第十七話 遥けき場所から
「本物か……アレックス? お前なんだな?」
俺は板に映ったアレックスに向かって話しかける。何とも奇妙な気分だったが、板の中のアレックスから答えが返ってくる。
「本物だ。録画したものでもなく、今この瞬間に私が話している。場所は……言わないでおこう。任務中だからな」
「へっ、またデスモーグ族の尻拭いか」
「そんな所だ。いつまでも終わらない」
アレックスはいつもの無表情でそう答えた。不愛想にも見えるが、この感じがアレックスだったと思い出し懐かしい気持ちになる。笑ったところを見たのは数えるほどもなかったはずだ。
「で……お前が……族長? そう聞いたが、そのお前が俺に何の用だ? まさか、帰れ、じゃねえよな? いくらお前の言う事でも、そいつは聞けねえぜ」
アレックスが答えようとすると、後ろからあの女の声が飛んできた。
「貴様、何だその話し方は! 礼儀をわきまえろ! アレックスはチーフ……本来ならお前のような男が会えるような立場の人間ではない!」
俺は振り返って答える。
「……つっても、前に会った時は、別にアレックスからは何も言われなかったぜ? オリバーってのもいたが……俺は二人と普通に話していた。いまさら礼儀だのなんだと言われてもな……」
「うるさい! そもそもそれが間違いなんだ! あの時ももう少し時間があれば私だって――」
「構わん、アレクサンドラ」
女、アレクサンドラの言葉を遮りアレックスが言った。静かな声音だが、有無を言わせない口調だった。この二人の間にはそういう関係があるらしい。
「彼、ウルクスは特別だ。彼の言うように今更チーフという肩書を持ち出すような事は意味がない。彼についてはモーグ族の同胞と同じように扱え。分かったか、アレクサンドラ」
「……分かり、ました……!」
不満に満ちたような声でアレクサンドラが答えた。今にも歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほどだった。
「すまない、話が逸れた。それで君に連絡をした目的だが……もう聞いたかもしれないが、今回も君に協力を頼みたい」
「さっき聞いたぜ。勝手に動かれるくらいなら一緒に動いた方がましって事か?」
「有体に言えばそうだ。本当なら君には国に戻って欲しいが……それが出来ないから君はここにいる。だから言っても無駄だろう」
「ああ、そうだ。悪いが……待つのはもう御免だ。アクィラの行方が完全に分からないのならともかく、この近辺にいるってんなら尚の事だ。それを放って帰ることはできない」
「だろうな。放っておいても君はアクィラを追いデスモーグ族に近づくことになる。君一人では危険すぎる。デスモーグ族も君のことは知っているから、事態がどう展開するか分からない。不確定要素は消しておきたい」
「そうか。こっちも実は、お前たちに会いたいと思ってたんだ。アクィラが見つかっていなくても、何か知っているんじゃないかとな。願ったりかなったりだ」
「そうか。だが言っておくが……今回の戦いは前回より危険なものとなるだろう。デスモーグ族は感応制御装置の解析を進め、あの時よりも高い精度で技術を再現している。機能を解放された機械虫との戦い……そして投入されるデスモーグ族の戦士達もかなり多いようだ」
デスモーグ族の戦士……数が多いと聞いて、俺は前の戦いの事を思い出した。森の中で死んだ……俺達が殺した少年兵の事を。そいつは出来損ないの鎧を着せられ、ジョンの命令で戦っていた。
「また子供が戦場に駆り出されているのか?」
「恐らくな。練度は低いが、鎧をつけたものが多いことはそれだけで脅威だ」
「機械虫も厄介。デスモーグ族も危険……なるほどな。確かに前の時よりやばそうだな」
「協力を依頼はするが、全ては君の意思による。退くことも大事なことだ。我々は君を可能な限り守るが、いよいよとなれば君自身で何とかしてもらう必要がある。生憎と君のための鎧はないから、君は生身で戦場に放り出されることになる」
三か月前の戦いを思い出す。ストライカーと呼ばれる武器や、銃という武器。他にも旧世界の技術はあるのだろう。アレックスが言っていた、もっと惨い武器が。それに機械虫にも、俺達虫狩りさえ知らないような奇妙で危険な武器が眠っている。
「機械虫相手なら君は戦えるだろう。しかし、人間が、デスモーグ族が相手となれば話は別だ。ここで退くことも考えの一つだ。君がデスモーグ族のことを、旧世界の技術を甘く見ているのならここで引き返せ。あるいはその施設で待つんだ。我々が事態を収拾するまでな」
俺は即答できなかった。
当然、戦うつもりだった。一人でも、あのデスモーグ族が相手でも。だが結局、俺は前の戦いでも人を殺すことはできなかった。その機会はあったし、そうした方が戦いは楽になったはずだ。だが俺が殺したのは機械虫だけだ。
それに、アレックスの言うように俺は奴らの事を甘く見ているのかもしれない。前回は何とかなった。アレックスとオリバーがいてくれたおかげだ。今回も一人ではないが、戦いが激しくなれば生身の俺は足手まといにしかならないだろう。
今回も何とかなる。それは危険な予断だ。前以上に危険な武器や技術が出てくるのなら、俺は大人しくすっこんでいた方がいいのかも知れない。
だが、それでも――。
「俺も行かせてくれ、アレックス……」
自分に言い聞かせるように、俺は言葉を続けた。
「あいつを故郷に帰すと約束した……その事だけに拘るわけじゃないが……俺達には責任がある。あいつを助けてやれなかった事にな。それを清算したい」
「清算か……そうか。ならば何も言うまい。危険な戦いになるだろう。私は参加できないが……そこにいる者たちが君に力を貸してくれる。協力してデスモーグ族の目的を阻んでくれ。そして、アクィラを助け出してほしい。今度こそ、君の手で……」
あの最後の時、俺はアクィラに声をかける事さえできなかった。ようやく見つけたのに、見た目はアクィラでも、その頭の中身は別の誰かにとってかわられていた。
別の人間の名を名乗り、俺には理解のできない事を喋り、そして施設を破壊した。何も守ることはできなかった。助けるどころか、あいつはどこかに消えてしまっていた。今もあいつのことを探し続けているが、それは体だけで、本当のアクィラはもうどこにもいないのかもしれない。
そうかも知れないと思いながら、俺は何度も否定した。
きっとまだ、あいつのことを助けられるはずだ。それは根拠のない楽観的な妄想かも知れないが、とにかく俺達はやらなければならないんだ。これ以上あいつを犠牲にしてはいけない。モーグ族とデスモーグ族の戦いに、そして下らない大人たちの野心などに。あいつを救わなければならない。研究所で死んでいったという他の子どもたちの為にも……。
「俺達の手で……あいつを助けよう。俺もやるぜ」
俺がそう言うと、アレックスはかすかに微笑んだように見えた。
「彼女の人格の事だが……アクィラの脳には旧世界の技術が送り込まれ、それと一緒に旧世界の技術者の人格データまでが読み込まれ上書きされたのだと考えられる。アクィラの人格はまだ残っているはずだ。強い刺激……親しい者の呼びかけでならアクィラの人格を取り戻せるかもしれない。その点においても、君の存在が必要だ」
「親しい者って……俺とあいつは高々数時間の付き合いだぜ?」
シャディーンから託された奇妙な金属の筒にあいつは入っていた。そこから出てあいつが目覚め、アレックスと会い、そして奪われた。一緒にいたのはその間の半日程度の時間だけだ。
「それでも、記憶のない彼女にとっては割合は高い方だろう。シャディーンとタナーンがいれば彼らにも頼んだが、死んだから不可能だ。私も会ってはいるが、それこそ数十分の付き合いだ。君が一番の適任だ。それに、君によく懐いていただろう?」
「俺になのか、俺の持っている食い物にかはよく分らんがな……」
「そうだな。パンも持っていくといい」
「ブドウのパンをな」
言いながら俺が笑うと、アレックスも笑った。
「装備はその施設のものを使うといい。白い鎧はないが、身を守るための防具はいくつかある。スリングの球も持っていくといい。アレクサンドラ、後は頼むぞ」
アレックスの言葉に、アレクサンドラは前に出て答える。
「本気なの……兄さん? こんな虫狩りを仲間に入れるなんて? 危険すぎるし、足手まといになる」
俺を前にしてはっきりと足手まといとは……実際その可能性は大きいが、しかし礼儀知らずなのはこいつの方なんじゃないのか。
「機械虫が相手であれば彼は優秀な戦士だ。サーベルスタッグさえ一本の矢で倒す。しかし、確かに対人戦闘では危険があるだろうな。だがそれは彼も承知の事だ。彼は戦力として役に立つはずだ。我々にはない知識と技術を持っている」
「でも……」
「これは決定事項だ。戦力が足りないことは事実だ。今は一人でも多い方がいい。私もそちらに戻りたいが、そうもいかない……彼のことも含め、お前に任せるしかない」
「……分かった……分かりました、チーフ」
納得はしていない様子だったが、アレクサンドラは後ろに下がる。
「なあ、アレックス。場所は言えないと言ったが、もしかしてものすごく遠くにいるのか?」
三か月前の戦いの時も、南方の敵とか、北方の仲間とか言っていた。今考えれば南方とはこのラカンドゥの事かもしれない。モーグ族は国をまたいで戦っているらしい。今もアレックスは、またどこか別の国にいるのかも知れなかった。
「遠い場所だ。
「五百……タバーヌの先……ハベスか?」
アレックスは俺の質問に答えず黙っていたが、やがて困ったように微笑んだ。
「……沈黙もまた答えだな。それ以上は何も言わないでおこう。君は君の戦いに専念しろ」
「ああ。言われるまでもない……お前も頑張れよ。今度は何を探しているのか知らんが」
板の画像ごしにアレックスと目が合う。不思議な気分だった。奴は遠くにいるが、不思議と近くに感じられる。それはこの技術のせいだけではないらしかった。
※誤字等があればこちらにお願いします。
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