A第一三話 暗雲
「白い鎧の一族か……随分懐かしいねえ。もう二度と聞くこともないかと思っていた」
遠い目をしながら老婆、シャイケンは言った。そして俺達に視線を戻し、腕組みしながら言葉を続けた。
「どういう関係なんだい、あんたら」
「どういうって……」
俺はアクィラと顔を見合わせる。アクィラも困っているようだった。何と説明すればいいのか。一言で言えるような事ではない。
「アセットなのかい、あんたらも」
「いや、違う。似た様なものかも知れないが……」
「ふうん。しかしケーラの紹介とは言え、そうすんなりと案内するわけにもいかないんだよね。こっちにもいろいろと決まりがある」
「……金が必要ってことか」
「違うよ。ふむ……ケーラは何故ここに行けと言ったんだい」
俺は何と答えるべきか少し考え、答えた。
「……じつはこいつが、ちょっと訳ありでな。アクィラ、頭の機械を見せてやってくれ」
アクィラは頷き、帽子を取って左側頭部の髪をかきあげた。感応制御装置が露わになる。
「なんだいそりゃあ……」
「機械虫を操る事のできる装置だ。こいつはデスモーグ族にさらわれて、こいつを埋め込まれた。何とかしてこいつを取ってやりたいのさ。その為にはハベスの施設に行くしかないと……それでも絶対ではないが、とにかくそうケーラに言われたのさ」
「なるほどねえ……」
シャイケンは会計台から身を乗り出してアクィラの装置を覗き込む。そして手を伸ばし、アクィラの頭を撫でた。
「あんたまだ小さいのに……大変だったねえ」
そう言いながら、シャイケンは目に涙を浮かべていた。アクィラはそんなシャイケンの様子を見て困惑していた。俺もだった。
「いや……なるほどね。訳ありってことだ」
シャイケンは姿勢を戻し、涙を拭った。そして鼻をすすり、会計台の下をごそごそとまさぐり始めた。
「クリストファー氏族の居場所は、正確には私も知らない。だからこいつを持って森に入れと言われたんだ……おっと、こいつだ」
それは埃を被った包みだった。油紙を紐で縛って封がしてある。
「随分前に預かったからねえ。動くといいんだが……」
シャイケンは紐を解き油紙を開いていく。中から出てきたのは手のひらに乗るくらいの大きさの機械だった。いくつかのボタンがあって、ガラスの板が嵌め込まれている。
「発信機というらしい。こいつが信号を出すと、それをあいつらが感知する。それで迎えに来るって寸法さ。これが発信のボタンで、もう一度押すと切れる。発信している間はここが緑色に明滅する。このガラスにはいろいろ文字が出るが……私には意味はよく分からんね」
「触っていいか」
「ああ、持っていきな。ちゃんと森の人気のないところで使うんだよ。街の中とかで使ったら奴らも困るだろうからね」
「ああ、分かった」
シャイケンの言ったことを反芻しながら機械を手に取って観察する。発信機……機械にしか分からない信号を出す機械なのだろう。原理はよくわからないが、とにかくこれでクリストファー氏族に渡りをつけられる。
「助かったぜ、婆さん。こいつで……うまくいけば頭の機械をうまく取り除けるかもしれん」
「そうかい。そうなることを祈ってるよ……」
シャイケンはもう一度アクィラを見つめ、目にうっすらと涙を浮かべた。
「私の子供は、ずっと昔にデスモーグ族に殺されたんだよ。ちょうどお嬢ちゃんと同じくらいの時に、旦那と一緒にね。私の旦那と一緒に山に機械くずを探しに行ってたんだけどね、何か具合の悪いことに巻き込まれちまったらしい。私は復讐するために何年も彷徨った……それでモーグ族に知り合ったのさ。結局仇は取れなかったけどね……」
シャイケンは涙を堪えながら、そして俺を見て言った。
「必ず助けてやっておくれよ。これ以上子供が犠牲になるのはまっぴらだ」
俺は子供たちのことを思い出した。デスモーグ族の研究所で死んでしまったと言うたくさんの子供達。俺が知らないだけで、きっと他にも大勢が犠牲になっているのだろう。
「ああ……必ず、なんとかするさ」
俺はアクィラの頭を撫でる。アクィラも神妙な顔をして俺たちの話を聞いていた。アクィラにも思うところがあるのだろう。何せ当事者なのだ。
「じゃあこいつは預かるぜ。用事が終わったら返しにくる」
「いいさ。必要ならクリストファーの連中がまた持ってくるだろうさ。まあでも、無事にその機械を取り除けたのなら、もう一度顔を見せにきておくれ」
「ああ、約束する。じゃ、行くぜ。世話になったな、シャイケン」
「名前を聞いてなかったね。そっちのお嬢ちゃんはアクィラかい」
「そうだ。俺はウルクスだ」
「私が死なないうちに頼むよ、ウルクス。この店を継いでくれる奴はいないんだからね」
「時間をかける気はない。すぐ……終わるさ」
「そうであることを願うよ。じゃあね、アクィラ。気をつけるんだよ」
「はい、シャイケンさん。ありがとうございます」
そして俺たちはシャイケンの店を後にして森に向かった。
まだ日は高く夕暮れまでには時間がある。クリストファー氏族を探すだけの時間はあるだろう。
俺たちは街を離れ、人目を気にしながら森に入っていく。しばらくは森の中にも人の通った跡が残っていたが、段々と未踏の状態になっていく。ここにまで入ってくる奴はあまりいないようだ。人目がない場所で使う……この辺で良さそうだった。
俺は預かった機械を取り出し、ボタンを押した。シャイケンの言うように緑色の光が明滅する。特に音はない。周囲に動きがあるかと見回してみるが、特に変わりはない。見つけてくれると言ってもすぐではないのだろう。しばらく待つしかなさそうだった。
「しょうがない……少しここで休んでるか」
「うん」
俺がそう言うと、アクィラは早速リュックから食い物を出して食べ始めた。普段の支度はモタモタしているが、こう言う時のアクィラは早い。全く、食い意地が張っているのは治らないようだ。
俺もお湯を沸かし、ケーラからもらった謎の木の根を煎じてみる。苦いが癖になる味だ……そう言っていた。本当にただの木の根にしか見えないが、まあケーラを信じてみることにする。
「ねえ、ウルクス」
「なんだ」
茶が出るのを待ちながら、俺はアクィラに返事する。茶からはまだ土の匂いしかしない。ひょっとしてケーラに担がれたのだろうか。
「私に虫狩りのことを教えてよ」
「またその話か。いずれと言っただろう。今旅しながらできることじゃない」
「でも私……力になりたい。他の人を守れるようになりたい」
「他の人?」
「うん。ウルクスとか、他の人とか」
「やめとけよ。今のお前は自分のことだけ考えてろ。他人を助けるなんて面倒なこと、やめた方がいいぞ」
「でもウルクスは、私のことを助けてくれたじゃない」
「それは……成り行きだ。好き好んでやってるわけじゃない」
「でも……私は人を助けたい。もし私に力があれば……誰か一人でも助けられたのかもしれない……」
そういい、アクィラは目に涙を浮かべる。急に何事かと思うが、さっきのシャイケンの言葉のせいのようだ。全く、余計なことを言ってくれたもんだ。
「俺がお前を助けられたのは、アレックスやアレクサンドラたちがいたからだ。俺だけで何かをしたわけじゃない。お前は自分の力でデスモーグ族と戦うことを考えているのかも知れないが、そいつは無茶だ」
「でも……スリングや弓が使えれば、私だって役に立てるよ」
「言っただろう。一朝一夕でできることじゃない」
「今始めなかったら、いつになってもできやしないよ!」
アクィラが怒ったように声を張り上げた。こいつがここまで言うのは珍しい。シャイケンのせいで……ぼんやりしていた思いが形になったようだ。ますます厄介だ。
しかし、アクィラの言うことにも一理ある。始めなければいつまで経っても上達などしない。いつかやるのなら、それは今でもいいわけだ。いきなりデスモーグ族相手に戦うなんてのは無茶だが、練習だけなら初めていいのかも知れない。
「そんなにスリングや弓が使えるようになりたいか」
「なりたい……私も、力になりたいの」
俺はため息をつく。今度ばかりは有耶無耶にできそうにない。
「いいだろう。少しずつ……教えてやる」
「本当?!」
アクィラが目を輝かせる。だが俺は釘を刺しておく。
「だが勝手に使うんじゃないぞ。特に、それで戦おうなんて思うな。それをしていいのは俺が許可してからだ」
「分かった。じゃあさ、とりあえずスリングの使い方を教えて」
「はあ……分かったよ……いや、ちょっと待て」
微かな物音に俺は耳を澄ませる。アクィラも何事かと周囲を見回す。
「来たか。クリストファー氏族ってのが」
「分かるの? どこにも見えないよ」
「なんとなくだ。虫が……静かになっている」
俺は息を吸い、大声で言う。
「俺はウルクス、虫狩りだ! ケーラの紹介でここにきた! クリストファー氏族、力を借りたい!」
沈黙が続く。しかし、しばらくしてガサガサと動く音が聞こえる。そして闇の中に白い姿が浮かび上がる。モーグ族の鎧だ。
「ウルクスと言ったか」
「ああ……」
「その名には覚えがある。ケーラと言う名前にも」
言いながらモーグ族は近づいてくる。しかし、その姿はどこか傷ついているようだった。鎧には傷がつき、そこかしこが汚れている。血の跡もついているようだった。俺は面食らいながらも問いかける。
「あんたらがこの辺を仕切ってるクリストファー氏族か」
「そうだ。発信機の反応があるから何かと思ってきてみたが……ラカンドゥの英雄が何の用だ」
「英雄? なんの話だ」
「モーグ族とボルケーノ族と共に戦った虫狩りがいる。義のために戦ったと聞いている。少女を救うために」
仮面のせいでよくわからないが、冗談ではなく真面目に言っているようだった。
「それは……」
言っていることは間違いではないが、かなり誇張されているような気がする。俺はついていっただけだ。英雄なんかじゃない。それを言うならザルカンだ。
「いや、それはどうでもいい。それより教えてくれ。アレックスはあんたらの所にいるのか」
「アレックスか。ああ、いる。近くの施設で我々と一緒にいる」
「そうか。案内……してくれるか」
「いいだろう。他ならぬウルクス殿の頼みであれば。それと……そちらの子供は、ひょっとしてアクィラか」
「……はい、アクィラです」
「そうか。君には大変な苦労をかけた。我々一族の失態でもある。本当にすまない……」
「いえ、そんな……」
いきなり言われてアクィラも困っているようだった。しかし、俺もアクィラも思ったよりモーグ族の間では名前を知られているようだった。なんだか奇妙な気分だった。
・予告
クリストファー氏族の施設に案内され、ウルクスはアレックスと再会する。喜ぶのもつかの間、ウルクスはモーグ族が窮地に立たされていることを知る。アクィラの装置を取り除くためには、その問題を解決しなければならない。
次回「窮地に立たされるもの」 お楽しみに!
※誤字等があればこちらにお願いします。
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