A第八話 千年の守り人
「生き続けている……あんたが、データ化? 一体どういうことだ。あのスタッグは……何なんだ?」
言いながら自分が何を言いたいのかよく分からなかった。アクィラも首を傾げて分からなそうな表情を浮かべている。俺は何をどう聞くべきかもう一度考えたが……やはり分からない。このジェイムスンというのは実に奇妙なことを言っている。
「失礼。あなたはモーグ族の事をよく知っていると思っていたのですが……技術的なことについてはそれほどでもないようですね。順を追って説明しましょう。まず、私は千年前、世界に機械虫がはびこる前に生きていた人間です。あなたと同じように肉体を持ち生きていました。人間、ジェイムスンとしてね」
「ああ……それが、機械になった?」
「詳細を説明することは機密事項に触れる為出来ません。千年経った今でも大部分の情報にはロックがかかっており、発言することが出来ないのです。ですから、ある時点で私は機械になったと思って頂ければ結構です」
「機械に……機械ね……」
俺は向こうにいるスタッグの体に目をやる。機械……機械虫になったという事なのか?
「おっと、機械と言っても機械虫ではありませんよ」
俺の考えていることを察してか、ジェイムスンが言う。
「私がなった機械というのは、もっと複雑なものです。人間の思考を模倣する装置……その内部で流動するデータ……分かりますか?」
「データ……聞いた事のある言葉だが、どういう意味だ」
「簡単に言えば情報です。私は情報になったのです」
「……うん」
何言ってるんだこいつ。まるで化かされている気分だった。人間が情報に? まるで雲を掴むような話だった。しかしジェイムスンは誤魔化すために俺と話しているわけではない。これでも理解しやすく喋っているつもりなのだろう。モーグ族の知識というのは、俺が思っているよりも厄介なものかも知れない。
「例を挙げてみましょう。例えばリンゴ。丸い、赤い、甘い、木になる、拳大の大きさ、食感がいい。そういった情報で他人に伝える事が出来ます。そのように情報を連ねることで、リンゴという言葉を用いなくても同様の機能を果たすことが出来ます」
「ああ……そうだな」
「人間も同様なのです。挨拶や質問をすれば答える。入力に対して応答がある。どのような知識や経験を持っているか、人格に応じて応答が変わる。その人格を様々な情報の連なりとして再現したものが、データ化するという事です」
「つまり……あんたは、例えばどこで生まれたと聞かれたらどうこたえる、とかいうのをたくさん集めて、あんたという情報に関する目録を作った、みたいなことか?」
「目録、そうですね。概ねそのような認識で結構です。今会話している私というデータは、生前のジェイムスンの人格を目録化して、本人と同様の応答を行なうように作られた、という事です。それが人格のデータ化です」
「目録になったあんたは……本人が死んでも、今も、千年経っても生きているという事か」
「人間のような生命と同様に生きているかという事については議論の余地がありますが、はい、私は千年前から存在し続けています」
ようやく何となく理解できた。目録……びっしりとジェイムスンについて書かれた書類がたくさん保存されているという事だ。俺はその書類に従って、ジェイムスンが答えそうなことを答えとして聞いているというわけだ。
「単純に目録として存在している場合、未知の質問や知識については回答が出来ない可能性があります。そのため思考を模倣するための装置があり、それを介して柔軟に会話することが出来ます。目録に対するなら、司書のようなものですか」
「ししょ?」
「特定の情報に関する書物を検索するような役割の仕事です。図書館に……そうですね、この世界には、図書館はごく限られたところにしかありませんね」
「要するに案内人みたいなものか?」
「そのようなものです。そう言った装置がジェイムスンという情報を読み解き人格として再現しているのです。そしてそれはサーバという装置に保存され、この施設の深部に収められています」
「サーバ……」
「書類を収める棚のようなものです」
「なるほど。あんたは情報に、データ化されて、それでサーバの中で千年を生きてきた……」
腑には落ちないが何となく理解できた。とにかくジェイムスンは……普通の人間ではないわけだ。
「……それで、あのスタッグはなんなんだ? あんたがあいつに命令を出しているってことか」
「制御信号を出しているという意味ではそうですが、恐らくあなたの行っている意味とは違うでしょう。オサムシに虫車を引かせるような意味での命令は行なっていません。データ化した私が機械虫の中枢を制御し、直接自分の手足として動かしているのです」
「……データ化したあんたはサーバに入ってるんだよな? それが、一時的に機械虫の中に?」
「そうではありません。情報化された私は電気信号としてこの世界に存在しています。機械虫も電気信号で動いており、私は直接的に機械虫を操る事が出来ます。長い糸で人形を操るようなものです」
「糸がついている?」
「本物の糸はついていません。糸の役割をするのは電波です。音のように目には見えないもので、電気信号を変換したものです。それを使って離れた位置からでも右へ左へと命令することが出来ます。私はサーバの中から、電波を使ってあのスタッグの体を操作しているのです」
「……あんたはサーバの中にいて、電波という糸で機械虫を操っている。あんたがスタッグの中から喋っていたのも、サーバの中から喋っていたという事か」
「そのとおりです」
棚に座ったジェイムスンが糸を引いてスタッグを操っている。分かったような分らんような……しかしとにかく、そうやってこいつは千年間を過ごしてきたらしい。
「そして本題です。私が何者か? という問いについてですが……私は当時の戦争の被害から逃れようとした一介の技術者なのです」
「戦争……モーグ族も言っていたが、旧時代で大きな戦争があったとは聞いている。それのことか」
「そうです。関連情報の多くは秘匿されているため説明が出来ませんが……世界を滅ぼすような大きな戦いがあったのです。多くの人は巻き込まれて命を落としました。そして私もその危機にありました。ですが人格のデータ化技術を使って、なんとか生き延びれないかと考えたのです」
「データ化して生き延びる……しかし、あんたの体はなくなったんだよな? それって死んだってことだろう? だがあんたは生きている……?」
サーバが人格を模倣しているのなら、当然元になったジェイムスンが存在している。サーバのジェイムスンのことばかり考えていたが……その大元のジェイムスンはどうなったんだ? 人格の模倣……ジェイムスンが二人存在していたという事なのか?
「先ほども言ったように、私が生きているのかいないのか、という事については議論の余地があるでしょう。あなたが言うように、私の生身は死にました。その意味ではジェイムスンは死に、もう存在していません。しかしデータ化された私は残っており、ジェイムスンと同様の人格を保持しています。その意味では、私はまだ生きていると言えます」
「生きているデータ……なるほど、そういう事か」
模倣された人格がデータを使ってジェイムスンに成り代わっている。受け答えを聞いている限り、確かに人間がしゃべっているようにしか聞こえない。今俺がしゃべっているジェイムスンは……人間に思える。データ……電気信号……そこに生身はないが、それでも生きているということか。
「私は死にたくない一心で自分をデータ化しました。そして生き残った。最初はサーバの閉じられた環境の中で無為に時間を過ごすだけでしたが、ある時施設に接近した蟻と電波で接続することが出来たのです。蟻には広域ネットワークを構築する能力がありますからね、感度が良かったのでしょう。それで私は蟻を操れるようになり、その体を使って施設の設備を修繕する事が出来ました。それによりもっと広い範囲にまで電波を飛ばすことが出来るようになり、色々な機械虫を操れるようになりました。そして何度か体を乗り換えながら、現在はあのスタッグの体を借りています」
「操り人形の糸を付け替えている訳か。それで……この施設で何をしているんだ?」
「私はこの施設の技術を現生人類の役に立てたいと考えています。現状ではほとんどが秘匿情報となっているためそれは実現できていませんが……いつか誰かがその制限を解除してくれるかもしれません。その時の為に、私はこの施設の管理を行なっているのです」
突然俺の目の前に青白い光が浮かんだ。四角い模様……見取り図のようだった。
「この施設には浄水施設や工作機械もあります。人間の生活をより豊かにすることが可能です」
見取り図が水平になり、周囲に山のような地形が表示された。この施設とカリカス周辺の地図のようだ。施設から青い光の線が伸び、周囲の山を覆っていく。何もない岩肌に木が生え、家が立ち並ぶ。やがて大きな集落が山裾にまで伸びた。
「地下水脈を活用すれば農業だけでなく産業にも使えます。発展の余地があるのです。そしてそれはここだけではありません。世界中のどこでも、もっと人の住みよい世界に変える事が出来るのです」
「なるほど……確かにここの技術が使えれば……」
湯の出る水管。服を洗う機械。食料を保存する冷たい箱。強い武器があれば機械虫にも負けない。きっと今の生活は大きく変わるのだろう。しかしそれは――。
「それは、モーグ族が禁じている事なんじゃないのか? 旧世界の技術を使うと争いが起こると……俺はそう聞いた」
「それは……」
ジェイムスンが言い淀む。怪訝に思っていると、ケーラが代わりに喋り始めた。
「モーグ族の使命……お前はどう聞いている?」
「どうって……文明を封印して、俺達をデスモーグ族から守るんじゃないのか」
険しい視線がケーラから注がれる。それは正解を意味しているようには見えなかった。ではなんなのか。ケーラの言う、モーグ族の目的とは一体何なのだろうか?
・予告
ケーラは重い口調でモーグ族の秘密について語り始める。ウルクスが知らされていなかったモーグ族の秘密とは何なのか。
次回「秘匿事項」 お楽しみに!
※誤字等があればこちらにお願いします。
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