第二十五話 虫の怒涛
「とにかく……俺のグローブでこの扉を開けられるって事か?! どうすればいい!」
俺の質問に、ドンキーは考えるように押し黙った。代わりに顔らしき小さな部分が青白く発光する。ドンキーは何かをしているようだったが、俺には何が何だかわからなかった。俺はナイジェルを見るが、ナイジェルも同様のようだった。
「……聞いたことがない。そのグローブに……元老院メンバーのコード? 聞いたことが無いぞ、そんなもの」
「そもそも、げんろういんってのは何なんだ?」
「元老院は……知らん。しかし恐らく、旧世界に存在した組織だろう。俺達の白い鎧は旧世界の時代に作られた。ウルクスさんのものもそのはずだ。だから当時の何らかの情報が残っていることは考えられるが……」
俺達がしゃべっている間にも爆発音が何度も鳴り響いていた。その度に虫の鍋を守る赤い目の機械虫が吹き飛ばされている。もう押されっぱなしだ。この扉に到達するのは時間の問題だ。
もしそうなればデスモーグ族を追うどころではなくなる。俺達も虫の鍋の機械虫と一緒に粉々に砕かれてしまうだろう。
「ドンキー! この扉が……開くのか? 開くんだな?!」
「……非代替認証キーを確認しました。個人コード及び認証キーが揃いましたので、この施設に対して上位権限で割り込めます」
そう言われ、俺は自分の右手のグローブの操作盤が青白くうっすらと光っているのに気付いた。ドンキーは俺のグローブの中を探っていたらしい。
「どうすればいい?!」
俺は藁にも縋る思いでドンキーに駆け寄る。横目で戦場の方を確認するが、ちらりと白い鎧の姿が見えたような気がする。今もアレクサンドラとデンバーが戦って、一秒でも長く時間を稼ごうとしているのだ。早くしなければあいつらだってどうなるか分からない。
「扉の操作端末に右手のグローブをかざして下さい」
ドンキーに言われ、俺はナイジェルと顔を見合わせる。今はナイジェルがその操作端末に向かっていたが、ナイジェルは自分のケーブルを外してそこからどき、代わりに俺が操作端末の前に立つ。
ナイジェルとザルカンが見守る中で、俺はゆっくりと右手を上げる。
「手をかざすんだな?」
「はい。その通りです」
俺は言われるまま操作端末に手をかざす。と言ってもガラス板やボタンや目盛りがいくつもあってどこにかざせばいいのかはよく分からなかった。だがドンキーは俺のグローブに自分の体から取り出したケーブルをつなぎ、ケーブルの反対側を操作端末に差し込んだ。
「緊急上位コードを起動します」
ドンキーが言うと、俺のグローブの青白い光が増し、手首の辺りが妙に熱くなった。グローブが僅かに震えている。何かがグローブの内側で起きているようだった。
「施設の防護扉のロックバーを破壊し緊急開門を行ないます。これは不可逆的な措置であり、以降は正常な門の使用が出来なくなります」
正常な門の使用……? どういう意味だ?
「……壊れるって事か?」
「はい、その通りです。門の機構を強制的に破壊するため、再び閉じる事が出来なくなります」
「何だと! そんな事になったら外の虫たちを止める事が出来なくなる!」
話を聞いていたナイジェルが叫ぶように言った。敵の攻撃は激しさを増すばかりで、爆発の破片がこっちにまで届くようになってきた。扉までの距離はもう……
「ナイジェル! アレクサンドラにつなげ! 門を破壊して中に入りデスモーグ族を追う! 青い目の機械虫はここの虫たちに任せるしかない! 門を開けるぞ!」
「聞こえている!」
ドンキーからアレクサンドラの声がした。息が荒く、答える余裕すらないようだった。
「くそ! 何から何まで想定外の事ばかり……分かった! やれ! 扉が開いたら私たちもそちらに向かう! 中で合流だ!」
通信が切れ、俺は一度深く呼吸をする。やるしかない。
「ドンキー、扉を破壊して開けてくれ」
「了解しました。破断機構、起動用意完了。
「分かった……
俺が言うや否や、扉の横側、岩の内部から強い衝撃が連続して起こった。ドンキーの言った破断機構という奴らしい。五回ほど音が聞こえ、そして門は静かになった。そして今度は小さな唸るような音が聞こえ始め、洞窟全体が静かに震え始めた。
「見ろ、扉が上がっとるぞ!」
ザルカンに言われ、俺は扉の下の部分を見る。ザルカンの言うように、僅かだが扉が上に上がり開き始めていた。しかし……ひどくゆっくりだった。これでは開くまでに向こうの連中に追いつかれてしまう。
「おい、ドンキー! もっと早くできないのか!」
「油圧装置に不調。現在自己修復プログラムを展開していますが、ハード的な不具合のようです。現時点での改善は難しいでしょう」
「何だと?!」
遅々とした扉の上昇速度に俺が歯噛みした瞬間、まるで俺の怒りに合わせるかのように扉が大きく揺れた。すさまじい衝撃と音が扉の向こう側から聞こえ、天井から石の欠片が雨のように降ってくる。
「今度は何だ? これも破断機構なのか?!」
「破断機構は正常に作動し機能を果たしました。この事態は……不明です」
再び轟音。爆発ではなく、重く硬い何かが扉にぶつかっている。まるで力任せに扉を破壊しようとでも言うように。そして一気に扉が
「……こいつは……ゾウムシか?」
扉の向こうの白い光に照らされていたのは、真っ赤な目をしたゾウムシの顔だった。口吻を扉の下にねじ込み、全身の力で扉を持ち上げ開けようとしている。ギラリと光る赤い目に射竦められるように、俺は言葉を無くしていた。
こいつは馬鹿でかい……。元々ゾウムシは大きめの機械虫だが……こいつは全長が
ゾウムシは扉の下に頭をねじこみ、もう一度扉を持ち上げる。扉には無理な力がかかり端の溝部分で火花が散っているが、すさまじい力によって上方に押し込まれていく。確かにこれでは、もう二度とこの扉は使い物にならなそうだった。
「でかい……こんな大きな機械虫が存在したのか……?」
呆けたように見上げているナイジェルの肩を、俺は掴んで引き寄せた。
「下がれ! 出てくるぞ!」
八割方開いた扉に満足したのか、ゾウムシは怒りを迸らせ強い足取りで前に進んでいく。その足元には俺達や機械虫の死骸があったが、一切気にかけることなく進んでいく。死骸は無残にも踏みつけられバラバラに砕けていく。ゾウムシは背を扉に擦っているのも気にしない。そして、その馬鹿でかいゾウムシは一匹だけではなかった。二匹、三匹……列をなして進んでいく。それに交じり無数のアリが洪水のように虫の鍋内部から溢れ出していた。
「壁に下がれ! 巻き込まれるぞ!」
俺とデンバーは洞窟の壁に張り付くように背をつけ、機械虫たちが通り過ぎるのを待った。ザルカンも少し離れた所で同じように壁を背にじっとしている。足音、牙の音、金属の触れあう音。巨大な力の流れが俺達の前方を通り過ぎていった。
時間にすれば十秒ほどの事だったがその何倍にも感じられた。今までに見たことの無い虫の群れだった。敵を排除するという一つの目的のために動く、まるで軍隊のような集まりだった。アリは群れるが、あんな風に動くのは初めて見た。ここの機械虫はやはり特別なのかもしれない。
幸いにも俺達は敵と思われていないのか素通りで、もし奴らがその気なら身を守る事さえできずに殺されていたことだろう。
「ドンキー! アレクサンドラに伝えろ! 虫の鍋の機械虫がそっちに行ったから、巻き込まれないように逃げろ!」
「了解しました」
ドンキーが通信している間に、俺は虫の鍋の内側を見た。開いた扉の内側……他の施設と同じように一面が白く清潔で整然としている。見えるのは広い通路といくつかの扉。それに天井や壁に何かの装置が取り付けられている。見張りなのか赤い目の機械虫が身じろぎもせず立っているが、あれは……カミキリムシだろう。ここでも警護役に使われているようだった。
「全員無事か!」
声に振り向くと、そこにはアレクサンドラとデンバーがいた。二人とも白い鎧のあちこちが煤けているが、目立った傷はないようだった。俺は少し安堵し答える。
「俺は無事だ。ナイジェル、ザルカンは?」
「問題ありません」
「わしも何ともない……が、腹の虫が暴れ出してきたのう……」
ザルカンの方を見ると、赤みがかった瞳がアレクサンドラを睨んでいた。だが言葉と裏腹に襲い掛かるような素振りはなく、剣を下げたまま動こうとはしない。
「……今はディスモーグ片づけるのが先じゃ。お前の首は繋がったままにしといてやる……」
「ふん、好きに言っていろ。お前に取られるほどこの首は軽くない」
二人はそう言いしばらく睨み合っていたが、どちらも手を出すほど軽率ではないようだった。一時的とはいえザルカンが味方になったのは心強い。何せ敵は何人いるかもわからないのだ。
恐らくはジョン。そしてアクィラ。更に何人かの仲間がいるのだろう。それを探し、止めなければならない。
俺は虫の鍋の内部を睨み、内部に侵入したであろうジョンの事を思った。大勢の人間の命を奪い、その人生を狂わせた男。今度こそ止める。アクィラの為に。そしてこれ以上の被害を出さないために。俺達は成し遂げなければならない……。
※誤字等があればこちらにお願いします。
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