第二二話 誤算

「何だってんだ、こいつは……?」

 機械虫の体内を流れる油や様々な液にはそれぞれ臭いがある。ほのかに甘い臭いだったり、鼻をつく刺激臭や人間の血に似た臭いのものまである。いずれにしても時間の経過とともに臭いは薄れるが、今この場所に漂っているのはそう時間のたっていない物の臭いだった。ここが閉鎖された洞窟の中だという事を差し引いても、せいぜい数時間前にこいつらは死んだ……殺されたという事だ。

 背後で一瞬光が灯った。稲妻のような瞬間的な光。そして全身を打つ衝撃と轟音。俺は体を揺さぶられ、思わず膝をつく。

「くそ……何だ? まさか……」

 俺は鼓膜の痛みをこらえながら振り向く。洞窟は暗く三十ターフ五十四メートル程先までしか見通しがきかないが、その更に遠くでまた光が起こった。

 咄嗟に耳をふさぐと、再びさっきと同じような衝撃が飛んできた。

「もう突破されたのか……?!」

 既にデスモーグ族たちがこの洞窟を通って侵入しているのか? それにしても……攻撃が派手過ぎる。何の武器を使っているんだ?

 今の光と衝撃は、虫狩りで言うなら爆裂の仕掛けを使った時のものだ。並の機械虫なら一撃で仕留める事が出来るが、危険すぎるため使用するには特別な許可が必要になる。

 モーグ族の武器庫にも置いてはあったが、慣れない武器では土壇場で迷う可能性があった。俺は使ったことはないし、多分これから使う事もないだろう。

 だが、そんな爆裂の仕掛けを向こうで使っている奴がいる。

 火の切っ先アトゥマイ氏族の戦士か? いや、奴らは剣で戦うのが流儀だ。それにこいつは守るために使っているんじゃあないだろう。攻めるために、この虫の鍋に入るために使っているんだ。敵、デスモーグ族に違いない。

「ドンキー! 敵までの距離を解析しろ!」

 アレクサンドラが叫ぶように聞く。ドンキーは四角い体から細い板を伸ばし前方に向けた。

「音紋解析……距離約六十ターフ一〇八メートル。グレネードランチャーの炸裂音です。機関銃も使用されています」

「やはりか……」

 一人だけ納得しているアレクサンドラに俺は聞く。聞きながらスリングの球を取り出し、いつでも撃てるように準備をする。

「デスモーグ族がもうここまで来ているのか?」

「分からん。しかし、制御機械虫はすでに目と鼻の先だ! 一緒に来ていてもおかしくはない!」

「制御機械虫……アクィラの力で動いてる奴か……?!」

 だとすれば合点がいく。あの青い光で操られた機械虫は普通の機械虫とは違う。体内に隠された旧世界の技術を呼び起こされ、俺達が見た事も無いような武器で攻撃してくる。さっきの爆発もその一つだったという事だろう。

「ナイジェル、デンバー! この短時間にアトゥマイ氏族がここまで敵の侵入を許すとは想定外だったが、とにかくやるぞ! 一ターフでも遠い場所で奴らを押し留める!」

「了解です!」

 アレクサンドラ達三人は弩を構え今にも走り出そうとしていた。俺も行かねばならない。爆裂球のような武器が飛び交う戦場に。

「虫狩り、お前はここで待機だ!」

「何?!」

 足を踏み出そうとしたところでそう言われ、俺はつんのめりそうになる。

「どういうことだ? 俺は機械虫と戦うために呼ばれたんだろう?」

「鎧のないお前では足手まといだ。私たちが仕留めきれなかった機械虫がここに来たら相手をしろ! ドンキー、お前はこいつの援護だ!」

「了解しました」

 ドンキーが涼しい声で答える。俺はここで待機だと? 話が違うが……。

 一際大きな光が瞬き、次いで衝撃と轟音が響いた。耳だけでなく体の末端まで痺れるような衝撃だった。

 光の中で一瞬見えた。洞窟の奥、突き当って左に曲がっているところの壁が抉れ吹き飛んでいた。そして赤い光がいくつか地面に転がる。

 どうやら曲がり角の向こうで、ここの防衛をしている赤い目の機械虫が敵に吹っ飛ばされたようだ。ついでに洞窟の壁まで吹き飛んでいる。壁面は硬い泥岩に見えるが、それが砂糖菓子のように崩れているのだ。一体どれほどの衝撃だったのだろうか。

「くそ、こうしている間にも押し込まれている……虫狩り! 議論している時間はない。命令に従え! お前はここで待機し敵を迎え撃て!」

「……分かった」

 今さっきの爆発……確かにあんなものの近くにいれば人間の体などひとたまりもないだろう。特に俺は白い鎧を身につけていないから、真っ先にやられてしまう。

 アレックスもルーカスも俺の事を随分持ち上げていたが……随分と買いかぶられたものだ。実際にはただの足手まといに過ぎないじゃないか。

「あの壁面から虫の鍋からの増援が来ているのか……攻撃されないように間合いを取りながら、制御機械虫を迎え撃つ。行くぞ!」

 アレクサンドラはそう言って弩を構えて走り出す。それにデンバーとナイジェルも続く。まるで風のように走り、すぐにドンキーの照明の届かないところにまで行ってしまった。闇の中に微かに白い影が揺れ、それも数十ターフで見えなくなった。

「虫の鍋から増援が来ている……? あれか?」

 闇に目を凝らすと、洞窟の突き当りの手前の壁面が奇妙に抉れていた。そして地上付近にいくつかの赤い光があり、それが洞窟の向こう、戦闘を行なっている方向へと進んでいく。機械虫が壁から出てきているようだ。あれが増援という事か。

 なるほど。虫の鍋は機械虫を生み出す場所。あの壁の向こうは虫の鍋につながっていて、いくらでも増援が繰り出せるわけか。しかし……その割には随分洞窟の奥の方まで、もう扉と目と鼻の先の距離まで近づかせてしまっている。

 奴らの戦力……制御機械虫は数で対抗できないほどに強いという事なのか。それとも別の理由があるのか?

 閃光と爆発音が続く。そして洞窟の向こうから青い光が見えるようになってきた。制御機械虫の目だ。大人しいはずの青い目のまま獰猛に襲い掛かり、その上未知の武器まで使ってくる。虫狩りにとって青い目、青い色というのは平穏を意味するが、奴らはその範疇に無い真逆の存在だ。

 俺は何もできないまま、ただ遠くから戦闘を眺めているだけだった。赤い目と青い目の光が交錯し、炎が噴きあがり、火花が散る。金属同士の激しい衝突音が聞こえ、砕かれ裂かれる嫌な音が時折聞こえてくる。まるで叫び声のようだった。

 そんな状況の中で、俺はずっと鼻を突く臭いに気を取られていた。すぐ後ろ、扉の前に転がっている機械虫達の死の残り香だ。

 こいつらも制御機械虫にやられたのだろうか。見た事もない傷……俺には想像もつかない旧世界の武器によるもの……。

 そう考えて、何かおかしい事に気付いた。

 制御機械虫の軍勢の位置は、前方約六十ターフ一〇八メートル、今は五十ターフ九〇メートル程になっているだろうか。敵と虫の鍋の軍勢、そしてアレクサンドラ達がその位置で戦っている。

 だとすれば、俺の背後の機械虫たちは一体だれが仕留めたんだ?

 俺は何か嫌な予感がするのを感じながら、後ろの機械虫たちを振り向く。

 既に敵がここまで来て、あの位置まで戻ったという事はないだろう。だとすればもっとそこら中に機械虫の死体や戦いの痕跡が残っているはずだ、そもそも戻る意味もない。この機械虫たちはここにいて、ここで殺されたのだ。

「……ドンキー、こいつらがどうやって殺されたか分かるか? 制御機械虫の武器でやられたのか?」

「確認します」

 ドンキーも振り返り、機械虫の死体に近づく。そして動き回りながら細い首のようなものを伸ばして覗き込むように機械虫を観察していた。

「これは歩兵用の対機械虫兵器によるものです」

「歩兵……人って事か? デスモーグ族?」

「デスモーグ族と断定することは難しいですが、その可能性は大きいでしょう。この機械虫は人によって破壊されています」

「人によって……つまり誰かがここに来て、こいつらを殺した。そして……どこに行った?」

 俺は固くそびえたつ虫の鍋の門を見上げる。この扉は何物をも通さないかのように見える。だが扉である以上は、必ず開くはずだ。そして何事もなかったかのように閉じる事が出来る。

「ひょっとして、もう……デスモーグ族はこの中に入っているのか?」

「デスモーグ族と断定することはできませんが、その可能性はあります」

 ドンキーが涼しい声で言う。俺は血の気が引く思いだった。

 おいおい。もしそうなら全てがご破算だぜ。俺達は奴らの、ジョンの掌で転がされていたって事なのか?







※誤字等があればこちらにお願いします。

https://kakuyomu.jp/users/ulbak/news/16816700429113349256

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る