第二十話 決意

「虫狩り。手袋の他にも普通の防具ならある。装備を整え次第出発するぞ」

 後ろのアレクサンドラが言い、その言葉にルーカスは頷く。

「ではアレクサンドラ。頼むぞ。」

「はい、無論です! 行くぞ虫狩り!」

 そう言い、アレクサンドラは歩いていく。その先の壁にはいくつかドアがあり、そこに武器や防具のある部屋があるらしかった。

 今いる部屋はだだっ広いが、見渡せば見たことの無い機械……機械虫とも違う得体の知れない機械がいくつも置かれている。あれも全て武器なのかもしれない。

「しかし、いいのか……一族以外の者にこんなものを使わせちまって」

 そう言いながらも、俺は遠慮なく手袋を取り腕にはめる。最初につけた時はすさまじい痛みがあったが、今度はそういうこともなくすんなりとつける事が出来た。少し緩いが、すぐに縮んでちょうどいい大きさに変化する。

「構わんよ。どうせ長い間使われずに保管されていただけの手袋だ。しかも手袋以外の部分が無いから、我々にとっても、残念ながら無用の長物だ。しかし君にとっては大きな戦力となるだろう」

「ああ、こいつがあるのと無いのとでは大違いだからな……」

 俺は白い手袋の感触を確認するように手を何度か握る。

 前の戦いでもこいつには何度か命を救われた。矢を叩き落したり、ナイフを掴んだりと普通ならできない事が出来る。防御だけでなく、殴ったり弓を引く力も強くなる。調子に乗って使っていると筋を痛めるようだが、使いどころを間違えなければ頼れる相棒だ。

「悪いな……何だか色々と特別扱いしてもらって」

「族長の命令だからな。君が気にすることではない。それに個人的にも君には興味がある。スズメバチやサーベルスタッグとの戦い……我々モーグ族も所詮は鎧を着ているだけの人間だ。本当の意味で機械虫に対抗できるわけではない。それを生身の人間である君が覆して見せたのだ。私は虫狩りを、この世界に生きる人々を、随分誤解していたようだ」

「誤解じゃないさ。あれは……運が良かっただけだ。二度同じことはできない。次やれば、俺の首が胴と泣き別れになっているかもな。それにアレックス達がいなければ、ああいう小細工を思いつくだけの時間も稼げなかった。あんたらはいつもあんな風に派手に機械虫やデスモーグ族と戦っているのか?」

「ふむ……それについては……大きな変化があった。機械虫を操る技術や、あそこまで大規模に組織立って動くこともなかった。それに戦術も過激になっている。アサシンを使う事はこれまでにもあったが、まさか自爆攻撃まで使ってくるとは……予想外の事だった。それに少年兵の存在……デスモーグ族内部に何か大きな変化が起きているようだ。詳細は不明だがね」

「ジョンの……せいなのか? 奴は生きているのか?」

「恐らく生きているだろう。奴はデスモーグ族の中でも傍流……作戦に加わることも少なく、先代は穏健派だった。しかし今や作戦の中心にいる……我々とジョンの氏族は、過去には親交があったのだよ。つい二十年ほど前まではね……」

「親交って……仲が良かったって事か?」

 あのジョン達と交流があったというのは意外な話だった。あのジョンの、どこか常軌を逸したような様子を考えると、とても信じられない話だ。

「我々の戦いにも波がある。比較的争いの少ない時期が存在したのだ。その時期には相互に不可侵の約定を結び、新たな遺跡の発掘は行なわず、戦う事もなかった。年に一度は会合を行い顔を合わせていたが、その場にジョンもいたんだよ。幼いジョンがな。そして幼いウィリアム……今のアレックスもいて、二人は友人と言える間柄だった。年に数日の事ではあったが」

「その頃のジョンは普通だったのか?」

「当時のジョンは今のジョンの父親が務めていたが、彼はまあまあ話の分かる人間だったよ。デスモーグ族であるという違いを取り払うことはできなかったが、少なくとも表面上は誠実な男だった。知る限り裏で動いていたという事もなかった。それに子供のジョンも……普通の子供だった。アレックスと同じようにね」

「ジョンの名を継いで……奴はおかしくなった……?」

 俺の問いにルーカスは視線を泳がせた。答える言葉を探しているようだった。

「……我々がデスモーグ族の変化を実感したのはつい半年ほど前だ。例の感応制御技術を蘇らせようとしているという情報を掴み、我々はその阻止のために動いた。その渦中にはジョンがいたが……本来傍流であるはずの彼らがなぜそんな重大な作戦の中心にいるのかは分からない。それに、奴らの動きには半年前に気付いたが、技術の研究そのものは恐らく何年も前から……十年以上続いていた可能性もある」

「子供を攫って研究してたって奴か?」

「そうだ。アクィラと同時期に研究所にいたのは七人だったと、潜入していたシャディーンからは報告があった。そして研究所には膨大な資料があり、さらわれた子供は数百人にも達する可能性があるという事だった」

 数百人の子供……嫌なことが頭に浮かぶ。

「……その子供たちは、全員……」

 ルーカスも沈痛な面持ちで頷く。

「そう……みな死んだのだろうな。数百の屍の上に、あの技術は成り立っている。そこまでの事をするなどとは……到底信じられなかったがね」

 アクィラと初めて会った時、アクィラもそんな事を言っていた。何人も死んだと……。家族から引き離され、アクィラのように記憶を失い、ついには命を奪われてしまったのだ。

「それをジョンがやったのか? 昔の技術を見つけて、子供をさらって?」

「かも知れん。何かのきっかけで感応制御装置の技術の情報を手に入れ、それで地位を増したという事かもしれん。しかし、すべて推測に過ぎない」

「……アクィラで終わらせる。こんな馬鹿げたことに、これ以上アクィラや他の子供を付き合わせる気はない」

 怒りがふつふつと湧いてくる。頭に浮かぶのはジョンの野郎の事だが、しかし、奴を殴り倒せば終わりというわけでもなさそうだ。

「これ以上子供を犠牲にはしない……それは無論、我々も同じ考えだ。悲劇を繰り返させるわけにはいかない」

 ルーカスが俺を見つめて言った。こうしてみると、確かにアレックスの面影があるようだった。あいつの父親という事なら……信じてもいいのだろう。

「……一応言っておくが、俺はデスモーグ族と戦いたいわけじゃない。ただ単にアクィラを助けたいだけだ……その為に、あんたらの力を使わせてもらう。デスモーグ族と戦う必要があるなら戦うが、それはあくまでも、ついでだ。お前らの戦いはお前らがケリをつけてくれ」

「それでいい。私も君の力を使わせてもらう。互いの利益の為という事だ」

 ルーカスが笑った。色々な事情を噛みしめた、どこか不敵な笑いに見えた。

「おい、虫狩り! 何をやっている! 武器庫はこっちだ! さっさと来い!」

 遠くからアレクサンドラの声が聞こえた。武器庫の入り口から体を半分出してこちらを見ている。顔は分からないが、かなり苛ついているようだった。

「まったく……何であんなに怒っているんだ? そんなによそ者が嫌いなのか、あんたの娘は?」

 俺がそう言うと、ルーカスは愉快そうに笑った。

「ははは……そうではない……まあ嫉妬のようなものだ。あいつはアレックスを尊敬している……そのアレックスと親しげにしている君が、なんというか、気になるのだろう」

「親しいったってな……別にあいつとの付き合いも数日程度だ。アレックスが本名じゃないなんてのもさっき知ったばかりだぜ」

「それはそうだろうが……さっきもアレックスが笑顔を見せていたからな」

「笑顔?」

 さっきの板での会話で、確かにまあ……あいつは少し笑っていた。だがそれが何だってんだ? 人間笑いもすれば泣きもするだろうに。

「アレックスは年に数度しか笑わない。不愛想というより感覚が……独特なんだ」

「独特って……」

 確かにしゃべっていても、どこか感情のこもらないような、煮え切らないような所はあったような気はする。だがけして冷酷などではなく、ただ単に……そう、独特なのだろう。ちょっと変な奴かも知れないが、悪い奴ではない。

「思い当たるかね? で、あいつは、めったに笑わない兄貴が君に笑いかけていたから、それが気に食わないのさ」

「餓鬼かよ……何でそんなことでツンケンされなきゃいけないんだ?!」

「そこはあの子の未熟なところだ。アレックスというお手本がいたから、悪い意味では依存してしまっている。自分のあるべき姿が見えていない。だが今はアレックスもいないし、あいつにも戦ってもらわなければならない」

「人手不足か……まったく、やってることや持ってる武器はすごいのに、根本的なところでは普通の人間なんだな、おたくらも」

「そうさ。ただの人間だよ。たまたまモーグ族として生まれただけに過ぎない」

「おい、いい加減にしろ! 何をこそこそ話しているんだ、父さんも!」

 アレクサンドラの怒声が広い部屋に響く。これ以上待たせると弩で撃たれそうだった。

「これ以上嫌われないうちに行くぜ。アレックスの話は、帰ったらまた聞かせてくれ」

「ああ。そうだな。無事の帰還を祈る」

 ルーカスの言葉を背中で聞きながらアレクサンドラの方へと歩いていく。奴の白い仮面が俺を睨んでいた。目なんてついていないが、仮面を突き破って俺に噛みついてきそうな勢いだった。

「何をやってるんだ! 急げと言っただろう!」

「ああ、悪い……ちょっと、あんたの親父と話していた……」

「話だと……?」

 アレクサンドラがルーカスの方と俺を交互に見る。

「余計なことを聞かなかっただろうな?」

「余計って……何だ?」

 アレックスの笑顔云々の事か? などと言おうものなら張り倒されそうだった。こいつがどういう反応をするのか興味はあったが、白い鎧の戦士相手に体を張る気はなかった。

「……くそっ! もういい! とにかくこの中に武器と防具がある! 自分で必要な物を揃えろ!」

「ああ、分かった」

 アレクサンドラ越しに中を覗くと、内部は倉庫のようになっていて金網で仕切られ棚がいくつも並んでいるようだった。カドホックの施設で見た倉庫と同じような作りらしい。

「終わったらここで待ってろ。勝手に出歩くなよ! お前を一時的に仲間として認めはするが、完全に信用したわけじゃないんだからな!」

「はいはい、分かってるよ。ここでじっとしてろ、だろ?」

 こいつからの信用を勝ち取るのは至難の業だろう。こいつから尊敬されているアレックスは、俺が思っているよりずっとすごい奴なのかもしれない。

「私は自分の準備をする! 出発は三十分後だ!」

 アレクサンドラは俺を置いて倉庫の奥に進んでいった。俺も中に入りスリング球や防具を探す。

「やれやれ……アクィラ探しがこんな事になるとはな……」

 棚には武器が所狭しと置かれてあり、壁や天井にもつられていた。弓、槍、スリングといったなじみのある武器もあるが、大半はどう使うのかもわからないような武器だった。

 デスモーグ族はこういう武器を使うのだろうか? その戦いはきっと、俺の想像を超えるようなものなのだろう。

 まるで木の枝で軍隊に戦いを挑むような気分だった。しかし、退く気はない。やるだけだ。

 スリング球を一個手に取る。こいつに命を預けて、俺はそれを引き絞るだけだ。

 もうすぐだ。アクィラに手が届く。掴み損ねたその手を、今度こそ引き寄せねば。






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