B第六話 守るべきもの
「一体何があったんだ? 襲われたって……?」
暗がりの中でアレクサンドラに問いかける。アレクサンドラは迷うように
「……私達の施設がデスモーグ族に襲撃されたんだ。機械虫を使った攻撃だ。内部に続く洞穴がいくつかあったが、やつらはそこに小型の機械虫を送り込んで自爆させたんだ。それで施設の内部への侵入を許した」
「機械虫を? 例の、青い目の操られた機械虫か」
「そうだ。奴らは感応制御装置を複製して完全に制御しているらしい。アクィラがいなくても使っているという事はそういう事だ」
「それで……お前は逃げてきたのか? 他の連中、ルーカスたちは? それにアクィラはどうなった?」
施設に残してきたアクィラの事が思い浮かんだ。あいつの頭の装置を取り返しに来たのかと思ったが、どうも様子が違う。アクィラ無しで機械虫を操っているという事は、もうアクィラに用はないという事だろう。だとするなら、用が無くなったアクィラや、邪魔をしていたアレクサンドラ達を始末しに来たという事か。
「アクィラなら無事だ。あの子は先週に旅立って、今頃は隠れ里についている。そこなら安全なはずだ」
「そうか……良かった」
「だが、デンバーは……死んでしまった。他のみんなは分からない。父さんも……。私だけが隠し通路から逃げて……奴らの狙いは、恐らくこれだ」
アレクサンドラが背負っていた背嚢を俺の方に差し出す。俺はそれを受け取り中をあらためる。
「こいつは……」
白いグローブ。俺が使わせてもらっていた残り物のグローブだ。そいつが入っている。
「このグローブが狙い? どういうことだ?」
アレクサンドラは顔を伏せ両手で覆った。そして数秒して、疲れた声で喋り始めた。
「……このグローブには特殊な認証機構が内蔵されている。それにお前が使っていた、感応制御装置に似た機能も内蔵されている。これが奴らの狙いだったんだ。確証はないが、他には考えられない」
「あの青い光の力か……」
グローブを装置や機械虫にかざして命令するとそのように動かすことが出来る。そういう力がこのグローブにはある。ルーカスはアクィラの頭の装置と似た機能だといっていたが……それを手に入れようとした? 何故、今更そんな事を。
「奴らは機械虫を操る力を手に入れた。今更このグローブに何の価値がある」
「それについても確証はないが……送り込まれた大戦力……一般人に戦いを見られても気にしない、なりふり構わない戦い方……かつてない激しい攻撃だった。思い当たることがあるとすれば、このグローブだ。内部の上位権限を手に入れようとしていたと考えられる」
「上位権限? 命令を効かせる力か」
「そうだ。感応制御装置だけでは万能ではない。上位権限がある事で複雑な命令を実行し、ロックされた施設の機能まで制御することが出来る。これはアクィラの、単に機械虫を操るだけの力とは決定的に違うものだ」
「それを手に入れに……」
デンバーが死んだといった。ルーカスたちも或いは……。ここに来たのがアレクサンドラだけという事は、きっとそうなのだろう。このグローブを託され、這う這うの体で逃げのびたのだ。
「……これからどうするんだ? 別の仲間の所に行くのか?」
オリバーの顔が思い浮かぶ。こいつらは氏族ごとに分かれて行動しているようだが、前の戦いの時のように応援を頼むことはできないのだろうか。
「通信装置は破壊された。連絡を取るには直接行くしかないが……無理だろう。恐らく監視されているから、他の氏族に接触するのは無理だ」
「だがお前一人じゃどうにもならないだろう?!」
アレクサンドラは顔を上げ、空になったコップを見つめた。
「……兄の所へ行く」
「兄……アレックスか」
アレックスは今は別行動中だったはずだ。確かハベスにいると言っていた。前の通信は途中で切れたが……そう言えばあの時もグローブを渡すなと言っていたか。忠告の通りになってしまったわけだ。この事を予見していたのか。ルーカスたちが甘かったのか。
「兄の居場所は大まかにしか分からないが、デスモーグ族にも分からないという事だ。それにハベスまで行けばデスモーグ族の監視の目も緩まるだろう。現地の氏族に協力してもらう」
「戦うのか、また?」
「戦うか、或いはこのグローブを守るために何らかの対策を取る。デスモーグ族が躍起になるのは分かる。このグローブの上位権限は、使いようによってはどんな兵器よりも危険だ。全てをひっくり返すことが出来るからな。完全に封印する必要があるかも知れない」
「いずれにせよアレックスに会わなければ駄目という事か……お前一人でハベスまで行くのか? 行ったことは?」
「ない。しかし地図は鎧にダウンロードしてある。走れば一週間もあれば……そうだ、急がなければ……!」
アレクサンドラは目を見開き、恐怖におびえるようにして立ち上がった。しかしその体は急に傾き、床に横倒しになった。暗い部屋に音が響く。
「アレクサンドラ……!」
倒れたアレクサンドラにしゃがみ込んで近づく。その額に手を当てると熱っぽかった。疲れがたまっているのか、かなり弱っている様子だった。
「お前、ここまでどうやって来たんだ?!」
俺が聞くと、アレクサンドラは仰向けに寝返りを打ち、苦しそうに答えた。
「走って、きた……五日間かかった」
「走ってだと?!」
虫車で七日の距離だ。足腰に自信があっても、人間なら倍はかかる。モーグ族の白い鎧があるとはいえ相当にこたえたはずだ。弱っていて当然だ。しかも、恐らく不眠不休、飲まず食わずに近いのだろう。
「行かなければ……早く、兄さんに伝えなければ……」
アレクサンドラは身をよじる様にして起き上がろうとする。その腕をつかむが、力無く震えていた。
「無理だ、アレクサンドラ! 一度休め。これじゃ辿り着けるものも辿り着けなくなるぞ!」
「駄目だ!」
強い声でアレクサンドラが言う。膝をつき、俺の胸ぐらを掴む。
「みんな……みんなやられてしまった! 私は何もできなかった……ただ逃げるだけで……父さんは、父さんまで……」
暗い部屋の中で、アレクサンドラの頬を伝う涙が見えた。
「もういい! いいんだ、アレクサンドラ! お前が途中で倒れたら、それこそ意味がなくなるぞ! 冷静になって体を休めろ!」
「私は……私は……!」
アレクサンドラが俺の胸に頭をぶつけてくる。そしてそのまま堰を切ったように泣き始めた。俺は何もできずに、アレクサンドラの肩に手を置いてそれを見守っていた。
やがて泣き疲れたアレクサンドラは膝立ちのまま意識を失っていた。その体をベッドに運び寝かせる。俺は椅子に座ってアレクサンドラの顔を見つめていた。
「くそ、とんでもない事になってきやがったぜ」
二度と関わるつもりはなかったが、どうもそうはいかなくなってきた。こんな状態のアレクサンドラを放っておくわけにはいかない。
モーグ族とは二度と関わるな。
カシンダの言葉が頭に響く。どうするのが正解だろうか。自分の身の安全を考えるのなら、アレクサンドラを外に放り出すのが一番だ。
「……そんな真似が出来るかよ」
どれほど冷酷になっても、それはできない相談だった。縁のある人間を、ましてや弱り切って助けを求めに来た人間を、そんな風に放り出すことはできない。
ならば、どうするのか。
問題はアレクサンドラだけの問題ではない。この白いグローブのことも問題なのだ。これがデスモーグ族の手に渡れば、恐らくまた危険なたくらみに使われてしまうだろう。ジョンはタバーヌ国の首都を機械虫に襲わせようとしていたが、あれと同じようなことをまたやるかもしれない。そうなれば、もうモーグ族とデスモーグ族の戦いという範疇を超えてしまう。我関せずとしていても、災いが向こうからやってきてしまう。
「やるしか、ないのか……」
ふと、親父の顔を思い出す。あの鋭くも優しい目を。親父ならどうしただろうか。こんな事を考えるのは……俺も弱気になっている証拠だった。
やるべきことは一つだ。例え、どうなっても。カシンダとの約束は、破ることになりそうだった。
・予告
アレクサンドラと共に旅立つ決意をしたウルクス。人目を忍んでその準備をするが、カシンダはそれを見逃さなかった。
次回「帰らぬ旅路」 お楽しみに!
※誤字等があればこちらにお願いします。
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