第二十話 足音

 ジョン達が潜んでいる施設までの経路は分かっている。今俺たちがいるところから百ターフ180m程西の辺りに、施設までほぼまっすぐに獣道がある。そこからならすぐ施設まで行けるが、当然見張られている。だから森を突っ切って行くしかない。

 森の中を見ると下草がそれほどでもない。という事は機械虫が住んでいるという事だ。まさか顎虫の住処って事は無いだろうが、余計な戦いは避けて進まなければならない。もたついている余裕はないのだから。

 アレックスが先頭に立ち、真ん中は俺、最後はオリバーだ。真っ暗な中を足の感触だけで進んでいく。繁茂した下草が顔を撫で、木々のざわめきに交じって虫の鳴き声が聞こえる。機械じゃない普通の虫だ。鈴虫、くつわ虫。他の虫もいるだろう。大合唱でうるさいが、俺たちの動きを感じ取って周辺だけ静かになる。

 虫は敏感だ。ジョン達もこのぐらい敏感だと、もう俺たちは見つかっているかもしれない。そうでないことを祈るばかりだ。

 アレックスが握った右手を肩の高さにあげた。止まれだ。

「ここが入口なのか?」

 小声で聞くと、アレックスが答える。

「違う。ここからさらに50ターフ90m進んだ所だ。そこに地下に続く扉がある」

「じゃあ何でここで止まった?」

「このまま近付けば見つかるし、それに扉も開けることができない。EMP爆雷で施設の機能をダウンさせる」

 アレックスとオリバーは荷物の中からドローンと四角い塊を出した。そして、四角い塊をドローンの腹にはめ込んで固定していく。

「そいつがイーエムピーって奴か」

「そうだ。こいつを起動すれば五分程度は施設機能が止まるはずだ。その間に移動し、扉を有線接続で開錠して侵入する。内部構造は不明だが、恐らく攻撃に最も強い最深部に研究施設があるはずだ」

 言いながらアレックスは両手の大きさのガラスの板を光らせた。そこに建物の絵が映っている。

「ここが入口だ。左右にあって、我々は右手の入口に向かう。そして外周にある廊下を抜けて、中央部分から地下に向かう。恐らく地下三階ほどのはずだ。その最深部に、ジョンがいる」

「アクィラもか?」

「そうだ。アクィラもそこにいるはずだ。デスモーグ族は多くて三人だろう。武装しているだろうが、私とオリバーで対処する。狭い通路だと君のスリングは同士討ちの危険性があるから、余程の時以外は使うな」

「そうか。分かった」

「では……EMP爆雷を使う。私とオリバーの鎧は機能を停止するから、周辺の状況が分からなくなる。ウルクス。君は周辺監視をしていてくれ」

「分かった」

「ではタイマーを六十秒後に設定する。位置は奴らの施設の直上だ。……発進」

 地面に置いてあったドローンの羽根が回り始める。回転を増し、そして徐々に浮かび上がる。

「六十秒後に起爆する」

 アレックスがそう言うと、ドローンは高度を上げながら森の奥に進んでいった。速い。ほとんど音もなく、ドローンは飛んで行った。

「では我々の鎧を停止する。マスターシステム、緊急停止。対電子防御形態」

 二人の鎧から火花が散るような鋭い音が何回か聞こえた。見た目は変わらないが、止まったらしい。

 あと四十秒くらいか。周囲を警戒するが、特に変わった様子はない。

 ドローンの姿はとっくに見えなくなっているが、頭の中で残り時間を数える。三十秒……二十秒……十秒……五、四、三、二、一……零。しかし何の音も聞こえない。爆雷というからにはドカンとでかい音がするものだと思ってたが、しかし何の音も衝撃もない。

「おい。時間になったが、何の音も聞こえねえぞ?」

 まさか失敗じゃないよな。ここにきてそれはないぜ。

「音はしない。余程近くならわかるだろうが、この距離では分からん。ちゃんと電磁波は発射された。鎧を再起動するから少し待ってくれ」

 二人は右腕の装置を操作した。それで、もう一度動き出したらしい。

「では行くぞ」

 ドローンが入っていた箱はこの場において、俺たちは急ぎ足で施設の扉に向かった。特に森の様子は変わらない。虫は相変わらず鳴いている。

 やがて入口があるところまで到達し、アレックスは地面の何かを探し始めた。

「根が張っている。こちらは使っていないようだな……あった。これだ。端末がある」

 地面の土や木の根を引きちぎってどかし、アレックスは地中から覗く金属の装置と自分の鎧を細い紐でつなぐ。

「施設はちゃんと緊急停止状態だな。復旧にはまだ数分かかるだろう……アクセス権限……よし、入った。あとはこれを……いけた。扉を開ける。少し離れてくれ」

 アレックスがそう言うと、地面が動き出した。周辺の木の根を引きちぎりながら左右に開くが、完全には開かず途中で止まった。屈んで人が通れるくらいの隙間はある。

「これで入れる。では……行くぞ。内部には敵しかいない。動くものはすべて敵だ。そのつもりでいてくれ」

「分かった」

「了解」

 いよいよだ。この中にアクィラがいる。取り返さなければいけない。

 アレックスを先頭に同じ並びで侵入する。中は薄暗く、天井の赤い光だけが灯っていた。電気の光だ。

 アレックスは弩を構えた状態で前方を確認しながら進んでいく。途中に部屋があるが、そこは素通りしていく。代わりに、オリバーが後方に弩を構えながら進んでいく。俺は真ん中で突っ立ってるだけだ。一応、スリングはいつでも撃てるように帯電球を持っている。

 廊下の幅は二ターフ3.6m程だ。カドホックの施設より広い。見通しが良く遮蔽物もない。廊下が広い分、こっちの方が立派な施設なのだろうか。しかし、その代わりに部屋はそれほど多くはないようだ。ドアの数が少ない。

「突き当りが受付だ。誰かいるはずだ」

 廊下が丁字になっている所を通り抜け、さらに先に進むと、カウンターの様な場所があった。向こうとこちらを仕切るように大きなガラス板がはめ込んである。下の部分は窓のようにスライドする構造になっていた。

 アレックスは右の拳を上げて止まれの合図を出す。カウンター内部の様子を窺いながら、アレックスは近づいていく。そして内部を覗き込み、手招きする。俺達もそこへ行く。

「内側で声がする。復旧作業をやっているようだ」

 小声でアレックスが言った。

「どうするんだ」

「片付けておこう。復旧は少しでも遅れる方がいい。我々には有利だ」

 アレックスがドアに近づいていく。

「私とオリバーで中の者を片付ける。恐らく二人だけだ。君はドアの内側で待機していてくれ」

「あいよ」

 アレックスとオリバーが目くばせする。そしてアレックスは壁のそばに立ち電磁ブレードを持ち、勢いよくドアを開けて内側に入った。オリバーもそれに続く。

「貴様ら! どうやってここに!」

「侵入者だ! 警ほ――」

 中で誰かが怒鳴っていたが、それは肉を打つ音で途切れた。

 俺が中に入ると一人はもう伸びていた。仮面を被っていない男だ。肌の色は灯りのせいでよく分からないが、鎧ではなく白っぽい色の服を着ていて、特に武器を持っている様子もなかった。デスモーグ族のようだが、戦士ではなく裏方の人間のようだ。

 部屋の中も薄暗かった。それに金属の箱のようなものがいくつも並んでいる。そこから細い線が別の箱につながっている。何かの目盛りもある。機械虫の腹の中に少し似ていた。

 もう一人のデスモーグ族はオリバーを相手に格闘を続けていた。仮面や鎧は身に着けておらず、生身のようだった。手近にあるものをオリバーに投げつけているが、やがて部屋の隅に追い詰められ、電磁ブレードを食らって倒れ込んだ。

「片付いた。ここは電気室のようだ」

 アレックスは部屋を見まわして言う。

「ちょうどいい。破壊しておこう。ここを潰せば復旧できなくなる。非常用電源は別にあるだろうが、時間稼ぎができる」

「そうだな」

 オリバーは答えながら、壁に張り付いている箱の蓋を強引に引きはがす。そして内側の装置に電磁ブレードを突き立てた。アレックスも同じように近くの箱の内側に電磁ブレードを突き立て、外側の線も千切っていった。

「こいつらはデスモーグ族なのか?」

 俺が聞くと、アレックスは右手を床で倒れている男に向けた。手首から白い光が出て男を照らす。白い肌、金色の髪。服は灰色だ。

「デスモーグ族だな。しかし戦士ではなく、技術者だろう。旧世界の技術に通じている人間だ。EMPで障害が発生したから、ここの装置を再起動しに来たのだろう。しばらく眠っていてもらう」

「技術者ね。この位の奴ばっかりだといいんだが」

「格闘戦ではそうだな。しかし兵器を持っているなら厄介だろう。地下にはそういう奴がいるかもしれん。先へ進むぞ」

 そう言い、アレックスは外へ出て、俺とオリバーも続く。さっきの丁字路を曲がると、奥に部屋があった。しかしそこには行かずに、ドアを開けて階段を降りる。

 階段も赤い光だけで照らされていた。物音はしない。微かに低い音が響いているが、人の気配はない。俺たちは息をひそめ、静かに地下へ降りていく。

 しかし地下とはな。地面の下にこんなものがあるなんて想像がつかない。カドホックはまだ地面の少し下に広がっているだけだったから分からんではないが、ここはもっと深い。数十ターフはある。どうやって作ったのかさっぱり分からない。これも旧世界の技術の一端というわけだ。

 下でガチャガチャと音がした。アレックスが右拳を上げて合図し、俺たちは止まる。下で話し声が聞こえる。せわしない音が聞こえ、階段を移動する足音が聞こえる。

「見つかったのか?」

 小声で聞くと、アレックスが答えた。

「EMP爆雷を使った時点で、向こうには我々の仕業だという事が分かっているはずだ。だからその意味ではとっくに気づいている。しかしまだどこにいるかは分かっていな状況だろう」

 階段を上る足音は段々近づいてくる。見つかるのも時間の問題だ。

「戦うのか?」

「それしかないな。君のスリングで撃ってくれ。弩では、階段は狙いづらい」

「俺かよ?!」

 余程でない限り撃つなと言っていたのに、まさかここで出番が来るとは。階段の内側の手すりからそうっと下を見る。動いている影がある。俺は立ち上がり、下に向かってスリングを引き絞る。くそ。スリングだってこんなの狙いづらいぜ。だが効果範囲が広い分、弩よりは当たりやすいだろう。

 影が手すりに近づく瞬間を狙って、今だ。

 帯電球を放つ。闇の中を、帯電球がまっすぐに飛んで行った。






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