A第一一話 氏族を訪ねて

 翌朝目覚めると、アクィラはまだ眠っていた。特に苦しむ様子も見せず、いつも通りに寝ているようだった。俺はひとまず一安心するが、それも今だけのことだ。機能のように苦しむことが、いつ起きるかもわからないのだ。

「起きたか」

 ケーラももう起き出していて、茶を飲んでいるようだった。ジェイムスンの姿はないが、あいつも施設の中で起きているのだろう。

「施設から適当に食い物を取ってきた。好きに食うといい」

 そう言ってケーラは顎で机の上を示す。袋や容器に入った食べ物や飲み物が置かれていた。アクィラの好きそうなパンもある。

「ああ……じゃあ、もらうかな」

 あまり腹は減っていなかったが、もらえるのなら食っておいた方がいい。俺は少し無理矢理に詰め込むように食い物を口に入れていく。味は悪くない。しかしそれを楽しむ気分ではなかった。

「で、どうするんだ」

 俺が食べる手を止めた頃を見計らってか、ケーラが聞いて来た。どうするとは……聞き返すまでもない。アクィラのことだろう。

「昨日みたいなことがこれから何度も起きるようなら……アクィラの身がもたないかも知れない。できれば……機械を取り除きたい」

「昨日もジェイムスンが言っていたが、ここの施設では無理だ。可能性があるのはハベスだが……行くつもりか?」

「本当なら帰らなきゃいけない。アキマに……タバーヌで待たせている人がいるんでな」

「家族か」

「違う。が……そんな所だ。義理のある人がいるんだ。仕事の仲間もいる」

「ふむ。帰る所があるのはいいことだ」

 茶を飲みながらケーラが言った。ケーラの母親は死んで、父親と会う事ももうないのだろう。そして故郷と言えるモーグ族の所に戻ることも出来ない。そんな自分の境遇に何か思う所があるのだろう。

「お前はハベスに……そこにある施設に行ったことがあるのか?」

「ハベスに行ったことはある。しかし施設に入ったことはない。用もなかったし、それに危険だったからな」

「機械虫がか?」

「違う。それもあるが、問題なのは人間だ。現地に住んでいるハレンディラ族……知っているか?」

「いや、知らない」

 なんとか族というとボルケーノ族を思い出す。そういう連中がハベスにもいるってことか。

「ハベスには広大な森がある。機械虫も多く生息している。人々はその恩恵を受けて生きているが、森の外で暮らしているのは国全体の人口の三割だと言われている。残りは全員森で暮らしているが、それがハレンディラ族だ」

「森で生きている……虫狩りの一族なのか?」

「そうだ。獣や機械虫を狩り、機械樹の作物を食って生きている。森の外との交流はほとんどない。彼らは干渉されることを嫌い、独自の文化を築いて生きているんだ」

「偏屈な連中という事か」

「そうだな。昔戦争が起きた時に国王がハレンディラ族から徴兵しようとしたそうだが、手ひどい反発を受けてそれどころではなかったそうだ。彼らにはハベスに住んでこそいるが、彼らにとっては国というのは森のことで、それが自分たちの領土だと思っている。森の外縁部では一般人の狩猟もお目こぼしされているようだが、森の深くに入ると警告を受け、無視すれば問答無用で襲ってくるらしい」

「なんか山賊みたいな連中だな」

「確かにな。しかし森に古くから住んでいるのは彼らの方で、平野部に住み始めたのは二百年ほど前と言われている。彼らからすれば、自分たちの住んでいる場所に後から手を出してきた不届き者、という感覚なのだろう」

「なるほどね。それで、施設に行こうとすればどうしてもそのハレンディラ族と鉢合わせることになる訳か」

「そういうことだ。森の中は彼らの領域だからな。忍び込むのは難しいだろう。それに、お前だけでは施設に入れないだろう。ロックを解除することは、その地域のモーグ族、クリストファー氏族の力を借りなければ無理だ」

「そうだな……」

 俺はアレックスから預かっていたあの古いグローブを思い出していた。あのグローブにあった上書きオーバーライトの力があれば、俺一人でもロックを解除できるのかもしれない。しかしあれは返してしまった。今更言ってもどうにもならない。

「ケーラ。あんたはモーグ族との関りは断っているといっていたが……会うことはできないのか」

「案内を頼みたいという事か? 残念ながら、無理だ。付き合いは断っているからな。拠点の位置が変わっていなければそこまで案内することはできるが、今更私が行ったところで助けてくれるとは思えん。母は喧嘩別れして出ていったようなものだからな。子である私も良く思われているという事はないだろう」

「そうか。拠点の場所は覚えているのか」

「覚えている。行くつもりか?」

「他に手はない。力を貸してくれるかは分からないが……ウルクスという名前を知っていれば、ひょっとしたら話くらいは聞いてくれるかもしれん」

「ふん? その口ぶりだと、お前はずいぶん大物らしいな」

 面白そうにケーラが言う。

「そういうわけじゃねえ。しかしモーグ族とは付き合いがあったからな。そういう情報は仲間通しで共有しているらしいから、俺の事も知っているかもしれない。アクィラの事だって知っているはずだ」

「なるほどな。それはそうかもしれん。しかしハベスか……」

 ケーラはアクィラを寝かせてある部屋の方に視線を動かした。

「お前一人ならともかく、あのお嬢ちゃんが一緒に行くのは難しいな」

 俺も部屋の方を振り向いて答える。

「……そうだな。あいつには機械の力があるが、それだけだ。戦いになればただの足手まといでしかない。だがハベスに行かなければ機械を取り除くことはできない。あいつだけアキマに返すわけにもいかない」

「ふむ……」

 ケーラは腕組みをして考え込み始めた。俺は食事を再開し、残っているものを口に放り込んだ。

 ハベスに行く。言うのは簡単だが、ケーラの話ではかなり危険のようだ。一つの手としては俺だけでハベスに行ってなんとかモーグ族の協力を取り付けて、その後にアクィラを連れていくことだ。

 だがその為には移動するだけでも長い時間がかかる。いったんアキマに戻り、今度はハベスに向かい、そこでモーグ族と接触する。時間の問題もあるし、それにすんなりモーグ族が見つかるのか。見つかっても力を貸してくれるかは分からないし、それに一番の問題であるハレンディラ族の存在はどうにもならない。

 もし機械を取り除く装置だけを持って帰る事が出来ればいいが、今まで施設でいろいろな装置を見てきた限りでは、そんな手の中に納まるような小さいものではないだろう。部屋一つ分のような大きなものだ。そんなものを持ち出すのは不可能だ。

 となると、やはり危険を承知で行くしかないのか。

 アクィラを虫狩りとして鍛えて、最低限自分の身を守れるようにするという事も一つの手だ。だがそれには三年はかかるだろう。それまでに機能のような異常事態が何度も起きる可能性がある。それで命を落とせば、鍛えるもくそもない。時間をかけることはできない。

「……行くのならば、モーグ族の場所を教えてやってもいい」

 ケーラが腕組みしながら言った。渋い顔をしているから気は進まないようだが、ケーラは言葉を続けた。

「ハベスにモーグ族の協力者、アセットの奴がいるんだ。そいつにまず接触して、モーグ族の話を聞くことになる」

「そうか。そいつはどこの街にいるんだ?」

「キャスハという街だ。歩きなら一月近くかかるだろう。ざっと三〇〇タルターフ五四〇キロの距離だ」

「キャスハね。そのアセットってのはどんな奴なんだ? 有名な奴か」

「いや、小さな万事屋を商っている。シャイケンという婆さんだ。最後にあったのは十年ほど前だったか……生きていれば今もアセットをやっているはずだ」

「婆さん? 十年前? おいおい、本当に生きているのかよ?!」

 ケーラは首をかしげながら答える。

「さあな。もう会うこともないと思って気にも留めていなかったが……分からん。しかしその婆さんしかあてはないな」

「もし死んでいたら?」

「後継ぎがいれば引き継いでいるかもしれん。もしそうでなければ……地道に探すことになるな」

「おいおい……それは勘弁だな」

 知らない街でモーグ族の事を探す……相当難しいだろう。だが最悪の場合、そうせざるを得ない。そうなれば何か月滞在することになるのか……。

「おい」

 ケーラが言い、顎で背後を示す。振り向くとアクィラが目をこすりながら歩いてくるところだった。

「おはよう、ウルクス。ケーラさん」

「ああ、おはよう」

「おはよう」

 アクィラは小さく欠伸をして、俺の顔を不思議そうに見ていた。

「何かあったの? 難しい顔をして」

「あ、いや……」

 言うべきかどうか迷った。しかし、一番重要なのはアクィラの気持ちだ。こいつが嫌だというのなら、無理に連れていくわけにもいかない。

「昨日のことで、ちょっとな」

「昨日の事……機械の事?」

 アクィラが左の後頭部の機械にそっと触れる。

「これがどうかしたの?」

「そいつを取り外す技術がハベスに。隣の国にあるかも知れないんだ。またモーグ族の力を借りることになりそうだが……」

「……危険だってこと?」

 不安そうにアクィラが俺を見つめる。俺は何と言うべきか言葉を選びながら答える。

「森の中に施設があるらしい。しかし現地の人間はよそ者を好まない。危険はあるが……しかし、機械を取り除くなら行くしかないんだ。どうする? また昨日みたいなことが……これからも起きないとは限らない」

「私は……私が、決めていいの?」

「……ああ。お前の体の話だからな」

「そっか……じゃあ……行きたい。この変な機械を取って普通になりたい」

「そうか」

 俺はケーラと顔を見合わせる。ケーラは黙って小さく頷いた。

「なら、旅の支度をしろ。国境までは案内してやる」

 そう言い、ケーラは席を立った。

「ああ、分かった。すまない、ケーラ。アクィラ……かなりきつい旅になるかもしれない。覚悟しておけよ」

「うん。でもきっと大丈夫だよ。ウルクスが一緒なら」

 何がうれしいのか、アクィラは笑顔を見せながら言った。

「だといいが」

 モーグ族……アレックスはハベスにいるという話だが、ひょっとすると会えるかもしれない。もしそうなら話は早いんだが……等と都合のいい事を考えながら、俺は覚悟を決めた。何としてもアクィラを元に戻す。危険だろうが何だろうが、何とかしてみせるさ。



・予告

 隣国のハベスに向けて出発するウルクスたち。途中機械虫と遭遇しながらも無事に国境に辿り着く。目指すはキャスハの街にいるというシャイケンという老婆だ。今も生きていることを願いながら、ウルクスは街を目指す。


 次回「万屋」 お楽しみに!



※誤字等があればこちらにお願いします。

https://kakuyomu.jp/users/ulbak/news/16816700429113349256

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