第二十四話 ノイズ鍵

 ザルカンの剣がゆっくりと持ち上がり、剣先が俺の胸に向く。ザルカンがその気になれば、俺の体は一瞬で二つになるだろう。例え殴り合いでも勝ち目はない。あの丸太のような手足から生み出される力は人間の域を超えている。

 だが、不思議とザルカンに対し恐怖は感じなかった。アレクサンドラと対峙していた時のような鬼気迫る気配はない。

「しかし……」

 ザルカンは息をつきながら、ゆっくりと剣を下ろした。俺を殺す気分ではないようだった。

「随分と派手な喧嘩になっとるのう。外の虫がここまで入りこんで来とるとは……。そいつが、虫の鍋の扉かい?」

 ザルカンがちらりと巨大な扉の方へ視線を動かす。

「あ、ああ……恐らくそうだろう。お前……どうやってここまで来たんだ?」

 入り口からは制御機械虫が侵入しており、そいつらに混ざってここまでくるというのはきっと不可能だろう。ザルカンならあるいは可能かもしれないが、それにしても無傷では済まないはずだ。だがザルカンはピンピンしていて、戦ってきた後のようには見えない。

「お前らの入ってきた孔を探してな、そっから入ってきた」

 そう言い、ザルカンは天井を指さす。その先にはさっき俺達が降りてきた孔があり、今も開いたままになっている。

「施設の扉が閉まってたんじゃないのか? 岩そっくりの扉が。お前たちにも開ける技術があるのか?」

「あぁ? そんなもんは無いわい。こいつで切り開いてきたのよ」

 ザルカンは指先で剣の腹を軽く叩いた。なるほど。機械虫の装甲さえ両断するこの剣なら、施設の扉でも切ることは不可能ではなさそうだ。。

「ふん……さて、あいつらは向こうか? 首を持って帰らにゃあいかん……」

 ザルカンの視線が向こうの戦場へと向けられる。ザルカンの気配の質が変わり、まるで刃をはらんだ風が吹きつけるかのようだった。ザルカンは俺になど興味はなく、ただモーグ族の首を取りに来ただけらしい。だが、そんな事をされては困る。アクィラを救うにはモーグ族の助けが必要だ。扉を開けられるのはあいつらしかいない。

「待て、ザルカン! すでに虫の鍋にデスモーグ族が入りこんだ! 早く追いかけないと乗っ取られちまうぞ! モーグ族と戦っている場合じゃない!」

「何じゃと?! ディスモーグの連中が中に?! モーグ族の阿保どもはなにをしとった?」

 気色ばんでザルカンが言った。

「止めに来たんだよ、俺と一緒に! だが奴らの方が早かった。恐らく……三時間前の攻撃の時点で既に入りこんでいたんだ。全部陽動だ」

「つまり外の戦いも、そこでやり合ってるのも……全部目くらましかい」

 柄を握るザルカンの手に力が入り、ギリギリと締め付ける音が小さく響いた。

「そういうことだ。協力してくれ、ザルカン! 中に入ってデスモーグを追う! 扉を開けられるのはモーグ族だけだ! モーグ族をここで殺しても聖地は救えないんだ!」

 数秒の沈黙の後、舌打ちが聞こえた。

「胸糞が悪いが……状況は分かった。なら、さっさと扉を開けさせろ!」

 不機嫌さを隠そうともせず、吠えるようにザルカンが言った。話が通じてよかった。不承不承と言った感じだが、一応は協力してくれるようだ。

「ドンキー! アレクサンドラ達を呼び戻せ! この扉を開けてデスモーグ族を追う!」

「了解しました」

 ドンキーが答え、そして十秒程で返事があった。

「虫狩り! 本当なのか、デスモーグ族が中に入ったっていうのは!」

 戦闘の音に混ざりアレクサンドラの声が聞こえた。どうやらさっきの攻撃でも無事だったらしい。

「ドンキーによれば、扉の前に転がっている機械虫は人の兵器で殺されたらしい。だとすればデスモーグ族以外にはない。あいつらがここまで来て手ぶらで帰ると思うか? 中に入ったに違いない!」

「……くそ! なんてことだ! ナイジェル、先行して扉を開けろ! デンバーと私でここは引き受ける!」

「分かりました!」

 ナイジェルの返事が聞こえ、それで声は途切れた。そして十秒足らずでナイジェルの白い鎧が走ってくるのが見えた。そのまま扉に向かおうとするが、ザルカンの姿を見つけて急制動し足を止めた。

「アトゥマイの男……さっきの奴か」

「おう、さっきはようもやってくれたのう……」

 三ターフ五.四メートル程の間合いで二人は睨み合う。じりじりと焼けるような緊張が高まっていく。

「おいおい、聞いてなかったのか?!」

 俺はたまらずに二人の間に割って入る。

「デスモーグ族を止めるのが先だ! 殺し合いたいんなら全部終わってからにしろ!」

 俺がそう言っても二人は睨み合っていたが、先にザルカンの方が目を逸らした。

「……扉を開けるんならさっさとやれ」

「言われるまでもない」

 ザルカンにナイジェルはそう答え、扉に向かって再び走った。そして扉の右端の部分でしゃがみ込み、自分のグローブと扉の機械をケーブルでつないで操作をし始めた。

「聖地の扉を開けさせることになるとは……こりゃまともな死に方は出来んな」

 ぼそりとザルカンが呟いた。

「悪いな……お前らにとって大事な場所なのに。しかし、デスモーグ族を追いかけないともっとひどい事になる……」

「じゃろうな。まったく……これではわしの聖戦士としての務めを果たすどころではないな……」

 ため息をつき、ザルカンは向こうの戦場の方へと視線を移した。今も制御機械虫と施設の機械虫が戦っており、そしてアレクサンドラ達もそこにいる。僅かずつ戦場はこちらに移動しているように見えた。扉に到達するまで……もう三十分ほどの猶予しかないかもしれない。

 あの制御機械虫たちはこの施設を破壊するように命令を受けているのだろうか。もしそうだとすれば、この扉に到達したなら、扉を破壊して中に入り全てを破壊しつくすことだろう。

 それまでにデスモーグ族を見つけ、機械虫を止めさせて奴らの企みを阻止しなければならない。

 奴らの企み……モーグ族の推測では、この虫の鍋全体をアクィラの装置で操ってしまう事だという。だとすればここにアクィラが来ているはずだ。ジョンか、あるいは別の誰かと一緒に。

 アクィラ……あいつを必ず取り返す。そしてそれはデスモーグ族の企みを潰すことにもつながる。

 俺はナイジェルの様子を窺ったが、相変わらず操作を続けていてどういう状況か分からなかった。ザルカンは戦場の方を見ていて、何か異常があればすぐに気づくだろう。ここはザルカンに任せて、俺はナイジェルの方へと走っていった。何が出来るというわけでもないが。

「……ナイジェル、様子はどうだ? すぐ開くのか」

 俺の言葉にナイジェルは手を止め、そしてゆっくり振り向いた。

「最悪の事態だ。これは……デスモーグ族が書き換えやがった」

「何だと?!」

 ナイジェルは扉の方を向き話しかける。

「隊長、最悪の事態です。デスモーグの……ノイズ鍵です! 開けるには、このグローブの演算能力では半日かかる!」

 アレクサンドラの返事は聞こえなかった。きっと、俺と同じように言葉を失っていたのだろう。

 半日?! 後三十分という状況で、そんなに待っていられるわけがない。全員、ここで死体になって転がっている頃だ。

「何か方法はないのか、ナイジェル? モーグ族の……何か、技術とかよ?!」

 俺は思わず話しかける。ナイジェルは再び操作を始めながら、俺の方を振り返り答えた。

「ノイズ鍵を解く原理は難しくないが、とにかく時間がかかるんだ。基地の演算支援を受けられればいいが、この洞窟の中では無線が使えないから無理だ! 開ける方法は……開ける方法は……くそ! とにかくやるしかない!」

 ナイジェルの悲痛な声だった。俺にはよく分からないが、とにかく現実的な解決方法はないという事のようだ。奇跡でも起きれば……? いや、そもそも奇跡のような旧世界の技術に、そんなあいまいで都合のいいものを差し挟める余地はないだろう。モーグ族が出来ないというのなら、それはできないのだ。

 動悸がする。ものすごく嫌な感覚が腹の底で膨れ上がってくる。機械虫が相手なら俺も最後まで戦う。しかし、今度の相手は扉だ。しかもちゃちな錠前じゃない。俺がどうあがこうと助けにはならない。他人に任せるしかないというのが、こんなにももどかしい事だとは……!

「緊急上位コードの使用を提案します」

 戦闘の音に交じり静かな声が聞こえた。気のせいかと思ったが、それはドンキーの声だった。

「……何?」

 いつの間にかドンキーが俺の後ろにいて、話しかけてきたようだった。

「扉を開ける方法です。あなたのグローブには元老院のメンバーのコードが残留しています。その権限を使用すれば、扉を開くことが出来るはずです」

「何だと?!」

 俺は自分のグローブを見る? げんろういん? 聞いたこともない言葉だが、それはいつもの事だ。扉を開けられる? この余り物のグローブで?!

 希望が見えてきた……のか? この四角い箱みたいなドンキーが、急に神様みたいにありがたく見えて来たぜ。






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