第二十六話 虫の鍋へ
「よし、全員そろったんなら行こうぜ。ここにいたら虫同士の戦いに巻き込まれる」
俺がそう言うと、アレクサンドラは迷うように俺達を見回した。
「何だ? 何か問題があるのか、アレクサンドラ?」
アレクサンドラが答えるより早く、虫たちの戦場から重い金属同士の衝突音が聞こえた。
虫の鍋から出て突っ込んでいったゾウムシは、そのまま前進し制御機械虫の群れを奥の方へと押しやっていた。巻き込まれた機械虫は潰され、踏まれ、そのまま団子のように一塊になって押されていく。
やがてゾウムシの動きが止まったが、その時にはゾウムシの前面に
「……今はいい。しかしその内にあの防壁も破られるだろう。そうなれば虫の鍋は……制御機械虫の群れに占拠される」
不安な様子で言うアレクサンドラに俺が答える。
「だが虫の鍋の機械虫に任せるしかないだろう。俺達がここに残ったら、デスモーグ族はその間に奴らの計画を果たす。そうなればここを守れても、虫の鍋全体が支配されるんだろう?!」
アクィラの頭に埋め込まれた装置は機械虫を支配し操る事が出来る。その能力でこの虫の鍋を操ろうとしているらしいが……そうなったらこの入り口だけを守っても何の意味もない。
「そんな事は分かっている。しかし、内部を制御機械虫に占拠されれば、すべてを破壊されるかもしれない。計画に失敗したジョンが報復としてそういう命令を出す可能性だってある。この虫の鍋は相当に規模が大きい……ここがなくなったら、ここ一帯の環境にどんな影響が出るか分からない……」
「影響……虫がいなくなるって事か?」
「そうだ。もはや機械虫は生態系の一部だ。機械樹への作用や、その他の森林、草原でのかく乱作用も大きい。機械虫にはそれぞれ役割がある……汚染された大地を浄化し、増えすぎた植生を間引いて調節する。その機能が失われれば、大地は再び不毛の荒野に変わってしまう……」
「不毛の……大地?!」
俺の住んでる街の近くにも、森から離れた所に点々と何の植物も育っていない土地がある。そう言う所は昔から死に地と言われ、人が住むにも耕作するにも向いていない。それを機械虫が浄化している?!
にわかには信じられないことだったが、しかし思い当たる節がある。俺が子供の頃は死に地だったところが、今では牧草地になっているような場所がある。それは森の植物が段々と広がっていっただけだと思っていたが……確かに機械虫がたまに来て、その死に地の土を掘ったり荒らしたりしていたのを見た事がある。土を食っていると言われ、実際に食っているところを見た事もあるが、あれが……浄化なのか?
「ええい、もう! 行くのか! 行かんのか! どっちなんじゃ! はっきりせい!」
焦れたようにザルカンが声を荒げアレクサンドラを睨む。黙ったままのアレクサンドラに変わり、デンバーが答える。
「私とナイジェルがここに残って食い止めます。隊長たちはデスモーグ族を追ってください」
「何を馬鹿なことを?! そんな事を許可できるわけがないだろう!」
アレクサンドラがそう答えるが、デンバーは続ける。
「デスモーグ族を逃せば虫の鍋は支配される。仮に止める事が出来てもここから制御機械虫が侵入すれば、施設が占拠され破壊される危険もある。だとすれば方法は一つです。隊を分け、デスモーグ族の計画を阻止し、ここで機械虫の侵入も阻止する。それしかない」
機械虫たちの方から爆発音が聞こえた。再びビートルの攻撃が始まったようだった。機械虫の壁は攻撃を防いでいるようだが、あっという間に崩れほころびが出来る。その隙間から向こう側の機械虫が侵攻しアリとゾウムシに襲い掛かっている。そして大型の機械虫も壁を乗り越えようとしている。突破されるのは時間の問題のようにも思えた。
「……最悪の場合はこの洞窟を爆弾で崩落させます。そうすれば如何に制御機械虫と言えど、内部に侵入することはできなくなる」
言いながらデンバーは自分の背負っているリュックを親指で差した。
「あぁ?! 神聖な虫の鍋に何をする気じゃ貴様ぁ!」
ザルカンが気色ばんで言う。もっともな話だ。ここを守りに来たのに爆弾を使うなどとは、到底看過できることではないだろう。だがデンバーは落ち着き払った声で答える。
「緊急事態だ。あんたにも分かるだろ? このまま手をこまねいていれば、その神聖な虫の鍋がそっくり敵の手に落ちるんだぞ?!」
「むう……」
デンバーの言葉にザルカンは答える事が出来ない様子だった。
「隊長、時間がありません。行ってください。私とナイジェルがここで機械虫を止めます」
デンバーがそう言う間にも、ゾウムシとアリは攻撃を受けていた。ゾウムシの装甲は機械虫の中でももっとも硬いと言われているが、ビートルの放つ爆裂の攻撃を耐え続けることはできないようだった。足元のアリも一撃ごとに木の葉が舞うように吹き飛ばされている。
虫の鍋からは新たに数十匹のオサムシとアリの群れが出ていったが、ゾウムシはもう種切れのようだった。ここの防衛のための機械虫も底をついてきたのかもしれない。完全に尽きれば、食い止めることなど不可能だ。
俺は戦いを続ける機械虫たちを見て恐ろしくなった。これが……俺の知る機械虫と同じ生き物なのか? まるで殺し合うための兵士じゃないか。
虫が巣を守ろうとするのは分からないではない。だが、この戦闘の様子はあまりにも異常だ。俺が今まで見てきた機械虫とは一体何だったんだ? 森で生き、自然の一部として存在する機械虫。本物の昆虫やその他の生き物と何ら変わることがないと思っていた。だがこの姿は何だ。
まるで嬉々として命を捨てている。喜んで敵を殺そうとしている。こんな姿は……まるで、人間じゃないか。
めまいがする思いだった。今まで信じていた世界が崩れ落ちるような感覚……しかし、目を背けてはいられない。アクィラはこの恐ろしい世界に呑み込まれようとしている。何としても助け出さなければならない。もう二度と関わらせてはならない。
「……いいだろう。お前たち二人はここに残って戦え」
息をつき、アレクサンドラが諦めたように言った。
「ここはお前たちに任せる。必ず制御機械虫を食い止めろ。虫狩りと
「ああ、分かった」
「決まったか?! モーグ族に指図されるいわれはないが……しばらくは従ってやるわい! さっさと行くぞ!」
ザルカンは待ちかねたというように腕を回し骨を鳴らした。
「一番上に向かう。行くぞ」
アレクサンドラはそれだけ言い、デンバー達を置いて虫の鍋の内部へと走っていった。デンバー達もアレクサンドラを見送ることはせず、機械虫たちの方へと走っていった。これがモーグ族の生き方って奴らしい。
「死ぬなよ……」
俺は遠ざかっていくモーグ族の戦士二人に届かぬ声をかけた。また生きて会う事が出来ればいいが……。
俺はアレクサンドラとザルカンに続いて虫の鍋に入っていく。それまでの岩の地面が白い金属に変わり、蒸し暑い風が冷たい爽やかなものに変わる。
中はこれまで見てきた旧世界の施設と同じように白い壁と通路が続いていた。奥に巨大な部屋のようなものがあり、それに面して前と横に向かって通路が伸びている。通路は先の方で更に左右に分かれているようで、この階がどこまで続いているのかはよく分からなかった。だが今見えている分だけでも相当でかい。部屋の大きさは
まったく……昔の人間はどうやってこんな馬鹿でかい物をこしらえたんだ? 相変わらず理解できない。こんな山をどうやってくり抜いたのか見当もつかない。
「ドンキー、周囲を警戒しろ。あと、この施設の図面はあるか?」
アレクサンドラは近くの壁の柱の陰に身を隠してドンキーに聞いた。遠くには見張りの機械虫がいるようで、見つかると厄介だ。長い触覚が見えるからカミキリムシのようだ。ここでも見張り役をやっているらしい。どうやら、施設の中でデスモーグ族を追うのも一苦労になりそうだ。
「確度は不明ですが案内図がありました。転送します」
「よし……この中央の部屋が虫の鍋の工場部分のようだな。脇に冷却施設と制御室……中央制御室は……記載されていない」
「分からないって事か? どうする? しらみつぶしに探すのか?」
俺が聞くと、アレクサンドラは少し考えてから答えた。
「……一番上か下かのどちらかだろう。冷却の効率を考えると……恐らく上だ。ここは全体で言うと中層のようだが、中央の工場区画を通って上に行けるはずだ。行くぞ!」
そう言って飛び出そうとした俺達の前に機械虫が現れた。うっすらと赤い目のカマキリだった。こいつも警備担当らしい。
かなりまずい。ドンキーが周囲を見ていたんじゃなかったのか? こんな距離まで接近されるとは!
ザルカンは剣の柄に手をかけいつでも抜けるように構えていた。俺はスリングを取ろうとしたが、動けばやられるような気がして動くことが出来なかった。一瞬が長い。今にも襲い掛かってくる……かに思えたが、カマキリは俺達を眺めまわすと何事もなかったかのように通り過ぎていった。
俺は安堵したが、同時に謎だった。何故カマキリは俺達を見逃した?
「現在ウルクスのグローブは、期限付きですがこの施設内で最高位の権限が与えられています。虫の鍋の機械虫もそのグローブを見て攻撃を中止しているのです。施設の機械虫からの攻撃の心配はありません」
ドンキーが言った。
「何?! そういう大事なことは先に言えよ!」
俺が言ってもドンキーは特に何の反応もなかった。アレクサンドラは不思議そうに俺のグローブを見つめて言った。
「まさかお前のグローブにそんな機能があったとはな……元老院メンバーのデータが残っていると言っても、千年前に死んでいるはずなのに……何故残っているんだろうな?」
「俺に聞くなよ。俺が知る訳ないだろ?」
「まあいい。何であれ役に立つなら使うだけだ。行くぞ! 工場区画から最上部に向かう。途中デスモーグ族の攻撃が考えられるから油断するなよ!」
「ああ」
「言われんでも油断などせんわ」
改めて、俺達は中央の工場区画へと走り、ドアを開けて内部に入った。そこにはまた、俺の理解を超えるような光景が広がっていた。
※誤字等があればこちらにお願いします。
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