26 ▼諜報課エリオット▼




「…で、エリオット。王国の憲兵のお前が、なんでここにいるんだ?」


宮廷内、領主執務室にて。エリオットが俺の目の前でにこにこしている。


「…そ、れ、が! ルシーダ、驚かないでね、わたし、なんと諜報課に配属になりましたーっ!」


「諜報課? なんだそれ」


「憲兵局の諜報活動担当する部署。ま、名前はスパイみたいでかっこいいけど、実際の業務は地味に取材して報告書書いてって感じかなー」


確かに格好もそんな感じにすっかり変わっている。チェック柄の鹿撃ち帽がショートカットによく似あっている。スパイとか言ってるが、これだと探偵って感じだな…


「ま、そういうわけだから、これからレンブルフォート新領主のあなたにずっと密着取材させてもらうから。よろしくね!」


エリオットが俺に抱き着く。


「…どうしてこんなことになるんだ?」


「今言ったじゃない?」


「そうじゃなくて。なんか都合良すぎない?」


「いいじゃん! きっと運命なんじゃない? またずーっと一緒にいられるねっ、ルシーダ!」


…どうしてこんなことになるんだ?




▼  ▼  ▼




俺はエリオットを連れて宮廷の中庭に出る。太陽のやわらかな光が心地良い。


「…わあ! いい場所じゃない、わたしこういう所好きだな」


「俺のお気に入りなんだ」


俺は白い椅子に座って、持って来たボックスの蓋を開ける。中にアイスキャンディが入っている。俺はアイスを一口。


「…んー、やっぱ王国のアイスはうまいな」


実は特別に王国からシェフを融通して作ってもらっている。これがやたらおいしい。これはちょっと譲れないんだ。すまん。


エリオットは花壇の近くで屈んで花を見ている。カラフルな花が咲いている。ふと懐かしい感覚が風のように吹き抜ける。


…オフィーリアも花が好きだった。エリオットは本当にオフィーリアにそっくりだ。この中庭にいるともうオフィーリアにしか見えない。


…そういえば、今みたいにここでアイス食べてた時だったな。ジラードにはめられて捕まったのは。


今後の俺もどうなるか分からない。俺の実権は無いに等しいし、今のところフランタル王国の指示通りに動くしかない状況だ。敵か味方か分からないやつもいる。こいつらはホントやっかいだ…俺はこの先どうなるだろうか。また誰かにはめられて捕まったりするんだろうか…


俺はジラードが中庭に乗り込んで来た時のことを思い出す。


…そうだ。


ジラードの策略で捕まったあの時。俺にはなすすべが無かった。あの時の俺には味方がいなかったからだ。何もできず一方的に処刑まで持ち込まれてしまった。


…オフィーリアはもういなかったんだ。


でも。


今の俺にはエリオットがいる。あの時の俺とは違う。今の俺には仲間がいる。大切な人がいる。


「…あなたがレンブルフォートの皇子って知ってから、きっと早いうちに別れなきゃいけないんだなーって思ってたの」


エリオットが立ち上がって振り向く。


「…ああ。また一緒にいられて、俺も嬉しいよ」


「本当に?」


「本当さ。どうしようもないと思ってた」


エリオットは俺の近くに歩み寄り、アイスの入ったボックスを指す。


「わたしも食べていい?」


「もちろん。メロンとソーダとココナッツがあるけど、どれにする?」


「どれでもいいけど…じゃあソーダ」


俺はソーダ味を手に取ってエリオットに渡す。


「…後で散歩してみようかな。いろいろ調べて報告書書かないといけないし」


「大変そうだな」


「まあねー…でもレンブルフォートのお酒、けっこう好みだから、楽しめそうだよ」


「もう飲んでるのか…」


「主な銘柄はほぼ試しました!」


エリオットが軽く敬礼して笑う。笑顔がまぶしい。


「…エリオット、諜報課ってことは、俺の周り含めて、いろいろ情報集まるんだよな?」


「まあわたしだけじゃないし、みんなで取材した結果を持ち寄ってまとめたりするけど」


「その、一つ頼みがあるんだが、俺の周辺の情報を、なるべく俺にも教えてもらえないか?」


「いいけど…どうして?」


「実は…友達のことでさ。奴隷館って所から宮廷まで連れて来たんだけど、俺を含めたアイリス皇族を相当憎んでいるらしくて、それについては相応の事情があって無理もないんだが、ただなんというかな…ちょっと心配なんだ」


「心配?」


「優しい顔してるんだけど…どこか不安定な感じがするんだよな。あやうい感じ…恨まれてる俺が言うのもなんだけど、俺が救ってやらなきゃって、そんな感じがするんだよ」


「そっか…」


「お願いできるかな? 負担にならない分でかまわないんだけど」


「了解、分かったよ!」


エリオットは微笑む。


「ルシーダの友達のためだもんね。王国憲兵局諜報課の意地にかけて、全力で取材してみるね!」


「ま、まあ…守秘義務とかいろいろあるだろうし、俺に教えられる範囲でかまわないよ」


「大丈夫、気にしないで! エリオット諜報大作戦!」


エリオットがいつになく元気だ。ちょっと不安になってきた…



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る