第十九話 闇の中へ
アレックスは仮面を外し、さっきから奇妙な機械をいじっている。細長い箱の様な機械の四隅から四本の棒が生えていて、その棒の先端に風車の様な羽根がついている。何だ? 粉を挽く機械じゃないよな。
「ところでよ……アレックス。さっきから気になってたんだが、それは何なんだ? 武器か?」
アレックスは細い工具で細かい部品を取り付けている。まるで虫の体の様な複雑な構造だ。時折側面にあるガラスのような部分で何かを確認していた。
「これは……何と言えばいいか。空を飛ぶ機械だ。ドローンと言う」
「ドローン? 飛ぶのか? それは羽根か?」
「そうだ。鳥のように羽ばたくのではなく、回転して空を飛ぶ。機械ならではの構造だ」
アレックスはドローンを持ち上げ、手で羽根を回転させる。確かに鳥の翼とは全然違う。
「飛んで……空から攻撃するのか?」
「そうだ。一応説明しておこう。我々はこれからデスモーグ族の施設に向かうが、真正面から行っても恐らく何らかの防衛装置の機能により返り討ちにあうだろう。そこでこのドローンでEMP爆雷を投下し、相手方の機械を作動不能にするんだ」
「いーえむぴー?」
「電磁波という一種の信号だ。それの強力な奴を浴びせて、混乱させる」
「俺達は大丈夫なのか?」
「人間は平気だが、機械に関しては我々も影響を受ける。君は機械を身に着けていないから問題はないが、我々の鎧も止まってしまう。だから一時的に機能を停止し、その上で使うことになる」
アレックスがオリバーの持ってきた箱に手を置く。
「この中にEMP爆雷が入っている。このドローンにセットして、奴らの施設の至近で爆発させるんだ」
「旧世界の兵器か……」
「そうだ。電子攻撃というやつだ。これは機械虫にも効くから、施設内部で保安用に動いている虫も止めることができるだろう。もっとも、シールドされていれば効果は薄いが、それでも完全に無効化はできないはずだ。これは強力だからな」
「人間は傷つけず機械だけ止めるのか? それがあったら俺の仕事も便利になりそうだな」
「虫狩りの仕事か?」
「ああ。そのドローンって奴を飛ばして爆弾を使う。いちいち近くによらなくていいから安全だ。人間同士の戦争で使っても……きっと便利なんだろうな」
「そうだな……」
そう言いながら、アレックスは少し難しい顔をした。
「何だよ、変なこと言ったか?」
「いや。君が……人間同士の戦争でも便利と言ったのがな。そういう発想が、少し怖いと感じた」
「怖い?」
「ああ。こういった技術をあまり理解していない君ですら、技術を攻撃に転用するという発想が容易に浮かぶ。それが怖い」
そう言い、アレックスは工具を手にし、それを固く握りしめた。
「こんなものを使いたくはないんだ。旧世界の兵器を、我々の争いなんかに。しかし、使わなければいけない。勝てないからだ。君にデスモーグ族の事を話していて、それで気付いたよ。自分の心の中にある感情に。どこかで……私は理由を探していた。これらの滅びの技術を使う事を」
アレックスは思いつめた表情でそう言った。
「だが、向こうが使ってくるんだ。やるしかねえだろ」
「その通りだ。そして、それは向こうも同じことだ。我々が使うから、向こうももっと強力な兵器を欲しがり、使う。戦いに終りなどない。そして……文明が終わる。かつてと同じ道を歩んでいるんだ、我らモーグ族は」
「技術を封印したいっていうモーグ族の考えは分かるが……それが
「そうだ。そして、我々は問うてきた。自制し、自らに問い続けてきた。何故使ってはいけないのか? 幼子のようにな。しかしそれに対する答えはない。誰も答えてはくれない。だから我々は歩み続けている。かつての滅びの道を。我らモーグ族ですらが……!」
アレックスは工具を置いた。その顔は俯いていたが、今にも泣きそうな顔に見えた。
「そしてとうとう、子供を戦場に駆り出すようになった。これでは……何のために我々がいるのか分かったものではない」
「しかしやっているのはデスモーグ族の連中だろ? 止めようったって止められねえじゃねえか」
「そうだ。だが、責任の半分は我々にもある……」
アレックスの言葉に、俺は何と言っていいのか分からなかった。こいつらの戦いは何百年も続いている。持ちつ持たれつじゃないが、確かに片方だけで戦争はできない。
「子供を死に追いやってまで何を手に入れようというのだ? 命を犠牲にしてまで何を……!」
それは俺に向けた問いではなかった。あるいは、自分自身に対するものだろう。
確かに、さっきの小僧は……無残なことだ。仕方がなかったとはいえ、俺たちが殺したんだ。元はといえばジョンの命令のせいだが……俺たち大人が、子供を殺したんだ。
そう。アクィラだってそうだ。他にも犠牲になった子供はいる。みんな、みんなみんな、俺たち大人が殺したんだ。
滅びの道か。確かにその通りだ。旧世界の武器が手元にあるかどうかは関係がない。命を踏みにじるような考え方自体が問題なんだ。そしてそれは、きっと昔から変わっていない。
俺の周りにもひどい境遇の奴はいる。奴隷もいる。飢えて死ぬ奴だっている。そいつらに俺は何もしない。そういうものだと思っているからだ。全員を助けていたらきりがない。
だが、何かできることがあったはずなのだ。
「……止めるしかねえだろ」
俺が言うと、アレックスは顔を上げた。その目には涙がにじんでいた。それは、俺が初めて目にする、アレックスの強い剥き出しの感情だった。
「俺たちが始めたことだ。子供を巻き込んでよ……だから、俺たちの手で終わらせる。そうだろう」
「……そう、だな」
アレックスは布で目を拭った。
「終わらせなければならない。我々モーグ族の使命は続く。この世界に真に平和が訪れるその時まで……」
「その気の長い話に比べればよ、ジョンとの事なんて些細なことだろ? さっさと終わらせて、全てを元に戻せばいい」
世界の全ては変えられないだろうが、しかし手を伸ばさなければ何もつかめない。さしあたっては、俺はアクィラの手を掴む。それが今の俺にできることだ。
「まさか君に……そんな説教じみたことを言われるとは」
「あぁ……なんだ、馬鹿にしているのか」
「いや。気にするな」
「くそ、励まして損したぜ」
アレックスは少し笑い、俺も笑った。
夜になった。もう
こんな時間に普通は虫車は走らせない。当たり前だ。見えなくて危ないからな。しかし止まることのできない俺らは、闇の中でも進み続ける。
アクィラの信号はもう消えていた。最後に出ていた場所が研究所の位置だ。アレックスが事前に把握していた情報とも合っているらしい。ずっと昔から存在は分かっていたが、デスモーグ族がいつもいて近づけなかった場所らしい。
アクィラは今どうなっているのか。アレックスの話では、おそらく装置の完成のために何らかの措置を受けているらしい。頭の後ろの機械をいじられる。動かすための命令を書き換えて、それで完成するそうだ。
それが終わるまであとどのくらい猶予があるのか分からない。そして、完成した時にアクィラがどうなるのかも分からない。
死んでしまえば装置が使えないから命の心配はないだろう。だが、普通の人間として生きていけるかは分からない。手足が動かなくなり、機械で信号を送り続ける道具にされてしまうかもしれないのだ。そうなってからでは遅い。
だから止まれない。目を凝らし、闇の中を俺たちは進んでいく。
普通ならせめて発光機をつかう。しかし奴らに見つかるから使えない。雲で月も隠れていて手元さえ怪しいが、しかし忍び寄るにはうってつけの日だろう。
車を引く虫は俺達より目がいいらしく、石に躓いたりすることもなくまっすぐ進んでいく。
だが、アクィラの通った道はここから街道から外れ、川沿いを進むことになる。虫を左に向かせて針路を変える。すると途端に虫車の揺れが大きくなる。石を踏んでガタゴトと大きく跳ねるように揺れる。
しばらくそのまま進んでいたが、俺は虫車を止めた。そして後ろの客車に声をかける。
「こっから先は車じゃ無理だ。歩くしかない。揺れるし音がひどい」
「そのようだな」
「ああ、胃の中身が全部出てきそうだ」
俺は予備のスリングの球も全部袋に入れて自分の荷物を用意する。アレックス達はドローンや爆弾を担いでいた。それがないと戦いにならないらしい。説明は受けたが、ピンとこない。だが奇襲のために必要という事だろう。迎え撃てる分奴らの方が有利だ。それを覆すための手段らしい。
準備を終えると、アレックスは仮面越しに、もの言いたげに俺を見ていた。
「確認するが、ウルクス……いいんだな? ここから先は、帰ることができるか分からない」
「今更かよ? 本当……今更だぜ。それに、俺が抜けたら困るんだろう? 人手がないんだからな」
「ああ。その通りだ。君が帰ると言ったら困る」
「ならもう聞くな。行こうぜ。俺はアクィラを元の村に連れてかなきゃいけないんだ」
アレックスは頷く。
「分かった。もう聞かない。行くぞ、オリバー」
「了解」
俺は虫車のオサムシに待機信号を送っておく。もし俺たちが帰らなければ……サッペンの虫車屋がさぞ悲しむことだろう。そういや借りるのは一応四十八時間の予定だ。明日の夕方までに返さないと。
俺は少し笑ってしまった。死ぬかもしれないのに、虫車を返せるかの心配など。そう……死ぬかもしれないのだ。しかし不思議と恐怖はなかった。楽観的過ぎるのかも知れない。しかし一人ではない。アレックスとオリバーもいる。それに相手は所詮人間だ。人間同士の喧嘩なら、まあ、何とかなるだろう。
腹は決まった。森の奥にアクィラがいる。あとは行くだけだ。
※誤字等があればこちらにお願いします。
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