A第六話 異端者
大きなスロープを抜けると、そこには広い空間が広がっていた。ルーカス達の施設並みに広い。奥に
突き当りの壁の近くには乱雑に物が置いてあった。机の上に散乱する機械虫の部品や鍋やナイフといった生活用品。周りの箱にも色々な物が突っ込んであり、生活の痕跡が見て取れた。ケーラはここで暮らしているようだ。
「まあ座ってくれ」
ケーラは箱の中から古びた敷き布を取り出して埃を払い、それを床に敷いた。俺とアクィラはそこに座る。スタッグのジェイムスンは部屋の奥の方へ歩いていった。
「外にも私のねぐらはあるんだがな。雨風の酷い日や、暑い日中はここで過ごしている事が多い。ここの空気は快適だからな。一年中同じ温度だ。それに……水もある」
ケーラは言いながら壁の引き戸を開ける。内側には棚のようなものがあり、それの戸を開いて中からガラス製のボトルを取り出す。中には透明な液体が入っていた……水のようだ。ケーラはそれをガラス製のコップに注ぎ、俺達に渡す。口をつけると、ひんやりと冷たい。
「ここにもあるんだな……冷蔵庫って言ったか」
ルーカスたちの施設でも同じような機械を見た。物を冷たく冷やせる箱だ。凍らせることも出来るらしい。氷というものをそこで初めて見たが……同じような機械がここにもあるようだ。
「知っているのか。表面的な知識だけではない……結構深くかかわっていたようだな。施設の設備の事を知っているなんて」
「他に……湯の出る蛇口、服を洗う機械、料理を作ってくれる機械……色々あったな。どれもこれも……どういう作りなのかさっぱりだが」
「昔の世界ではどれも広く普及していたものだ。特別なものではない。全部電気で動いているが、構造がどうなっているのかは私にも分らん。使えるだけだ」
ケーラは着ている鎧の留め具を外し始めた。白い鎧……しかし、それはモーグ族の鎧とは違うようだった。色こそ同じだが……留め具一つとっても、こいつの身につけているものは革でできている。モーグ族の鎧の留め具はガラスとも金属とも違う不思議な物質でできている。プラスチックという奴だ。ケーラが身につけているのは、俺達が使っているような普通の鎧に近いようだった。
「さっきも聞いたが、あんたはモーグ族なのか?」
「ん?」
鎧を脱ぎながらケーラが俺に視線を向ける。鎧の下には普通の木綿の服を着ている。モーグ族なら白く薄い服だが、こいつが着ているのは俺達と同じような服だった。
「微妙な所だな。出自から言えばモーグ族なのかもしれんが……私はあいつらと直接的な関りはない。モーグ族ではないというのが正しいだろうな」
「こんな……旧世界の施設で暮らしていてか?」
「そうだな。関りのない者がこんな施設で暮らしているのは奇妙な話だ。それについては、私も奇妙な縁があってな」
ケーラが視線を向けた先にはスタッグ、ジェイムスンがいた。
「奴だよ。ここの施設の持ち主はあいつだ。私はあいつのおかげでここで生活できている」
「……機械虫がここの主だって? どういうことだ?」
機械虫には決まったねぐらはない。蟻なんかは地中や洞窟に集まる習性があるが、ほとんどの機械虫はその辺の野原で過ごしている。休む時は木陰や岩の隣でじっとしているが、特定の場所に留まるという事はない。
それを考えると、あのジェイムスンというスタッグがここを住処にしているのは妙な話だった。だがそもそも……ジェイムスンとは何なんだ? 人のような名前を持ち、そしてさっきは名乗り俺達と喋っていた。はっきり言って異常だ。機械虫がしゃべるなんて……。
「その質問には私がお答えしましょう」
天井の方から男の声が聞こえた。さっきも聞いた、ジェイムスンの声だった。俺は天井を見上げるが、当然そこに姿はない。向こうにいるスタッグから声が聞こえているというわけでもない。一体どうなっているんだ。
「ケーラ、端末を」
「ああ」
ケーラは立ち上がり、壁に掛けてあった四角い板を手に取る。そしてそれの蓋を開け、ガラス面が俺達に見えるように立てかけて床に置いた。ガラス面は黒かったが、やがて白っぽく光り、そして男の顔が映った。
「改めて自己紹介しましょう。私はジェイムスンです。この施設の管理者をしています」
「あ、ああ……」
今度はその端末という奴から声が聞こえた。しかし、そう言われても返す言葉がなかった。機械虫の中にいた奴が、今度はこの端末の中から喋っているのか?
「あんたは……何なんだ? 喋る機械虫なのか?」
「いえ、違います。あのスタッグは体を借りているだけで、私の本体ではありません。もちろんこの端末も違います。私の本体はこの施設自身です。サーバの中に保存されていて、必要に応じて色々な装置を操作することが出来るのです」
「……ふうん」
分かったような顔で返事をしてみたが、何を言っているのかさっぱり分からない。サーバの中? サーバとは何だ? そこに入っていると機械虫を操る事が出来るのか? アクィラの機械と似たようなものなのだろうか。
「ネットワークで繋がっているって事?」
アクィラが妙なことを言う。ネットワーク? また知らない単語だ。
「はい、その通りです。制御信号を介してこの施設から機械虫を操作しています。施設を中心に
「ふうん、そんなことも出来るんだ……」
アクィラは俺と違ってちゃんと納得したようだ。何だこいつ。なんで俺も知らないようなことを知っているんだ?
「お前、分かるのか? こいつの言っている事が」
「うーん、大体だけど。アレクサンドラとかルーカスさんに教えてもらった」
そう言えば旧世界の事について色々教わったとか言ってたな。それで覚えたのか。ガキのくせに大したもんだ。いや、子供だからこそ、か。
「それで……ジェイムスン? 俺達に聞きたいことがあるとか言ってたな」
「はい。私はこの施設の管理をしていますが、デスモーグ族達に悪用されないようにすることも仕事の一つです。幸いにもこれまでにデスモーグ族に発見されるようなことはありませんでしたが、最近傍受できる通信データの総量が増大しています。デスモーグ族の大きな作戦に関わるものと推測していますが……実際に何が起こっていたのかを知りたいのです」
「何が起こっているか? 何がって……」
俺はアクィラと顔を見合わせる。アクィラの装置をめぐるゴタゴタのことだろうか。
「そうだな……結構ややこしい話なんだが……」
俺はアクィラを巡る旅について説明をした。施設から逃げ、そしてその途中でアレックス達と出会ったこと。アクィラがデスモーグ族の仲間にされたこと。そして虫の鍋で戦い、なんとか取り戻した事。ジェイムスンは時折相槌を打ちながら、瞬き一つせずに俺の話を聞いていた。ケーラも端末の隣で神妙な面持ちで話を聞いていた。
「……で、故郷の村に来て、帰りに道に迷ってあんたらに出くわしたというわけさ」
「なるほど。特異な電磁波を関知しましたが、やはりそうだったのですね」
「何がだ?」
「アクィラさんから感じる微弱な電磁波……それは感応制御装置に特有のものです。まさかあの技術を再現していたとは……」
「知っているのか、この機械の事を?」
「はい。千年前の戦いでも使用された技術です。すべて破壊されたと思っていましたが……まさかこの時代で新しく作り上げるとは。どこかにデータが残っていたという事でしょうか……」
俺達に聞くというより、独り言のようにジェイムスンが言う。千年前の戦いでも使われた……やはりアクィラの頭の機械は、戦争のための道具だったのか。
陰鬱な空気の中で、ケーラが口を開く。
「他にもいるのか? アクィラと同じように、感応制御装置を埋め込まれた子供は」
ケーラが俺に聞く。同じような子供はいたはずだ。しかし全員……。
「……いや、いないはずだ。アクィラだけなんだ、成功したのは」
「そういう事か……くそ、デスモーグどもめ……」
吐き捨てるようにケーラが言った。デスモーグ族の悪行についてはケーラも知識があるようだった。ますますこいつの立場が分からない。色々なことを知ってはいるようだが、モーグ族ではない。デスモーグ族という事もないようだし、ジェイムスンとの関係も謎だ。
端末の中でジェイムスンが横にいるケーラの方を向く。
「やはり我々もモーグ族に接触するべきではないですか。ここで手をこまねいているわけにはいきません」
「その話ならノーだ。私は……関わるつもりはない。ここで生きて、死ぬだけだ」
静かだが強い口調でケーラが答える。ジェイムスンは目を閉じ、何か言葉を飲み込んだようだった。
「あんたらは……ここで何をしているんだ? ケーラ、あんたはモーグ族でもないのにこの施設を守っているのか?」
「私は……」
言おうとして、ケーラは目を伏せた。だが思い直したように、もう一度俺の目を見つめる。
「……次は私の身の上話か。いいだろう。つまらん話だが、教えてやる。私と、母の身に起こったことを……異端者の末路を」
そう言うとケーラは水を一口飲み、言葉を続けた。
・予告
ケーラから語られる母との過去。そしてモーグ族の掟。数奇な運命に翻弄されたケーラは、生きる意味を失っていた。だがウルクスたちのもたらした情報が、ケーラたちに変化を促す。
次回「許されぬ愛」 お楽しみに!
※誤字等があればこちらにお願いします。
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