第三十六話 選択

「何か……あったの、ウルクス?」

 呆然とする俺達の背後からアクィラの声が聞こえた。

「ああ……」

 俺はルーカス達と顔を見合わせる。後ろから見ていたようだが、アクィラにしゃべっていいのかどうか……。迷ったがルーカスが小さく頷いたので、俺は答えた。

「アレックスから連絡があったんだ。途切れちまったが……グローブを渡すなとか言っててよ……」

「グローブ?」

 アクィラが首をかしげる。俺のグローブと言ったら、貸してもらってた余り物のあのグローブの事だろう。

「多分俺の使っていたあのグローブらしいが……途切れたからよく分らん」

「……恐らく、君が使っていたグローブで間違いない」

 ルーカスが言い、そして続ける。

「アレックスに言われるまでもなく、あれは重要な遺物だ。グローブに内蔵されている緊急上位コード……恐らく本来の持ち主のものが残っていたのだろう。死んでいるはずの持ち主の情報が何故残っているのかは不明だが……とにかく、あれがデスモーグ族の手に渡るのは危険だ」

 と言われてもアクィラはよく分かっていなさそうだった。代わりに別の事を聞いた。

「……アレックスは……大丈夫なの」

「そりゃあ……」

 大丈夫だ、と俺は言いたい所だが、さっきの様子ではどうも怪しい。ツーシンがおかしくなっていたが、きっとやばい状況だったのだろう。戦闘の最中か、それに近い状況だ。

「……息子は、アレックスは大丈夫だ。あれでもアレックスの名を継ぐ者だからな。簡単にやられるようなことはない。大丈夫だよ、アクィラ」

 ルーカスが微笑みながらアクィラに語りかける。それは本心か、それともアクィラを不安にさせまいとする心からか。俺には判断がつかなかった。

「まぁ確かに、簡単にくたばるタマじゃないだろ。あいつはよ」

 俺がルーカスに続けて言うと、アレクサンドラは俺をじろりと睨んだ。

「お前に兄さんの何が分かる?! 勝手なことを言うな!」

「何だよ? 褒めてるんだからいいだろ、別に」

「良くない! 大体お前は馴れ馴れしいんだ! 兄さんが下手に出ているかと思ってつけあがるなよ! 今度から兄さんを呼ぶときはアレックスさんと言え!」

「何でだよ?! じゃあお前も俺の事をウルクスさんと呼べ! 虫狩り虫狩りうるせえんだよ!」

 俺とアレクサンドラが不毛な会話を続けていると、アクィラが眉間にしわを寄せながら俺達を見ていた。

「二人とも、いい加減にしたら? 子供みたい……」

「こいつに言ってくれよ。こいつがいつも突っかかってくるんだ」

「何?! お前が態度を改めないからだろうが!」

「いい加減にしろ、アレクサンドラ。ウルクス君もだ」

 ルーカスが額を指で押さえながら言った。くそ、アレクサンドラのせいで俺まで怒られている。

「……問題は二つだ。まずアレックス達の安否。そしてグローブの防衛」

「そもそも……アレックスはどこにいるんだ? 確か前のツーシンでは……ハベスにいるんだったか?」

 俺が聞くと、アレクサンドラがまだ俺を睨んでいたが無視する。ぜってーアレックスさんなんて言ってやらねえ。そんな様子に少々呆れた風のルーカスが答える。

「……本来なら秘匿すべきことだが、今更だな。……あいつはハベスにいる。別の任務でハレンディラ族と接触している」

「ハレンディラ? ……その連中と何をしに?」

「アクィラの頭部に埋め込まれた感応制御装置は、これまでに類似の技術さえ発見されていない極めて特異な技術で全く未知の技術なんだ。ジョンがその技術をどこで発見したのか分からなかったが……ハベスで発見したのではないかと私たちは考えている」

「それでアレックスがそれを探しに行ったのか?」

「ああ、現地のモーグ族と協力してな。ハベスの大樹海は広い……。過去にも何度か我々も調査に入ったが、奥に進むほど機械虫の数が多くなり調査は難航した。まだ踏査できていない範囲に複数の旧世界の施設が眠っている可能性が高い。感応制御装置はそれらの施設から発見された可能性がある。それに、大樹海はゴフ森林と同じく機械の谷に類似する鉄の沼という伝説がある場所だ。樹海の中心部に到達できたものはいないと言われるが、そこにも何か重大な施設や技術が眠っているはずだ」

「そういう施設を見つけたとして、どうするんだ? 封印するのか?」

「最終的な目的は封印だ。しかし今優先しなければならないのは、大樹海に住むハレンディラ族の動向を掴むことだ」

「ハレンディラ族……聞いたことがないが、ボルケーノ族みたいなものか」

「そうだ。大樹海を支配する一族……数百年も昔から森で生きている。その全貌は見えていないが、アレックスは彼らとの接触を試みている。デスモーグ族に技術供与を行ったのは、ハレンディラ族である可能性が高いからだ」

「技術をこれ以上デスモーグ族に渡さないように頼むって事か」

「そうだ。彼らは本来、彼らの聖地である鉄の沼を守ることを使命としている。その為、我々ともデスモーグ族とも基本的には関わろうとはしなかった。彼らは森の深部で機械虫と共存して生きており、呪い師の中には機械虫と心を通わせるものがいると聞く。それこそが感応制御装置の力であり、その力をデスモーグ族に与えた可能性がある。しかし……今になって何故デスモーグ族に協力するようなことをしたのか……その理由を突き止めなければならない」

「族長が変わったとかそういう事……じゃねえんだよな」

「そうだな。彼らには数百年もの歴史がある。族長が変わったからと言って、その程度で一族全体の方針が変わるとは思えない。もっと何か別の要因があるはずだ」

「それで会いに行って、さっきのツーシンか。穏やかじゃねえな……ハレンディラ族は物騒な連中なのか」

「森で生活する住民に対しては不干渉だ。危害を加えたりはしないが、代わりに助けもしない。だが彼らの住処に近づこうとする者には容赦しないと聞く。過去の調査でも彼らとの接触は成功しなかった。攻撃を受けたこともある」

「仮にハレンディラ族とやり合っているのだとして……その最中に伝えなければならなかったこと……グローブを渡すな? 俺にはそう聞こえたが」

「そうだな。私もそう聞こえた」

 アレクサンドラが頷き、ルーカスも首肯した。

「アレックスの安否は気になる所だが、今の我々にできることはない。そして二つ目の問題点だが、まさにそのグローブだ」

上書きオーバーライトが使える……それが重要って事か」

「そうだ。アクィラの感応制御装置の解析は始めたばかりで確証はないのだが、あのグローブの上書き能力は、根の部分では感応制御装置と同じものである可能性が高い。むしろ、あのグローブの方が本来の機能だと思われる」

 アクィラの装置とグローブが同じ機能……? 確かにどっちも青く光っていたが……。

「人間の感情や意思を機械に伝える。それが感応制御装置の機能だ。機械虫に命令するのも、ロックされた扉を開けるのも、基本的には同じことだ。あのグローブにはその機能があり、さらに緊急上位コードまで内蔵されている。あのグローブがあれば、例えばこの基地の機能を停止させたり自壊させたりすることも可能だ。機械よ止まれ、その一言でな。権限と感応制御装置があれば、旧世界の施設を意のままに操れる」

「だから、守れと……? しかしアレックスは……虫の鍋での様子は見てないだろう? 何故それが分かったんだ?」

「それは私にも分からん。だが何かを見たのだろう……或いは何かの勘違いという可能性もあるが……」

「兄さんに限ってそれはないだろう。守らなければならない理由があるはずだ」

 アレクサンドラがルーカスを見て言った。ルーカスは額を指で押さえ、目を伏せて考え込む。

「今後我々がどうするかだな。アレックスの事は気になるが、今からハベスに行こうとしても早くて十日だ。付近のモーグ族に頼んだ方が早い。それに……」

 ルーカスは顔を上げて、アクィラを見つめた。

「私……が、どうかしたの」

 アクィラがルーカスの視線に困ったように狼狽え、俺の方を見る。

「アクィラの今後の事か」

 俺が聞くと、ルーカスは遠くを見つめながら頷いた。そして俺の方を見る。

 何であんたまで俺を見るんだ。そう思ったが、アクィラの故郷の件に思い至った。そうか。今後の話をするのなら、あのことを伝えなくちゃいけない。そしてその役は……俺かよ。参るぜ、全く。

「アクィラ……」

「何……?」

「言いにくい事なんだが……お前の頭の機械は……簡単に取り外せないらしい」

「ずっとこのままって事?」

「多分……な。それともう一つ……」

「うん……」

 アクィラの表情に影が差す。それでも、いずれ言わなければならないことだ。ならば今この時でも同じことだろう。

「お前の故郷の……両親は……亡くなってる。村も疫病で放棄されて、もう誰も住んでいないそうだ」

「……そう」

 アクィラは相変わらず困ったような顔をしていた。だが取り乱したりする様子はなく、少ししては口を開いた。

「何も覚えてないから……悲しむことも出来ない。頭の機械が取れないのは嫌だけど……しょうがないよね」

 物わかりのいい事を言っているが、本当にアクィラはそれで納得しているのだろうか。悲しむことさえ出来ない……それこそが悲劇ではないのか。気の利いた言葉は何も思い浮かばなかった。

「しばらくはここで暮らせばいいが……その後は……どうする? このままモーグ族と一緒に暮らすことも出来る。別の場所に安全な住処があるそうだ。だが、もしお前が望むのなら……放棄されたお前の村に行ってもいい。俺も行く。誰もいなくても、その村を見れば家族の事を思い出せるかもしれない」

「……そう。選ばなきゃいけないんだね。私は……」

 アクィラが天を仰ぐ。アクィラが、小さな体で悩んでいた。その小さい体で、ここにいる誰よりも重い宿命を背負ってしまっている。一体何故、こいつがそんな目に合わなければいけないのだろうか。

 アクィラ、お前はどうしたい。せめてお前の望むままに……。



・予告

 森の奥にその施設は隠されていた。千年の時をその身に刻んだ男は、この世界を支配する夢を見ていた。失われた技術、失われた世界を再び地上にもたらす。その悲願の為なら、男は何をも厭わない。機械虫の目が青く輝く。悪意を受け、機械虫は死をもたらす兵器へと生まれ変わっていく……。


次回 第二章完結 「熾火」 お楽しみに!



※誤字等があればこちらにお願いします。

https://kakuyomu.jp/users/ulbak/news/16816700429113349256

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