第十九話 戦友

「最初に言っておく……俺は協力はするが、その目的はあくまでもアクィラを助けることだ。そのついでにデスモーグ族と戦うことになるのならそりゃあ戦うが……率先して戦う気はない。それにアクィラがいるのは森なんだろう? だったら、俺はそっちに行かせてくれ」

 俺の言葉にバリーは黙ってしまった。そして困ったようにサブチーフ、ルーカスを見る。

 ルーカスはバリーの視線に小さく頷き喋り始めた。

「君の意見はもっともだな、ウルクスさん」

「さんは……やめてくれ。ウルクスでいい」

「ふむ、ではウルクス……君が何故アルファ班、虫の鍋に配置されたかだが……君の強みは対機械虫戦闘にある。虫狩りとしての君の知識や機転は、被制御機械虫との戦いでこそ発揮されるだろう。対してベータ班、セティマの森だが、こちらは主にデスモーグ族の捜索と戦闘が主な任務となる。意味が分かるかね……?」

「……ただの虫狩りにはデスモーグ族の相手は荷が重いってことか?」

 俺の答えに、ルーカスは複雑な笑みを浮かべながら続けた。

「デスモーグ族は知っての通り鎧を身に着けている。力は何倍にも増幅され疲労も少ない。そしてなまじな攻撃は受け付けない。そんな連中を広い森の中で探すのだ……生身の君では、単純に走って追いつくことさえ出来ない。それに君用の通信機器はないから連携を取ることも出来ない」

「回り込んだり挟み撃ちにしたりが出来ないってことか」

「そういうことだ。以上のことから、君の戦術的価値を勘案した結果、最適なのは虫の鍋の防衛と判断した」

 たしかにルーカスの言うことは理屈が通っている。機械虫ならまだしも、デスモーグ族の相手をするのは困難だろう。俺にあるのはスリングだけ。今は弓も使えるが、いずれにしろあの鎧に致命傷を与えることは不可能なはずだ。

 それに奴らの移動速度についていけないというのも事実だ。ごく短い距離なら追いかけられるかも知れないが、セティマの森という広大な森の中を、しかも足場の悪い中で、奴らを追い続けることは俺には出来ないだろう。

 俺にも鎧をくれ。

 そう言いたい所だったが、それは無理な話だ。こうやって俺が仲間に入れてもらえるのは、ひとえにアレックスの口添えがあればこそだ。ここで俺がごねるとあいつの顔に泥を塗ることにもなりかねない。

 だが……アクィラがいる可能性が高いとわかっているのに、別の場所で虫相手にドンパチやってるなんざ何をしに来たのか分からない。体よく使われているだけのような気もしてきた。

「不満そうだな」

 ルーカスが柔和な表情を崩さないまま言った。

「理屈は分かるが……」

 とても納得はできなかった。足手まといになるのは分かるが……なにか方法がないものか。

「ふむ……ではこう考えてみてくれ。この二つの作戦は地理的には離れているが、一体不可分のものなんだ。虫の鍋は当然防衛する。しかし被制御機械虫と共にセティマの森に潜んでいるデスモーグ族までが全員攻めてきたとなると、応戦するアルファ班の負担が大きい。恐らく火の切っ先アトゥマイ氏族も独自に戦ってくれるだろうが、彼らにしても同様に負担が大きくなる。だから、デスモーグ族の戦力は森に釘付けにしておきたい。そのためにベータ班、二班体制だ」

「……それが俺に何の関係が?」

「どちらも負けられないんだよ。並行作戦だ。禁忌技術保持者の少女を確保する。そして虫の鍋を守る。どちらも成功させなければならない。そして君の真価は虫の鍋防衛で発揮される……だからアルファ班だ」

「……理屈だな」

「そうだな。戦術的な観点からの判断だ。だから君の思いとは逆かもしれないが……我々を信頼してくれ」

 どこまでいってもただの理屈だったが、なるほど、これはそういう戦いらしい。

 俺たち虫狩りも十人や二十人の集団で機械虫を狩る事がある。大量発生したカメムシだとかオサムシの駆除をやる場合。そして非常に危険な、スタッグやビートルなどの駆除をする場合だ。

 スタッグ達を安全に狩るには綿密な計画が必要だ。俺は三ヶ月前の戦いでサーベルスタッグを倒しこそしたが、あれは狩りじゃない。運が良かっただけで、二度同じことは出来ないだろう。

 だが虫狩りは同じことを何度もやらねばならない。誰も死なせず、機械虫を速やかに倒す。そのために知識と技術を用いるのだ。

 そういう狩りの中ではそれぞれが勢子であったり罠の細工の準備であったり裏方になる者もいる。誰だって、どうせなら派手に自分の弓で仕留めたいが、それをやるのは一番腕の立つものや、あるいは足が速かったり、夜目の効くような奴であったりする。だがそいつらだけで狩りはできない。協力しなければ人は機械虫に勝つことは出来ない。

 誰もが役目を持ち、全員でその役目を果たす。その結果として機械虫を倒すのだ。誰が上も下もない。誰が欠けても成り立たない。ルーカスが言っているのは、そういうことなのだろう。

 戦術的な観点……ルーカスの頭の中は分からんが、ここは従うしかなさそうだ。

「分かったよ……アルファが負けたらベータの意味もなくなる……そういう事だな?」

「そうだ」

「遠回りのようだが、それがアクィラの為と言うなら……従おう。アルファ班でいい。悪いな、話の腰を折って」

「構わんさ。納得していない状態で作戦に参加されても困る。気になることがあれば言ってくれ。ではバリー、説明の続きを」

「はい。アルファ班はデスモーグ族の攻撃に先んじて虫の鍋の入り口に移動し、そこでデスモーグ族を迎え撃ちます」

 バリーが棒で地図を指す。虫の鍋と描かれた四角い記号があり、その隣に青い点がつく。どうやら天井の機械から光を映しているらしい。

「虫の鍋内部への進入孔は見つかっていないため、入り口での応戦となります。退路がない為非常に危険な戦いとなりますが、ここで食い止めます」

 退路がない? そう言われ俺はぞっとした。恐らく虫の鍋はどこかの洞窟の奥にあるんだろうが……入り口は金属の扉で塞がれているのだろう。そして俺たちはそのどん詰まりで戦うということか。まるで決死隊だ。これは洒落にならないな。

「ベータ班はセティマの森へ進行し、不審な電波の発生地点を中心に森全体を捜索。禁忌技術保持者の確保とともにデスモーグ族の掃討を行います。森の直径は約四タルターフ七.二キロ、ドローンでセンシングしつつ連携を取りながら全体を徹底的に捜索します」

 バリーが森を指すと無数の小さい黄色い点が重なる。それがドローンか。前の戦いで聞いた覚えがある……あの研究施設を止める信号か何かを出した奴だ。飛び回る小さな機械のことのようだ。

「デスモーグ族の次の侵攻、本命の攻撃がいつ始まるかは不明です。恐らくセティマの森に生息する機械虫を操り送り込んでくるため、侵攻が始まれば視認できるはずです。その情報をボルケーノ族にも伝え、彼らにも戦闘の準備を進めてもらいます」

「誰が伝えるんだ? お前らとあいつらは……仲が悪いんだろ?」

 俺はついさっきのザルカンの様子を思い出した。仲が悪いどころか完全に切れて殺しにかかっていた……。ザルカンは聖戦士としての使命もあるのだろうが……モーグ族に好意的なボルケーノ族はいないのではないだろうか。

「その心配はない。ボルケーノ族とは独自にパイプがある。情報は伝えられる」

「パイプ? どっかに……繋がってんのか?」

 俺は周囲を見る。どこかにパイプがあってそれが地中を通って集落まで続いているのだろうか? そこに話しかければ聞こえるとか?

「パイプとは……比喩だ。君の言うところの通信だよ」

「なるほど、ツーシンか。遠くまで話せるやつか」

「そうだ。我々と彼らの関係は、確かに一部では険悪を超えて最悪の状態ではあるが、それはそれとしてちゃんと情報共有する手段は残っている。我らも彼らも、虫の鍋を守るという点では志は同じだからな」

 ルーカスがバリーに目配せをし、バリーが説明を続ける。

「アルファ班はアレクサンドラ、ナイジェル、デンバー、そしてウルクス。ベータ班は私、ノエル、ブロンソン。ベータ班はこれより出発の準備に入る。アルファ班は引き続きサブチーフからの説明を。では、我々は先に出ます。ご武運を」

 バリーがアレクサンドラを見、そして俺を見た。

「ああ、あんたらもな」

 バリーは頷き、後の二人も一緒に別の部屋へと歩いていった。

「さて、アルファ班だが……」

 バリーの持っていた金属の棒を持ち、ルーカスが説明を続ける。

「過去の調査でカイディーニ山には十七の侵入孔があることが分かっている。どれも人為的に作られたもので、虫の鍋建造当時……数百年以上前に一緒に造られたものと思われる。そしてそのうちの十二本については途中で崩落し通ることができないことが分かっている。残る五本についてはアトゥマイ氏族の目があるため詳細な調査が行なえていない。しかし探索機械による調査では、この侵入口が一番可能性が高い」

 ルーカスが金属の棒で指し示す。山の中腹、アトゥマイ氏族の集落に近いようだ。確かに迂闊に近付けばあいつらに気付かれる可能性がありそうだ。

「現時点ではアトゥマイ氏族達は殺気立っているだろうが、その注意は機械虫達が襲ってきた山の下方向に向いているはずだ。その分周辺への注意は通常よりも低いことが期待される」

「その隙に忍び込むってわけか? 博打だな」

「博打とまでは思わないが、確かに不確実性は大きい。最悪の場合は見回りの戦士を気絶させるしかないな」

「その進入孔ってのは、中はどうなってるんだ? 機械虫がいたりはしないのか? 門番のような……?」

「その可能性はない。他の侵入孔でもそのようなことはなかった」

「じゃ、あとは用意して忍び込むだけか?」

「そうだな。ベータ班は直に出発するだろう。君たちもなるべく早く準備して出発してくれ」

「というわけだ、虫狩り」

 今まで黙っていたアレクサンドラが居丈高に言う。

「準備できていないのはお前だけだ。装備を貸してやるから、準備をさっさと整えろ」

「装備ね。白い鎧はないんだろ?」

「あっても貸すわけ無いだろ?! これは貴重なんだ。素人に貸して壊されでもしたら大変なことになる。もう新しい鎧を作る技術はないんだからな」

「だが、君に貸せるものが一つある」

 ルーカスはそう言い、壁際にあった金属の箱を机の上に置いた。複雑な錠を開けて蓋を開くと、中には白い手袋があった。

「見覚えがあるかね?」

「こいつはひょっとして……前に使った手袋か?!」

 三ヶ月前に使った手袋のようだった。こいつらの白い鎧とは少し形が違うが、その性能は同程度らしい。強靭で刃物や矢による攻撃を防ぎ、体の痛みと引き換えに力を一時的に強くする効果もある。

「使いたまえ。アレックスからの許可はおりている」

「そいつは……ありがたい。これがあれば百人力だ」

 脳裏にアレックスの顔が浮かぶ。持つべきものは友だと思った。






※誤字等があればこちらにお願いします。

https://kakuyomu.jp/users/ulbak/news/16816700429113349256

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