第二十八話 稲妻の檻

「二手に分かれるぞ。私はドンキーと左側を探す。お前たちは右側を探せ」

 そう言うと、アレクサンドラは俺達の返事も待たずに駆け出した。ドンキーも短くなった脚でアレクサンドラについていく。

「右側ね……」

 俺は右を向き、そのままぐるりと部屋を見回した。ぱっと見た限りでは、この階段のある小部屋のような場所は見当たらなかった。

「地道に探すしかないか……行くぞ、ザルカン」

「おう。しかし……どこから襲われるかも分らんのう」

 言いながらザルカンは右肩に提げた剣の柄を指で撫でる。もしデスモーグ族が出てきたら、その時はザルカンが頼りだ。この剣の切れ味を信じるしかない。

「その時は任せる。俺のスリングじゃ鎧をつけた奴の動きは追いきれない。機械虫が出てきたら、それは俺が相手をする」

「そうじゃの。まあ、なるようにしかならんわい」

 俺は小さく頷き、右側の壁に近づく。金属製で数ターフ数メートルごとに継ぎ目があるが、ドアのような構造ではない。上の方にはスリットの入った板がはめ込まれている部分もあり内部は空洞のようだったが、それは一シュターフ三〇センチ程の幅しかない。ひょっとするとどこかに繋がっているのかも知れないが、俺達が通るには狭すぎる。やはりちゃんとした階段を探すしかない。

 俺は壁を探し、ザルカンは通路の床や鉄を運ぶ装置の側を調べていた。手をかざせばドアが開くような装置も見当たらない。だがそのまま進んでいくと、壁が出っ張っている部分に辿り着いた。

「これは……扉か?」

 近づいて確認すると、壁から横三ターフ五.四メートル、高さ一ターフ一.八メートル程の金属製の枠が壁から出っ張っている。そして壁板の代わりに頑丈そうな鉄板で塞がれている。真ん中に縦に継ぎ目があるから、恐らく左右に開く構造なのだろう。

 扉の右手には手をかざす装置もあった。中に階段があるかどうかはまだ分からないが、何らかの重要な部屋のようではあった。

「ザルカン! 扉があった!」

 俺はそう言いながら振り向くと、ザルカンの影が赤く焼けた鉄を背景に動いていた。剣を、抜いた?!

 火花が散る。金属同士がぶつかる硬質な音が響き、ザルカンは振り抜いた剣を構え直し、俺に背中を向けて立っていた。

「また会ったねえ、アトゥマイと虫狩りの兄さん方」

 ザルカンの体越しに声が聞こえた。誰かがいる。ザルカンは俺を守るために剣を抜いたようだった。その声には聞き覚えがあった。ひょっとして――。

「テシュで会った奴か……」

 虫車でラカンドゥに入りテシュで停まったその夜、奇妙な女と虫の噂について知っていると近づいてきたあの男の声だ。

「ご名答だ……指の借りを返しに来たよ」

 ザルカンの肩越しにその男が動くのが見えた。ゆっくりと挙げた左手には指が三本しかない。そうだ。確かザルカンが剣で斬り落としたのだ。あの時は逃げられてしまったが……まさかここで会うことになろうとは。

 その男は黒い装束を身につけていた。黒い鎧ではないから、こいつはデスモーグ族の戦士ではないようだ。胴には何かを着こんでいるようだが、手はグローブなどを身につけている様子もない。

「あの時の三下か……一人でわしをどうにかできると思っとるんか?」

 ザルカンがじりじりと前に出る。あの時の戦いを見る限りではザルカンの方が強い。しかし、それはこの男にも分かっているだろう。何の策も無く姿を現したとは思えない。他にも伏兵がいるのか。それとも強力な武器を持っているのかも知れない。

「一人で来るほど俺も自信過剰じゃないよ。あんたの剣の怖さはよく分かったからね。だから、仲間を連れてきた」

 男が左手で右の方を指し示す。それは階段のある小部屋のある方向だったが、そこには蠢く赤い光があった。

「機械虫……?!」

「すごいもんだね、機械虫を一時的にとは言え操れるなんて。俺にはどうやってるのか分からないが、とにかくあいつらは俺の味方さ……」

 鉄を運ぶ装置の音に紛れ、機械虫の足音が聞こえる。目の光は……二十以上、少なくとも十匹はいる。階段の小部屋の内側からぞろぞろと後続が姿を現す。数がどんどんと増えていく……。

「カミキリじゃねえ……ハンミョウか……?!」

 この虫の鍋でも警護役の機械虫はカミキリムシのようだが、長い触覚が見えない。時折鋭い牙に赤い光が反射しているが、背の高さや歩く速度からして恐らくハンミョウだ。

 ハンミョウは牙が長く、オサムシに似て気性は穏やかだが力は強い。大きさは一ターフ半二.七メートルで標準的だが、数が多すぎる。二十匹近くいるようだ。

 目が赤い……操られてはいるが、それはアクィラの力ではないようだ。アクィラの力なら目は青い。赤いという事は、それはデスモーグ族の技術による不完全な支配という事だ。

 アクィラの力で内部の旧世界の兵器が目覚めていないのは救いだが、それでも脅威であることには変わりない。奴らの牙なら人間の体を寸断することも容易なことだ。

「おいウルクス! 虫はお前に任せる! 何とかせい!」

「……分かってる! そいつも何か仕掛けてくるかもしれない。注意して戦えよ、ザルカン!」

「言われるまでもないわ!」

 ザルカンが一気に間合いを詰めて刺客の男に斬りかかる。男は後方に飛び、ザルカンの剣をよけながら後退していく。俺から離れるように、ザルカンが計算して攻撃を繰り出しているようだった。そっちは任せていいだろう。問題は俺の方だ。

「アレクサンドラ! 扉は見つかったがハンミョウが来ている! 手を貸してくれ!」

 部屋の向こう側に白い鎧とドンキーが見えたが、俺が声をかけるまでもなく既にこちらに向かって走っていた。

「くそ……ハンミョウ……どう止める?」

 ハンミョウの群れはまっすぐ俺の方に向かってきている。距離は二十ターフ三六メートルといったところだ。三十秒もあればこっちに来てしまう。

 俺は迷いながらスリング球を手に取る。確かハンミョウは凍結に弱い……だが一匹ずつちまちまと倒していたのでは間に合わない。だがとにかく一匹でも多く足止めしなければならない。

 群れに向かって凍結球を撃つ。球が起動し白い霧の様に冷却液が広がるが、止まったのは一匹だけで他の連中は構わずにぞろぞろと俺の方に近づいてくる。

 アレクサンドラが群れの後方から弩で撃つ。長い矢がハンミョウの体を貫くが、急所ではなかったのかそのまま動いている。更にもう一発撃って止まるが、群れはどんどん俺に近づいてくる。アレクサンドラの加勢があっても間に合わない。

 冗談じゃねえ。ここまで来て虫に食い殺されてたまるか!

「何か手は……?!」

 どのスリング球を使うにしても、群れに対して効果範囲が狭すぎる。群れ全体を一網打尽にできるような攻撃でなければだめだ。何がある? 灼けた鉄? 上から何か落とすか? 或いはザルカンに……駄目だ。ちらりとザルカンの方を見たが向こうは向こうでやり合っている。こっちを助ける余裕はないだろう。

 群れを囲んで一気に止める方法……そうだ、あれなら――!

「アレクサンドラ! ザルカンを止めたあの矢を使ってくれ!」

「……分かった! 五秒待て!」

 ハンミョウを撃つ手を止め、アレクサンドラは弩に何か細工をし始めた。五秒? 長すぎるぜ。しかし、待つしかない。ハンミョウとの距離はもう十ターフ十八メートル。俺は凍結球を撃ちながらその時を待った。

「行くぞ! サンダーケージを使う!」

 アレクサンドラが叫び、そして弩を撃った。連続で四発。それはハンミョウを狙ったのではなく、群れを四角く囲むように鉄の床に矢が突き立つ。

 弩の先端が発光し、そして空気中に細い稲妻が走る。それは突き立った四本の矢の間に広がり、そしてその内側のハンミョウをも巻き込んでいった。細い稲妻は数秒続き、そして消えた。

「止まった……のか?」

 十数匹のハンミョウは全て動きを止めていた。まだ足や体を動かす者もいたが、目の光は薄い青に変わり明滅している。目を回しているようだった。死んではいないが、これなら当分動くことはできないだろう。

 アレクサンドラは弩をハンミョウの群れに向けたまま俺の方に走り寄る。

「扉があったと聞こえたが、階段はあったのか?」

 ハンミョウの群れを睨んだままアレクサンドラが聞く。ドンキーは周囲を警戒するように見回していた。

「扉はあった。だが中がどうなっているかは分らん。それにまだザルカンが戦っている!」

 硬いものを打ち据えるような音が響き、そして呻くような声が一瞬聞こえた。咄嗟に振り向くと、そこには剣を振り下ろすザルカンの姿があった。

 刺客の男の体が揺れ、そして膝が折れ床に倒れ込んだ。

「向こうもケリがついたか……」

 もう一度ハンミョウの群れが動かないことを確認し、俺とアレクサンドラはゆっくりとザルカンの方へ近づいていく。

「死んだのか?」

 剣を持ったままのザルカンにアレクサンドラが聞く。

「まだ……生きてるさ……時間の問題だがね」

 舌に血の絡んだ声で男が言った。体を斜めに斬られ出血がおびただしい。これではもう無理だろう。同情する余地はないが、こいつもまた哀れなものだ。デスモーグ族に雇われここでこうして一人で死んでいくのだ。

「お前の他に仲間は何人いる? ジョンはどこにいる!」

 アレクサンドラが詰め寄ると、男は血を吐いてから答えた。

「それは――」

 男の手が動いた。その瞬間、弩から放たれた矢が男の顔面を貫いていた。男の手からはナイフのようなものがコロリと落ちた。

「先を急ぐぞ! 虫狩り、その扉を開けろ!」

 アレクサンドラは踵を返し扉へと向かった。ザルカンも剣を拭い鞘に戻し、扉の方へ向かった。

 俺は矢の刺さった刺客の男の顔をもう一度見た。かける言葉は見つからなかった。






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