜んでましたからいいんじゃないでしょうか。遊んでるようでちょっと腹は立ちますが」
当の九十九は、女生徒に話しかけられてヘラヘラと笑いながら応対している。仕事の時は割とまともなのに、なぜそれ以外になるとこうもだらしなくなるのか。
「……確かにイラッとしますね。末課は暇なんですか?」
「そんな訳ありません。昼に私達が抜ける分を他のチームにお願いしてるんです。不知火が家まで帰ったら通常業務に戻りますよ」
「でも、監視なら一人で良いんじゃ?」
「末課は課長を除いて二人以上のチームで行動するのが大前提です。私達は追う側ではありますが、同時に狙われる側でもあります。私達が末課の一員であるという情報の漏洩と、仕事での単独行動は絶対にしてはならない事なんですよ」
如月の言わんとしている事は理解できる。自分たちが持っているこの武器は、一部の人間からすれば喉から手が出るほど欲しい代物なのだ。誘拐されて売り飛ばされたり、奪うために殺されるなんて事も用意に想像ができた。
「あー! やっとユッキー見つけた!」
突然、背後から聞き慣れた叫び声が聞こえた。振り返れば息を切らせた空閑が膝に左手をつきながら、右手の人差し指をこっちに差している。空閑は何度か大きく呼吸していたがようやく落ち着いたのか額の汗を拭いながらこちらに歩いてくる。
「なんでこんなとこにいるのよ! 学校中探し回っちゃったじゃない! ってあれ、どうして如月先生もここに?」
「あ、えっと……」
答えに
「不知火さんに学校内を案内してもらっていたんですよ。そうして色々と話しながら歩いていたら、ついこんな所まで来てしまって」
「へえ、珍しい。人見知りのユッキーがねえ……ってそうだ! 校門に皆待たせてるんだった! 先生、ユッキーを連れてっていいですか?」
「はい、どうぞ。もうほとんど案内してもらいましたから。不知火さん、ありがとうございました」
「い、いえ。どういたしま……!」
「そんじゃユッキー借りてきます! 先生、また明日ー!」
不知火が言い終わる前に空閑は不知火の左手を掴んで強引に引っ張った。結果、否応無しに不知火は空閑に連れていかれるのだった。
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