第十六話 再会
「ついさっきまで帰れと言っていた……今度はどういうつもりだ?」
アレックスの知り合いではあるようだが、このモーグ族たちは何だか胡散臭い。言っていることも物腰も、とても信じる気持ちにはなれなかった。
「方針が決まった。お前は作戦の邪魔になると考えていたが……チーフの命令が下った。お前を我らの施設に招き、アクィラの捜索に協力しろとのことだ」
「チーフ……偉いやつってことか。協力してくれるのはありがたいが……俺はそもそも、向こうの戦場にアクィラがいないという話自体、納得はしていないんだぜ。お前たちに言われただけで信じられるもんか」
「……ナイジェル。端末を」
「はい、隊長」
俺の後ろにいたモーグ族の一人が女のモーグ族に駆け寄る。この女は隊長と呼ばれているが、女の方が立場が上とは。モーグ族は変わっている。しかし女の村長とかもいないわけではないが、軍隊のようなモーグ族で女が隊長を務めているというのは意外だった。白い鎧を身につければ身体的な能力差はあまり関係なくなるのだろうか。
呼ばれたモーグ族は背中にでかいリュックを背負っていた。リュックを担いだまま後ろ手に、リュックの脇から四角い板を取り出す。それを本のように開き何らかの操作をし、女のモーグ族に渡した。
「これは十二分前の画像だ」
そう言い、女のモーグ族は板を俺に向ける。それには鮮やかな絵が映っていた。機械虫とその背後の黒い鎧の連中、デスモーグ族が確認できる。絵というより見た目そのままのようなものだった。これもツーシンだとかの技術の一部なのだろう。
「戦場を確認したが、来ているのは下っ端のデスモーグ族だけだ。装置保持者はいないし、ジョンもいない。この攻撃は本命ではない。装置保持者は別の所で待機しているはずだ」
こいつらの言うことを鵜呑みにする気はなかったが、この板に映っているものは本物なのだろう。偽物の絵を見せてまで俺を騙す理由は無いはずだし、そんな小細工をしている時間もなかっただろう。だとすると、こいつらの言うように今はまだ、アクィラはここには来ていないということか。
「……本命ではないってのは、どういう事だ?」
俺が聞くと、女のモーグ族は答えずに黙っていた。俺にどこまで喋っていいものか考えているようだったが、やがて話し始めた。
「デスモーグ族が虫の鍋に侵入し何かを実行しようとしていることは分かっている。恐らく、感応制御装置により虫の鍋の機能自体を操るつもりなのだろう。そうなればこの一帯だけでなく、ラカンドゥ国自体が壊滅的な被害を受ける可能性がある。そしていずれはほかの国もな。本命とは、虫の鍋を奪取するための侵攻作戦だ。もっと大規模に襲撃をしてくるだろう。ボルケーノ族でも、我らでも手に負えないほどの軍勢でな」
虫の鍋自体を操る? 言っている意味がよくわからないが、好き勝手に虫を生み出せるという事か。そんな罰当たりなことを……しかし、デスモーグ族にとってはただの技術なのだろう。俺達の信仰など無意味だ。
「アクィラはその本命の作戦の時に、一緒に来るのか?」
「そうだろうな。装置がなければ虫の鍋を制御することは出来ない。その本命の攻撃の時までは、安全な場所に隠れているはずだ」
「それで……俺に協力してくれるっていうのは、どういう事なんだ? どういう風の吹き回しだ」
「……装置保持者……アクィラという少女を現時点まで確保できなかったのは我々の落ち度だ。そして、事情の一端を知るお前を放っておけば何をしでかすか分からない。うっかりデスモーグ族に接触されて無用な警戒を生む危険性もある。だからいっそ、我々と協力するという形で、少女の奪還とデスモーグ族の作戦阻止を行ってもらう」
「そう言えば、ここに来る途中で刺客に襲われたぜ。デスモーグ族が賞金を懸けているとか言っていた……」
「刺客か……その情報は知らなかったが……ならば尚のこと、お前には我々と行動を共にしてもらった方がいいだろう。お前一人でこれ以上できることはない」
「……随分と虫のいい話だな。手を貸せ……だと? 弩を向けた連中にはいそうですかと従うと思うか?」
「あの時点とは状況が変わった。私自身も納得はしていないが……こちらも命令で動いている。お前の取れる道は二つだ。一つは我々に協力すること。二つ目はこのままタバーヌに帰ることだ。我々と協力せずに単独で装置保持者を探すことは許可しない。その場合は……事態が収拾するまでお前を拘束する。勝手に動かれては困るからな」
女のモーグ族からは強い敵意を感じた。殺意……ではないが、俺を傷つけても構わないというような意思だ。こいつはずいぶんと喧嘩腰だが、この山に住んでいるとみんな気が短くなるのか? 頼むというなら、それなりの言い方があるだろうに。
「勝手なことを言う奴らだ。ボルケーノ族が、お前らをどこか嫌っている様子なのが何故だかよく分かったよ……」
協力すれば得はある。俺一人で動くより、こいつらモーグ族の技術があれば何かと便利なはずだ。信号だの何だのでアクィラを見つけることが出来るのだから。
問題なのは、こいつらがいまいち信用できないということだ。それは致命的な問題だ。このまま大人しくついていって、約束を反故にされて監禁されるのでは意味がない。さっきのアトゥマイ氏族の所で捕まったときはザルカンの助けがあったが、今度は期待できない。
一人で勝手に動けないとなると、ここは一旦協力すると答えるしかなさそうだ。やばそうなら……逃げる。もっとも、こいつらの白い鎧相手に逃げおおせる自信はないが。
「いいだろう。お前らと組めば、アクィラ探しに協力してくれるわけか」
「そうだ。装置保持者の確保は、そのまま奴らの作戦の阻止にもつながる。お前の協力が不可欠というわけではないが……前回の戦いでの実績があるからな。それが評価されている。対機械虫戦の熟練兵としてな」
この女のモーグ族自身は納得していないようだが、組織としては俺に協力してくれるらしい。だというのなら、ひとまず拒む理由はないだろう。
「なら、分かった。協力する。ここにアクィラが来ていないというのなら、無理に向こうの戦場に行く必要もない。施設か研究所か知らないが、どこにでも連れて行ってくれ。ここにいたって時間の無駄だ」
「いいだろう。デンバー、機密保持だ」
女のモーグ族がそう言うと、俺の後ろのモーグ族が近寄ってきて俺に白い袋を手渡す。
「……何だ? くれるのか」
「違う。頭に被れ。施設の位置をお前に教えるわけにはいかない」
「何だよ。協力するって割には信用されていないんだな」
白い頑丈そうな厚手の布で出来た袋だった。しなやかだが強靭そうだった。こういうもの一つとってみても、こいつらの技術は俺達の想像を超えていることが分かる。
「信用の問題ではない。お前が知っていれば、万一デスモーグ族に捕まったときに位置が露見する可能性がある。お前も無駄に拷問は受けたくないだろう」
「……なるほどな。そもそも知っていなければ、答えられる道理はないってことか。分かったよ」
俺は大人しく袋をかぶる。素材は普通の布ではなくもっとツルツルしたもので金属のような光沢があったが、感触は柔らかい。かぶると繊維の目もなく完全に外が見えなくなっていた。
「ついてこい。足元に気をつけろ」
「へいへい」
こんな荒れた岩場を目隠しで歩く羽目になるとは思わなかった。俺は足元を確認しながら前に進んでいく。
時折モーグ族たちから足元の出っ張りやとび出た岩なんかの注意があり、俺はその都度手や足で探りながら進んでいく。岩のこぶも乗り越え、何度か転びそうになりながらも、十五分ほど歩いた。段々と地形が緩やかになってきたのを感じる。そこでモーグ族は足を止めた。
「着いたのか?」
「着いた。だがまだ袋は取るなよ。もう少し先だ」
「ああ、分かった」
モーグ族に続いて進んでいくと、急に暗くなり周りの空気もいくらか冷たくなった。洞窟のような場所に入ったらしい。
少し進むと止まり、ピーピーと小さな音が聞こえた。恐らくグローブを操作しているのだろう。ここもカドホックで見た施設のように、岩の下などに出入り口が隠されているようだった。
少しすると低い唸りが聞こえ、金属の軋む音が聞こえた。そして前の方から光が差すのが分かった。入口が開いたらしい。
モーグ族たちが中にはいり、俺もそれに続く。袋を早く取りたかったが、まだ取っていいとは言われていなかったのでそのまま被っている。一体こいつらはどんな場所に住んでいるのだろうか。
真っすぐ進み、曲がり、二度ほどドアを通ってどこかの部屋に出たようだった。音の響きが違う。通路ではなく広い部屋のようだ。
「もう外していいぞ」
女のモーグ族にそう言われ、俺は被っていた袋を外した。光に目が眩む。見えたのは一面真っ白な光景だった。かなり広い……
「サブチーフ、虫狩りのウルクスを連れてきました」
「ああ、ご苦労だった。こちらへどうぞ、ウルクスさん」
サブチーフと呼ばれた男は手で机を指す。俺はモーグ族を見るが、顎で机の方を示され、恐る恐る歩いていく。
ここまで来て不意打ちで後ろから襲われることはないだろう。だが全く想像もできないような場所というのは不安になるものだ。この床板や照明一つとっても、どうやって作ったのか相変わらず分からない。木でも鉄でもないし、照明だって細く四角い部分が真っ白に光っている。炎ではない。虫の発光機にも似ているが、青い色ではない。何がどうなっているのかさっぱりだ。
俺はサブチーフと呼ばれた男まで
「あんたがここのモーグ族の一番偉い奴ってことか。サブチーフ?」
サブチーフは俺の言葉に微笑み、答えた。
「一番ではない。二番目だ。君にわかりやすく言うなら、副族長だな」
「副族長ね……じゃあ一番は別のところにいるって言うことか」
そう言うとサブチーフは微笑みを崩さずに続けた。サブチーフは何かを面白がっているようだった。
「そうだ。君もよく知っている男だよ。アレックスが我々のチーフ……族長だ」
男の言葉に、俺は思わず大声を出してしまう。
「何だって?! アレックスが……族長?」
「そう、私の息子でもある」
「息子……親父のあんたが二番目……どういうことだ?」
俺は混乱していた。アレックスに会いたいとは思っていたが、ここでその名前を聞くとは。しかも……族長? あいつはそんな大物だったのか? その割に最前線で戦うとは……どうなっているんだ、モーグ族は。
「その説明は直接族長からさせてもらおう。アレックス、聞こえているな」
「ああ、聞こえている」
聞き覚えのある声が聞こえた。机の上にある、本のように開いて置かれた板みたいな機械からだった。
「アレックス……なのか? どうなってる?!」
覚えのある声に話しかける。この機械の向こうにあいつがいるようだった。
「久しぶりだな、ウルクス。こんな形で再会するとは」
板の機械の上半分、黒いガラスのような部分が明るくなり人の姿が映る。それは紛れもなくアレックスの顔だった。
※誤字等があればこちらにお願いします。
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