第3話 出会い-1

 九十九と如月が不知火の病室を訪ねてから九日後。様々な検査を終えて、不知火は病院を退院した。不知火は荷物をまとめて担当医とナース達に軽く挨拶を交わし、病院の外を出る。

 不知火が末期の一振りを持っているというのは担当医やナース達は分かっていたはずなのだが、思いの外、彼らの態度は一般人の受けるそれとほぼ変わらなかったように思う。普通ならこんな厄介者は邪険にされそうなのに。もしかしたら、あの二人が便宜を図ってくれていたのかもしれない。


 病院を出た不知火はあまりの眩しさに右手で影を作って空を仰いだ。日付は八月一九日。時刻はまだ十時を超えたぐらいでこの暑さなのだから、あちこちで最高気温が話題になるほどの好天になるだろう。白地のTシャツとチノのショートパンツを選んだのは正解だった。日焼け止めもちゃんと塗ってある。


 不知火はそのままバスに乗り、とある場所へ向かっていた。例の返事は二日前にもう済ませてある。その時、退院後にある場所へ来て欲しいと言われたので、そこに向かっているのだ。

 何度かバスを乗り継ぐたびに景色に緑が多くなっていく。最終的に不知火は奥深い山の中に来ていた。幸いにもスマートフォンに電波は届いているので、ナビを起動させながら森の中を歩いて行く。

 そうしてしばらく歩いて行くと、突然視界が開けた。広大な芝生の中にある大きな真四角の白い建物。山の中にあるにはあまり似つかわしくないその建物が目的地である事を確認し、不知火は建物の玄関をくぐった。


 玄関を抜けたその先に、九十九と如月が立っていた。あの日と同じ、九十九は白いシャツを腕まくりした状態で、如月は対照的にきっちりとした紺色のスーツを着こなして。

 九十九は渋い顔を浮かべているが、如月は無表情とも穏やかとも言える表情をしていた。


「こんにちは。お久しぶりです」


 不知火はぺこりとお辞儀をした。


「本当に、良いんだな?」


 ぶしつけな九十九の問いに不知火がこくんと小さく頷いた。もう、彼女の中では答えなんて決まっていたのだ。何度聞かれようと、不知火は答えを変えることなどなかっただろう。


「九十九、もういいでしょう」

「……ああくそ、分かったよ。ようこそ、末期の一振り対策課へ! ほら、これで良いんだろ?」

「心のこもっていない歓迎は彼女に失礼です。ようこそ不知火さん。改めて紹介させてもらいます。私は如月美沙。こっちの無作法なのが九十九景になります。あんなのと違って、私はあなたの決断を尊重し、歓迎させてもらいますよ」


 そう言って如月は不知火に握手を求めてきた。不知火は如月の手を握り返し、九十九には言葉に多少の険はあるものの、自分に対しては物腰の柔らかい礼儀正しい女性だと感じた。見た目はとても若い印象だが、凛とした佇まいと取り巻く落ち着きのあるやわらかな雰囲気から見た目より年上かもと連想させる。


「無作法で悪かったな。誰かさんみたいに外面良くして立ち回るほど器用な生き方は出来ないんでな!」


 如月の言動に腹を立てたのか、九十九は如月を指差してへの字に口を曲げてがなる。


 一方の九十九の見た目は言ってみればかなりおじさんくさい。オールバックに無精髭を生やし、目はタレ目気味であまり覇気が感じられない。おそらくアイロンもかけてないないであろう型崩れしたシャツとパンツが、より一層見た目を老けさせている。だが不思議とそれらがしっくりと似合っていて、匂いもなく不潔感はそれほど無いのが救いか。助けられて思っていいことではないが、何というか残念という言葉がここまで似合う人物を、不知火はなかなか見た事がない。


「それで、私はなぜここに?」

「ん? ああ、それは歩きながら話そうか。不知火さん」

「呼び捨てでいいです。社会ってそういうものでしょう?」


 不知火が末期の一振り対策課に入るという事は、この二人が先輩になるという事だ。過去は流してもらって呼び捨てにしてもらったほうが不知火も気が楽だ。

 九十九は少しだけ驚いたように目を見張ると、喉の奥に何かつまらせたような言い方で答える。


「あ、ああ。分かった。それじゃえっと、不知火、こっちに来てくれ」


 九十九が踵を返し先導して歩き、その半歩後ろを如月が歩き出した。不知火も静々と後を追う。


「これで不知火は末期の一振り対策課、通称末課まっかには正式に入ることになる。しかし同時に夏休みが明けたら今まで通り高校生活を過ごしてもらう。高校卒業後に大学や専門学校にだって行っていい。青春を十分謳歌しろ」

「……はあ」


 正直、今すぐ高校を辞めろとまで言われる覚悟をしてきた不知火としてはあまりに甘すぎる処遇でつい生返事を返してしまった。人権保護として、これも恐らく法律で定められているのだろう。


「ただその間、何もしないという訳じゃない。不知火がちゃんと武器を使いこなせるように訓練、そして末課について知ってもらうよう、一時的に俺達とチームを組んでもらう」

「九十九さん達と?」

「そう。この施設は末課が訓練のために使用するための建物でな。今日はちょっとした実践訓練をしてもらう。この先だ」


 話の切れ目に丁度正面に金属製の引き戸が現れた。九十九はそれに手をかけ、ガラガラと重厚な音を立てて扉を開いた。

 中はバスケットコートが二面ほど引けるような広さの空間だった。窓はなく、純白の金属で四角い箱が作られているようだった。天井のライトで十分な光量はあるが、閉塞感で少しだけ息苦しく感じる。


「ここは特殊な金属が使われていて、刀傷一つ付かないようになっているんですよ」


 そう言って如月は壁を撫でる。言われた通り、壁や地面にはかすり傷一つ見つからない。

 そのまま三人は部屋の中央まで歩いてきた。


「さて、やるか」


 九十九はくるっと不知火の方へ向き直り右手を出した。その手にはいつの間にか黒曜の刀が握られている。


「不知火、出してみろ」


 不知火は頷き、同じく右手を出した。そして心の中でただ一言、出ろと念じると、透き通るように鮮やかな緑の短刀が現れた。

 これに憑かれた時から、不知火はある程度使い方を理解していた。まるで、刀が自分に教えているかのように。


「改めて見ると綺麗な色だな。俺のとは大違いだ。そいつの銘は?」

翠月すいげつ、らしいです」

「へぇ、良く似合ってるじゃないか。ちなみに俺のは悪食あくじきってんだ。ひっでえ名前だろ? さて、軽く一戦やるとしようか。構えろ」


 そう言いながらも九十九は構えようとしない。刀を片手で握っているだけで、後はだらんと自然体になっていた。まるでそれが当たり前かのように。正直、どう見ても隙だらけだ。

 突然の実戦だったが、不知火はそれほど動じてはいなかった。この短刀が得意とするスタイルは分かる。そしてその使い方も。

 不知火は刀を空に放って半回転させて逆手に持ち、右手と右足を大きく前に出して体全体を深く沈み込ませた。

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