A第一〇話 青い光
「残念ながら、この施設の設備では感応制御装置を取り外すことはできません」
「そうなのか?」
「はい。感応制御装置の情報は一部の基礎理論だけで、完成品の情報がここにはありません。したがって構造が不明であるため、取り外すための方法も分からないのです。試してみることは可能ですが、あまりお勧めしません。アクィラさんの体に大きな影響を及ぼす可能性が高いです」
「無暗にいじるわけにはいかないわけか……」
「別にいいよ。もう慣れたから、無理に取らなくったって」
アクィラはそう言うが、このままでは普通の生活にも支障が出るだろう。髪を伸ばせば隠すことはできるかもしれないが……こんな体では嫁の貰い手がいないかも知れない。
しかしまあ、先のことはおいおい考えればいい。体に害が無いのなら、アクィラが言うように無理に取る必要はないだろう。
「さて、ケーラが戻ってくるまでにはまだ時間がかかりそうですが……どうしますか? 外の水場で野営するのなら私が案内します。それとも今日はこちらで宿泊されますか?」
「そうだな……」
「泊まろうよウルクス! 服も洗いたい!」
「ふむ、そうだな。じゃあジェイムスン、悪いがここに泊まらせてくれるか?」
「はい、結構ですよ。客室用に空いた部屋が奥にあります。Cの表札がかかっている部屋ならどこでも結構ですよ。洗濯機も自由にお使いください」
「やった! じゃ、先に行くね!」
そう言うとアクィラは机の上に残っていたパンをわしづかみ、ドアを抜けて部屋の方へと走っていった。
「落ち着きのない奴だな。モーグ族の施設に慣れ過ぎてるんじゃねえか」
「はははは。慣れてしまえば、文明のない生活に戻るというのはなかなかストレスの多い事ですからね。そうならないようにケーラは普段からこの施設を使わないようにしています」
「俺も気を付けないとな。さて、じゃあ俺も休ませてもらうぜ。ケーラが戻ったら、明日の昼までにはここを発つと伝えておいてくれ」
「分かりました。お休みなさい」
久しぶりの旧世界の施設での宿泊……柔らかい布団が疲れた体を押し包んでくれる。冷たい水はあるし、服もきれいさっぱりだ。言う事はない。
虫の鍋の施設を出発して以来、やはり元の生活の方が性に合うと思っていたが、こうして再び旧世界の施設に厄介になると心が揺れる。快適なものは快適なのだ。これが普段から使えれば……そういう気持ちになる。
だがみんながみんな使えるわけじゃない。旧世界の施設の数には限りがあるし、仮にモーグ族が開放しても使えるのは一握りの人間だけだろう。それを取り合い、争いだって起きかねない。それこそがモーグ族の危惧しているところだ。
では自分が今こうして施設の恩恵にあずかっているのは一体何なのだろうか。モーグ族に関わった事がある自分への、一種の役得なのか。或いはケーラが言うように慣れて普段の生活に支障をきたすような災いの種なのか。
「……やめだやめだ。せっかくいい気分なのに、小難しい事を考えるのはやめだ」
細かいことはいい。どうせ明日にはここを発つのだ。そうすれば恐らく、もう二度と旧世界の施設に関わることはない。明日までの限られた時間、せいぜい快適に過ごさせてもらうだけだ。
そんな事を思い俺は眠りにつく。何事もなく朝を迎えるかと思ったが、突然の声にたたき起こされた。
「ウルクス! 大変です、起きてください! アクィラの身に何かが起きています! ウルクス!」
「――何だ?!」
でかい声に目覚める。ジェイムスンの声だった。部屋の中に青白い光のジェイムスンが浮かんでいて、何やら深刻そうな顔で俺を見ている。
「アクィラの様子がおかしいのです! 感応制御装置が異常な挙動を示しています!」
「……何だって?!」
アクィラの装置がおかしい? 状況が分からないが、俺はとりあえず跳ね起きて部屋を飛び出す。アクィラは隣の部屋にいるはずだ。俺はドアを叩く。
「おい、アクィラ! どうした?!」
返事はない。だが呻くような声が内側から聞こえる。それに、ドアの隙間、部屋の内側から青く強い光が漏れているように見えた。感応制御装置の光だ。
「おい、アクィラ! くそ、ジェイムスン、鍵を開けろ!」
「はい、ロックを解除します」
カチリと音がしてドアの鍵が開く。俺はすぐさま部屋の内側に飛び込むが、見えたのは目も眩むような強い光だった。
「うわぁぁ~~っ!」
アクィラはベッドの上で頭を抱えて身をよじっていた。そして後頭部の装置は今までにないほどの強い光を放っている。何か異常なことが起きているようだった。
「施設外の広域に強力な電波が確認できます。内容は不明ですが、それが影響を及ぼしているようです」
ジェイムスンが所在無げに浮かびながら俺に言った。
「電波……? それがアクィラに悪さをしているのか? デスモーグ族の仕業か?」
「それも不明です。しかしモーグ族がこのような電波の照射を行なうことは考えにくい。デスモーグ族の仕業と考えるのが妥当でしょう」
「くそっ! まだアクィラを苦しめるつもりか! おい、アクィラ! 大丈夫か! しっかりしろ!」
「ううっ! ウルクス……頭が……!」
「大丈夫だ、アクィラ! くそっ! どうにかできないのか!」
「現在施設外壁の電磁シールドを起動しています。あと数分で施設全体を電波から遮蔽できます」
「何だか分らんがさっさとしてくれ!」
俺はアクィラの体を抱きしめる。小さな体が熱を帯び、苦しそうに身もだえしている。だが俺にはどうすることも出来なかった。
「何が起きている!」
ケーラの声がして、振り向くと部屋の入り口に立っていた。
「アクィラの装置が何かに反応している! デスモーグ族の仕業だ!」
「何だと?!」
俺の言葉に、ケーラは眉間にしわを寄せて近づいてくる。
「どうなっている、ジェイムスン」
「詳細不明の強力な電波が干渉しているようです。現在施設の電磁シールドを起動中です。後二分ほどで完了します」
「そうか……大丈夫かアクィラ!」
ケーラもアクィラに声をかけるが、アクィラの耳には届いていないようだった。光は相変わらず強く、アクィラの苦しみ方も変わらない。そのまま時間だけが過ぎたが、ジェイムスンの言うように二分ほどして急に光は消えた。アクィラの体からがくっと力が抜ける。
「おい、アクィラ! 大丈夫か!」
「うう……大丈夫……急に頭が痛くなって、何かの情報が流れ込んできて……」
「いい、喋るな。体を横にしろ。ゆっくり息を吸え……」
アクィラを横に寝かせ体をさすってやる。アクィラはそのまま意識を失い眠ったようだった。
「大丈夫……なのか?」
俺が誰ともなく聞くと、ジェイムスンが答えた。
「施設外部の電波はまだ続いていますが、電磁シールドにより遮蔽されています。今の所は問題ないかと思います」
シールドというのが何なのか分からなかったが、とりあえず無事らしい。俺はほっと胸を撫でおろす。
「これまでにもあったのか、こんなことは」
ケーラの言葉に、俺は今までのアクィラの様子を思い出す。
「一度だけ……デスモーグ族にさらわれていたときに青い光を発していたのを見た事がある。だがそれ以外では見た事はない。ラカンドゥにいた時もこんなことはなかった」
「謎の電波とやらが問題なわけか……」
「くそ、何だってんだ。デスモーグの野郎どもは、また何か始めやがったのか」
「かも知れんな。有り得る話だ……」
「ジェイムスン、今度同じことが起きたら、また防ぐことはできるのか?」
「はい、この施設内であれば可能です。しかし施設の外では……電波暗室を作ることが可能であればいいのですが、防ぐことはかなり難しいでしょう」
「つまり外で同じことが起きたら、防ぎようがないのか」
「はい。あとは感応制御装置を取り除くしか……」
「だがここの設備じゃできないんだろ?」
「はい。しかし……」
ジェイムスンがケーラの顔色を窺うように視線を動かす。
「……ハベスにならあるかも知れん」
ケーラが重い口調で言った。
「ハベス? そこに、何がある」
ハベスと言えばタバーヌの隣国だ。カリカスからなら南に進めばそれほど遠くはない。
「地域ごとに施設には特色がある。作られた年代が違って、設備にもいろいろあるんだ。その中でもハベスのものは古く、そして巨大だと言われている。そこになら感応制御装置を除去する手術データがあるかも知れん」
「何だって……?! じゃあそこに行けば、この機械を取り外せるのか」
「可能性の話だ。確実なことではない」
「可能性か……」
寝息を立てるアクィラを見下ろす。さっきみたいなことがまた起きないとも限らないのなら、これからおちおち外も歩けなくなるって話だ。だったら装置を取り外してしまった方がいい。
だがその為にはまたモーグ族の世話にならないといけないのかもしれない。だが、アクィラの為を思えば……。
・予告
異常な電波は消えたが、いつまた発生するかという不安が付きまとう。アクィラの感応制御装置の危険性に、ウルクスはある決意をする。
次回「氏族を訪ねて」 お楽しみに!
※誤字等があればこちらにお願いします。
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