A第九話 秘匿事項

「モーグ族は旧世界の文明を封印するために働いている。それは正解だ。しかし、それが目的の全てではないんだ」

 苦虫をかみつぶしたかのような顔でケーラが言う。何か重大な秘密に触れようとしているようだった。

「じゃあ何だってんだよ? それ以外に何がある?」

「ケーラ」

 質問を繰り返す俺を遮り、ジェイムスンが少し強い口調で言った。

「それ以上は秘匿事項です。あなたが喋ることを止めることはできませんが……それ以上のことを言うべきではない」

「……分かってるよ。分かっている」

 ケーラは困ったように首を左右に振る。

「一つだけ教えてやるよ、ウルクス。この世界の行く末を」

「世界の行く末?」

 急にでかい話になってきた。それがモーグ族の使命と関係しているという事だろうか。

「この世界を支配しているのは機械虫と森だ。虫狩りならそれは分かるだろう」

「ああ……まあ、そうだな」

 人が住める場所には大抵機械虫がいる。死に地を緑化してくれる機械虫がいるから、人間はその版図を広げる事が出来るのだ。だが逆に栄えすぎた森は人を排除する。機械虫と森の塩梅がちょうどよくなければ人が生きることは困難だ。その意味では、この世界は機械虫と森に支配されている。そう言えるだろう。

「そして森は……年々広がっている」

「ああ。確かに……岩地や荒れ地が何年かすると草っぱらや森に変わっているのは知っている」

「では、このまま森が広がり続ければどうなると思う?」

「どうって……」

 森が栄えれば機械虫も増える。そうなれば虫狩りの仕事が増え、色々な資材や道具を調達しやすくなる。町は活気づくだろう。俺の住んでいるアキマもそうやって森と共に大きくなった街だ。

「街が大きくなって、住みやすくなるんじゃねえのか?」

「そうだな。しかし、私が言っているのはその先だ。森が大きくなり、街が大きくなる。森の増殖は止まらない。全ての土地を緑に変えて広がり続けていく。その果てに何が起こると思う?」

「森が広がり続けたら……そりゃあ……」

 山間の小さな村なんかでは、たまに森に飲み込まれるという事が起きる。木が繁茂しすぎて人が住めなくなるのだ。木を切ればいいと思うかもしれないが、一緒に機械虫もやってくるから始末が悪い。まるで自分の縄張りであると主張するかのように暴れ始め、家でも何でも壊していってしまうのだ。

 森が広がりすぎれば、そういう事が起きる可能性はある。しかしそれは……きっと途方もない未来の話だ。百年……いや、もっとかも知れない。それこそ千年先のような。

「森に飲まれる村も出るかもしれないが……そんなのずっと先の話だろ? 今からそんな心配をしているのか」

「お前は今を生きているからな。現生人類には分らん話だ。気の長い計画なのさ、モーグ族の使命というのは……」

「それで……もったいつけるなよ。モーグ族の使命ってのは何なんだ? 森が広がる事と何の関係がある?」

 じれったくなってきた俺は少し語気を強めて聞く。ケーラはまだ迷うように視線を泳がせていた。

「それ以上は秘匿事項だ。ジェイムスンの目が黒いうちは……私からも言う事はできない。だが覚えておけよ、ウルクス。モーグ族は現生人類を、お前たちを助けているわけじゃない。技術を封印するためだけに働いているんだ。その技術でお前たちを助けることはない」

「……それは、結果的に俺達が助けられているってことか。だったら別にいいじゃねえか。デスモーグ族をやっつけてくれることに変わりはないんだろ?」

 俺がそう言うと、ケーラは乾いた笑いを見せた。

「そう……だな。それでいいのかもしれん。それが人の世の在り方というのなら……」

 意味深な様子でケーラが言った。ジェイムスンは困ったような表情でその様子を見ていた。事情は分からないが、秘匿事項という何か秘密があるようだ。しかしまあ、モーグ族が謎めいているのは今に始まったことじゃない。

「よく分らんが、別に俺には関係ないぜ。もうモーグ族と関わる気はない。特に体と命を張るような真似をする気はない。俺はただの虫狩りで、それ以上のものになる気はない」

「……そうか。すまない、余計なことを言った。確かにお前には関係のない事だな。久しぶりに人と喋って、喋りすぎたようだ」

 そう言うとケーラはコップに入っていた中身を飲み干し、気持ちを切り替えるように息をついた。

「下らん話は終わりだ。お前たち、どうする。水場まで戻るというのなら案内するが……」

「そうだな、どうするか……」

 アクィラを見ると腹をさすって床を見つめていた。様子を見る限り、どうも腹が減っているらしい。

「もし差支えがなければ……食い物を分けてくれるか」

「食い物か。いいぞ。といっても管理しているのはジェイムスンだが」

 ケーラがジェイムスンの表示されている端末を見る。ジェイムスンは笑顔で答えた。

「ええ、食料が必要ならお好きなだけどうぞ。誰も利用しないからたくさん余っていますよ」

「本当? やった!」

 大人しそうな顔をしていたアクィラが目を輝かせて言った。全く、こいつは長生きするぜ。

「誰も利用しないって……ケーラ、あんたは食わないのか」

「ん? 私か……いや、たまに、天気が悪くて街にいけない時なんかは分けてもらうが……普段はもらわない。間に合っている」

 俺が不思議に思っていると、それを察してかジェイムスンが言う。

「ケーラはこの施設を使う事を良しとしていないのです」

「ふうん。モーグ族に関わらないってことか」

「そうだな。そんな所だ」

「しかし困ったものです。本当は治療可能な病気を抱えているのに、決して私に治療させようとはしてくれないのです」

「病気?」

「余計なことを言うな、ジェイムスン。ちょっとした腫れものだ。数年で……私は死ぬ」

「何だって? おいおい、それじゃあ……ジェイムスンに何とかしてもらえばいいじゃねえか。変な意地を張ったってしょうがないだろう」

「大きなお世話だ。お前たちもこの病になれば死ぬ。私もそれと同じというだけだ。旧世界の技術に縋ってまで生きようとは思わん」

 ジェイムスンは困ったような表情を浮かべ俺を見ていた。俺に説得してもらいたがっているようだったが、この取り付く島のない様子ではケーラを心変わりさせることは不可能だろう。

「あんたの生き方だ。好きにすればいいさ……しかし、あんたが死んだらここはどうなるんだ? ジェイムスン一人で守っていくのか」

「そうなります。ケーラがくる以前と同じことになりますね。私としては話し相手がいなくなるのは寂しいのですが……」

「ケーラもデータ化すればいいんじゃない? そうすればずっと一緒にいられるじゃない」

 アクィラが言うと、ケーラが不機嫌な顔でアクィラを睨んだ。アクィラはハッとして首を竦める。

「はははは! データ化とはいいですね! ケーラは絶対にしないでしょうが」

 楽しそうに笑うジェイムスンにも、ケーラは冷たい視線を向けた。ケーラは技術に対して相当な嫌悪感があるらしい。

「余計なこと言うんじゃねえよ、アクィラ。まったく……まあそいつは冗談として」

「お前に食わせるパンはない。さっさと出ていけ」

 怒った口調でケーラが言い、コップをもって席を立つ。そしてすぐそばのドアを開けて奥に入っていってしまった。

「おやおや、怒らせてしまったようですね、お嬢さん」

「ごめんなさい、私……」

 アクィラは泣きそうな顔で俺を見ていた。しかしジェイムスンは楽しそうに言葉を続ける。

「怒ってはいますが気にしないでください。しばらくすれば戻ってきますよ。食事なら自由にどうぞ」

「本当……? ごめんなさい」

 ジェイムスンに向かってアクィラが謝る。何故機械虫の触角を踏むような真似をするのか。こいつにはまだまだ人生経験が足りないようだ。しょうがないか。子供だし。

「ケーラの病気は……そんなに悪いのか?」

 俺が聞くと、ジェイムスンは少し考えてから答えた。

「腫れ物が頭の中に出来ているのです。今の所悪さをするようなものではないのですが、年々大きくなっています。余り大きくなりすぎると脳を圧迫して機能を阻害します。結果として死に至ってしまうのです。現状では健康に影響はありませんが、やがて四肢の運動障害や感覚の喪失が起きるでしょう」

「頭の病気か……でも、やろうと思えば治せるのか」

「はい。この施設の医療設備ならば可能です。手術もプログラムがあるので機械に任せておけばすべてやってくれます」

「だったら……寝てる間に勝手にやっちまえばいいんじゃないのか?」

「はははは、名案ですね。目覚めたら物凄く怒るでしょうが……いい考えかも知れません。残念ながらスタッグのボディではそこまで細かい動作が出来ませんが」

 酒でも飲ませて酔いつぶれた所をやってしまえばいいのではないだろうか。そんな事を想ったが、大きなお世話なのだろう。助かるものを無下にするとは信じられないが、逆に言えばそれだけ強い信念という事だ。他人の俺がどうこう言える話じゃない。

「症状が進めば、その内に気が変わるかもな」

「であればいいのですが」

「手術ね……待てよ? おい、ジェイムスン。ここの施設でアクィラの装置を取り外すことはできないのか?」

「感応制御装置をですか? それは……」

 ジェイムスンがアクィラを見つめる。アレックス氏族の施設では無理だったが、ひょっとしたらここでなら出来るのではないか? 俺はジェイムスンの答えを待った。



・予告

 施設に泊めてもらうことになったウルクスとアクィラ。しかし夜中にアクィラの様子が急変する。突如放たれる強い光。アクィラの身に何が起きたのか。


 次回「青い光」 お楽しみに!



※誤字等があればこちらにお願いします。

https://kakuyomu.jp/users/ulbak/news/16816700429113349256

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