A第七話 許されぬ愛

「私の母はモーグ族だった。この辺りを管理しているモーグ族……クリストファー氏族の一員だったんだ」

「母親が?」

 だとすれば、ケーラがモーグ族のように生きているのもおかしい話ではない。いや……やはりおかしい。モーグ族ならモーグ族として生きているはずだろう。モーグ族のように……なんて中途半端なことをあいつらはしない……させないだろう。

 それに見る限り、ここにはケーラ一人分の生活の痕跡しか見当たらない。コップや食器が棚にあるが、どれも一人分だ。脇にある机の周りに椅子が四つあるが、三つは荷物で塞がっていて空いているのは一つだけだ。母親はこの施設にはいないのか?

「アセットを知っているか?」

「アセット?」

 ケーラの問いに俺は記憶を探ってみる。聞いた事のない言葉だ。アレックス達が使っていたかもしれないが、思い出せない。

「それって……私達の事? モーグ族に協力する人達」

 アクィラが言うと、ケーラは頷きながら答えた。

「そうだ。本来は人的な資産という意味だったらしいが、モーグ族たちが言うアセットとは、現生人類の協力者の事だ」

「げんせいじんるい?」

 聞き慣れない言葉を聞き返すと、ケーラが少し考えて答えた。

「モーグ族たちは千年前の時代から代替わりしながら生き続けている。滅び去った旧世界の人類としてな。そう自覚している。対して今の世界で生きている普通の人たちは、千年前に文明を失い、獣のように原野で生きることを強いられた人々の末裔だ。独自の歴史を歩みながら今日に至っている。そういう普通の人達の事を、モーグ族は現生人類と呼んで自分達とは区別している。便宜的な呼称さ」

「それで……アセットってのが何なんだ?」

「ああ。私の母はモーグ族ではあったが生まれつき体が弱くてな。戦闘任務には就いていなかった。情報を集めたり分析したり、裏方に回っていた。それで……アセットを作ったり情報を集めたりという事もやっていたんだ。現生人類の中から適性のあるものを探し出し、そいつと接触するんだ」

「適正……どんな人間がアセットになるんだ?」

「いくつかあるらしいが……ひとり身で家族がいない奴とかだな。いなくなったり死んだりしても誰も気にしないような奴」

「都合のいい手駒って事か」

「そうだな。そういう奴を探して、街中の情報を得たり、必要な物品を購入したりする。モーグ族は見た目が異様だからな……自分で動くと目立つから、色々なことをアセットにやらせているのさ」

 シャディーンとタナーンにあった時のことを思い出す。確かにあいつらのようにモーグ族が街中を歩いていたら目立つ。秘密裏に行動することはかなり困難だろう。俺達の中に仲間を作って代わりに働かせるというのは合理的な考えだ。

「モーグ族にとってアセットは貴重な人材だ。しかし所詮はモーグ族と現生人類……必要以上に関わることは許されていない。最悪の場合、モーグ族はアセットを見捨ててでも任務を遂行する」

「モーグ族の使命の為か。人を守るためにアセットを切り捨てる……少し矛盾しているな」

「かもな。しかしそうやってモーグ族はアセットを使ってきた。道具として、都合のいい駒として……だが、私の母は違った。愚かにも……アセットに個人的な感情をさしはさんでしまったんだ」

「どういうことだ?」

「アセットの人を好きになったって事?」

 アクィラの言葉に、ケーラが小さく頷く。そして少しためらうように口を開き、そして言葉を続けた。

「……母はアセットと恋に落ちた。当時の母は二十代半ばだったはずだが……モーグ族の掟を破り、許されない恋に身を投じた。詳細を母は教えてくれなかったが……まあ、自分の恥だからな。言いたくなかったんだろう。で、まあ色々あって、母はやがて私を身ごもったんだ」

「……それで……追放されたとか?」

 俺が言うと、ケーラは小さく笑った。

「その通りだ。色々と悶着があったらしい。そのままモーグ族として子供を産むか、それとも掟を破ったものとして追放するか。私の扱いも、モーグ族として育てるか、一緒に追放するか、いろいろ揉めたそうだ」

 ケーラは息をつき、テーブルのコップの水を一口飲んだ。遠い目をしながら、ケーラは話を続ける。

「アセットの男……私の父だが、そいつと縁を切ればモーグ族として残るという事も出来たらしい。しかし、母はその道を選ばなかった。悩んで……そしてある事を知ってしまった。ある秘密の事を……」

「秘密……? 一体なんだ?」

 端末に映るジェイムスンはずっと動かなかったが、不意にケーラの方を見た。秘密というケーラの言葉に反応したようだ。

「ケーラ。その事は――」

「分かってるよ」

 警告するようなジェイムスンの声を遮り、ケーラが言った。深い後悔をたたえたような瞳ケーラの瞳が、虚空を見つめていた。

「モーグ族には秘密がある。真実と言うべきか……モーグ族ですら族長クラスでないと知りえない情報があるんだ。母はその事を揉め事のどさくさの中で知ってしまった。それを知って、母はモーグ族として生きることをやめた。父と別れたくないという事もあったのだろうが、その真実って奴も大きな要因だったらしい。母がはっきりとそう言ったわけではないが、私が聞いた話を統合するとそう思える」

「……その秘密は……俺達にも言えない事なのか?」

 ケーラはしばらく遠くを見つめていたが、やがて俺の方に視線を向ける。信念を感じさせるような眼光……ケーラは静かに答えた。

「誰にも言う事はできない。言えばモーグ族の存在の根幹にかかわる事だからな。私はモーグ族に対して関わる気はないし、誰かに取り返しのつかない選択をさせたくもない。だから、お前達にも教える事はできない。だが分かったよ。やはりモーグ族は……意図的にその事実を隠している。お前たちがその真の目的を知らないことが、何よりの証左だ」

「モーグ族が……何かを隠しているって事か?」

「言う必要がない。言うべきではないと言うべきか……お前たちもそのことを知れば、モーグ族への見方が変わるかもな……」

 ケーラの思わせぶりな言葉に、俺はアクィラと顔を見合わせる。アクィラも怪訝そうな顔をしている。思い当たることはないようだった。

「……ま、ともかく、母はモーグ族であることを捨てた。そして父と一緒にどこか別の場所で暮らそうとしたが……父はそれを拒んだ。母を愛してはいたが、すべてを捨て去れるほどではなかったらしい。そして母は失意のうちに一人で旅に出て、私を生み、そして育てた。私が十二の時に病気で死んだがな」

「そりゃあ……お気の毒に」

 母親の気配がないわけだ。ずっと一人で生きてきたというわけか。

「残されたのは狩りの知識と、モーグ族のところで失敬してきたこの防護スーツだけだった。もし本物の白い鎧だったら取り返しに来ただろうが、廉価品の鎧だからお目こぼししてくれたらしい。こいつは今でも役に立ってるよ」

 足元に置かれた白い鎧をケーラは足で軽くつつく。

「何度か住処は変えたが、最終的にここに行きついた。人と関わらず、適当に虫を狩って生きていく。そんな風に生活していたが、そこでジェイムスンに出会ったんだ」

「はい、そうですね」

 ジェイムスンが返事をし、そして続ける。

「出会った最初は、はっきり言って怖かったですよ。何しろこの山にいきなり凄腕の狩人が現れたのですから。あの頃のケーラは手当たり次第に機械虫を破壊していました」

「やさぐれて、気が立っていたからな。機械虫相手に八つ当たりさ。その前に住んでいたところも、移住したのは機械虫をあらかた狩り尽くしたからだったんだ。この辺はハンミョウが多いが、その日も私はハンミョウを狩っていた。そこにこいつが現れたんだよ。あのでかいスタッグの体でね」

 少しだけ楽しそうにケーラが言う。ジェイムスンはやれやれといった様子で言葉を続ける。

「笑い事ではありません。一触即発といった状況でした。私も狩られてしまうのではと怖かったのですが、この施設と周辺に住んでいる機械虫を管理している自負がありましたからね。なんとかしなければとやってきたんです」

「……そこであんたが出てくるのか。しかし、一体あんたは……?」

 ジェイムスンは男のようだ。しかしその姿を見せてはいない。この端末に映っている姿も仮のものだというし、あのスタッグの体も借り物だ。そしてサーバという所にいるそうだが……どうなっているのか訳が分からない。

「もう一度聞くが、あんたは……一体何者なんだ?」

「私は旧世界の生き残りです。千年前に体をデータ化し、ここで生き続けているのです」

「なんだと?」

 旧世界の生き残り? 千年前から生き続けている……途方もない話だ。まだ理解のできない俺をよそに、ジェイムスンは言葉を続けた。



・予告

 ジェイムスンから明かされる千年前の戦いの断片。そしてジェイムスンが生きる目的。理解を超える話の連続に、ウルクスは耳を疑う。そしてアクィラの体に異変が起きる。


 次回「千年の守り人」 お楽しみに!



※誤字等があればこちらにお願いします。

https://kakuyomu.jp/users/ulbak/news/16816700429113349256

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