第十五話 紫電の矢
「動くな!」
モーグ族の戦士二人が弩をザルカンに向ける。
女のモーグ族の弩はさっきのザルカンの一撃で壊れたのか、中ほどで僅かに曲がっており
女のモーグ族はその曲がった弩を棒術のように右肩から左足に斜めに構え、油断なくザルカンに対峙している。
ザルカンに一番近いのは俺だ。ザルカンと女のモーグ族の中間に俺が立ち、更に俺の後方に二人のモーグ族がいる。こいつらが殺し合いを始めれば、俺まで巻き添えを食いかねない。弩で串刺しか、ザルカンの剣で二つにされるかだ。下手に動けない。
何か止める手立てを考えるが、俺が余計なことを言えばそれがきっかけで戦いが始まりかねない。言葉さえ発する事ができない緊迫感だった。
ザルカンは瞬きすらせずに女のモーグ族を睨んでいた。あの豪快で、どこか抜けたところのあるようなザルカンとは思えなかった。俺は初めて人間の表情に恐怖した。そしてその表情のまま、ザルカンはすり足でじりじりと女のモーグ族に近づいていく。
決着がつくとすれば、それは一瞬だろう。モーグ族の白い鎧が頑丈なのは知っているが、ザルカンは機械虫の装甲さえ易易と斬ることが出来る。あの巨大な剣で白い鎧も真っ二つにしてしまうだろう。
「ザルカン……族長の息子だったな」
女のモーグ族が聞いても、ザルカンは答えなかった。ただ斬りかかる一瞬の隙を狙っているらしかった。
「ボルケーノ族が我々を追っていることは知っている。だが、根本的に誤解だ。あれはデスモーグ族の仕業だ」
女のモーグ族は斜めに構えた弩を少しずつ動かしながら、ザルカンに合わせて後方へ下がる。だがそれでも、ザルカンの近づく速度の方が速い。じきに間合いに入り、ザルカンは動くだろう。
俺の背後の二人のモーグ族からも緊張が伝わる。そいつらも弩で狙いをつけて、いつ撃とうかと息を詰めているのが感じられた。
「今、お前達と私達が争っても利はない。デスモーグ族を利するだけだ。今まさにお前たちの集落は襲われている。全ては奴らの何らかの計画の一部なのだ……協力しろとは言わん。しかし、私達の邪魔をするな」
女のモーグ族がそう言うと、ザルカンの動きが止まった。しかし……説得が効いた様子ではなかった。ザルカンの形相に変わりはない。
「……討てと言われた。今更言い逃れが出来ると思うなよ」
ザルカンが小声でつぶやく。
「何だと?」
「族長が討てと言うたら、討つんじゃ――」
言い終わるのとほぼ同時に、ザルカンが動いた。弾けるように、しかし滑らかに、まるで最初から定められた動きであるかのようにザルカンの巨躯がはしる。重さを感じさせない動きのまま、地面と平行だった剣は斜めに斬り上げられ、俺の前方の空間を斬り裂きながら進んでいく。剣が、その剣先が、女のモーグ族の首へと伸びていく。
首が飛ぶ――?! 俺はその直後の惨劇を想像する。しかし、ザルカンの剣は弩の躯体に防がれる。躯体の端部は斬り飛ばされたが女のモーグ族に傷はない。ザルカンの一撃をしのいだ。
だがザルカンの剣は止まらず、切り上げた動きから弧を描く。ザルカンは背を向けながら一回転し、独楽のような動きで連撃を仕掛ける。斜めに、水平に、そして突然跳ねる様に逆に斬り返す。そのどれもが必殺の一撃に見えた。しかし女のモーグ族はその事ごとくを受け、躱した。弩はそのたびに傷が増えていくが、女のモーグ族は無傷のままだった。
「撃て!」
攻撃を受けながら、女のモーグ族が叫んだ。その直後に俺の後方から弩の矢が飛んでいく。ザルカンの後ろと前方、その地面の岩に太い矢が突き立つ。
外したのか? 無理もない。ザルカンと女のモーグ族は入り乱れながら動いている。ザルカンを狙っても仲間に当たる可能性がある。だが、それは外れたのではなく、その位置に撃つのが正解だったらしい。
ザルカンを挟むようにして立つ二本の矢の間に、突如青白い火花が生まれた。矢と矢の間に電撃が走り、それがザルカンの体にも伸びていく。
「ぐおっ?!」
矢に構わずに攻撃を繰り出そうとしたザルカンだったが、その足が止まった。その身を舐める紫電に絡めとられるように、体を沈め膝をつきそうになる。
「ぬうぅぅ!」
そのまま倒れるかに見えたザルカンだったが、気合と共に再び立ち上がる。そしてその剣を大きく振りかぶり反撃の姿勢を取る。電撃のせいで動きが遅いが、その顔から闘争心は微塵も消えていなかった。
再び後方から弩が放たれた。今度もザルカンの周囲の地面に突き立ち、四本になった矢から更に電撃が走る。
ザルカンは声もなくその体勢を崩す。だが、カッと赤い目を見開き、身を乗り出し右腕一本で剣を振り下ろした。
剣は女のモーグ族の弩で受けられ、体から力の抜けたザルカンと共にそのまま地面に叩きつけられた。今度こそザルカンは動きを止め、地に倒れ伏していた。
矢から放たれる電撃も止み、俺はようやく息をつくことが出来た。
「……殺してねえよな?」
俺の問いに、女のモーグ族が答える。
「当たり前だ。死なない程度に加減はしてある……しかし、二本で止められないとはな。弩もこの様だ」
女は両手で持っていた弩を、それぞれ左右に持ち上げる。弩は中ほどで斜めに両断され、鮮やかな断面がのぞいていた。ザルカンの一撃は届いていたのだ。
「準超強度固体物質製の弩を両断するとは……サーベルスタッグのブレードか……?」
女は弩の断面を見てしみじみと言った。
「……で、どうするんだ? ザルカンはこのまま転がしておくのか?」
俺は斬られたり矢で射られる心配がなくなってほっとしながら、倒れているザルカンを見ていった。目が半開きで口も閉じていない。意識はないが、今にも飛び起きて噛みついてきそうなザルカンの顔だった。
「この辺りに危険な機械虫は出ない。集落は襲われているが……ここまでは来ないだろう。こいつを起こせばまた襲い掛かってくるだろうから……このままここに置いておく」
「じゃあ……俺もここで」
「お前は駄目だ」
どさくさに紛れてずらかろうとしたが、そう簡単に見逃してはくれないようだった。俺も今の電撃の矢でやられるのか? しかし、何の為に? 殺すならまだ分かるが……いや、分かりたくもないが、とにかく痛い目に合うのは御免だった。
「俺はアクィラを探している。今虫が襲ってきているのなら、そこにあいつがいる可能性がある。だから行かせてくれ! 頼む! この三か月、待ち続けてようやくあいつに近づいたんだ!」
少し間を置き、女のモーグ族が答えた。
「アクィラ……装置保持者か。残念ながらここにはいない」
「何?! どういうことだ?」
こいつらはアクィラの居場所を知っているのか? 断定的な言い方をするだけの根拠があるということだろうか。
「感応制御装置の在りかは私たちも探しているが、奴らは解析を進め持続時間と距離を伸ばした。装置はもっと離れた安全な所にある。お前があの戦場に行っても無駄だ。この近辺で信号が出ていないことは確認している」
アクィラをまるで物扱いするような冷たい言い方だった。アレックスも感情が見えにくい奴だったが……モーグ族は全員そうなのだろうか。
「装置、信号……よく分らんが、じゃあどこにいるってんだ?」
「お前がそれを知る必要はない。そんな事より、感応制御装置は我々の管理すべきものだ。お前が関わる事は、モーグ族として許さない。先だっての戦いでは世話になったかも知れんが……タバーヌの者だったな? さっさと国へ帰るがいい」
「帰れ? 帰れだと?! ここまで来て手ぶらで帰れるかよ! アレックスを……あいつを呼んでくれ! 奴なら話が通じる! お前達じゃ駄目だ!」
「アレックスは……無理な相談だな。彼は無関係の一般人が軽々しく会える相手ではない」
「無関係じゃねえよ! 前に一緒に戦った……それはお前らも知ってるんだろう? お前らは俺の名前を知っていた。アレックスに合わせてくれ! ツーシンとかいう奴でもいい! あいつを出してくれ!」
「駄目だ。お前はアレックスには会えない。お前はこのまま国へ――」
女の言葉が途中で止まった。何事かと見ていると、モーグ族の三人で何か目配せをしているようだった。
「くそ、兄さんめ……」
小声だったが、女の声が聞こえた。さっきから何度か兄さんと言っている。一体誰の事だ?
「お前がどうしても帰りたいというのなら安全な道を教えてやる。虫に食われたくはないだろう?」
「だから、俺はアクィラを助けに来たんだよ! ここで帰れるか! 何度も言わせるな!」
俺が女のモーグ族に怒鳴りながら答えると、後ろから声が聞こえた。別の男のモーグ族だった。
「隊長……サブチーフからの命令です。従いましょう」
「……父さんまで。まったく……! 何を考えてるんだ!」
言いながら女のモーグ族は地面の岩を蹴り飛ばした。でかい塊がもげて飛んでいき、ゴロゴロと遠くに転がっていった。
「さっきから何なんだよ、一体?」
俺が困惑しながら聞くと、女のモーグ族が俺に向き直った。そして溜息をつく音が聞こえた。
「……来い、虫狩り。お前を我々の施設へ連行する。ついて来い」
「何だと?! 連行?」
いよいよ訳が分からない。いや、モーグ族を見つけ協力を仰ぐことが目的ではあったのだが、帰れと言っていたくせに今度は連行と来た。一体、何を考えていやがるんだ?
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