第十八話 血縁
「君と話したい気持ちはあるが、既に状況は進行している。アレクサンドラ達と一緒に虫の鍋に向かってくれ。もし虫の鍋がデスモーグ族の管理下に置かれれば、もう一度この世界が滅びるかも知れない。作戦の詳細はルーカスが説明する」
「ルーカス? 誰だ?」
「私だ、サブチーフのルーカス」
机の脇に立っていたゴーグルの男が答えた。つまりこいつがアレックスの次に偉いというわけか。確かに結構な歳のようだから、戦うよりここで指揮を執っていた方が向いていそうではある。
「では通信を切る。アクィラの無事と君の健闘を祈る」
「ああ、お前もな」
そしてアレックスの姿は消え、板は元の黒い状態に戻った。
「アレックスからの説明の通り、我々は君を支援する」
ルーカスは俺の方を向いて話し始めた。
「もう一度確認するが、我々と共に戦ってくれるという理解でいいかな? 不安があるのなら強制はしない」
不安か。不安なら消えない……この三か月、ずっと味わってきた。そいつを消すためにここに来たのだ。
「……俺はアクィラを助けたい。その為に必要なら、あんたらに協力でも何でもするさ。危険なことは分かっているが……それは覚悟している」
「ふむ……我々も本来なら一般人に協力依頼などしないが……君は放っておいても我々の戦いに関わってしまった。このまま介入し続けるのなら、むしろ我々と一緒の方が安全だろう」
「だろうな。俺も白い鎧に囲まれている方が安心だ」
まだお前らを完全に信用したわけじゃないけどな。という言葉は飲み込んだ。アレックスの部下たちであるのなら信用していいのだろうが、こいつらとボルケーノ族の確執やザルカンとの会話を聞く限り、こいつらは少々うさんくさい。秘密主義が過ぎるとでも言おうか……どこかよそよそしい感じがある。
といってもここにいる連中とは初対面なのだ。せいぜい信頼しあえるように振る舞うしかなさそうだ。
「では……改めて紹介しよう」
そう言い、ルーカスが俺を腕で指し示す。俺が後ろを向くと、いつの間にか白い鎧の連中の数が増えていた。さっきは三人だったはずだが、更に三人増えて六人が並んでいる。みんな同じ鎧で区別がつかない。差があるとすれば体つきや身長だが、こいつらは一体どうやって仲間を見分けているのだろうか。
「諸君、彼があの虫狩りのウルクスさんだ」
「……ウルクスだ。よろしく頼む」
俺がそう言っても鎧の連中からは何の反応もなかった。不愛想な連中だ。仮面さえ外しやがらない。だが俺の顔にも愛想はなかったろうから、お互い様というものだ。
「そして我々だが、まず私はサブチーフのルーカスだ。ここの部隊の長、チーフはアレックスで、私は彼を補佐する立場にある」
「アレックスは若く見えるが……一番偉い奴だったんだな」
「ああ、今はそうだ。三か月前の時点、君と一緒に戦った時はチーフが私で、彼、今のアレックスはチーフ代行だった。だが私は戦闘で傷を負って戦えなくなってね……それでサブチーフになり、アレックスが空席となったチーフに収まった。立場が入れ替わった」
「……そう言えばあの時、そんな事を言ってたな。仲間が怪我をして合流できなくなったとか。それはあんたの事だったのか?」
「ああ、多分アレックスが言っていた怪我人のうちの一人が私だ。そしてシャーロット……」
ルーカスが一人のモーグ族を腕で指し示す。隊長と言われていた女だ。
「シャーロットは私の娘、アレックスの妹だが、彼女がチーフ代行となり、同時に空席となっていたアレクサンドラを襲名した。通常はアレクサンドラという呼称を使用してくれ」
「襲名? 名前を継いだってことか?」
ルーカスが親父で、アレックスとアレクサンドラが子供? 随分所帯じみている。他の奴らもひょっとしてそうなのか?
「名前は重要でね。旧世界の技術を扱う上で、特定の名前が鍵となっているものがいくつかあるんだ。それがアレックスであり、アレクサンドラだ。今いるこの施設はその二つの名前のどちらかでしか起動できない。だからチーフとなるものは代々アレックスやアレクサンドラの名前を引き継ぎ、施設の管理者となっている」
「じゃあ本当の名前は別なのか? そいつは……シャーロット? 他の奴らもあんたの子供なのか?」
女のモーグ族を見ると、仮面越しだが何となく睨まれているような気がした。
「そうだ。シャーロットが本当の名前だが、登録上はアレクサンドラに書き換えている。アレックスも本当の名前はウィリアムだ。他に私の子供はいないよ」
「アレックスはウィリアム……? アレックスじゃなかったのか……」
「氏族とでも言えばいいのかな。我々はアレックス氏族で、その長がアレックスの名を継ぐ」
「なるほど……とにかくその方が都合がいいって事なんだな……」
「そうだ。それで他の者だが、君から見て左から……」
ルーカスは指し示しながら名前を呼んでいく。
「バリー、ナイジェル、アレクサンドラ、ノエル、デンバー、ブロンソンだ」
「……みんな一緒に見えるぜ。どうやって見分けているんだ?」
「ああ、確かにパッと見ただけでは分からないだろうな。私は慣れているから大体分かるが……鎧の中には個人を識別する機能があるんだ。それで判別することができる」
「ふうん。そんなことも出来るのか」
だからこいつらは始終仮面をかぶっているのかも知れなかった。
ルーカスは並んでいるモーグ族たちの方を向き、言葉を続けた。モーグ族たちは姿勢を正す。
「皆も知っているだろうが、彼は三か月前の戦いにも例外的に参加していた。顎虫、スズメバチ、ビートルにサーベルスタッグ。それらとの戦闘で高い能力を示し我々の窮地を救った。その実績も鑑み、極めて異例ではあるが、今回の任務にも彼に参加してもらう。一族以外の者との共同作戦は歴史上なかったわけではないが、我々にとっては初めての事だ。しかし、目的は彼と共通している。少女アクィラの奪還。彼女もまた、禁忌技術の被害者だ。速やかに彼女をデスモーグ族から助け出し、平穏な生活に戻れるようにしなければならない」
ルーカスは俺を見て言った。
「では任務の詳細について説明しよう」
モーグ族の一人が列を離れ、壁際の棚から四角いものを持ってきた。またさっきのような光る板かと思ったが、それは折り畳んだ紙のようだった。机の上に置いて広げると、せいぜい
「でかくなる紙? これも旧世界の技術か?」
ルーカスに聞くと、少し考えてから答えた。
「……一応そうだな。しかし君たちにも再現可能な技術だ。折り方が特殊でね。端を引っ張るだけで全体が連動して動くんだ。さて……」
ルーカスは広げられた紙の折り目を手でしごいて均す。紙に描かれているのは地図のようだった。恐らくラカンドゥの地図だ。どでかいカイディーニ山が端にあり、いくつかの町が記されている。
「バリー、説明を」
「分かりました」
この地図を持ってきたモーグ族が答え、持っていた金属の細い棒を長く伸ばす。こいつがバリーらしいが、ちょっと目を離したらまた誰が誰だかわからなくなりそうだった。
バリーは棒で地図の森の部分を指して説明を始めた。
「現時点でデスモーグ族の拠点の位置は判明していませんが、奇妙な信号がここ、セティマの森から発信されていることが分かっています。恐らくこの森に隠れ潜んでいると考えられます。そして現在も戦闘が続いていますが……」
セティマの森と言えば、最初に目指そうとしていた場所だ。ラカンドゥでも一番大きな森。そこを目指したのは全く的外れという事はなかったようだ。
バリーは説明しながら棒を南に動かしカイディーニ山を指す。
「森から
「アトゥマイの連中は無事なのか? まさかやられて終わりってことじゃないよな?」
俺の質問に、バリーは俺を一瞥してから答える。
「アトゥマイ、クーリン両氏族とも小さな被害で済んでいるようです。負傷者は多数、死者も数名いるようですが、氏族の存続に関わる程の被害ではないでしょう」
「そうか……良かった」
濡れ衣でとっ捕まって牢に入れられたとはいえ、恨みがある訳ではない。それにザルカンの身内だ。死んだ奴は気の毒だが、大した被害でなかったのなら幸いだ。
「続けます。デスモーグ族は既に
ボルケーノ族が全滅? 穏やかな話じゃないな。確かザルカンがアトゥマイ氏族の集落は一五〇〇人位と言っていた。血の気が多そうだから半分くらいは戦士と考えて七五〇人。機械虫が相手でもある程度は凌げそうな人数だ。他の集落にもそれなりに戦士がいるはずだ。小さな軍隊くらいの人数にはなる。
しかし……アクィラの装置で操られた機械虫は危険な武器を使う。それを考えると何が起きるか分からない。バリーが言うように全滅の可能性さえありそうだった。
「虫の鍋への機械虫の到達、デスモーグ族の侵入を防ぐために我々は二つの班に分かれます。アルファ班は虫の鍋に潜入し内部からデスモーグ族を迎え撃ちます。ベータ班はセティマの森に向かいデスモーグ族を捜索し、禁忌技術保持者を奪還します」
バリーが地図から視線を上げ、俺を見た。
「ウルクスさん。あなたはアルファ班です。虫の鍋に我々とともに潜入し、デスモーグ族と戦ってもらいます」
「何だと?! 森の方じゃないのか?」
禁忌技術……要するにアクィラは森の方にいる可能性が高い。だとすれば俺が行くのは森の方だ。何故俺が虫の鍋に? どういうつもりだ?
※誤字等があればこちらにお願いします。
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