第二十三話 超振動の向こう

 扉を見上げながら青ざめかけている俺の背後で、けたたましい爆発の音が響いた。これまでの音とは少し違い、小さな連続した爆発だった。

「くそっ! 門の防衛どころじゃねえぜ!」

 俺は振り返りアレクサンドラ達を探す。と言っても闇の中で誰がどこにいるのかもわからない。見えるのは赤と青の目玉と金属のぶつかり合う火花。そして――爆発。また赤い炎と共にいくつもの爆光が散った。巻き込まれ吹き飛んでいく機械虫が一瞬の光の中に見えた。

 壁の隙間からは虫の鍋からの増援がひっきりなしに送り出されているようだが、それでも敵を押し戻せていないようだった。

 青い目の制御機械虫の群れには、恐らく大型の機械虫が何匹もいる。恐らくビートルだろう。前の戦いでもビートルは背中から奇妙な武器を出して爆弾のようなものをいくつも撃ち出していた。さっきの連続する爆発はその音だったのかもしれない。

 旧世界の兵器を持つ大型の機械虫。それが群れをなして攻めてきているとは、ぞっとしない話だった。

 対する虫の鍋の防衛機械虫は、数こそ多いがほとんどがアリのようで、それに混ざって中型の甲虫が何種類かいるだけのようだった。

 アリは群れをなせば強い。大型の機械虫相手でも引けを取らないが、相手は制御機械虫だ。例の武器が相手では分が悪いようだ。

 となれば頼れるのはアレクサンドラ達だけだ。しかし……敵は数十匹の軍勢だ。モーグ族の弩は強力だが、あの乱戦の中でどこまで戦えるのか。

 それに赤い目の機械虫にとってみれば、ここにいる俺達も不審者に違いない。今は制御機械虫の方を相手にしてくれているようだが、下手に近づけばいつこっちに矛先が向くか分からない。助けに来たと言っても、機械虫にそんな言葉は通じないだろう。

 また連続した爆発が起きる。そして、空気の震えが収まる前に今度はでかい爆発が来る。また爆発。また。ひっきりなしに爆発が起き、粉塵で様子が分からなくなる。

 それでもまだ爆発は続く。たがが外れたように攻撃が続き、粉塵が吹き飛び、赤い目の機械虫がその体を四散させていく。まるですべてを破壊し尽くすかのように、制御機械虫たちの無慈悲なまでの攻撃が続く。

「抜かれた! そっちに――」

 ドンキーからアレクサンドラの声が聞こえ、爆音でかき消された。

 アレクサンドラ達はまだ無事のようだ。しかし無傷かどうかは分からない。だがそんな心配よりも、今はこっちに向かってくる奴の相手が先決だった。

「くそ……速い……! 何だ?! カマキリか?」

 地を蹴る硬い音が洞窟に響き、その機械虫はすさまじい速度でこちらに近づいてくる。暗くてはっきり見えないが、頭部が高く目と目の間隔が狭いのが分かる。ドンキーの照明がその機械虫を照らし、うっすらと銀色の細い体が見えた。胸の前に両腕の鎌を持ち上げた、青い目のカマキリ。そいつが信じられないような速度で走ってくる。

「またカマキリかよ……?!」

 ザルカンにカマキリと戦わされた時のことを思い出す。そうだ。勝てる。俺一人でも倒せない相手じゃない。

 まだ遠いが、俺は凍結球を引き絞りカマキリに向かって撃つ。距離は二十ターフ三十六メートル。普通の射程の倍以上の距離だが、様子見と牽制だ。

 凍結球が僅かに青白い光を放ち、その軌跡がカマキリに吸い込まれるように飛んでいく。

 当たる――?!

 そう思ったが、カマキリは意外な反応をした。避けるでも受けるでもなく、カマキリは凍結球を弾いた。弾かれた凍結球は空中で砕け冷却液をばら撒くが、カマキリは何かに守られているかのように冷却液を浴びることはなかった。

 弾いた?! おかしい。弾いた瞬間に起動し凍結されるはずだ。まるで見えない何かに当たったかのようだった。

 耳をつんざくような音が聞こえる。何だ?! 向こうの戦場からじゃない。近づいてきている――このカマキリが発している音か?! 一体何の音だ? 今までに聞いたことの無い音だった。

「警告。敵は超振動ブレードを展開しています。接近するだけであなたの体はバラバラに切り刻まれるでしょう」

「あぁ?! 超……振動、ブレード? 何だよそれは!」

 カマキリはもう十ターフ十八メートルの距離だった。俺にとっても間合いだが、一体何を撃てばいいのか。

 超振動ブレード? よく分からないが、あの鎌が震えているって事か? この耳障りな音もその振動のせいか。

 考える間もなく、俺はほとんど反射的に凍結球を撃っていた。狙いはカマキリの足元。あの鎌に触れると弾かれて効かないらしいが、地面なら問題ないはずだ。

 凍結球がまっすぐ飛び硬い地面を打った。球が起動し冷却液が噴出する。

 しかし、カマキリは小癪にも飛び上がり冷却液をよける。足先に僅かにかかっただけだ。

「だが、次は逃げ場はないぜ」

 カマキリはほとんど洞窟の天井すれすれ、四ターフ七.二メートルほどの高さにいた。空中なら逃げられない。次こそ当てる!

「警告。距離を取ってください」

 ドンキーの声が聞こえたが構っている余裕はなかった。俺は奴の鎌と鎌の間、その間の向こうにある顔に狙いをつける。頭を凍結させればそれで終わりだ。

 引き絞って放とうとした瞬間、異様な衝撃が俺を襲った。真上から全身に押さえつけるような力が働き、スリングの照準がぶれる。

 まずい、何なんだ、これは?! 目を……開けていられない! 見えない。腕が――動かない。

 頭の中でカマキリの動きを想定する。奴はそろそろ降下してくる頃だ。俺に向かい、まっすぐ。逃げられないのは、俺の方だった。くそったれ。

 体が思い切り引っ張られ、俺は岩に叩きつけられた。やられた……のか? 俺は手から離れたスリングをストラップをたぐって引き寄せる。頭の中がまだ震えている。視線が定まらない。洞窟の壁に背をつけてゆっくりと立ち上がると、俺はまだ自分が生きていることに気付いた。

 正面にはカマキリがいた。ドンキーの照明で照らされ銀色の体が煌めいている。両腕の鎌は振動のせいかうっすらと輪郭がぼやけており、奇妙な音がまるで威嚇するかのように鳴り響いていた。

 そのカマキリと俺の間に、ドンキーがいた。背中から細い腕が伸び、右腕は盾のような薄い板を構え、左腕は先端が青白い火花を放っていた。それは電磁ブレードの光に似ていた。

「ドンキー……お前、戦えるのか?」

 俺はのんきにそんな事を聞いてしまったが、ドンキーからの返事はなかった。

 カマキリの青い目がくりくりと動く。ドンキーを値踏みしているようだった。それが終わるまでは、僅かに時間があるはずだ。

 俺は生きている。さっきの攻撃はどうやらドンキーが身代わりになってくれたらしい。よく見れば構えている右手の板は中程までがいびつに裂けていた。それはカマキリの超振動ブレードを受けた傷なのだろう。そして俺は突き飛ばされ難を逃れた。

 ドンキーの盾はあと何度鎌を受けられる? よく分からないが、一度か二度だろう。その間にカマキリを倒さないと確実に死ぬ。それに――。

 俺は視線をカマキリの向こうに動かす。青い目がいくつか、こっちにのろのろと近づいてきている。一つや二つではない。十か十五。そして、段々増えている。

 さっきの連続的な爆発……あれで虫の鍋の防衛機械虫はやられてしまったのだろう。防衛網が崩れ、制御機械虫がこの扉に押し寄せてきている。

 アレクサンドラ達は一体どうなったんだ? まだ生きているのか?

 カマキリがゆっくりと一歩前に出た。他人の事を考えている場合ではない。今はこいつを片付けなければ。

 俺はもう一度凍結球を手に取り、ゆっくりと引き絞る。まだ指先にしびれが残っているような感覚があったが、待ってくれるような相手ではない。

 ドンキーが俺を守る様に位置取りながらカマキリに合わせて動く。盾を前に出し、いつでも左腕で突けるように構えている。

 急に鎌の唸りが強くなった。不快な音が、全身を揺さぶるほどの衝撃に変わっていく。まただ! さっきの奴だ!

 俺は洞窟の壁伝いに下がって逃げる。カマキリはそんな俺を見て、大きく前に出て鎌を振り上げた。ドンキーがそれを邪魔するように突進する。

 鋭い破裂音が聞こえ、ドンキーの体が向こう側の洞窟の壁まで吹き飛ばされていた。左腕だった棒は地面に転がり、じりじりと火花を出していた。ドンキーはひっくり返ったまま動くことはなかった。

 邪魔者がいなくなったとばかりにカマキリが悠々と歩を進める。再び鎌が強く震え、俺はスリングを構えるが狙いを定める事が出来なかった。くそ! 適当に撃つか?! 当たることを祈って? それは博打だが、他に術がない。

 死ぬ。死ぬのか。やはり、無謀な旅だったのか。アクィラを救いたいなどと……叶わない夢だったのか。

 アクィラの顔が浮かぶ。最後の、あの時の、炎に呑まれた瞬間の顔を。

 俺はお前を救いたかった。お前が不憫だった。死んでいったシャディーンやタナーンも。それに、実験で死んだという何人もの子供たちも。

 柄にもなく、俺は義憤に駆られて戦おうとしたのだ。だがまだ何もやれていない。ジョンの顔をぶん殴り、アクィラを取り返すまでは、死んでも死にきれない。

 グローブが俺の意思に応えるように腕の拘束を強めた。痺れるような痛みが腕から背中に走る。力が……強まる。カマキリの鎌が放つ衝撃にも負けないほどの力が生み出される。グローブが無理やり俺の力を引き出している。俺は強引に力で腕を支え、引きちぎれそうなほどにスリングを引き絞った。

 諦めるのは死んでからでいい。生きているのなら、やることは一つだ。戦うしかない。

 カマキリが何かを察したのか、両腕の鎌を思い切り振り上げた。鎌が俺から遠くなり、僅かに衝撃が弱まる。今だ。

 俺は凍結球を撃つ。その直後にカマキリの鎌が振り下ろされる。俺は凍結球が当たるかどうかも確認せず、壁を蹴って倒れ込むようにして右の方に転がった。足元を衝撃が掠め、岩を打った鎌が一瞬で穴を穿ち岩片をばら撒いていった。

 俺は転がったまま上体を起こしカマキリを見る。

 カマキリは俺の方を見ようと顔をこちらに向けた。しかし、その顔は凍り付いていて、こっちを向いたきり動かなくなった。青い目の光は弱まり、足から力が抜けて腹を地面につけ、カマキリは動きを完全に止めた。

 俺は向こうから近づいてくる別の青い光に目をやりながら、ドンキーに駆け寄る。

「おい、お前! 生きてるのか? 返事をしろ、ドンキー!」

 バンバンと体を叩くと、急に弦を弾くような高い音が聞こえ、ドンキーの体が低く振動し始めた。そして数秒すると動き出し、ひっくり返った自分の体を元に戻した。

「再起動に成功しました。警告。カマキリ型制圧兵器が接近しています」

「ふう、生きてたか。安心しろ。カマキリは止めた」

「警告。敵が接近しています」

 ドンキーの顔らしき部分が上を向いた。俺も振り向きながら上を向くと、そこには凍り付いて止まったはずのカマキリがいた。しまった。芯まで凍り付いていなかったのか?!

 まだ動きは鈍い。だが、この距離では……!

 鋭い音が走るように響いた。一瞬の煌めき。何かがカマキリの首の間を通り過ぎた。

「詰めが甘いのう、ウルクス」

「……ザルカン?!」

 俺が聞くと同時に、カマキリの首が前に倒れ込んでくる。滑るよう動き、そしてころりと地面に落ちて軽い音を響かせた。

 カマキリの体は今度こそ支えを失い崩れ、倒れ伏した。そしてカマキリの後ろにいるザルカンの姿が見えた。あの巨大な剣を構え、俺に向かって笑みのような獰猛な獣のような表情を浮かべていた。

「お前がモーグ族とつるんで俺を出し抜くとはのう……落とし前は付けてもらうぞ」

 燃えるような赤い髪と瞳が、闇の中で炎のように揺れていた。






※誤字等があればこちらにお願いします。

https://kakuyomu.jp/users/ulbak/news/16816700429113349256

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