第二十一話 機械室

 スリング球がちゃんと下の奴らに当たるか見届けたいところだったが、下からは絶え間ない攻撃が来る。矢でもストライカーでもない。よく分からないが、何か小さなものを凄まじい速度で撃ち出しているらしい。

 乾いた破裂音が聞こえた。球の起動する音だ。しかし攻撃はやまない。うまく当たらなかったらしい。

「スリングでも無理だ。顔を出したらやられる。狙いなんかつけらんねえよ!」

 俺は周囲の音に負けないよう声を張り上げる。

 オリバーは隙を見て下に弩を撃ち返しているが、あまり効果はないようだ。一発撃つと三発位返ってくる。白い鎧を貫通することはないようだが、何かが当たるたびに体が揺れている。

「……そのスリング球は君のものではなく施設にあったものか?」

 アレックスが俺に聞いた。

「そうだ。お前らのだよ」

「なら……使えるな。何でもいい。球をくれ」

「何でも……って……ほらよ、凍結だ」

 袋に手を入れて一番最初に触れた球だった。何をする気だ?

「このスリング球は旧世界の武器に準拠した機能を持っている」

 アレックスは右腕の装置を操作し、装置に話しかけた。

「マスターアーム、外部武器操作。投擲武器、スリング球、時限信管五秒」

 言っている意味は分からなかったが、三秒後にアレックスはスリング球を手すりの隙間から下に投げ落とした。

 だが、あんな弱い投げ方じゃダメだ。スリング球は衝撃で起動する。ちょっと落とした程度では動かない。

 だが、下で起動する音が聞こえた。そして……攻撃がやんだ。オリバーが下を覗き見る。

「氷漬けだ。やったな」

 そう言い、ゆっくりと階段を下っていく。

「何をしたんだ?」

「時間を指定して起動する機能があるんだ。この鎧や特定の装置でしか使えないがな。その機能を使って、ちょうど奴らのいる辺りで起動するように投げた」

 言いながらアレックスも弩を構え、オリバーに続く。

「時間が来たら勝手に起動する……? まったく、何でもありだな」

 使い道がありそうだったが、教わっている時間はなさそうだ。俺は遅れないようにアレックスの後を追う。

 さっきの奴らは二階の踊り場で氷漬けになっていた。死んではいないが、人間が凍結球をくらうと冷気のせいで気を失う。手足や顔が凍傷で駄目になる場合もあるが、いちいち気にしている余裕はない。何せ、殺し合いの真っ最中なんだからな。

 二階を通り過ぎ、そのまま地下三階に向かう。下からの攻撃はなく、誰もいないようだった。オリバーが慎重に進んでいくが、右手を挙げて合図する。来い、だ。

 階段を降りた壁にはドアがあった。しかし鍵がかかっているらしく、ノブを動かしても開かない。この先に恐らくアクィラがいる。グズグズしている時間はない。

「お前らの機械で開けられないのか?」

「鎧だけでは処理能力が低いから時間がかかる。破壊するしかない」

 オリバーがドアから離れ、ストラップを外して弩を壁に立てかける。

「二人とも離れろ。無駄だとは思うが、一応やってみる」

 オリバーがやる気のようだ。ドアの反対の壁の端まで下がり、体を低く沈める。

「ぬうっ!」

 気合と共にオリバーがドアに突進する。速い。そして肩から思い切りドアにぶつかる。

 重い打撃音が響き、足元が少し揺れた。だが、ドアはそのままだ、

「やはり駄目だな。セキュリティレベルが高い。普通のドアじゃない」

 オリバーが肩をさすりながら言った。

「ここまで来て、打つ手なしか?」

「いや。他にも通路はあるだろう。二階に行くぞ」

 オリバーとアレックスは急いで階段を駆け上る。

「そこも閉まってたりしないよな?」

 そんな心配をしたが、オリバーがノブを捻ると、ドアは動いた。

「行けるようだ。向こうに敵がいる可能性が高い、注意しろ。上下にも気を配ってくれ。背後から挟まれてはかなわん」

 オリバーに言われ、アレックスと俺は頷く。オリバーは弩を構え、ドアをけ飛ばして開けた。

 破裂音。そしてオリバーの鎧に何かが飛んできてぶつかる。さっきの武器だ。

 オリバーは弩を撃ちながら後方に下がり、ドアのすぐ横の壁に隠れる。

「銃を持っている。だが拳銃だな」

 オリバーが言った。

「通常弾ならこの鎧は抜けん。行くぞ。ウルクスはここで待て」

 ドアの向こうからは間断的に攻撃が続いていたが、オリバーとアレックスは構わずにドアを抜けて外に出た。向こうの攻撃が激しくなり、破裂音や金属音がけたたましく鳴り響く。耳がおかしくなりそうだ。

 俺は階段の上下を見る。どちらからも敵は来ない。一安心だが、大して動いていないのに息が上がっていた。喉も乾く。俺は呼吸をゆっくりにして体を落ち着かせることにした。

 ドアの向こうから悲鳴のような声が聞こえる。打撃音。激しく体を撃つ音が聞こえる。ぞっとしない音だ。そして……静かになった。

「ウルクス、来い。片付いた」

 恐る恐る顔を出すと、アレックスとオリバーが立っていた。その脚元には仮面や鎧を身に着けていない男たちが転がっていた。顔が……血まみれだ。よく見るとアレックス達の鎧にも返り血らしきものがある。容赦のない連中だ。

「どこかに点検のための通路があるはずだ。そこは通常の施錠システムとは経路が違うはずだから、緊急時のロックでも使える可能性が高い。それも駄目なら、換気口や施設の隙間を進むしかないな」

「点検通路ね」

 そう言われても、旧世界の施設の事はさっぱりだから見当もつかない。二人についていくしかない。

 ふと、俺は足元に転がっている物に気づいた。持ち手があって、その先端から直角に棒が出っ張っている。見慣れないものだった。

「それは銃というもので、人を殺傷するための道具だ。奴らはそれで武装している。私たちは鎧があるから平気だが、君は気をつけろ。矢の何倍も速いものが予備動作なしで飛んでくるぞ」

「気をつけろって言われてもな……」

 俺は足元の拳銃をつま先で軽く蹴飛ばした。

「衝撃を与えると弾丸が発射される場合がある。軽々しく蹴るな。よし、では行くぞ。道を探す」

 こてんぱんにのされた技術者はそのままにして、俺たちは廊下を進んだ。一階と同じ作りで、長い廊下が続いている。ただ違うのは、この階は内側の壁にいくつもドアがある。

 アレックスが音もなく忍び寄り、そっとドアに手をかける。ノブを捻ると、ここも鍵はかかっていなかった。

「入るぞ」

 アレックスの小声に頷く。アレックスはゆっくりドアを開ける。そのまま中に進むが、攻撃は来なかった。アレックスは右手を上げ、来いの合図をする。

 そこは奇妙な部屋だった。部屋の外周に足場と手すりが渡してある。そして中央部分は床がなく、下を覗けるようになっていた。

「何だいこりゃあ……」

 俺たちは手すりに手をかけて下を覗き込んだ。

 そこには機械虫がいた。ビートル、ゾウムシ、テントウムシの三匹だ。どれも目の色は薄い青色。薄暗い部屋の中で、周囲の物音など気にすることなく眠っているようだった。

「実験用の機械虫だろう。ここで飼っているのか……」

 アレックスが呟いた。

「アクィラの装置がうまく使えるかどうか試してるのか?」

「それもあるだろう。他にも、武器の効果を確かめたりな」

「こんなところで飼い殺しか……かわいそうに」

 俺は少しだけ虫に同情した。しかしオリバーは興味なさそうに手すりから離れ、足早に部屋の奥に進んだ。

「珍しいのは分かったが、どこかに降りられる所がないか探せ」

 そう言われ、アレックスもオリバーと反対側に進む。

 そこでふと思った。

「こっから降りればいいんじゃねえか? 床がないぜ」

 オリバーとアレックスは足を止めた。

「しかし、虫が目覚めないとも限らない。そこから飛び降りるのはやめた方がいいだろう」

「そうか……そうだな」

 確かに、寝てはいるが死んでいるわけじゃない。何かの拍子に目が覚めて暴れでもしたら、アクィラを助けるどころじゃなくなる。

 だがこの部屋には下に降りる通路や階段はなく、下にはいけなさそうだった。

「隣に行こう。ドアはまだある」

 アレックスはそう言い、ゆっくりとドアを開けて外に出た。攻撃はない。

 今までに倒したのは技術者と呼ばれる鎧なしの男が八人。鎧をつけたやつは一人も出てこない。デスモーグ族の施設というからにはもっとうじゃうじゃと出てくるものとばかり思っていたが、存外少ないようだ。逆に気持ち悪いくらいだ。

 それとも地下三階にたくさん隠れているのだろうか。ジョンと共に、待ち構えているのかも知れない。

 手すりの部屋につながるドアを二つ分飛ばし、三つ先のドアを開ける。攻撃はない。室内は同じように暗く、人の気配はなかった。

「ここは機械室だな」

 言いながらアレックスが奥に進んでいく。

「機械室?」

 聞いたことのない言葉だったが、すぐに理解できた。部屋中に、巨大な機械の一部分と思われる金属の配管や装置が並んでいる。まるで機械虫の腹に入ったみたいな感覚だ。

 目を凝らしながら歩いていると、急に明かりが灯った。目が眩み、数秒で視界が戻る。

「何だ? 俺たちがここにいるってばれたのか?」

 俺は周囲を警戒する。

「いや。EMP爆雷で停止していた非常用電源が復旧したのだろう。恐らく地下三階にあるんだ」

「おかげで見やすくなった。ここなら確かに点検通路がありそうだ。アレックス、ウルクス。手分けして探そう」

「ああ」

「分かった」

 オリバーにそう言われ、俺も点検通路とやらを探す。妙な蓋やドア、あるいは通れそうな隙間を見つけなければ。

 通路は行き止まりが多い。区画ごとに機械が分かれているようだが、入れそうな隙間は無かった。ドアもない。どこかをぶっ壊せば通れるというものでもなさそうだ。複雑に入り組んで、パイプ一本もどこにつながってるのか分からない。うまく取り外す自信はなかった。

「あった! 通路だ!」

 オリバーの声が聞こえた。声の方に急いで行くと、鉄格子の様な床板をめくって下に行けるようになっていた。まさか床が開くとは。

「機械室は地下三階にも続いているはずだ。ここから行くぞ」

 アレックスが梯子を降りていく。しばらく見ていると一番下に降りて、周囲を確認して手招きしている。

「君が先に行け。私が蓋を閉めてから降りる」

「ああ、分かったぜ」

 オリバーにそう言われ、俺も下に降りる。ようやく地下三階だ。ここまでは割と順調な気がする。問題はここからだ。アクィラを探して取り返す。ついでにジョンの顔をぶん殴る。そして、生きて帰らなければならない。

 俺は逸る気持ちを抑え、一段一段梯子を下りて行った。


※誤字等があればこちらにお願いします。

https://kakuyomu.jp/users/ulbak/news/16816700429113349256

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る