A第五話 秘められた場所

「お前たち、旅の者らしいな。お前は虫狩りか……?」

 白い鎧の女が聞いてくる。正体がよく分からないが……とりあえず襲ってくるような事はなさそうだ。見た感じはモーグ族のようだが、しかし顔を出しているのは不思議だった。あいつらは外では基本的に顔を見せない。いつも鎧と一緒に仮面も身につけている。少なくともルーカス達はそうだった。それとも、地域によってモーグ族にもいろいろあるって事なのか?

「俺は虫狩りだ。訳あってこいつと旅をしている」

「旅か。奇妙な話だな。こんな所に何がある。何も無いぞ。岩と乾いた砂だけだ」

 女は背に弩をかけているようだった。それをこっちに向ける気は無さそうだったが、あれを使われたらものの数秒で俺達は殺されるだろう。あまり刺激しないように、俺は正直に答えることにした。

「ここの上にカリカスという村があった……こいつの生まれ故郷なんだ。色々あって……故郷を離れていたんだが、ようやく戻れる算段がついてな。それでやってきたってわけさ」

「カリカス……そうか。まだ関係者がいたのか」

 女が眉間にしわを寄せる。そしてどこか同情するような視線をアクィラに向ける。カリカスが滅んだ事情は、どうやらこの女も知っているようだった。

「……見てきたのか?」

「ああ。実はこいつは……事故で記憶を失っていてな。故郷の事を思い出せないんだ。実際に村を見れば何か思い出すかもしれないと、ついさっきまで村をうろついていたんだが……駄目だった。明日もう一度見てから帰ろうかと山を降りている途中だったんだが……」

「それで道に迷ってハンミョウに出くわしたか。虫狩りのくせに、間抜けだな」

 なかなか辛辣なものの言い方だったが、返す言葉はない。俺が気を抜いていたせいだというのはその通りだった。

「……ああ、間抜けだったよ。あんたが来てくれなきゃ、今頃やられていたかもしれない。礼を言うぜ」

 俺が礼を言うと、女はしばらく俺を見つめていた。値踏みするような視線だ。だが視線を山の上の村の方へ向け、口を開いた。

「カリカスの村があった時は人を嫌がって虫も来なかったが、今は無人だからな。段々生息域が広がっている。カリカスに人が戻ることは……恐らくないだろう。この山も少しずつ緑に覆われていくのだろうな。いずれは下界の森のようになる」

「確かに……死に地みたいな山だからな。よくこんな所に人が住んでいたもんだぜ」

「いつからある村かは知らんが……好きで居ついた訳ではないだろう。ここしかなかったんだ。生きる場所が……」

 女はどこか寂しそうに言った。とりあえず敵意はなさそうなので安心してもよさそうだった。しかし、すぐ隣にはスタッグがいるのは変わらない。何故か目は青いままで俺達にも女にも怒りを見せることはないようだが……一体何故そうなのか理由が分からない。いつその目が赤くなるかと気が気ではなかった。

 だが、女は気にする風もなく何か考え込んでいるようだった。この女にとっては、このスタッグは危険な機械虫というわけではないようだった。一体何なんだ。このスタッグと言い、女と言い。

「モーグ族……なのか、あんた?」

「何?」

 女の顔が途端に険しくなり、右手が動いて背中の弩をつかむ。その筒先はまだこちらに向けられてはいないが、いつでも撃てるような様子だった。失言だったか? だが今更言葉を引っ込めるわけにもいかない。

「あんたのその白い鎧はモーグ族の物に似ている。俺達は……しばらくモーグ族と関りがあったんだ。こいつがさらわれたのもそうだ。デスモーグ族にさらわれて、それを取り返したんだ」

「何だと……デスモーグ族に……?」

 女は疑わしそうに俺とアクィラに視線を動かす。剣呑な雰囲気だったが、弩が向けられることはなかった。

「……確かに昔から、この辺では子供がよく攫われていた。普通の人買いかと思っていたが……デスモーグ族が関係していたのか。よく……生きて帰ったな」

「……うん。みんなが助けてくれたから」

 女の言葉にアクィラが答える。女のまなざしはまだ鋭いままだったが、大きく息をつく。そして殺気のような気配が消えた。

「攫われたのはいつ頃だ?」

「……分からない。半年くらいは前だと思うけど、よく覚えてないの」

「カリカスは半年ほど前に滅んだ。その少し前くらいか……残念だったな。家族に会えなくて」

「うん……でも、何も思い出せないから、悲しくもない……」

「そうか。で、明日もう一度村を見て……それからどうするんだ。どこか帰る場所があるのか? 頼れる親類がいるのか?」

「いや……とりあえず俺の住んでいる町に一緒に帰る予定だ。ずっと東の、アキマという町だ」

 女は考えるように視線を巡らせる。

「……遠いな。アキマから来たのか」

「いや、旅立ったのはラカンドゥからだ。カイディーニ山の近くから虫車を乗り継いでここまで来た」

「カイディーニ山……ひょっとして、お前たちが一緒にいたモーグ族は、アレックス氏族か」

 女の言葉にぎょっとする。まさかその名前が出てくるとは。やはりこの女はモーグ族を知っているらしい。

「そうだ。俺達はアレックス達に助けられたんだ」

「そうか。デスモーグ族の活動範囲も思ったより広いんだな……」

「そうらしいな。おかげで俺まで国をまたいで移動することになった。いい迷惑だぜ」

「ふむ。まさかお前たちにそんな事情があったとはな……」

 女は何事か考え込むように右手を口元に近づけた。そしてスタッグの方を見る。スタッグはさっきからカチカチと口を鳴らしていた。まるで何か伝えたいことでもあるかのように。不気味な光景だった。

「お前たち、こんな時間までこんな所をうろついているという事は……野宿か」

「そうだ。水場の所まで戻ろうとしたんだが、どこかで道を間違えたらしい」

「そうか。一番近い水場まではそう遠くない。案内してもいいが……私のねぐらに来ないか。機械虫が来る心配もないし、雨露もしのげる。まあ、今日は雨は降らんだろうが」

「ねぐら……そうか」

 アクィラの方を見ると、不安そうに俺を見ていた。さっきのハンミョウみたいなことがあると困るから、安全な場所があるというのならそこに泊めてもらう方がいいだろう。

「じゃあ……いいか? 泊めてもらえると助かる」

「ああ。お前たちには聞きたいことがあるからな。ジェイムスンもお前たちと話したがっている」

「ジェイムスン? 誰だ……? 他に、近くにいるのか?」

「そこにいるだろう。スタッグだよ。ついてくれば分かる事だ。私はケーラ。お前たちは?」

「俺はウルクス。こっちはアクィラだ」

「そうか。ではついてこい。面白い場所に案内してやる」

 不敵な笑みを見せ、ケーラは踵を返し歩いていく。俺とアクィラは顔を見合わせ、ケーラの後を付いていく。すると、離れた所にいたスタッグも、なんと俺達について歩いてきている。こいつは……一体何なんだ? ジェイムスンとか言ったが、ケーラに飼われているのか?

 何とも気味の悪い心地のままケーラの後を付いていく。すると、見えてきたのは洞窟だった。結構入り口が広くて、奥まで続いているようだった。幅は五ターフ九メートル、高さは二ターフ三.六メートルといったところか。スタッグがどうするのかと振り返ってみると、そのでかい体で中にまでついて来るようだった。洞窟の中にスタッグの体の軋む音が響いていた。

「ちょっと待て。ここに入り口がある」

 真っ暗な突き当りでケーラは足を止めた。ここで生活しているようには見えないが……さらに奥に穴が続いているのだろうか。

「これでようやく話す事が出来ます。ようこそ、ウルクス、アクィラ」

 天井の方から男の声が聞こえた。突然の事に俺は周囲を見回すが、人影は見えない。どこかの窪みにでも隠れているのか? 何なんだ一体。

「失礼。スタッグです。私はジェイムスン。このスタッグを操っている者です」

 もう一度男の声が聞こえ、俺はゆっくりと後ろを振り返った。三ターフ五.四メートルほど離れた位置にスタッグはいて、こちらを見ている。

「私の本体はこの奥の施設にあるのですが、外出するときはこのスタッグの体を借りています。今は施設の中からあなたたちに呼びかけています」

「施設? ひょっとして、旧世界の施設か?」

「そのとおりです。ご存じなんですね。ここにも千年前の施設が残っているのです。立ち話もなんですから、中にどうぞ。ケーラ」

「ああ」

 ケーラは答えながら、壁に手をかけて何か操作をした。すると、低い地鳴りのような音が聞こえ、微かに足元から振動が伝わってくる。そして足元がせり上がり、上に持ち上がって扉が開く。内側に見えるのは例の真っ白な施設の内部だった。下りのスロープが奥にまで続いている。

「ここに人を招くのは初めてだ。さあ、遠慮せずに入れ」

 ケーラが中に向かって歩いていく。俺達も久しぶりに見る旧世界の施設に驚きながら、恐る恐る後を付いていく。そしてスタッグ、ジェイムスンも俺達に続く。

 もうモーグ族とは関わらないはずだった。しかしまたこうして旧世界の施設に招かれている。つくづく奇妙な縁があるらしい。

 こんなことならあのまま外で野宿していた方がよかったか。しかし今更戻るわけにもいかない。俺は警戒しながら、ケーラの後をついていった。



・予告

 ケーラからの質問に答えるウルクスたち。そしてケーラもまた自分の身の上に起きた過去の出来事を話す。そしてジェイムスンの正体が明らかになる。


 次回「異端者」 お楽しみに!



※誤字等があればこちらにお願いします。

https://kakuyomu.jp/users/ulbak/news/16816700429113349256

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