第二十七話 虫の命の果て

「何なんだ……こいつは」

 目に入ったのは無数の……機械虫の残骸だった。何本もの細長い台の上に残骸が乗り、それがどうやってか一方向に、奥から手前へと流れるように進み、端まで来ると今度は反対に奥側へと運ばれ、つづら折りのように十程の台の上を動き続けていた。残骸の中には機械虫の形を保った物もあるが、大半は細かく割れていてどの部位なのか分からなかった。

 細い台の周りには腕のようなものが天井からぶら下がっており、流れていく残骸を鳥がついばむように突きまわしせわしなく動いていた。大きな残骸には数本の腕が一斉に動き、装甲を剥がしたり部品を取り除いたりして解体しているようだった。

 人の姿は見えない。デスモーグ族が隠れている様子もなく、完全に無人。ただ機械が機械虫をバラバラにし続けている。その様子はどこか不気味に思えた。

 俺達は部屋の外周にある犬走りのような通路から解体の様子を見ていた。部屋は広い……ざっと奥行きは百ターフ一八〇メートルはありそうだった。白い光で煌々と照らされて影がない。ガサガサと残骸が音を立て動き続け、最終的には部屋の一番奥の壁の中へと消えていく。そこからまたどこかへと運ばれていくのだろうか。

「機械虫を解体する施設のようだな。損傷してここへ戻ってきた機械虫はここで解体されて再資源化されるんだろう。虫の鍋……さながらここは調理場だ」

 アレクサンドラはさほど驚く様子もなくそう言った。ザルカンは言葉もないようで、俺以上に衝撃を受けているらしく目を丸くして機械虫が解体される様子を見ていた。

「階段は……あそこか。行くぞ! ここに来たのは自動工場を見学するためじゃない」

「あ、ああ……」

 アレクサンドラに言われて振り向くと、右の奥、犬走りを進んだ先に小部屋のようなものがあった。そこの壁は網のように透けていて床から天井まで伸びていたが、その内部に階段らしきものが見えた。アレクサンドラとドンキーはその小部屋に向かって走り、俺とザルカンもついていく。

「何ちゅう事じゃ……これが聖地か」

 俺の後ろを走るザルカンの小声が聞こえた。無理もないだろう。虫の鍋の神話を信じて生きて守り続けてきた一族なのだ。虫の鍋の本当の姿に衝撃を受けないわけがない。すぐ左には残骸を運ぶ装置がいくつも並び、機械虫という生命の名残を単なる部品へと変えていっているのだ。

 階段の小部屋の隣に来るとアレクサンドラは足を止め、ドンキーが首を伸ばして小部屋の内部、階段の上下の様子を探る。

「……階段に敵の反応はない。警護の機械虫もいないようだ」

 アレクサンドラは仮面の中で何かを確認しながら言った。俺達には見えないものがドンキーとアレクサンドラには見えているのだろう。

「ここから一番上に……中央制御室って所に行けるのか?」

「恐らくな。この施設の構造は分からないが、この階段は非常階段だろう。多分一番上の地上部分、どこかの出口にまで続いているはずだ。中央制御室は地上付近に作られている可能性が高い」

 俺は小部屋に入り、その中央、階段の手すり部分の隙間から上を見上げた。階段は照明が暗くはっきりとは見えないが、確かにかなり上まで階段が続いているようだった。同様に下にも続いているが、動くものの気配は感じられなかった。ただ低い唸りのような音が聞こえてくるだけだ。

「他にも階段はあるかも知れないが探している時間はない。このまま行くぞ。デスモーグ族が何かを仕掛けている可能性もある。注意して動け」

「ああ、分かった」

 アレクサンドラの言葉にザルカンは反応しなかった。ふとザルカンを見ると、何やら思いつめたように床をじっと見つめていた。どこか焦点が合わない様子だった。

「大丈夫か、ザルカン?」

「……おう。何も問題はない」

 言いながらザルカンは自分の顔を両手で挟むように叩き、大きく息をついた。

「虫の鍋が何であれ、わし等の聖地であることには変わらん……ディスモーグの好きにはさせん……さっさと行くぞ!」

 気持ちを切り替えたのか、ザルカンの表情から曖昧な感情が消えていた。鋭い刃のような戦士の気迫がその体から滲み出る。

「そうだな。お前らにとって、ここは聖地に違いない……」

 アレクサンドラはザルカンを一瞥し、ドンキーと一緒に階段を上っていく。俺とザルカンもそれに続く。

 階段は金属製で、段の部分に細い板を一枚渡してあるだけだったが、たわみもせずびくともしない。どうやってこんな風に金属を加工したのだろうか。腕利きの鍛冶屋であってもここまで正確に薄く四角い鉄板を作ることは難しいだろう。しかも、それを何百、何千枚も作るのだ。

 だが……機械虫を作る技術があるのなら、なんだって作る事が出来そうではある。機械虫の装甲は複雑な曲線の連続なのだから、それに比べればただの薄い板など造作もないのだろう。

 どこまで続くのかもわからない階段を足早に上る。アレクサンドラは鎧があるからもっと早く上れそうだが、俺とザルカンに合わせて速度を落としているようだった。ドンキーはと言うと、あの四角い体に短い脚では上ることなどできないように思えたが、脚を伸ばし前足と後ろ足を交互に動かして器用に上っていく。この中で一番足が遅いのは、どうやら俺のようだった。

 踊り場を四つ過ぎると周囲が暗くなった。周囲の壁は金網で外が透けて見えていたが、それが暗くなって見えなくなる。どうやらさっきの階の天井、次の階の床の部分に来たらしい。さらに踊り場を二つ過ぎるとまた周囲が明るくなり、次の階の様子が見えた。

 俺は息を切らせながら外の様子を見る。この階もさっきの部屋と同じくらい広く、部屋全体に細長い台が並んでいた。ただ違うのは、運ばれている物がかなり細かいという事だった。下の階で大まかに解体したものを、この階ではさらに細かく分別しているようだった。

 天井からぶら下がっている腕の数が明らかに多い。その腕は総出で運ばれてくる部品を掴み、素早くつつき回し、細かくして台に戻している。或いは別の台に移して違う部屋に運んでいるようだった。

 走るように階段を上りながら、俺はそんな光景を不思議な心持ちで見ていた。不安、悲しみ……少し違う。どこか寂しいような感情だった。

 機械虫は機械だ。だが生きている。アレックスに会う以前の俺は、他の多くの虫狩りと同じように機械虫を生物だと考えていた。

 だが旧世界の遺跡や技術に触れ、それがどうやら違うと分かった。モーグ族やデスモーグ族は機械虫を操る技術を持ち、そして旧世界の人間は更に途方もない技術を持っていた。

 信号一つで機械虫が敵にも味方にもなる。飼いならすのとは全く別の事で、機械虫の意思など無関係に、ただの道具として使われてしまう。それはまっとうな命の在りようではない。

 だが恐らく、機械虫は……そのまっとうではない目的のために作られた存在なのだろう。体内に強力な武器を備えていることがその証だ。機械虫は何かと戦うために作られたのだ。

 相手は機械虫なのか? それとも人間が相手なのか? 戦争に駆り出され命令のままに動くただの道具に過ぎないのだろうか。

 ザルカンとは別の意味で、俺もまた衝撃を受けていた。いや、再認識させられたというべきか。

 機械虫は俺達のすぐ傍らに存在する命の一種ではない。木や、鳥や、虫とは違う。だがそれでもなお、機械虫と共に俺達は生きている。

 何かがおかしかった。アクィラの事を考えながら、時々この世界についても考えていた。

 高い技術を持った人間は戦争で滅んだらしい。そしてその滅んだ世界に機械虫が現れた。アレックスはそう言っていた。

 機械虫が戦争をしたわけでもないのに、機械虫には武器が備わっている。そして現れたのも戦争の後だと言う。その武器が一体何のためにあるのか分からない。そして何故滅んだあとの世界に存在しているのかもわからない。

 この虫の鍋は、一体何のために機械虫を作り続けているのだろうか。機械の谷も同様だ。何故この世界には機械虫が存在し続けているのだろうか。

 もし機械虫がいなければ……アクィラがあんな風に苦しむ事もなかったのかもしれない。そんな事さえ思う。

 更に階段を上り上の階に出る。そこは照明が暗いが、代わりに赤い光が満ちていた。

 炉だ。ここにも細い台が並んでいるが、その先には赤く焼けた炉がありその内部には溶けた鉄が満ちているようだった。乾いた空気の臭いがした。

「ここが鍋か」

 走りながらザルカンが呟いた。確かに鍋だ。赤く焼けた鍋の中で、機械虫だった金属の欠片が溶けて混ざり合っている。これが冷やし固められ、新たな機械虫に生まれ変わるのだろう。旧世界の技術が今もここに存在して、機械虫と言う存在を生み出し続けている。

 いったいこれまでに何匹の機械虫が作られたのだろうか。そして何匹が死んでいったのだろうか。千年前から営々と続き、俺達は機械虫と共に生きてきた。

 神の御業。そう言ってしまえば簡単だ。しかし作ったのは神ではない。人だ。俺達と同じただの人間が生み出した。一体、何のために……。

 考えて頭に血がのぼったせいか、息が切れてきた。かなりきつい。慣れない考え事をするもんじゃない。そんな俺に気付いたのか、アレクサンドラは足を止めた。俺もヨタヨタと止まって息をつく。

「ここまでか……」

 アレクサンドラの声に俺は返事も出来なかったが、すぐに言っている意味を理解した。

 今立っている踊り場の先に階段はない。ここで途切れている。そして外には下の階と同じように何基かの炉があって同じように金属を溶かしている。

 ここが中央制御室? 複雑な機械が備わっている部屋なんだろうが、とてもここにあるようには思えない。

「なんじゃ? ここが一番上か?」

 ザルカンも少し息切れしているようだったが、俺に比べればほとんど何ともないようだった。流石村一番の戦士だけはある。

「ここは途中の階だ。上に続く階段が別にあるはずだが……」

 アレクサンドラが階段の小部屋の外を見回しながら言った。この部屋の地図はないらしい。

 部屋は薄暗く溶けた金属の熱気がこもっていた。どこにデスモーグ族が潜んでいてもおかしくはない。別の階段があるのなら、そこで待ち構えている可能性もある。

「……探すしかないだろう。行こうぜ」

 俺は額の汗を拭いながら、小部屋から炉の部屋に出た。拭いきれない不安を押し殺し、俺は前に進むことだけを考えた。






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