A第二話 咆哮の剣士

「お前……いや、あなたはウルクス様ですね?」

 急に口調が変わり、様と来たもんだ。だが剣を抜かれるよりはずっといい。

「ああ。ウルクスだ……様だなんて呼ばれる程のもんじゃねえが……」

「ザルカン様よりお名前は伺っています! ザルカン様に御用ですか?」

「ああ、そうなんだ。これから国に戻るんだが、ザルカンには世話になったからな。挨拶ぐらいしておきたくてな。会えるか?」

「はい、お取次ぎします! おい、お前は先に行って伝えてこい!」

「分かった!」

 言うが早いか、もう一人の戦士がすごい勢いで坂道を駆け上がっていった。どうやらザルカンに取り次いでくれるようだ。良かった。ザルカンが俺の事をとりなしてくれていたようだ。

「ではご案内します! お連れの方の……荷物をお持ちしましょうか?」

 大きなリュックを担いでいるアクィラを見て男が言う。中々気の利く奴だ。しかしここは甘やかすわけにはいかない。

「いや、いいよ。自分で持つ。じゃあ案内を頼む。行くぞアクィラ」

「あ、うん」

 アクィラはちょっと残念そうな顔を見せたがリュックの肩ひもを掴んで頷く。

 男の後ろについて坂を上っていく。アクィラの歩幅を考えてか、少しゆっくりめだった。アクィラを振り返ると、まあなんとかついてきている。

「悪かったな、見回りの途中だったんだろ?」

 俺が男に声をかけると、俺の方を振り返りながら答えた。

「いえ、これも大事な御用です。お気になさらず」

 慇懃な様子に俺は何だかおかしくなる。獣のように気性の荒い連中だが、こういう時は意外なほど礼儀正しい。恐らく村の中でも規律や序列が厳しいのだろう。その点で言うとザルカンは豪放磊落と言うか、かなり適当な感じだ。あいつも敬語を使ってかしこまる時があるのだろうか。

 それに……ふと前を歩く男の体を見て気付く。十分に鍛えられた強靭な肉体。そのはずだが、どうも少し小さいと感じる。俺に比べれば腕も脚も太いが、何故かと思ったらそれはザルカンと比べているからだった。

 俺が一番知っている火の切っ先アトゥマイの戦士と言えばザルカンだ。カイディーニ山、アトゥマイの集落に着くまで共に旅をし、そして虫の鍋では一緒に戦った。その時の光景が記憶に残っていて、それと比べて見劣りがしているように感じていたのだ。

 目の前の男も戦士としては一流なのだろう。しかしザルカンは、いわば超一流。最強の戦士というのはやはり伊達ではない。実際に強かったが、体格も規格外のようだ。

 十分ほど坂道を上がると門が近づいてきた。槌の音も大きくなり、それに交じって人の声も聞こえてくるようになる。少々うるさいが、殺伐とした様子はない。デスモーグ族に襲われて間もないが、そこまでひりついた空気は残っていないようだった。

 集落の門の外には数人の戦士が並んでいたが、その中に覚えのある顔があった。ザルカンだった。服装は前と同じだったが、今は剣を帯びていなかった。

「おう、ウルクス! よう来たのう!」

 大きな声でそう言うと近づいてきて、いつもの調子でバンバンと俺の肩を叩く。

「もう帰ったんかと思っとったが、まだカイディーニ山にいたとはな。モーグ族の所におったんか?」

「そうだ。しばらくこいつの体を診る必要があってな」

 俺が親指でアクィラを指すと、ザルカンはギラギラとした目を見開いてアクィラを覗き込んだ。アクィラは気圧されるように身を引く。

「ほう! こいつがあん時のガキか!」

「アクィラだ。アクィラ、こいつがアトゥマイの戦士、ザルカンだ。思い出したか?」

「ザルカン……さん、初めまして……」

 火口でジョンが逃げた後、虫の鍋から出てきたザルカンとアクィラは顔を合わせている。しかしその前後のアクィラの記憶はあやふやで、やはり覚えていないようだ。実際に顔を見れば思い出すかもしれないと思ったが、駄目のようだ。まあ暑苦しくて印象の強い男だ。今見れば一生忘れることはないだろう。

「おう、わしがザルカンじゃ! しっかし……あん時はお前らのせいで虫の鍋が吹っ飛ぶところじゃった……」

 ザルカンの目が一瞬険しくなるが、すぐに元に戻る。

「ま、過ぎたことじゃ。いいわい」

「文句ならアクィラじゃなくてデスモーグ族に言ってくれ。それで……お前らは客を門前で立たせたまま相手するのか?」

「ん? おう、すまんすまん! まあ入ってくれ! 中はまだ騒がしいが、お前らが座る場所位ならちゃんとあるからの」

「ああ。ちょっと休ませてもらうぜ」

 ザルカンは振り向いて門を通っていく。俺達もそれに続くが、立ち並ぶ戦士たちが頭を下げている。妙な気分だった。まるで自分が偉くなったかのようだ。

 集落の中に入ると、ザルカンの言葉通りに慌ただしく大勢の人間が働いていた。防塁を修復する者。板や布張りの家を直す者。怪我人に肩を貸して歩いている者もいる。この集落が元に戻るには、もう半月か、一月くらいはかかりそうだった。

「前に来た時より人が多いような気がする……」

 俺が呟くと、ザルカンが前を向いたまま答える。

「おう。他の集落から手伝いに来てもらっとる。ここが一番ひどかったからの」

「そりゃそうか。何と言っても虫の鍋に近いからな。他の集落もやられたのか?」

「やられた。ボルケーノ族は四つの氏族に分かれとるが、他の三つも山に点在しとる。そこにも虫の軍勢が来たが、そっちは普通の奴だけじゃったから被害も大きくはなかった」

「普通のって……目の赤い奴か」

「おう。青いのに暴れとる虫どもがここに来た。それも地面の下からな」

「下から? どういうことだ?」

「あれじゃ。見えるじゃろ」

 ザルカンが前方を指さすと、そこには土砂や岩が小さな山になっていた。てっきり防塁の一部かと思っていたが、そういうわけではないらしい。

「カイディーニ山の中には細い道がある。大昔に熔けた石が通った跡と言われとるが、そう言う細い道が隧道のように続いとる。そこを使ってこの集落の内側にまで入り込んだんじゃ。ほれ、穴が続いとるじゃろ?」

 歩いて土砂の山に近づくと、反対側は窪んでいた。そして奥の方は確かに地中に続いているようだった。機械虫が通れるほどの結構大きな穴だ。デスモーグ族はこの穴の存在を突き止め利用したらしい。まったく、悪知恵の働く連中だ。

「こいつもその内埋めにゃならん。二度と入ってこれんように石を詰めんといかんから結構な大仕事じゃ。さて、上がってくれ」

 着いたのは、前に案内されたのとは違う立派な木の屋敷だった。外壁に煤がついたり傷がついているが、ここでも戦闘があったらしい。だが大きく壊れるような被害ではなかったようだ。

 ザルカンに続いて中に入ると、玄関の広間で何人かが集まって話をしていた。ザルカンを見るとみな目礼をする。

「おう、ちっと邪魔するぞ! 客人じゃ! あのウルクスじゃ!」

 ザルカンが言うと、小さなどよめきが聞こえた。周りにいる連中がみんな俺を見て何事か囁き合っている。あのウルクス? 何だ? ザルカンは俺の事をどう紹介しているんだ?

 俺の困惑をよそにザルカンは廊下を通り階段で二階に上がっていく。すると仄かに甘い香りが漂ってきた。炊事場があるようだった。アクィラを見ると、腹を空かせた犬のように鼻をひくつかせていた。

「ここでちっと待っとれ。茶と食い物を持ってくる」

 部屋に案内され、ザルカンは戻って別の部屋に向かっていった。俺はリュックを下ろし、息をつきながら座布団に腰掛ける。アクィラもリュックを下ろし俺の隣に座る。

「おっきな人だったね」

「ん? ザルカンか? そうだな……アトゥマイの中でもあいつは頭抜けてすごい体をしている。おかげで虫の鍋の中でも助かったぜ。恐ろしく腕の立つ剣士だ」

「ふうん。ボルケーノ族だっけ。この山に住んでるんでしょ。何食べてるんだろう。岩ばっかりだった」

「いくらか緑地もあるからな。そこで畑を作ってるんだろう」

 アクィラが検査を受けている間、少しだけルーカスたちからこの山の話を聞いた。元々は岩山で植物はほとんどなかったらしいが、機械虫が少しずつ岩場を植物が育つような土地に作り変えていったらしい。平地にある耕作地も元は植物の育たない場所がほとんどだったらしいが、それも機械虫が土を作り変えていったとのことだ。

 まさか機械虫にそんな役割があったとは。確かに死に地と呼ばれる不毛の土地が少しずつ草原に変わっていくことはあるが、まさかそれが機械虫の仕業だったとは。

「何か……思い出すことはあるか? お前の村も、ひょっとしたらこういう所だったかも知れない」

「……別に。何も思い出せない……私、どんな所に住んでいたんだろう?」

「さあな。小さな村だったらしいが……やはり行ってみないと思い出せないか」

 行ったところで思い出せないかも知れないが……そう思ったが、それは口にしないことにした。

 しばらくするとドタドタとやかましい足音が聞こえ、ザルカンが大きなお盆を持って戻ってきた。

「待たせたな」

 床に置かれたお盆には茶器と皿に盛られた料理が乗っていた。鶏肉と香辛料の炒め物のようだった。それと別の皿には茶色っぽいどろりとしたものが盛られている。

「まあ食ってくれ。ちょっと辛いかも知れんがな」

 そう言いながらザルカンは皿の肉に手を伸ばし、手づかみで肉を取って食べ始めた。この辺では食器を使わないようだ。

 アクィラは少し面食らっていたが、食い意地が勝ったのか肉の皿に手を伸ばす。鶏肉を一切れ掴み、それのにおいを嗅いでから口に入れた。

「……辛い」

 少し不満そうだったが、それとは裏腹にまた手が伸びる。気に入ったらしい。

「この茶色いのはなんだ?」

「粥じゃ。トウモロコシの粉を練ってある。こうして匙で団子にして、食う」

 言いながら匙を使って粥をすくい、小さな団子のようにして切り離す。それをザルカンは一息に口に放り込んだ。

「ふうん……」

 興味があるのか、アクィラも匙を掴んでザルカンを真似して団子を作る。手に取った団子の匂いを嗅いで、恐る恐る口にする。しばらく視線を泳がせていたが、目を見開いて小さく頷く。

「おいしい」

 これも気に入ったのかアクィラは次々と団子を作って口に運んでいく。合間には肉を食べ、せわしのない事だった。俺も団子をつまみながら茶を飲む。少し渋い茶だが、ほんのり甘い団子にはちょうどいいようだった。

「ほんで、これからどうするんじゃ? お前はそのちっこいのを助けに来たんじゃろ? 帰って一緒に暮らすんか?」

 そう聞かれ、アクィラと顔を見合わせる。アクィラはもぐもぐと食うのに忙しいようだったから、俺が答えるしかない。



・予告

 ザルカンの下を訪れたウルクスたちはアトゥマイの集落で一泊する。ウルクスはザルカンとアクィラの事について意見を交わす。そしてこの先アクィラがどう生きるべきなのかを改めて考えるようになる。


 次回「星の下で」 お楽しみに!



※誤字等があればこちらにお願いします。


https://kakuyomu.jp/users/ulbak/news/16816700429113349256

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