第二十一話 熱孔
装備を整え、俺達アルファ班は虫の鍋へと続く進入孔へと向かった。途中、
「ここ……なのか?」
目の前にあるのは何の変哲もない岩場。岩の横から別の岩が横倒しに覆いかぶさり、その間に人が通れる程度の隙間が開いている。どうやらこの隙間の奥に入口、進入孔があるようだ。
「そうだ。ドンキー、進め」
アレクサンドラが命令すると、四角い箱型の機械、ドンキーが明かりを灯しながら音もなく岩の隙間に入っていった。
ドンキー……アレクサンドラの相棒という事だったが、機械虫とは全く異なる不思議な機械の生き物だった。アレクサンドラはこのドンキーなる機械と一緒に行動していて、それが奇妙な女と奇妙な機械虫の噂になっていたようだった。
それをアクィラだと思った俺の勘は全く外れていたわけだったが、結果的にはそれでよかったと言えるのだろう。だがまだ何も成し遂げてはいない。これからようやく始まるのだ。
岩の隙間はずっと奥に続いているようだった。先行するドンキーが後方も照らしているため十分に明るいが、見た所周りは本物の岩だし、地面も土に見える。
しかしカドホックやアレクサンドラ達の施設の入口も本物の岩と見分けがつかなかったから、巧妙に偽装された入り口がこの奥にもあるのだろう。まったく、昔の人間の技術というのはどうなっているのか想像もつかない。
ドンキーが動きを止め、突き当りの壁を強く照らす。見た限りではただの岩の壁だが、ここに旧世界の扉があるようだった。
「ナイジェル。扉を開けろ」
「はい、隊長」
ドンキーが狭い通路の端に寄り、ナイジェルが前に出て右腕の手袋に埋め込まれた装置を何事か操作し始める。ぴ、ぴ、と間の抜けた鳥のさえずりのような音が何度か響く。すると奥の岩壁の一部が、腰の高さの辺りから拳ほどの大きさに四角くせり出してくる。ナイジェルは手袋からケーブルを伸ばし、それをせり出してきた四角い壁部分につないで作業を続ける。
「ここから先は我々にとっても未知の領域だ。虫の鍋の入口周辺に出るはずだが……どのような状況なのかは分からない。デスモーグ族はまだ来ていないが、施設防衛のための機械虫がうろついている可能性はある。各自警戒しろ」
ナイジェルの作業を見ながらアレクサンドラが言った。さっきも聞かされた言葉だったが、まるでアレクサンドラが自分に言い聞かせているようにも聞こえた。何となく、こいつの緊張がこちらにも伝わってきた。
だが緊張というならここにいる全員がそうだろう。誇張抜きで、死ぬかもしれない戦いなのだ。何も感じていないのはドンキーくらいのものだろう。
「……機械虫は殺すな、か。難しい事を言ってくれるな」
「施設の機械虫を殺せば我々まで敵と判断されてしまう。さっきも言ったが、動けない状態に……凍結させるか電気的に麻痺させるかしかない。何だ、虫狩り。今更怖気づいたか」
アレクサンドラが不遜な様子で俺に言った。俺は一つ息をつき、答えた。
「怖いと言えば怖いさ。それはいつもの事だ。ま、せいぜい虫がいないことを祈るだけだ。ついでに、デスモーグ族がここまでたどり着かないこともな」
モーグ族の作ったスリング球は強力だ。普通の機械虫なら容易く止める事が出来るだろう。だが……もしスタッグやビートルのような巨大な機械虫が来ればその限りではない。それに球の数には限りがある。一体どのくらいの数の虫の相手をすることになるのか、あまり考えたくはなかった。
「ふん。デスモーグ族がここまで到達できないのなら……確かにそれが一番だな。しかしそうもいくまい。奴らも総力を挙げて攻めてくる。アトゥマイ氏族は勇猛果敢だが……機械虫の軍勢にどこまで抵抗できるか……。一部は突破されてここにも制御機械虫がやってくるはずだ」
「旧世界の武器を操る機械虫か……ぞっとしないな」
「それを知るのはアレックス、オリバー、そしてお前だけだ。そして生き残った。勝てない相手ではないという事だ」
「理屈ではな……」
俺の言葉に、アレクサンドラはそれ以上何も言わなかった。沈黙と、ナイジェルの操作する微かな音が響く。それから数分が経ち、ナイジェルが顔を上げて言った。
「解析完了しました。開きます」
「よし……いいな、お前たち」
アレクサンドラがナイジェル、デンバー、そして俺の顔を見る。誰も何も言わずにただ頷いた。
「開門しろ。これより虫の鍋に向けて進行する」
「了解。門、開きます」
ナイジェルの操作で奥の岩壁が動いた。中央から端まで順に、まっすぐにいくつもの裂け目が入り、そして蛇腹のように折り畳まれ左右に開いていく。奥には白い光。その明るさに目が眩むが、奥にはむき出しの機械が覗いていた。配管やいくつものケーブルが見え、規則的に発光する部品やその他多くの機械部品があった。一応人が通れる程度に真ん中は空いているが、まるで壁や床をつけ忘れた通路のようだった。
「こいつは……なんなんだ? まるで機械虫の腹の中だ」
俺は身を乗り出し覗き込むが、これまでに見たどの施設とも違う。これまでに見てきた施設はどれも整然としていて人を拒絶するかのような清潔さだったが、これはどう見ても作りかけといった様子だ。
「ここの通路はどこもこうなんだ。建造途中で何か問題があったのか……中途半端な状態で完成することもなくずっとこのままだ。しかし奥には続いているはずだ。行くぞ」
アレクサンドラが言うと、ドンキーが言われるまでもなく先行し進んでいく。デンバー、アレクサンドラ、俺、ナイジェルの順で進んでいく。
通路は狭く天井も低い。少し背を屈めないと歩けないが、前を行くドンキーにはちょうどいいようだ。足元の乱雑なケーブルやパイプで足を取られそうなものだが、四本足のドンキーは脚先端の車輪と脚の動きを使って器用に進んでいく。
歩きながら、俺は温度が上がっていくのを感じた。気のせいではない。カイディーニ山は火山であり、虫の鍋はその火を使って動いている。虫の鍋に近づけば暑くなるのは道理だった。
アレクサンドラ達は鎧の力で暑さも寒さも大したことはないようだったが、何かにつけて割を食うのは俺だった。しかも今はこいつらに借りた黒い樹脂と呼ばれる材料でできた防具をつけている。気休め程度の効果らしいが、体を覆っている分いくらか余計に暑い。だが脱ぐわけにもいかず、俺は黙って額の汗を拭った。
「下部にハッチがあります」
かすれたような男の声。ドンキーだった。足を止めて床部分を覗き込んでいる。
「ここから中に入るのか?」
「そうだ。いや……降りるんだな、恐らく。ここは天井部分のはずだ」
アレクサンドラが屈んで床を探る。ケーブルの束をめくりパイプを壊れない程度にひん曲げると、そこに四角い扉のようなものがあった。
「ドンキー。周辺に動体反応は?」
アレクサンドラの問いに、ドンキーは一拍置いて答える。
「周囲二十メートルに動体反応はありません」
「メートル?」
ターフじゃない? 聞いたことの無い単位だった。
「そうか、お前はメートルを知らないんだったな。ドンキー、本作戦中は単位を現生人類の使用している物に合わせろ」
「わかりました。周囲約
「ターフ以外の単位が……あるのか?」
聞いたことの無い言葉だった。部族独自の名称や単位があるというのは聞いたことがあるが、モーグ族のそれという事だろうか。
「かつてあったんだ。旧世界の単位だ。SI単位系……といってもわかるまい。とにかく、周囲には機械虫もいないようだ。全員降下するぞ」
アレクサンドラが扉の取っ手を掴み引っ張る。重く軋む音が響き、ゆっくりと扉が外れた。
「ドンキー、行け」
「了解しました」
ドンキーが返事をし、降り口の縁に立ったかと思うとそのまま真っ逆さまに落下していった。
と思ったがよく見るとちゃんと縁にワイヤーを固定していて、ロープで下るように降りていったようだった。やがて静かな着地音が聞こえた。
続けてデンバーがドンキーのワイヤーを掴んで降下。次にアレクサンドラ、そして俺、ナイジェルと下に降りる。
降りた所は広い洞窟のようだった。むっとした熱と湿気が充満し、立っているだけで汗をかきそうだった。ドンキーの光が周囲を照らすが、側面や上部は岩で、地面は赤黒い土のようだった。外の岩山をそのままくりぬいたように見えるが、この壁の向こうには虫の鍋の施設、複雑な機械が潜んでいるのかも知れなかった。
「よし、行くぞ。虫の鍋の入口はこの奥だ」
アレクサンドラが言い、隊列を組んで俺達は進む。何の気配もない。だが嫌な予感がしていた。妙な臭いがする。これは……機械虫の死体の臭いだ。
「まて、アレクサンドラ!」
「何だ?! あとアレクサンドラと呼ぶなと言っただろう! そう呼んでいいのは兄さんと父さんだけだ」
「そんなこと言ってる場合か! 何か妙だ! 止まれ!」
「何?!」
アレクサンドラが命じる前に、先頭を行くドンキーが足を止めていた。急制動し地面を抉る。そしてライトはその奥にあるものを照らし出していた。
巨大な扉。洞窟の直径とほぼ同じ大きさの
「何なんだ、これは……」
巨大な扉にも驚いたが、それ以上に不気味なものが扉の前に転がっていた。
それは、無数の機械虫の死体だった。いかなる武器によってか頭部を抉られ、腹を斬り裂かれ、胴に向こうが見えるほどの巨大な穴が穿たれている。そんな死に様の機械虫が、ざっと二十はいる。
一体誰がこんな事を……? 一体ここで何が起きたというんだ?
※誤字等があればこちらにお願いします。
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